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番外編 信じて裏切られて

クリスティー達を乗せたジープは白く雪化粧された森を駆け抜け、後方には輸送用のトラックが後に続く。


「情報部からの情報によると増援の機甲師団が稚内港に上陸したって今朝連絡が来たわよ。早ければ明日には此方に来ると」


「チッ、予定よりも早いな。こっちの第二機甲師団はどうした?」


「今朝も急がせたけど、全力出撃準備中だってよ」


「頼りにならねぇな、道産子連中の奴等」


中佐が写真を見ながらぼやいた。写真には輸送船から降ろされている多数の戦車等の偵察写真だ。


「確か上沙准尉と言ったなお前」


「はい」


「後で有坂准尉も呼んで来い。お前達に任務がある」


中佐はそう言うと資料に目を通し始めた。資料に添付されている少女の顔写真があった。服装からして連邦軍の軍人だ。

車列が前線近くで停車する。昼間だと言うのに空は灰色のままだが雪が降って無いだけましだ。

相変わらず血と硝煙の匂いが体から漂っている。シャワーを浴びて無いために自分が臭ってると感じた。

中佐達と別れ、自分のタコツボに向かう。暫く敵の攻撃が無かった為に、みなコーヒーを淹れたりタコツボに屋根を作る為に木の枝を集めたりと思い思いに過ごしてる。

有坂も例外ではなく木の陰に隠れお湯を沸かしていた。もちろん真水は貴重な物資だから雪を溶かしてだ。


「おかえり。有坂様特製コーヒーを淹れてるけど飲む?」


「うん、飲む」


コップを受取りコーヒーを注ぐ。冷えきった手が温まるのを感じるハズが感触が薄い。手が凍傷になりかけているだと気づいた。


「手をマッサージして、お湯に浸けるといいよ。私もなりかけているから」


そう言うと有坂はヘルメットをバーナーの上に置き、雪を敷き詰める。お湯を沸かしてくれるみたいだ。

防寒着が不足している為に薄いコートしかない。運が良ければ予備のくつ下をマフラーと手袋代りだ。


「状況は?」


「今朝の攻撃以降は静かなもんだよ。散発的な砲撃や狙撃があるけど目立った動きは無し」


有坂はそう言うとお湯を沸かしているヘルメットを指指した。よく見ると穴が左右に空いている。


「私も危うく頭に風穴が空く所だったよ。立て掛けたライフルにヘルメットを被せていたらこの通り、そっちは?」


「救護所に医薬品は殆ど無かった。遺体が道路脇に積まれてる惨状、あと中佐が任務があるから後で私と一緒に来いってさ」


「後方勤務に移動ならありがたいんだけどね」


「猫の手も借りたいくらいなんだからあり得ないでしょ。連邦軍の機甲師団が早ければ明日には対峙するみたいよ」


「味方の戦車は無いし、悪天候続きて補給物資の空中投下も無いときて。唯一豊富なのは雪だけと!」


有坂が丸めた雪玉を投げつけた。


「クリスに良いものあげるよ」


有坂がポケットから缶詰を出した。よく見るとフルーツの缶詰だ。


「フルーツの缶詰なんてどうしたのよ!?」


「補給士官が失敬してきた」


缶詰を開けると豊潤なフルーツの匂いが広がる。ポケットからフォークを出し、口に運ぶ。ただの缶詰がご馳走に思えてならない。


「久しぶりに味のする物を食べたよ。有坂も食べてみ」


缶詰を有坂に渡し、彼女も口に運ぶと顔がほころぶ。


「旨っ!ただの缶詰が旨いと思うとは」


有坂が感嘆の言葉を述べていると安曇曹長が現れ、急いで缶詰を隠す。


「お前達、フルーツの缶詰を食べている奴を見なかったか?」


二人して顔を合わせ、少し緩いヘルメットを揺らしながら首を振り反応する。


「み、見てませんけど、どうかしました?」


「いやな、補給士官からフルーツの缶詰を盗んだバカが居るみたいなんだが、問題は缶詰の消費期限をかなり過ぎた奴らしいから、食べたら腹を壊しかねないと。お前達も見かけたら報告してくれ」


「・・・・・・ハイ!」


曹長が居なくなると急いで吐き出したのは言うまでもない。



中佐の居るテントに行く途中で二人はお腹が鳴り始め、何回も茂みに隠れた。危うく缶詰に殺されかねない。


「有坂准尉、上沙准尉、参りました!」


「入れ!」


テントの中は暖かい空気に包まれていた。卓上には地図が広げられ、敵味方の勢力図が描かれている。近くには小さな薪ストーブが淡い暖色系の光を出しゆらゆらとテントの中を照らす。


「お前達に任務をやる。情報部の情報によると昨日、連邦軍のスペツナズが前線に加わるとの事だ」


「中佐、スペツナズとは?」


「スペツナズは連邦軍の魔術部隊だ。破壊工作に要人暗殺等を引き受ける精鋭部隊で、お前達には、そいつらを相手してもらう。本来なら俺と大場で相手するが、指揮官という立場上、離れられないからな」


「我々は訓練兵ですよ!、連邦の精鋭なんかとじゃあ相手になりませよ!?」


「お前らバカか?戦場に訓練兵なんて言い訳が通用するかッ!相手はこっちの事情なんて考慮せず殺しにくるぞ。魔術師はお前らと俺らしかいないんだから気合い入れろ、分かったか!」


「は、はい!」


戦場で相手の事情なんか知るよしも無い。まして互いに仲間を殺されているから、尚のこと殺意に満ちている。誰だって死にたくないから。

大場中尉が小型のコンテナケースを二人の前に置きロックを解除する。

コンテナケースの中からは三本の剣が納められていた。


「お前達の神器、ジャッジメントとメジャーハートだ。それと写真の人物がスペツナズの奴らだから覚えとおけ」


深い銀の髪色に雪原の様な肌の色。バイカル湖の様にな淡い色の瞳をした少女。もう一人は凛とした艶めかしい女性だ。

少女の方は何処かで見たことがある気がした。


「まともにやればお前らじゃ殺されるのが落ちだ。だから死なない戦いをしろ、いいな?」


「はい・・・・・・」


二人は渇いた口に湧いた唾を飲む。相手は戦闘慣れしたスペツナズだ、真っ向から挑んでも殺される。


「説明は以上だ。戦場に現れた場合はお前らが戦え、通常時は小隊の指揮を執る。第二、第三小隊には話しを通してあるから心配するな。あとお前らの中隊長は何処にいる?全く、見かけないんだが―――有坂に上沙、何してんだ?」


二人を見ると互いにお腹を押えこんでいる。どうやら缶詰の呪いが続いてるみたいだ。


「す、すいません・・・・・・。食べた缶詰が悪かったみたいで。お腹がちょっと・・・・・・」


「私もです・・・・・・。し、失礼します!」


お腹を押えながら走って退出して行く姿に中佐は頭を抱え、大場は笑いを堪えている。


「何笑ってんだよ」


「いや~あの二人が八咫烏の次期隊員候補だと思うと可笑しくってね。どっかの誰かさんも戦場でお腹を押えてたなって」


「うるせぇ。有坂はともかく上沙は駄目だな」


「駄目って?実力ならお父さん譲りじゃないの?」


「実力は認める。だが、あれは駄目だ。優しすぎるから、いつか自分のしたことが許せなくて罪の意識に悩まされるタイプだ」


「道を踏み外さない様に導くのが大人の役目だよ、光ちゃん」


「分かってる。何かあったらクレトさんや先代の戦隊長に怒られるからな」


昔を懐かしむ様にストーブの炎を見つめる中佐に大場も昔を思い出した。まだ士官学校の生徒で右も左も分からない小僧と小娘だ。あの頃が無性に懐かしく思う。



サーシャは苛立っていた。今朝の攻撃が失敗し基地に帰ってきた部隊の士気の低さに。だが仕方ないのかもしれない祖国から離れ、遠い戦場なのだから。

この戦争がなければ平和に今日を迎え、明日も変わらぬ日常が待っていると信じただろうに。

サーシャ自身も、この戦争の大義を信じられなくなってきた。日本が連邦に戦争を仕掛ける予兆があった為に先制攻撃をすると。

確かに日本が連邦に宣戦布告をする予兆はあった。だがグラウンド・ゼロの事件で日本の政治は混乱し、戦争どころじゃないはずだ。

事実、第一波上陸部隊は多少の抵抗があったが成功した。戦争をやる気なら水際の防衛戦は常識だ。裏をかくなら連邦を内陸部に侵攻させ、機甲師団による待ち伏せ攻撃と航空機による波状攻撃を仕掛ける、自分ならそうする。


「党本部の豚共の為に連邦の未来が無駄死にか・・・・・・」


「サーシャ、何か言いましたか?」


「何でもないよアンナ。帰還した兵達に十分な休息を取らせてあげて」


「はい。増援の機甲師団が明日にはこちらに到着との事です」


「分かった。機甲師団が到着次第、敵戦線を突破し一気に旭川になだれ込む。それまでは砲撃し敵を不眠不休にさせる。それと・・・・・・」


「ユーリの事ですね。昨夜、砲撃の合間に捕虜狩りで捕まえた敵将校で何か分かると思いますよ」


「うん。あとは無能な司令官の件を頼むよ、アンナ」


「既に強制送還させましたからご安心を。ですが―――」


今朝の攻撃失敗の責任を取らされ現地の司令官は解任され祖国に強制送還された。代わりにサーシャとアンナが司令官代理を務める。


「私を忘れてもらっては困ります、サーシャ」


声の方に向けるとサーシャ達と同じ、カーキ色の軍服に、肩は赤地のワッペンに鎌と槌が重なった、金色の紋様が刺繍されている軍服に、薄い金色の髪を編み込んだ少女だ。


「ミーナか。僕は君のことを呼んでないよ」


「私は党本部から直々に命令されたんだから無視しないで!サーシャ達が失敗したらスペツナズの名誉が穢れるからね、同志アレクサンドラ」


「君が来たのなら、僕達はよっぽど党本部に信用されてないのかね。スペツナズ兼政治将校こと同志ミーナ」


政治将校は連邦軍のとは独立した指揮系統で主に政治犯や脱走兵、思想犯の逮捕、場合によっては略式裁判で銃殺または強制送還し収容所送りにできることが党本部から与えられた権限だ。そして移民排除政策で積極的に移民を収容所送りにしていた組織でもある。


「サーシャ達を協力しに来たんだから恐い顔しないでよ!一応、()()()()()忠告するけど、失敗すると党本部と貴女との間で交わした密約が危ないからね」


「僕には失敗が許されないの分かってるよ。みんなの為にね」


「ならいいんです。私は日本人を殺せるなら文句はありませんから」


サーシャはそう言うと軍帽を深く被り目を隠した。ミーナもそれ以上は何も言わずに、ネックレスに通した指輪を触りながら目の前の車列を眺めて故郷を思い出す。



連邦の構成国家の一つであるウルレイナ。極東では戦争をやっていて、隣国には帝国と教会の国家があるが平和な毎日を送っていた。

ある日の事だ。ミーナは農家の娘で、この日も何時もの様に家族総出で朝から畑で働いた。

昼になり、昼御飯を食べようと家に戻ろうと家路の途中、道路脇に一台の車が止まっている。

ウルレイナも連邦の構成国家ではあるが、裕福な国家とは言えず主要な産業は作物の生産で、車は持っていても年季のはいったボロ車しかない。だがその車は連邦首都の赤の城ことクレムリンにありそうなピカピカの車だ。

車に近づくと男性が困り顔をして立っていた。少し赤毛が入った短めの髪に眼鏡を掛け、胸には赤星のバッチ。赤星のバッチは党の重役家系にか着けるのを許されない特権だ。


「あ、あの・・・・・・何かお困りですか同志?」


ミーナは恐る恐る男性に声を掛けた。すると男性は顔中に冷汗をかきながらこちらを向いた。


「いや・・・・・・車が故障してしまいまして。明日、クレムリンで大事な手術の予定があるんですが。手術と言っても私は助手なんですけどね。ってすいません、貴女にこんなこと言っても困りますよね」


「いえ・・・・・・」


二人は暫く黙り込み時が過ぎる。互いに何か言おうとするが何を言っていいのか。


「「あのっ!」」


同時に声を出し謝ってしまう。


「お先にどうぞ同志!」


「貴女の方が先に!」


お互いに譲りあってしまい顔を赤らめる。するとニーナが男性に提案する。


「もしよろしければ父を呼びますので、父なら車の修理ができるかと、同志」


「それは助かりますが、いいんですか?」


「はい!すぐに呼んで来ますのでお待ちください!!」


ミーナは履いていたロングスカートの両端を捲り上げて走り出した。

暫くするとニーナが父の腕を引っ張り、父は血相変えて走った。

父の第一声は以外なものだったと覚えている。


「同志!娘が何か失礼な事をしませんでしたか同志!!」


「はい!?」


「申し訳ありません!この通り娘は世間知らずの為に、収容所送りだけはご容赦ください!」


父は男性の手を握り懇願した。男性は父に訳を説明すると表情が一変する。


「車の修理ならお安いご用です、同志!修理の間は私の家で食事を食べて下さい。自慢ではありませんがミーナの料理はウルレイナで一番です」


「助かりますが、ご迷惑ではありませんか?」


「とんでも御座いません。大したおもてなしは出来ませんが、ほらミーナ!同志をご案内しなさい!」


「は、はい。こちらです同志。家は近くですので」


「僕はミハイル。名はミハイルと言います、ミーシャと呼んでください。ミーナさん」


父は近所の人達を呼び、手押しで家まで押して運ぶと言い走っていった。

ミーナとミーシャは家に着くまでの間、他愛ない会話した。ミーシャはミーナよりも歳が上で、駆け出しの医者だと言う。


「ウルレイナは良い所ですね。温かい人が大勢いて。僕は駆け出しの医者で、ウルレイナは医師不足だから援助スタッフの一員として来たんだけど・・・・・・自分の無力さを思い知りました」


連邦は日本と戦争をしている為に、党が国民総動員で闘うべし!とのスローガンの元に医師や兵士を極東に送りこんでいる。その影響で各地で深刻な医師不足と労働者不足に悩まされていた。


「そんな、同志ミハイルは立派です!私なんて祖国の為に尽くしたいですが、何の取り柄もない小娘です。たまに町医者様のお手伝いをするだけで・・・・・・」


「お手伝い?」


「はい。なんでも私が患部に手を当てると傷の治りが早かったり、浅い傷でしたら治るみたいで、皆が神に与えられた奇跡の御業だと」


「もしかしてミーナさんは治癒術の才能があるのでは?」


「治癒術?」


「魔術の一種でして傷を癒す力の事です」


「はぁ」


ミーナに取って魔術は縁遠い話だ。話しには聞いた事があるが、魔術師は実物を見たことが無い。魔術師は党本部に優遇されるくらいしか知らない。

ミーシャがミーナの手を握りしめる。


「素晴らしいですよ、ミーナさん!ミーナさんは魔術師の才能があります。いえ、神に与えられた御業ですよ、これは!!」


「え、あの!」


ガッチリとミーナの手を握りしめミーシャは目を輝かせて離さない。ミーナは生まれて初めて男性に手を握りられた為にどうしていいか分からなかった。


「何してるのミーナ?」


振り向くとミーナが成長したらこうなるのかってくらいのそっくりさんが立っていた。


「あ、母さん!?」


ミーナのお母さんは考えた。娘が両手を握られ、あたかも求婚されてるか、襲われてるかの二択だった。

そして後者を選択した。


「私の娘に何してるの!この優男!!」


ミーナが事情を説明しようとしたが時既に遅し。お母さんの右手はミーシャの頬に命中し、干草の山に飛ばされた。


「ミーシャ大丈夫!?」


お母さんには訳が分からなかった。娘を守ったはずなのに、娘は優男の名前を呼び駆け寄るのだから。


「痛たた。大丈夫ですよミーナ。それよりもやっとミハイルではなくミーシャと呼んでくれましたね」


「喋らないでください。傷に障りますから」


ミーナはミーシャの頬に触る。するとミーナの手が光り傷を癒やしてく。

ミーシャは思った、まるで聖女に癒やされていると。

ミーナが母親に事情を説明すると、血相を変えてミーシャの前に膝まついた。


「申し訳ありません!事情を知らぬとは言え、党の重役を殴るなどあってはなりません。私は如何なる処罰も受けますが、家族だけはご容赦下さい」


連邦のまして赤バッチをつけた重役家系を殴るとあっては、一家揃って最悪は死刑か良くて収容所送りだ。


「顔を上げて下さい、悪いのは僕なのですから。すいません、少し興奮しすぎました。ミーナさんも驚かせてしまってすいません」


「いえ。それと母さん、ミーシャをもてなす様に父さんから言われているから手伝って」


「えぇ。どうぞ中に入って下さい、見ての通りボロ屋ですがどうぞ」


母さん余計な事を言わないでよ!って言いたいが事実ボロ屋だ。

ミーシャを食卓のイスに座らせて準備をする。

うちは裕福な家庭ではないから残り物のボルシチを温め直し、さらに小さな壺にボルシチを淹れパン生地で蓋をしてオーブンに入れ焼き上げる。


「ミーシャのお口に合うかわかりませんがどうぞ」


食卓にボルシチや壺焼きのガルショークにパン等、家で用意が出来る範囲でミーシャをもてなした。

あまり出来の良い料理ではないはずなのにミーシャは、それでも美味しいと言い食べ続けた。

太陽が仕事を終え月が仕事を始める為の互いに存在しうる時間に車の修理が終わった。

ミーシャは父と母にお礼を言いミーナに歩み寄る。


「ありがとう、ミーナ。料理も美味しかったよ。君のお父さんの言う通り連邦内でも一、二を争う味だったよ」


「その・・・・・・ありがとうございます、同志ミーシャ」


母さんはこの時から気づいていたと言う。

ミーシャは料理を食べていない時にはミーナを見ていて、ミーナはミーシャが話している横顔をずっと眺めていたと。

別れ際にミーナは追いかけてある物を渡した。

ミーナの家に代々受け継がれるお守りのロザリオだ。

ミーシャは受け取れないと言っていたが、ミーナは無理矢理に首にかける。


「同志は危なかっそうなので貰って下さい。明日は大事な手術なのですから!」


「わ、分かったよ。ありがとうミーナ」


月が光を放ち地を照らし、車の光は地に消える。

ミーナ達は車が消えるまで手を振った。

それから月日が流れて一年経ち、仕事終わりのミーナは何時もの様に畑から帰って来ると家に車が止まっている。

家に駆け寄ると見たことある男性が花束を持ってた。あの時よりも赤毛が多くなっていたが、相変わらずの眼鏡姿に胸には赤星のバッチにロザリオを首にかけている。


「同志・・・・・・ミーシャ。また車が故障しましたか?」


「いや・・・・・・。今日はその、君に用があって来たんだ」


ミーシャとミーナが互いに何か言おうとするが互いに口ごもる。影から父さんと母さんが見えていて二人とも口パクで何か言っているが、何を言っているのか分からない。


「同志!いや・・・・・・ミーナ!!」


「は、はい!」


「なんと言うか、僕は見ての通り頼りない男だ。医者としても未熟者だし・・・・・・参ったな何を言っているんだ僕は。その、つまりだ・・・・・・僕と結婚してくださいミーナ!!」


ミーシャは膝を着いて花束を差し出した。

まるで物語に出てくる王子と姫様だ。実際は小娘と青年だが二人とってどうでも良かった。

結婚するとすれば同じ町の出身かなと思っていたが、まさかこんな形で求婚されるとは。


「はい、同志ミハイル。いえ、ミーシャ。私で良ければ・・・・・・その、末長くお願いします」


「はい!!君を必ず幸せにすると約束する、ミーナ!」


影に隠れた両親は大喜びしていた。娘を貰ってくれる喜徳な方が現れるなんてって、かなり親として失礼な話しだ。


「ミーシャ、一つ間違っていますよ。私は貴方に幸せにしてもらう必要はありません」


「え?」


「二人で幸せになるんですよ、ミーシャ」


自分よりも年下の少女にまさか説教されるとはと思ったらしくミーシャは大笑いしたと覚えてる。

花束も花屋に一番綺麗な花をお願いしますと言ったらしく、しばらく町の話題だった。

結婚式を資金を党が出してくれる代わりに、党主催の感謝会に出席してくれとミーシャに頼まれた。なんでも、あの日ミーシャが助手を務めた手術は党の重役だったらしく、その人がミーシャ達に感謝したいと言っているらしい。

感謝会はクレムリン、通称は赤の城で行うと言われた。

結婚式もクレムリン近くのホテルで行い、両親や友人達の滞在費用等も党が出してくれると太っ腹だ。

一番驚いたのは感謝会に同志書記長が来ると。今まで肖像画やテレビでしか見たことがない有名人でサインを貰おうと考えたがミーシャに止められた。


「ミーシャ。私はパーティーなんて出たことないんですよ、パーティーマナーも知らないし」


「大丈夫だよ。同志書記長が君に会いたがっているからね」


何でも書記長閣下の側近達が話を聞かせたらしく是非会いたいと。

白いドレスは結婚式に取って置きたいと言い、赤いドレスを用意させてもらう。赤ならば党のイメージカラーで悪くないと思ったからだ。

会場の扉が開かれる。会場はどれも党の軍服にロングブーツを履いた男性に、数は少ないが女性も居た。


「同志ミハイル。書記長閣下に気にいられるとは好運ですね、おまけに綺麗な婚約者も手に入れるとは」


「恐れいります、同志アレクサンドラ。スペツナズの方にまで話が及んでいるとは恐縮です」


ミーナがスペツナズと言っていた少女を見る。私よりも歳が若い少女と幼女の間だが美しさよりも可愛さが勝っている。


「僕も書記長閣下にお呼ばれしてね。極東の戦争で幾つか武勲を建てたから勲章授与の為に帰国したのさ」


「それは大変喜ばしい。同志書記長もさぞやお喜びでしょう」


ミーシャはそう言うと席を外した。党の役員から呼ばれたらしい。


「君も気をつけた方がいい。この会場は豚の悪臭に満ちて耐えられん」


アレクサンドラがミーナに話しかけた。


「気をつけるですか?」


「会場には連邦保安局の連中が混ざっているからね。うっかり失言するとシベリア送りだよ」


ミーシャから連邦保安局はスパイの摘発等の防諜が任務と聞いた事がある。


「待ってどういう意味―――」


振り返ったらアレクサンドラは手を振りながら別れを告げだ。


「ダスビダーニャ。同志ミーナ」


暫くするとミーシャが私の手を握り、ある人に案内された。

白髪混じりの黒髪をオールバックに固め、鼻下には口髭を生やしている。

連邦の指導者、ラーニン書記長だ。


「ご挨拶します同志書記長。私の婚約者のミーナです」


「おぉ君か、同志の手術を成功に納めてくれた祖国の英雄は」


「は、初めまして同志書記長!私は何もしておりません。ただ困っていた同志ミハイルを助けたかっただけです」


「ははは、謙遜しないでくださいなお嬢さん。困っている人を皆で助ける、これこそが前書記長が導入した教育の賜物だ!皆もそう思わんか?」


書記長の言葉に皆がグラスを掲げ同意する。


「同志ミーナは、ミーシャの話しだと治癒術が使えると?」


「えぇ」


「ならば看護婦に志願しないかね?知っての通り医師、看護婦不足に悩まされている。是非とも祖国の一員として頼めないか?」


「私で良ければ是非とも同志書記長。祖国の一員として全力で尽くします」


「頼もしい言葉だ。皆も同志ミーナの祖国に対する忠誠心を見習う様に」


書記長はそう言うと会場を退出していった。

今思えば幸せの絶頂期だったかも知れない。結婚式を無事に終え、私は看護学校に入学し卒業と同時に夫と供に軍に志願した。夫は軍医で私は衛生兵として夫を支えた。

後方の病院に勤めている時、軍からの異動命令が来た。

極東戦線で医師と衛生兵が不足している為だ。

夫と私は日本の北海道と言う所に行かされた。乗り込む輸送船からは大量の負傷者を乗せて港に接舷した。手が無い者、足が無い者、火傷の負傷者。

戦場の厳しさを肌で感じる。日本は何故、我々を苦しめる。私達が何をした?

圧倒的国力差なのに何故、降伏しない?


「ミーシャ、私怖いよ」


生まれて初めて怖いと思った。死を身近に感じたからだ。


「大丈夫だよ、ミーナ。君のロザリオがあるからね」


私を落ち着かせる為に手を握るが、ミーシャの手も震えている。

夫も私と同じ様に怖いんだと思ったら妙な安心感に包まれた。

北海道と言う所は何処か連邦に似ていた。雪深い所や平原が古郷のウルレイナを思いだす。もっとも戦車の残骸や死体は転がってないが。

夫は前線軍医として勤務し私は後方で勤務し、

毎日ロザリオを握り締め夫の無事を神に祈った。


「主よ、どうか夫を無事にお戻し下さい。夫を無事に戻す為なら、私の身体をどうかお使い下さい、お願いします」


夫は敵も味方も構わず治療した。兵士達からは敵を助けるのは止める様に説得されたが夫はこう言った。


「君達だって戦場で撃たれれば敵の衛生兵だろうと助けてもらいたいだろ?」


兵士達は何も言い返せませんでした。

私にとって自慢の夫です。


ある日、前線の衛生兵が負傷し私が代わりに衛生兵として夫と同じ前線に立った。

極東戦線は生き地獄だ。撃たれた味方がいるのに退却する戦車に引き殺されるのを見た。遺体は潰れてしまい元が人間なのか分からなかった。

夫や私が幾ら救っても負傷者が後を絶たない。

砲撃が激しく塹壕にうずくまっていると、ふと自分の腕章と肩にかけてる鞄の赤十字が目に入る。だが負傷者が衛生兵と叫んでいるのに恐くて塹壕から出れなかった。

砲撃が止むと同時に衛生兵を呼ぶ声も止んだ。

死んだんだと、そして私は卑怯な臆病者だと理解した。


ある冬の戦場だ。足を撃たれた味方が衛生兵を呼んでいる。味方の兵士が助けようとするが次々に狙撃兵に撃たれる。敵の狙いは助けようとする味方を殺すことだ。

夫が身を乗り出して助けようとするが身体を引っ張る。


「ダメよ、ミーシャ!出たら殺されるわ!!」


「でも助けを呼んでいるんだ!」


「お願いだから行かないでミーシャ!私を一人にしないで!!」


夫の気持ちは痛い程に分かる。でもここは医者としてではなく夫として行動して欲しいという感情を優先させた。

暫くすると狙撃兵が片方の足を撃ち、叫びが戦場に木霊する。

誰も出て助けようとしなかった。仕方が無い。誰だって死にたくないのだから。

ミーシャが痺れを切らし走りだす。


「ミーシャ!?」


ミーシャが負傷者に到着した瞬間、二つの銃声が鳴り響く。

一発は負傷者の頭を貫通し死に絶えた。もう一発は味方の狙撃兵が敵狙撃兵を仕留めた銃声だ。

ミーシャがすぐさま隣の負傷者を手当てを始めた。どうやら敵の負傷者が生きていたらしい。

砲撃がまた襲い始めた。


「ミーシャ早く!」


私の渾身の叫びが届いたのかミーシャは負傷者をかつぎ上げて走ってくるが砲撃の激しさが増す。

皆は口々に敵の負傷者なんかほっとけと叫んだ。

だが彼は決して離さなかった。

そう、これが私の愛している夫だ。

ロザリオを握り締めながら神に祈った。


「主よ、どうか夫をお守り下さい。どうか―――」


神に一生懸命祈った。声が枯れるくらいに。


砲撃の砲弾が彼の元で爆発した。

夫は倒れこんでいる。言葉が出なかった。


「嫌よ!ミーシャ!!いやいやいやいやいや!」


仲間の兵士が私を押え込む。


「放して!ミーシャが!いやッ――――――」


「ダメだ、ミーナ!」


振り解きミーシャの元に駆け寄ると夫の身体は両足が千切れていて、胸から出血している。


「ダメだ・・・・・・ミーナ。危ない・・・・・・から」


「黙って!私が治癒するから!!」


傷口に治癒術をかけるが出血が止まらない。


「お願いだから止まって・・・・・・お願いだから止まってよ!!」


ミーナの願いとは裏腹に雪を赤く染めあげる。

ミーナはミーシャを引きずりながら味方の方に歩いた。

砲撃が未だに襲いかかる。


「主よ、どうかお助けください。夫は主の教えに反することなく皆を助けました。だからどうかお助けください、お願いします」


神に祈りながら夫を引きずった。

だが神は願いを聞いてくれなかった。砲弾が至近で爆発し、私は灰色の空を見ていた。

顔を横に向けると夫が倒れている。左手を差し伸べるが左手が無くなっていた。

立ち上り、辺りを見ると左手が転がっていたが、左手の事など放っておいて夫を右手で引きずる。


「ミーナ・・・・・・もういいんだ・・・・・・」


「ダメよ!絶対に助けるから!」


「もういいんだ、やめてくれ!」


夫の渾身の叫びだった。


「嫌です!絶対に助けます!お願いだから私を一人に・・・・・・。一人にしないでよバカ!!」


私も渾身の叫びを上げた。

しかし夫は私を突き放して何か呟く姿が夫の生きてる最後の姿だった。二人の間を砲弾が炸裂し私は再び灰色の空を見つめ、静かに瞳を閉じた。



再び瞳を開けると灰色の空でなく、救護所のテントを見つめていた。

夢だと思い左手を持ち上げるが指輪をはめていた手は無くなり、肘から先が無い。

隣を見ると夫が横たわっていた。


「良かった・・・・・・・生きてる」


無くした左手で夫を触ろうとするが届かない。

すると衛生兵が夫の袋を閉めた。

死んだんだと。

夫の遺体は礼拝堂に移され、私は夫の棺に抱きつき泣き叫んだ。


「主よ、何故ですか!何故、夫が死ななければならないのですか!!私は主に願ったのに・・・・・・。答えて下さい、お願いしますから・・・・・・答えて下さい!!」


誰の声も聞こえなかった。

冷たくなった夫の頬をなでると今にも動き出しそうだ。

ミーナは十字架を睨んだ。


「主に願いはもう言いません!一人でも多くの日本人を殺し、貴様の穢れた祭壇に捧げるから首を洗って待ってなさい!!」


夫の指輪を取り、頬に優しく口づけをする。そしてロザリオを十字架に投げつけた。


夫を古郷のウルレイナに埋葬し、軍の高官に魔術学校に入学出来る様に掛け合い、魔術を必死で勉強した。衛生兵を辞めてライフルを握りしめ夫を殺した日本人を殺す為に。


日本人が憎い。


夫を殺した日本人が憎い。


夫を救えなかった○が憎い。


魔術適性の高さと党に献身的な姿勢を評価されスペツナズ兼政治将校となった。

そして再び北海道の大地を踏む。

あの日から私は誰一人として救ってない。

夫に奇跡の御業と言われ、人を癒す手で人を殺している私。


「待ってなさい日本人。例え、主がお前らを許しても私は絶対に許さない。地獄の業火を味あわせてやるからな。ミーシャの痛みを思い知らせてやる絶対に!!」

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