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運命に集いし人間達

 月日は数日さかのぼり


 沖縄では、グランドゼロに際して国境紛争と平行して独立紛争も勃発している。沖縄の自主独立を目指す勢力と国防軍の紛争だ。

 初期の治安維持に失敗した駐留軍によって、戦いは泥沼化しており、魔術師を投入した国防軍と大陸国家の介入によって力を増した独立派の勢力で、紛争より戦争状態に突入している。

 最前線は地獄と言っていい、朝から晩まで両勢力の砲弾が梅雨の雨のように降り注ぎ、沖縄市は最前線の一つだ。

 その最前線に一人の少女兵がいた、長雨により泥まみれコートと国防軍の軍服を身に纏い、腰には白と黒色の二本剣を差して、手には小銃を持つ。


上沙(あがさ)クリスティー少尉、本日付けで第1歩兵師団に着任しました!」


 基地司令官のテントに入り、上沙少尉は軍隊式の挨拶をした。


「ご苦労、少尉」


 基地司令官の男性も軽く敬礼をする。


「参謀本部からの増援が、まさか君みたいな少女だとはな」


「お言葉ですが司令官、確かに私は少女ですが、立派な軍人でもあり、魔術師でもあります、実力は参謀本部が認めております!」


 気迫に満ちた少女の返答に基地司令官も押される。


「すまなかった少尉、非礼は詫びる」


「いえ、私も上官に向かって申し訳ありません」


「話しを戻すが、少尉が知ってのとおり、我が師団は沖縄市で市街戦の真っ只中だ、敵狙撃兵や重砲により多数の死者がでている。少尉には、重砲並びに狙撃兵狩りをしてもらう」


「こちらの兵器の使用レベルは?」


「無制限使用並びに神器使用を許可する、奴等を一掃したまえ」


「了解しました、上沙クリスティー少尉、任務を遂行します!」


 敬礼をし、司令官テントを後にする。

 テントを出ると二人の少女兵士が、少尉に敬礼した。


「少尉の護衛任務を拝命しました、ライフル兵の長野一等兵です」


「同じく衛生兵の、かっ神里伍長です」


 少尉が敬礼を返して、質問する。


「えっと護衛任務って?」


 衛生兵の神里伍長は髪を三編みにし、眼鏡を掛けた子で、歳は少尉よりも若干若そうだ、長野一等兵はボーイッシュな感じの子だ。


「基地司令官より沖縄市内の道案内並び身辺警護を、神里伍長は負傷した場合の救護です、同性の方が良いだろうと司令のご配慮です」


「そっそうです」


 長野一等兵が答えた後に神里伍長が緊張して相打つ。


「じゃあ宿舎のテントまで案内をお願いできる?」


「了解しましたッ!」


「りょっ了解しました!」


 基地の中は慌ただしかった。車両からは負傷兵が次々下ろされ、救護所からは悲鳴が聞こえる。

 多目的ヘリのブラックホークが、着陸すると黒色の袋が下ろされた。


「伍長、あの黒色の袋は何なの?」


 上沙少尉が神里伍長に尋ねる。


「死体ですよ、少尉」


 死体と言われる袋はヘリに満載されている。

 下ろされた袋は道端に積まれて野ざらしだ。


「二人はここにどれくらいいるの?」


「私は一年半くらいで、神里伍長は二年くらいになります」


 士官学校時代に最前線の沖縄戦線で、一年生きていれば、良い方と聞いたけど、ここに二人共一年以上戦っているなんて。


「着きました、少尉」


 案内されたテントはベッドがハンモックで地面は泥濘んでいる。


「申し訳ありませんッ!、基地に設営してるのが、簡易テントしかありませんので、先週まで他の魔術師が使っておりましたが、清掃しときました」


 申し訳なさそうに幼い二人は敬礼した。


「大丈夫よ、ここにいた魔術師はどうしたの?」


 すると神里伍長がうつ向いて、黒色の袋を指差した。

 戦死したんだと、上沙は状況を理解する。


「二人とも雨に打たれて冷えたでしょ?本土から持ってきた紅茶があるから一緒に飲みましょ」


 二人は顔を合わせ。


「よろしいのですかッ!?」


 目が輝いていた。

 食堂は賑わっている。何せ温かい食事とお風呂にありつけるのは基地にいる時だけで、前線では携行食と雨水で入れた不味い粉末コーヒー等で、クリスティーが持ってきた紅茶は二人とっては、久しぶりの飲み物と呼ぶべき品物だ。


「私の直属の上官の一品を拝借してきたから、味は一級品のはずよ」


 紅茶を美味しそうに飲む二人を見てクリスティーは言う、拝借というが簡単に言うと盗んできたのである。


「久しぶりに美味しい紅茶を飲みました、前線ではヘルメットをポット代りに粉末コーヒーを飲んでいましたので」


 長野の前線話を聞くと、さすがに場数をこなしていると感心する。


「あっありがとうございます少尉、貴重な物資を分けて頂いて」


 神里も頬を少し赤くしながらお礼を言う。


「少尉に言い忘れていました、一応基地内に士官用の浴場もありますので」


「士官用って、あなた達は入れないの?」


「我々一般兵はシャワーのみなので・・・」


 クリスティーは若干腹が立ってきた、戦友同士で差別を行う決まり事が。


「二人共、今日は一緒に入りなさい、私が許可します」


「え?」


 二人共固まってしまった。

 浴場は、基地中央部に大きいテントがあり、その中に浴場がある。ご丁寧に男女別に別れており、女湯は貸切状態だ。


「しょっ少尉のおかげで、紅茶のみならず、お風呂まで頂けるなんて」


 クリスティーは、お湯に浸かる神里の体つきを見て、私より女性らしいと思ってしまった。


「気にしないで、戦友なんだから当たり前よ」


「戦友・・・」


 長野と神里が噛み締めるように天井を見た。


「少尉のおかげで、魔術師の事を考え直しました、 彼等は一般兵の事を下に見る傾向があるので」


 確かに軍内部でも魔術師は一般兵を下に見る傾向がある、私達は優れた人種と言わんばかりに。

 お風呂から上がり、外に出ると雨は止んで、遠くの雲がピカッピカッと雷のように光っている、実際は雷ではなく、砲弾が発射される光だ。


「二人共、明朝の出撃の際はよろしくね」


「こっこちらこそ、お願いしますッ!」


 三人は互いに敬礼し、テントに戻っていった。



 朝は、雨の音で早く目が覚める。もっとも夜中も砲声の音で眠りが浅かった。

 ハンモックから降りると、冷たい感触が足に伝わる。


「あっ・・・」


 失念していた、地面は床は無く泥濘の泥だ。

 本土に居たときの癖が出るなんて、油断大敵だ。足を洗ってブーツを履く、顔を洗って頬を叩いた。

 ここは最前線で、油断すれば仲間や自分が死ぬ。

 白黒の姉妹剣を差し、サブアームの拳銃をホルスターに収める。もう一つのメインアーム、短機関銃のクリスベクターの弾倉を装填し、チャージングハンドルを引き、予備弾倉は胸ポケットに収納する。

 テントから出るとポンチョを着た、長野と神里が待っていた。


「おはようございます、少尉」


「二人共おはよう」


 敬礼の挨拶を済ませ、基地ゲートに向かって歩き出す。


「神里伍長は衛生兵なのに赤十字の腕章を着けないの?」


 確かに神里は腕章を着けていない、通常の衛生兵は赤十字の腕章を着けて敵兵から狙われないようにする。


「腕章を着けると、狙撃兵に真っ先に狙われますので」


 確かに狙撃兵の中には、わざと足を撃って、助けに来た味方を撃つ兵もいる。


「少尉、市内までは徒歩で向かいます、民兵達の武器は通常兵器ですが、対魔術師用の防壁貫通弾を使用していますので、気をつけてください」


 長野の言う防壁とは、魔術師が使う結界の事で、通常弾なら防げるが、貫通弾は弾に魔術刻印が施されている対魔術師用の弾だ。


「わかったわ」


 クリスティーの胸に緊張が走る、攻撃にはアドバンテージがあるが、防御は普通の人間と同じなのだから。

 基地のゲート前に戦車と歩兵部隊がいる。


「ラッキー」


 長野が戦車に駆け寄って、車長と話し込んでいる。

 クリスティー達に手を振りながら。


「少尉~市内まで乗せてってくれますよ~」


 なんと長野は戦車をヒッチハイクしたのだ。

 戦車の装甲の上に乗り、移動するのはお尻が痛くなる。

 車長は年配の兵士で、目的地はクリスティー達の隣町だ。


「いや~おじさん助かったよ」


 長野は、おじさんと呼ばれた車長の肩を叩く。


「お安いご用よ、可愛らしい少尉さんを乗っけて、この戦車も喜んでいるよ」


 車長は戦車の装甲をバンバン叩いた。

 戦車の列が街にに差し掛かった瞬間、真横から閃光が光ると同時に最後尾の戦車が爆発した。


「総員降車ッ!戦闘配置!」


 車長が告げると全員急いで戦車から降りて、建物に隠れる。


「対戦車砲が民兵にあるなんて」


 瓦礫の山から閃光の方を覗き長野が言う。


「あれは対戦車砲じゃないわ」


 クリスティーが冷静に状況把握した、砲撃音がせずに閃光と同時に爆発したからー


「敵は魔術師よ」


 こちらが戦場に魔術師を投入した時点で、敵も魔術師を投入し対抗措置をとるなんて、不思議なことじゃない。

 戦車の砲塔が旋回し砲撃を始める。すぐさま2回目の閃光が走り、更に1両破壊される。

 クリスティーが戦車後部にある電話機を取る。


「砲撃を止めて隠れてください。私が仕留めます!」


「仕留めるって、少尉さんが!?」


「そうです、死にたくなかったら急いで!」


 車長も少尉の命令に従い、戦車は物陰に隠る。

 こんな所で魔力消費が激しい神器を使うなんて。

 クリスティーが物陰から出て通りの真ん中に立つ。


「危険です!少尉ッ!」


 物陰から長野と神里が叫ぶ。クリスティーは二人の顔を見て、大丈夫よって呟いた。

 白黒の姉妹剣の黒剣を抜剣する。


「主よ我に力を、我らに牙を剥く悪魔に煉獄の苦しみを与えたまえ」


 クリスティーの黒剣が、朱色に光りだす。


「凄い魔力・・・大気の魔力までが集まってる」


 神里から驚きの言葉がでた。クリスティーの構えた剣に魔力の光りが渦を巻いて集まっている。


「ジャッチメントッ!」


 クリスティーが叫ぶと同時に剣を振る。

 朱色の衝撃波が、魔力反応があるビルに命中し、怒号を響かせて崩れ去る。魔力反応もビルと共に消えた。

 通りに静けさが戻る共にー


「ご無事ですか!?少尉ッ!」


 長野と神里が抱きついてきた。

 半泣きの二人をなだめながら、車長や他の兵士達も歓声を上げて寄ってきた。


「お見事です!少尉」


「さすが少尉さん!」


 みんな矢継ぎ早に感謝の言葉を述べた。

 感謝の言葉を聞きながら、クリスティーは破壊された戦車を見る。

 私がもっと早くジャッチメントを使っていれば、彼等を救い愛する者がいる場所に帰還することができたかなと。

 すぐさま上官の言葉を思いだす、戦場で、もしもは考えるだけ無駄だ、無事に戦友と自分が帰還する事だけ考えろと。

 今度は白剣を抜き、破壊された戦車に近付く。


「主よ、彼等の魂に安らぎを、彼等と彼等を愛する者達に希望の光を与えたまえ」


 白光を放つ剣を兵士の亡骸に向かって振る。

 振った瞬間に散っていった白光が、白き羽が舞ったように見え、苦痛に満ちた顔が微かな笑みに変わる。

 これが彼女と契約し、彼女が私に与えた悪魔を撃つ剣と死者に安らぎを与える天剣、姉妹剣のジャッチメントだ。


 車長達と別れて徒歩で市内に入る。

 相変わらず雨は降り続き、身体が冷えてきた。遮蔽物から遮蔽物に隠れながら、長野、クリスティー、神里の順に進む。


「少尉、この先に屋根付きの家がありますので、休憩しましょう」


「三ツ星ホテルなら助かるんだけど」


 クリスティーが冗談半分に言う。


「残念ながら、三ツ星ホテルに予約してるなら、私達も招待してください」


 長野の返しに三人の顔に笑みが浮かぶ。

 案内された家は、平時なら三ツ星に程遠いが、雨が防げるなら上等だった。窓は割れ、壁には子供の絵や写真が飾られている。

 グランドゼロが起こらなければ、ここの家族も普通に暮らしていただろう。


「今コーヒーを淹れますから、もっとも少尉の紅茶には負けますがね」


 長野はリュックからポットとバーナーを出し、水筒の水を注いだ。

 バーナーの灯りで部屋の中が、ほんのり明るくなる。


「少尉、腕が負傷してます」


 神里がクリスティーの左腕を指差す。


「大丈夫、戦車が爆発した時の破片で切ったのよ」


「ダメですよ、破傷風になりますから手当てします」


 救急バックから殺菌剤と包帯を取り出す。

 さすが衛生兵だけあって慣れた手つきだ。


「どうぞ少尉」


 長野がステンレス製のカップを差し出す。


「ありがとう」


 受け取ったカップは、温かく冷えた体に染みる。

 神里にもカップを渡し、長野は壁に寄りかかる。


「しかし少尉の武器には驚きましたよ、ビル丸ごと破壊するなんて」


 長野が感心と驚きを言う。


「あはは・・・あれでも威力を抑えたんだけどね」


 二人が嘘でしょ?って顔つきになる。


「私のジャッチメントは魔力消費が激しい神器なの。幸いにも私の魔力量は多いからいいけど、補助として魔力結晶に魔力を貯めているのよ」


 クリスティーが首もとから認識票と一緒にエメラルド色の結晶石を出す。


「抑えても、あの威力なら凄いですし、全力なら、かなり凄そうですね」


「あはは、多分ね」


 神里の感嘆を笑って誤魔化す。以前、旭川戦線で全力を出したら山一つが吹き飛んで、上官に死ぬほど怒られた記憶がフラッシュバックする。

 談笑が盛り上がってるところで、足音が外から聞こえた。三人は目くばせして、長野はバーナーの火を消し、窓際に隠れる。

 クリスティーが窓から覗き見ると、道路向かいの瓦礫の家に何人かの兵士がいる。

 よく見ると国防軍の軍服を着た兵士だ。

 胸ポケットからライトを取り出し、等間隔に点滅させて合図する。

 向こうも気づき、ライトを点滅させて、こちらに走ってきた。


「味方で助かりました」


 兵士の一人が言う。


「あなた達、所属は?」


 クリスティーが兵士の一人に聞く。


「第1歩兵師団、A中隊所属の中島軍曹です、この近くにヘリが墜落した為、救助に向かう途中でした」


 救助に向かうにしては、数人の兵士だけだ。


「他の隊員は?」


「襲撃され指揮官は死亡し、他の隊員も死亡もしくは行方不明で、自分が指揮官代行です」


 状況説明している最中に中島の無線機から声がでる。


(民兵に取り囲まれて銃撃を受けている!救助部隊はー)


 無線機の声が途中で途絶える。ヘリの生存者の声だ。

 事態は切迫している、クリスティーは二人と顔を合わせて。


「軍曹、私達も手伝うわ」




 軍曹の話しを地図で確認すると、墜落現場は、休憩した家から遠くない位置だ。

 十字路に差し掛かった瞬間に機関銃を載せた民兵の武装トラックの機銃掃射に足止めされる。


「長野一等兵ッ!牽制射撃して、弾切れに追いこんでッ!」


 クリスティーが指示を出し、すぐさま長野が壁際から牽制射撃をする。

 機関銃の銃手は、目標を長野に定めて撃ち続け、長野も壁際から撃っては隠れを繰り返す。


「装填します!」


 長野が空弾倉を外し、腰の予備弾倉を装填し、チャージングハンドルを引いた瞬間ー


「くッ弾が詰まりました!少尉」


 ライフルが弾詰まりを起こしたが、敵の機関銃も弾切れで弾帯を交換し始める。


「私がやるわ!」


 クリスティーが短機関銃で牽制射撃を続けながら近づき、ホルスターから拳銃を抜き、撃ち続ける。

 弾は銃手に命中し、トラックの荷台から地面に倒れる。

 銃手が倒れると、トラックも急発進して交差点から逃げた。


「衛生兵!」


 軍曹の呼び声が響く。

 神里が駆けつけると、軍曹の部下が腹部と脚を撃たれている。大腿部から、おびただしいほど出血していた。


「動脈を撃たれたかもしれない!直ぐに救護ヘリを呼んでください!」


 神里が痛み止めを足に打ち、軍曹が無線機で通信する。


「指令部、至急救護ヘリを要請します!座標はー」


 すぐさま指令部から返信が入る。


「救護ヘリは飛ばせられない。現在、戦闘ヘリが、他の作戦地域に緊急発進している。悪いが護衛機無しでは救護ヘリは出せない・・・」


「了解、通信アウト・・・」


 指令部からの返信に静まりかえる。


「軍曹・・・救護ヘリは・・・」


 撃たれた部下が軍曹に問う。


「すぐに来るから、お前がこんな傷で死にはしない」


 優しい嘘しか思いつかない。


「妻に送る手紙が血塗れに・・・」


 撃たれた足のポケットから、赤く染まった手紙を取り出す


「軍曹、代わりに手紙送ってください・・・」


「こんな傷は直ぐに治るから、自分で送れ」


「ヘリの音が聞こえ・・・」


 傷を抑えていた神里が、直ぐに心肺蘇生を始める。

 必死に蘇生術をやる神里の肩にクリスティーが手を添える。


「もういい・・・死んだわ」


 クリスティーを見上げる神里は、涙を拭って、自分に言い聞かせるように。


「・・・はい」


 クリスティーが、彼の遺体から予備弾倉を取り出す。


「少尉?」


「彼に弾は必要ないわ。長野一等兵、あなたのライフルと口径が同じだから、使いなさい」


 クリスティーの行動は、あまりにも現実的だった、死者に弾は必要ない。

 血塗れの手紙を自分のポケットにしまい込み、認識票を取る。


「墜落現場は近くのはずよ、先を急ぎましょう」


「・・・了解」


 地面に横たわる彼を見て、クリスティーも心の中の自分に言った。


(戦場ではよくあることよ、さっきまで生きてた人間が死ぬなんて)



 再び雨が降り始めた。

 墜落現場と思われる場所にたどり着くまでに、小規模な戦闘を繰り返し、弾と魔力が心許なくなってきた。

 ヘリは交差点の真ん中に墜落しているのが見える。


「少尉!墜落したヘリです!」


 長野と神里が駆け足で交差点に入ると思わず足を止める。


「何なのこれ!?」


 クリスティーも思わず足を止めた。

 ヘリの周りは、体の内部から爆発したような、人らしき者が数体ある。


「なんだよ、エサに食いついたのはこれだけかよ」


 聞きなれない男の声がした。

 直後、長野の背後に人影が瞬時に現れて、手に握るダガーが長野の目先に迫る。


「しまっー」


 その刹那、クリスティーのジャッチメントが男のダガーを、火花を散らしながら弾く。


「チッ」


 男は直ぐに間合いを取る。


「あなた、ただの民兵じゃなさそうね」


 打ち合っただけで、強いと感じた。


「はっ!ご名答だよ、お嬢ちゃん!」


 素早くクリスティーの懐に入り、ダガーを振りかざし、ジャッチメントとつばぜり合いになる。


「くっ、あなた傭兵ね!」


「おうよ、人殺しが好きで好きでたまらない傭兵だッ!」


 瞬間、クリスティーの腹部に激痛が走った、もう片方の手で腹部に拳を食らい、離れた瞬間に回し蹴りで吹き飛ばされる。

 瓦礫の壁に打ち付けられたが、直ぐに体制を立て直し、拳銃を男に撃ち込む。

 男の目の前で、弾が壁みたいな物に阻まれて消滅した。


「!?」


 魔術師の結界なら、弾かれる瞬間は視認できるが、弾自体が消滅するなんて。


「ほぅ。やるじゃないか、お嬢ちゃん」


 思考をめぐらせる、分解術式なのか?それとも未知の術式か?


「今度は、こっちから行くぜ!」


 男が突進してくー

 気づいた瞬間には、肘鉄が胸部にめり込む。


「くッ!?」


「もう一丁ッ!」


 続けて蹴りがくる瞬間に手で払いのけて、間合いが再び開く。

 強い・・・格闘術は私より数段上だ、おまけに肋骨も何本か持っていかれた。

 額の血を袖で拭い、覚悟を決める。全力を出さないと、こちらが殺られる。

 獄剣を右手に、左手に天剣を構え、荒い息を整えた。

 クリスティーの目つきが、変わったのを悟ったのか、男も身構える。

 魔力を手足に集中させ、スピードを上げて斬りかかる。


「はぁーッ!」


 速く、もっと速く斬りかかれ。

 斬撃同士がぶつかり合う。

 男のダガーを弾き、一瞬の隙ができる。


「もらったーッ!」


 獄剣の刃が、男の心臓目掛けて突き進む。


「チッ!」


 男が左手を獄剣の前で広げた。


「!?」


 ジャッチメントまでも、壁に阻まれる。


「突き破れ!ジャッチメントッ!」


 クリスティーの声に呼応するように、ジャッチメントが輝き、壁を破壊する。


「テメェ、神殺しの神器かッ!?」


 男が呟いた瞬間、ジャッチメントが貫き、爆風が吹き荒れる。

 粉塵が落ち着き始め、互いの姿が煙の間から現れた。

 クリスティーはジャッチメントを地面にに刺して、片膝を着き魔力もほぼ使いきった。


「あぶねぇあぶねぇ、これがなかったら、死んでたぜ、お嬢ちゃん」


「嘘でしょ・・・」


 確かに手応えがあった、なのに男の体は左腕に傷を負ってるだけだ。


「もっとも、プロトタイプじゃこの程度の、戦闘で砕けちまうのが難点だがな」


 男は左腕のブレスレットを見せてきた、さっきまであった魔力結晶らしき物が消えている。

 男がクリスティーに近づく。


「じゃあなお嬢ちゃん、結構楽しかったぜ」


 振り上げたダガーがクリスティーに振り下ろされようとする。


(ここで終わるなんて・・・父さんの仇もとれないなんて)


 切っ先が迫る、その刹那。

 一発の弾がダガーを弾き飛ばす。


「ちッ何者だテメェッ!」


 男がクリスティーの背後にいる者に叫ぶ。


「これから死ぬ奴に名乗っても無駄だろ」


 クリスティーは聞き覚えある声に驚いた。

 国防軍の戦闘服ではない、黒の軍服を身に纏い、上闇夜の黒髪に精悍な顔立ち。


「ずいぶんな顔してるな、バカ娘」


「大・・・大佐・・・」


 思わずあ然とする。


「どうした?白馬の王子様が助けに来てやったのに、感謝の言葉もないのか?生娘」


 大佐と呼ばれる男がクリスティーの顔を覗き込む。


「きっ生娘!?」


 クリスティーの顔が赤面する。

 何故だろう、大佐が来て嬉しい反面、いけすかない大佐の顔を殴りたくなった。

 傭兵の男が仕込みのダガーを握り、大佐に向かって来る。


「お取り込み中悪いが、その首もらったッ!」


 突如、傭兵と大佐の間に境界線を引くように低空飛行する戦闘機の機銃掃射の土煙が上がる。


「ちッ!」


 傭兵もさすがに立ち止まり、空を見上げる。


「いくらお前が強くても、流石に分が悪いだろ?」

 そう大佐が言うと、背後に戦車数十両が地鳴りを響かせ行軍し、上空には無数の戦闘機が轟音を轟かせて羽ばたいている。

 流石に分が悪いと悟ったのか。


「今回の勝負はお預けだな。また戦場で会おうぜ、お嬢ちゃん。」


 別れ際に言い残し、降りしきる雨の中に消えて行く。


「まっ待ちなさっ・・・」


 クリスティーが立ち上がろうとしたが、激痛で力が入らず、目の前が暗くなり倒れこんだ。



 今でも夢で見る。

 グランドゼロが起きる前に父さんが殺された瞬間が。

 逃げ惑う人を掻き分けて、父さんを見つけた時には、金木犀の花色をした髪の少女の剣が父さんの体を貫いていた。

 私は母さんに連れられて、国防軍の避難ヘリで脱出し、グランドゼロを間逃れた。

 私は忘れない。母さんに手を引かれながら見た、あの悪魔を。



 目を開けると白い天井が見えた。

 痛みに耐えながら、体を起こす。


「目が覚めた?上沙ちゃん」


「大場大尉・・・?」


 大場と呼ばれた女性士官は薄茶色のセミロングの髪を片耳にかけ、いつも笑顔が絶えない癒し系の顔つきで、お姉さんみたいな人だ。


「後で二人にお礼を言っときなさい。 ずっと看病してたんだから」


「看病?」


 クリスティーが自分のベッドに視線を向けると、長野と神里がもたれ掛かって眠っている。


「待っててね、すぐに光こうちゃん呼んでくるから」


「光ちゃんと呼ぶな、俺は上官だぞ」


 カーテンが開き、光ちゃんもとい大佐が現れる。


「え~いいじゃん。同期なんだから、ね~上沙ちゃん?」


「あはは・・・」


 同意を求められても、返答に困る。

 クリスティーの治療の痕を見るなり。


「また一段と派手にやられたな、バカ娘」


 見たら負けだ。ニヤケ顔の大佐が目に浮かぶ。


「バカって言うのやめてもらいます?上沙クリスティーって言う立派な名前があるんですから」


 ベッドの上から断固抗議する。


「はぁ~、バカにバカと言って何が悪い、生娘」


「なっ・・・」


 クリスティーの顔がみるみる内に赤くなる。

 いけすかない大佐の顔面にジャッチメントを叩きつけてやりたい。

 すかさず大場が手を叩き、仲裁に入る。


「ごめんねぇ~上沙ちゃん。光ちゃんって、見た目は大人、中身は子供の日本代表だから」


 さらりとヒドイことを言う。


「私だって、未知の術式が無ければ勝てましたよ」


「未知の術式?」


 大佐と大場が顔を合わせる。


「はい、相手が手の平を広げたら、ブレスレットの紫色の魔力結晶みたいなのが光って、銃弾が消滅するし、ジャッチメントも弾かれそうにー」


「上沙、次にそいつに会ったら、全力で逃げろ」


 大佐の目つきがいつもと違う。


「何故ですか!?敵前逃亡なんて出来まー」


「黙って言うことを聞け!これは命令だ!」


 大佐の怒鳴り声に体がビクッてなる。

 大場に助けの視線を向けるが。


「上沙ちゃん、今回は光ちゃんの方が正しいわ。逃げないと、あなたは、確実に死ぬわよ」


 病室の空気が重くなる。


「大場、三人の辞令をお前から渡せ。俺は外の空気を吸ってくる」


 大佐が病室から出て行ったのを確認して大場がフォローする。


「上沙ちゃん、光ちゃんを悪く思わないでね。

 本当は心配して、毎朝送られてくる死傷者リストを朝一で確認したり、現地の司令官にお願いして色々と便宜をはかってくれるようにお願いしてたの」


「大佐が?」


 信じられない、あの大佐が。


「本人には口止めされてるけど、あぁ見えて根は優しい人だから」


 大佐を語る時の、大場の優しい顔つきが、やけに印象的だった。


「さて、二人とも起きてるんでしょ?」


 大場が神里と長野の肩をポンって触る。


「すっすみません」


「その場の雰囲気で、起きるに起きれなくて」


 やれやれという顔つきで大場が二人に辞令を読む。


「長野一等兵、並びに神里伍長!」


「はい!」


「参謀本部より辞令を言い渡します。明日付けで後方勤務に転属を命じます、二人とも一階級昇進よ」


 大場が二人に辞令書を渡し、襟具備の階級章を付け替えてあげる。

 二人が喜んでいるのを横目に、大場がクリスティーに囁く。


「光ちゃんが、人事部に頭を下げてお願いしたの、バカ娘の面倒をみてくれたんだから、これくらいしないとって」


 大場が、大佐の口調を物まねして笑いがこみ上げる。

 咳払いし、大場がクリスティーの辞令を読む。


「上沙クリスティー少尉、明日付けで第一歩兵師団から参謀本部直属の特殊作戦群に異動を命じます」


「了解しました!」


 敬礼し辞令を受け取る。

 そして大場から写真も渡された。


「何日か前に街の監視カメラが、その写真の人物を写したの、既に参謀本部から抹殺命令が出てるのよ」


 思わず写真を握る手に力が入る。

 写っていたのは、少年と金木犀の花色をした髪の少女だ。


「遂に見つけた・・・悪魔に神の裁きを下してやる」


 小さく呟いたクリスティーの顔は歪んだ笑みに満ちていた。




 病室を後にした大場は屋上に上がる。


「よく俺がここに居るってわかったな」


 扉を開けた先には、大佐が手すりにもたれ掛かっていた。


「昔から言うじゃない、馬鹿は高い所が好きってね」


「あんだとっ」大佐の眉間にシワが入る。


 大場も手すりにもたれ掛かかり。


「ねぇ、上沙ちゃんが言ってた紫色の結晶石って」


「ああ、間違いないパンドラの箱だ。10年前の亡霊共が研究を続けてるらしい」


「でも当時の人達は、あの人があちら側の世界に連れてったじゃない?」


「一部の研究者は勘づいて逃げたって言うし、研究資料はブラックマーケットで高く売れる話しだ」


 大場が胸ポケットから手紙を渡す。


「これ情報部に頼んでた例の件、場所がわかったわよ」


「悪いな」


 手紙の内容に目を通す。


「調べるのに苦労したらしいわよ、身内が絡んでいるって言うし」


「めんどくせぇ連中が、亡霊の研究を続けているからな」


「それにしても、たかだか女の子一人を抹殺するのに命令が早すぎるわよ、脅威レベルだって分からないし。それと参謀本部から送られてきた、()()()()()()()はどうするの?まさか実行する気?」


 大佐を見る大場の顔が険しくなる。


「そっちは俺が何とかするから、心配すんな」


 空を見上げる光ちゃんを見て、ため息が漏れる。


「いっつもそう。昔から光ちゃんは、自分で解決しようとして他人を頼らない」


「そうか?」


 とぼける大佐に、やれやれって顔で見る。

 冷たい雨が止み、優しい虹の光が二人を包み込む。


「生き残ってる同期は、いつの間にか私達だけになっちゃったね」遠くの積乱雲を見つめ呟く。


 大佐がおもむろにタバコを取り出し、火を着ける。。


「大場、()()()が怪しくなってきたから、本土行きの輸送機を手配してくれ。一足先に帰るぞ」


「光ちゃん!」


「なんだよ?」


 大場の顔も雲行きが怪しくなっていく。


「タバコはちゃんと喫煙所で吸って!副流煙で死んじゃったら、誰が光ちゃんの面倒見るの!」


「お前は、俺の親か!」


「私は先代の戦隊長の命令で面倒みてるの!光ちゃんに何かあったら、先代の戦隊長に顔向けできないし」


 流石の大佐も戦隊長の名前が出たら敵わない、戦隊長の命令でグランドゼロを二人は免れたから。


「わかったから。それとー」


「例の傭兵の調査でしょ、それと上沙ちゃんの輸送機は手配しなくていいの?」


 相変わらず勘が良いと言うか、優秀な副官だ。


「バカ娘は漁船にでもー」


 言いかけた瞬間に大場が睨む。可愛い部下をいじめないでよねって。


「・・・わかった、手配を頼む」


「素直で宜しい」


 大場の顔に笑顔が戻る。

 二人の頭上の虹は消え、ポツポツと雨が降ってくる。

 東京(運命)に集いし人間達は、虹の光のように明るい未来を得るか、降りしきる雨の如く悲しい未来を迎えてしまうのか。

 

 


 



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