クロスオーバー編 想いにかけて
地図にも載ってない小笠原諸島の小島に、一機の飛行艇が着水した。
プロペラエンジンを逆噴射させ、高々と水飛沫を上げながら、入り江入ってくる。錆び付いたドラムで作られた桟橋に飛行艇を接岸し、一人の男が降り立った。
坊主頭に近い髪に剃りこみを入れ、黒く日焼けした体は幾つもの傷があり、男が歴戦の猛者だと漂わせる。
「ヘイ、ボス!依頼人から電話だ!」
砂浜から駆け寄って来た男が、ボスに電話を渡す。
「やれやれ。人使いが荒い依頼人だ。ジョセフ、悪いが機内の荷物を降ろしといてくれ」
ジョセフが機内に入ると、血だらけの袋を出して来た。袋を担ぐことなく、引きずりながら砂浜まで持っていく。
砂浜には台が置かれており、台の上には首から下がない状態の奴が幾つも置かれている。まるで祭壇の様にだ。
「私だ」
電話に出ると男の声が返って来た。
「悪いが緊急の依頼だが頼めるか?バクスター」
「料金は上乗せになるが、構わないか?」
「大丈夫だ。いつものダミー会社から入金させる」
「ならOKだ。依頼内容は?」
バクスターは砂浜のパラソルの元にあるテーブルに行く。テーブルの上には、数々の酒が置いてあり、ウィスキーをグラスに注ぐ。
「マーメイド・プリンセスと言う船をシージャックだけして欲しい」
「だけとは?」
「本来の目標は合衆国海軍の手の内の為、手出しができん。マーメイド・プリンセスにも第二目標が乗船しているから、足止めだけすれば良い。後はこっちの問題だ」
「足止めなら、お宅らの軍を使えば良いだろうに。わざわざ俺達を使うことは無いだろう?」
ウィスキーを飲み干し、さらに注ぐ。
「軍は動かせないから、お前達に頼んでいるんだ。外交問題に発展するからな。もし可能な場合は、目標を始末して構わん」
バクスターの腕時計型端末に一人の少女が映る。合衆国海兵隊の礼装を着た写真だ。
「色々訳ありって事か。足止めをするが、乗客の安全は保障しない。いいな?」
「分かってる。いい加減に小島で蛮族ごっこは、止めたらどうだ?」
「お宅らみたいな人間は分かってないだろうが、外の世界の部族は殺した戦士の首を飾るらしい。一種の魔除けみたいなものだ。祭壇に捧げ、殺した奴の魂を取り込み、戦士を更に強くするってな」
「理解に苦しむな」
「だろうな」
電話の主は短い感想を述べて、電話を切る。
「ジョセフ!皆を集めてくれ。ブリーフィングを行う」
バクスターは、グラスに注ぎこまれたウィスキーを見つめる。深淵を覗き込む様に、自分の顔が映る。深淵を覗く時、あちらの人間をお前を覗いてる。
大平洋の夜空の下をマーメイド・プリンセスが順調に航海する。
ディナーの時間になると、乗客達はドレスアップを施し、会場に集まって来た。
楽団がクラッシックを演奏し、ホールの中央でダンスを踊っている。
博士の荷物の中に、何故かディナードレスが入っており、メッセージ付きだ。
(野生児みたいな、アリスさんにプレゼントです。テーブルマナーを知らないので、ボロが出ないように気を付けて下さい。追伸 スリーサイズはぴったりなのでご安心を、どうせ成長してないでしょうから)
アリスは、グシャグシャにして投げ捨てる。
(博士はやっぱり、電子レンジみたいに血液を沸騰させて痛めつけてやる!)
悪魔の企み顔をしながら、ドレスをベットに広げた。
黄色を基調にしたドレス。黄色はアリスの好きな色だ。
「ゆづちゃんに、黄色は幸せになる色だって言われたな・・・・・・」
何にも無い無色の私に色づけてくれた人。
彼は覚えているだろうか。
たとえ覚えて無くても構わない。
私は決して忘れない。
だって貴方は、私を地獄から救ってくれた。
だから今度は私が助けてみせる。
私の想いに誓って。
「準備は出来たか?クリステンセン小佐」
扉の向こうでジュリエットが聞いてきた。
「あ、すみません!すぐに着替えます」
思い出の世界から現実に引き戻された。
ふと研究所の機械人形に登録されたkillリストが気になった。上位リスト三名の内、知っているのは一人だけで、後の二人は知らない人間。
制服からして国防軍の人間だ。
「開けるぞ?・・・・・・これはこれは、中々似合うでわないか。私が男だったらダンスを申込んでしまうな」
アリスのドレスは、彼女の曲線美を損なう事なく、際立たせている。
「あはは、ありがとうございます。あとクリステンセン小佐でなく、アリスって呼んでください。その方がしっくりきますので」
「なら私の事もジュリエットで呼んでくれ。閣下ってのは性に合わないからな」
ジュリエットの言葉を聞いて、ロミオ大尉が言葉を発しようとした瞬間。
「貴様は閣下のままだぞ、ロミオ大尉。どさくさに紛れても無駄だ」
「はい・・・・・・」
仕度が終わり、食事の会場に向かう。
「しかし、一等船室のディナーで無くても構わないのか?無理に私達に合わせる必要はないぞ」
「別にいいよ。私一人で食べても美味しくないし」
本当は、テーブルマナー何か知らないし、御高くとまった連中は嫌いだからだ。
「もっとも私も脳ミソがスポンジ連中と食べるのは我慢ならんからな。将官って建前上、高官達と食事するが、旨い料理が消費期限切れの料理なるしな」
「あ~閣下は性格悪・・・・・・じゃなくて、厳しいですからね」
ジュリエットの視線を感じ、慌てて訂正する。
「私は皆で囲って食べる方が好きです。一人で食べるのは寂しいですから」
「確かにな。私の祖先が、昔こう言っていたそうだ。料理に必要な最後の隠し味は、共に食べる者だとな。たとえどんなに美味しい料理でも一人で食べるのは未完成で、味がものたらないって」
ジュリエットの言葉にアリスが微かに笑みを溢す。
「なんだかロマンチストですね、その人」
「全く同感だ。世間知らずな娘だったらしいから仕方ないさ。もっとも言葉の意味としては、一理ある。海兵隊って役柄、戦地で部下達と食べる事が多いが、同じ料理でも一人で食べるより、皆で食べる方が確かに美味しく感じる」
「じゃあ、私と食べる時もですか?」
ロミオ大尉が瞳を輝かせながらジュリエット見つめるが、ジュリエットからの言葉は、彼女の性格を表していた。
「貴官のお花畑の様な顔で食べてる姿を見ると、ヘルメットを鍋代りにして、訳分からない豆の缶詰やら豚なり牛の缶詰で作った、ごった煮の料理が幾ばくか美味しくなるからな」
薄ら笑いしながら、項垂れるロミオ大尉を見ていた。
二等船室の会場に入ると、愉快な音楽に合わせ踊る者もいれば、酔いに任せて賭け事をやっているテーブル等、賑やかに開かれている。
テーブルに着くとアリスがジュリエットの耳元で囁いた。
「あの、私だけ場違いな格好じゃないですか?」
そうするとアリスを頭の先から足まで視線を移すと、薄ら笑いしながら答えた。
「いや・・・・・・大丈夫だと思うぞ。虫除けには丁度いい」
(あ・・・・・・この人、楽しんでるな)
料理が運ばれて来ると同時に、虫達がアリスの周りを飛び始めた。ことあるごとにダンスを踊ってくれや、あっちで一緒に飲もうと引っ切りなしだ。
「いやはや、虫除けのお陰でじっくりと料理を味わえる」
ワイングラスを揺らしながら、グラス越しにアリスを見る。
「お役に立てて良かったです・・・・・・」
ハッキリ言って疲れた。料理の味もわかったもんじゃない。
「アリスさん人気者ですからね。でも閣下に声を掛けてくる人は――――痛っ」
ロミオ大尉の悲鳴と同時にテーブルが揺れる。恐らく足蹴りをしたなと。
「ロミオ大尉。貴官は分かってないな、大概の男はロリコンであると!」
「それ違うと思いますよ。結月さんにも否定されてましたし」
アリスが、あるワードに反応した。
「あの・・・結月さんって?」
「あぁ。前回の任務で一緒だった男の子だ。これまた教会と言う、訳の分からない組織に属しているんだからな」
「閣下も教会に友人が居るじゃないですか」
「あれは友人と言うより、同士・・・・・・いや、この呼び方は連邦の死神と同類になるからダメだな。言うなればビジネスパートナーだ」
ジュリエットとロミオ大尉の雑談の中、アリスの想い人かも知れないと思った。
「教会って心霊現象みたいなものを退治するって言う組織ですよね?」
アリスの質問にジュリエットが空いたグラスにワインを注ぐ。
「オカルト退治専門みたいだがな。実際の所、訳が分からない組織で、世界中の政財界に通じているし、起源は大昔からって話だ」
「色々と噂がありますからね。探っていた人間が蒸発したりと。でも彼等のお陰で欧州はギリギリで戦争を回避してますから、みんな暗黙の了解でダンマリですよ」
ロミオ大尉が、料理を追加注文しながら補足した。
「戦争になれば、合衆国も三度目の欧州派兵だな。よくもまあ飽きもせず殺し合いを続けるものだと思わないか?何千年も殺しあって未だに止められない。実に愚かで救い難い生き物だよ人間と言う奴は。もっとも、軍人が口にすることではないが・・・・・・私の一族は余程、他人を不幸に巻き込まないと気がすまないらしいな」
ワイングラスを揺らしながら、見つめるジュリエットの瞳が寂しげにグラスに写る。
「さてと、余り飲みすぎると悪酔いしそうだ。私、部屋に――――」
ジュリエットが言いかけた瞬間、銃声が鳴り響く。
「!?」
一瞬パーティーのクラッカーかと思ったが、悲鳴が聞こえ、すぐに違うと分かった。
闇夜の海に星の様に輝くマーメイド・プリンセスに一機の大型輸送ヘリCH-47 チヌークが近づく。
暗視ゴーグルが船を視認した。
「情報通り、マーメイド・プリンセスだ、ボス!」
「ヘリデッキに着陸後は、マイクがブリッチをジョセフが機関室を押さえろ!俺とクルーズ、リーの班が目標エリアを押さえる。いいか!」
「了解!」
相対速度を合わせ、着陸するとすぐさま、それぞれの目標に向かう。
一方ブリッチでは、救難信号の照明弾を上げる準備に追われていた。
「航海長、ブリッチと機関室に繋がる浸水用防壁を起動しろ、多少の時間稼ぎになる。通信室に救助要請を救難チャンネルで呼びかけろ!」
「はい、副長!」
航海長が通信室に無電をかける。
「副長、通信室に連絡が取れません!」
「浸水用防壁も起動しません、システムが乗っ取られています!」
次々と報告が上がってくる中、ブリッチの扉から小型の金属が投げ込まれる。爆発すると閃光がブリッチに広がった。
「!?」
副長が目を覆いながら歩くと、頭に硬い金属が当たる。
「みんな動くな!下手なマネをしなければ命は取らない。・・・・・・ボス、ブリッチを制圧した」
「了解だ。機関室も制圧した。乗組員をホールに集めろ」
「了解」
ジュリエット達が会場から出ようとした瞬間に人波に押し戻される。
人波が引いていくと、銃を構えた人間達が入って来た。バクスターがテーブルの上り。
「抵抗しなければ危害は加えない。俺達は金目の物をいただいたら、すぐに立ち去る。変な気を起こした場合は―――」
バクスターが回転式拳銃を引抜き、真横の乗組員の頭を撃ち抜いた。
「容赦はしない。もし逃げようとすれば撃ち抜き、近くに居た人間も殺す。海のど真ん中だから携帯で助けを呼んでも無駄だ。ホールから出ようとしても悲惨な末路を辿る羽目になる」
バクスターは宣言すると見張りを残し、ホールを後にする。彼が出た後にホールの鍵が締まる音がした。
「いやはや。まさか海賊風情に出会すとは、中々楽しめそうな航海だと思わないか、ロミオ大尉?」
「冗談は止めて下さい、閣下。武器だって部屋に保管したままですよ!」
「馬鹿か貴様は。何のために訓練で近接格闘を習ったんだ。日頃の成果を見せんでどうする」
テーブルに隠れながら、よつん這い状態でロミオ大尉の額を小突く。
「痛っ!?小突かないで下さいよ」
「額に傷がついたら、パープルハート勲章を申請してやる」
「二人共!遊んでないでどうするんです!?」
アリスの小声のお叱りに二人は顔を見合わせる。
「どうするも何も・・・・・・」
テーブルから三人が顔半分を出して、辺りを伺う。
特殊部隊風のベストに民生品でない軍用の銃。
「海賊風情にしては装備が揃っているな。おまけに統率された動き・・・・・・どう思う、ロミオ大尉」
「たしかに。軍人崩れの傭兵っぽいですね。武器が無いのが痛いですね」
「武器なら有りますけど・・・・・・」
アリスの一言に二人の目が見開く。
スカートをめくると、両足の太ももに隠していた小型の拳銃を見せ、ポーチからはM67破片手榴弾が三つと、エレメントソードも出てきた。
「歩く武器庫だな。それに見慣れない神器もあるようだが?」
ジュリエットの視線がエレメントソードに移る。
「この神器は私専用のです」
エレメントソードをポーチの中にしまいこむ。
「まあよい、魔術師がいるなら心強い。私も魔術師の端くれだが、生憎とジ・エンドは部屋に保管してある」
ジュリエットが腰の辺りを擦りながら答えた。
「まずは、部屋に武器を取りに行くことが先決だな。アリスもドレスじゃあ戦いづらいだろうに。もっとも破れたドレスで際どい所を隠しながら戦う姿も見てみたいがな」
薄ら笑いしながらアリスのドレス姿を見る。
「絶対に部屋に戻って着替えたい!」
胸元等を押えながら言い放つ。
「冗談はさておき。まずは見張りの奴らを片付けないとな」
視線の先には見張りが二人いる。
「誰かが見張りの注意を引き、残り二人で仕留める。囮役は・・・・・・アリスが適任だな」
「私!?ムリムリ!第一、囮役って何するんですか?」
「決まっているだろ。色気を使うなり、トイレに行かないと漏れるって騒いでみたりだ。幸いにも美人の分類だから大丈夫のはず」
「漏れるって、子供じゃあないんだから嫌ですよ!それに、こんな時に誉められても嬉しくない!」
二人が言い合っている合間に、見張り役が気づき声を荒らげる。
「そこの二人!静かにしろ!」
銃を構えながら近づいて来る。
「あ、このお姉ちゃんがトイレに行きたいって言ってます。行かないと漏れるって」
「ちょっ!?」
手の平を返した様にジュリエットがアリスのドレスを引っ張りながら他人の振りをする。
「悪いが行かせられない。我慢するんだな」
見張り役が去ろうとした瞬間、ジュリエットがアリスを小突いて促す。
まるで合わせろ小娘がと、言わんばかりの瞳で。
「お、お願いします・・・・・・行かせて下さい。も、漏れちゃいます・・・・・・」
両手で下腹部を押えながら訴える。
(恥ずかしすぎて死にたい!こんな場面をゆづちゃんに見られたら、心臓にエレメントソードを突き刺したくなる!)
見張り役がきびすを返した瞬間、後ろからロミオ大尉が食器用のナイフで口を押えながらくびもとに突き刺す。
悶え苦しむが、口を押えられて声が出ない。
「お前達、何してる!」
もう一人の見張り役が銃口をロミオ大尉に向ける。直ぐ様、顔の横を何かが通り抜けた。振り返ると額に熱を帯びた光剣が刺さっている。
アリスのエレメントソードだ。
「お見事だな。素晴らしい演技と投剣だったぞ、アリス。特に漏れるってセリフが、中々そそるな」
薄ら笑いしながらアリスを誉める。
「恥ずかしすぎるので、他言無用でお願いします・・・・・・」
額に刺さったエレメントソードを引き抜く。
倒した二人から装備を取り上げる。明らかに民生品のライフルでない。
「フルオート射撃が可能なライフルですよ。製造刻印も消されていますし」
ロミオ大尉が弾倉を引抜き、残弾の確認をする。
「民生品のライフルと何が違うの?」
アリスの質問に、ジュリエットが無線機を取り上げながら答えた。
「通常、同じモデルのライフルでも民生品は単発射撃のセミオートしか出来ない用にして販売している。フルオート射撃は軍用ライフルしか出来ないし、製造刻印を消されている場合は・・・・・・」
弾倉をセットし、チャージングバンドルを引く。
「彼等は海賊ではなく元軍人で、装備は軍からの横流しだろうな」
ジュリエットがナイフを取り出し、二人の肩から下の袖を切る。腕にはタトューが彫られていた。
「これはこれは。なんと海兵隊でないか。ロミオ大尉に殺られるくらいじゃあ練度が足らないな、新兵」
身ぐるみを剥がした死体の頭を爪先で小突く。
まるで虫ケラを見る翡翠の瞳に、アリスは少し悪寒がした。
「あんた達、一体誰なんだ?こんな事して彼等の怒りにふれたら!」
乗客の男性がジュリエットの胸ぐらを掴む。直ぐ様、ロミオ大尉がライフル男性に向けるがジュリエットが制止する。
「言いたい事はそれだけか?」
「何!・・・・・・がっ!?」
直後、男性が苦しみだした。ジュリエットの翡翠の瞳が光っている。
ジュリエットの魔眼だ。
「今、貴様の心臓の動きを止めている。もって後、数分だろ。敵に立ち向かう勇気もないくせに、自分が安全だと分かると、喚き散らす臆病者には反吐が出る」
心臓を押えながら悶え苦しむ男性を薄ら笑いしながら見つめる冷たい瞳。
アリスがジュリエットの肩を掴む。
「もういいでしょ。死んじゃうよこの人」
「分かっているさ。ついつい血筋がらやり過ぎてしまうからな」
瞳から光が引いていき、男性が咳き込む。
アリスが男性に近づいて耳元で囁く。
「勘違いしないでよね。私も本質的には彼女に賛成だから。あなたが死のうが殺されようが、私の範疇外なの。ただ、こんな所で時間を無駄にすると私の目的が果たせないから、たまたま助けたに過ぎない。分かった?」
無言で首肯く男性。恐怖の余りに漏らしてしまう。
その情けない姿を鼻で笑い、ジュリエット達の元に戻る。
「私より貴官の方が恐い顔していたぞ。危うく漏らしてしまう所だ」
「私も驚きでしたよ。魔眼使いが居るなんて」
「この瞳は赤の他人のだからな」
「他人?」
「気にするな。こっちの話だ」
三人がホールの入口に集まり、ロミオ大尉が扉のドアノブに手を掛けた。
「待って!」
アリスがロミオ大尉の手を掴み、ドアノブから引き離す。
「何ですか?」
「男が言ってたじゃないですか、出ようとしても悲惨な末路を辿る羽目になるって」
アリスがポーチから手鏡を出し、ドアを少しだけ開けた隙間から手鏡で外を伺う。
反対側にワイヤーが有り、ワイヤーの先にモスグリーン色の薄い箱形が見えた。
「ドアを開けたら、対人地雷の鉄球で蜂の巣になりますよ」
手鏡をジュリエットに渡し、覗き込む。
「クレイモア地雷か。ロミオ大尉のお陰で危うく、傷一つない幼気な身体が穴だらけになる所だったぞ」
「すみません・・・・・・。でも閣下、傷がある身体の方がモテるっ聞きましたよ」
「脳ミソが、どっかのアニメキャラのスポンジみたく出来ているのか?それは男の場合だ!」
頭を叩き、本題に戻る。
「ワイヤーを解除出来るのか?」
「特殊工具が有れば解除出来るかも知れないですけど・・・・・・」
アリスが立ち上り、壁を叩き始めた。
「薄そうだからいけるかも」
エレメントソードを構え、光剣を放ち壁に射し込む。高熱の発しったエレメントソードが船体の壁を焼き切って行く。
「ほう。便利な神器だな」
感心するジュリエットを横目にロミオ大尉が言い放つ。
「確かに。閣下のジ・エンドじゃあ地雷諸とも吹き飛ばして、私達も死にますから――――痛っ!?」
ロミオ大尉の足を蹴飛ばす。
壁を焼き切り、人一人が通れる穴が開いた。
ホールの外は人一人居ない。乗客達は、ここと同じ様に監禁されているのか。シージャック犯達も居ない。
「取り敢えずは部屋に戻り、装備を揃えてからだな」
ジュリエットの指示に二人が首肯く。
相模湾沖に停泊している強襲上陸支援戦艦に一報が通信室にもたらされる。
通信士が艦橋に連絡した。
「通信室より指令。、緊急行動指令を受信。繰り返す、艦隊指令部より緊急行動指令を受信」
「指令室、了解」
三本線の記章が入った男性が無電を切り、通信室から出力された命令書を持ち、艦橋に有る唯一無二の椅子に座る男性に話す。
「艦長、艦隊指令部より緊急行動指令です」
艦長と呼ばれた男性は、椅子を倒した状態で軍帽で顔を隠していたが、少しだけ上げて答えた。
「第三から第二戦闘配備に切り替えろ。僚艦に打電、我に続けと」
「了解です」
副長がマイクを取り、スイッチを押す。
(全乗組員に告ぐ。こちらは副長だ。艦隊指令部より緊急行動指令を受けた。本艦はこれより相模湾を出航し、浦賀水道にて作戦行動に移る)
マイクを切り、艦長の元に行く。
「艦隊指令部は何と?」
艦長は指令書を副長に手渡す。
(シージャックされたマーメイド・プリンセスを撃沈せよ。犯人は化学兵器を所有)
「艦隊指令部は本気ですか?マーメイド・プリンセスには何百人も居るのですよ。それに化学兵器って。本来なら突入して確保が先決のはず」
「マーメイド・プリンセスの寄港地は横須賀港で船も夜明けに入港予定になっている。今から突入しても確保出来る保証が無いからな。だったら乗客には気の毒だが、犠牲になってもらうしかない。化学兵器を撒かれたら大勢の死者が出る。もっとも、大和の初陣にしちゃ嫌な任務だがな」
大勢を助ける為に小数を犠牲にする。軍ならば当然の決定だ。
碇を上げ、浦賀水道に向けて舵を取る。
マーメイド・プリンセスの船内。
アリス達は、監禁されていた中層階のホールから上層階の二等船室に向かって行く。
「乗客達が居ない所を見ると、私達と同じ様に監禁されているのかな?犯人達も見かけないし」
階段を上がりながら、アリスが質問した。
「恐らくはな。犯人達が居ないのは、船をシージャックする上で重要な所にしか配置していないのだろ。これだけの船、本格的に占拠するなら明らかに人数が少ない。だからブービートラップを仕掛けて補っていると思うが・・・・・・」
先頭のジュリエットが片手を握りしゃがみ込む。上階段に犯人が一人。
静かに階段を上がり近づく。相手に吐息が聞こえるまで近づき、ナイフで首を切り裂く。
動脈から勢いよく流れでて倒れ込む。
すると倒れた犯人が蜃気楼の様に霞んで消えた。
(ッ!?)
理解する間もなく、ジュリエットの影がかさなる。
僅かに顔を上げると、眼前に脚が見えた。直ぐ様、両手をクロスし相手の攻撃を防ぐ。
「ぐっ!?」
更に上層階から飛び降りての踵落としだった為に自重が上乗せされ、通常より何倍も重い。おまけに階段っていう立ち位置の為に上手く力が入らない。
「なめるな!」
相手の力を受け流し足を掴む。すると相手の上半身が床に着く瞬間に身体を捻らせて両手を着き、もう片方の足で突き飛ばす。
足場が不安定なジュリエットが階段を踏み外し、宙を舞い落ちていく。
落ちていく瞬間、丸い物体を投げつけていた。
「結界を張れ!」
ジュリエットが叫んだ直後にロミオ大尉が受け止めて、アリスが前衛にでて結界を張る。
直後、丸い物体が爆発し破砕と粉塵が辺りを覆う。
アリスが持っていた手榴弾だ。
結界を張っているお陰で粉塵は入ってこないが、煙に包まれ前が見えない。
「殺ったか?危うく両腕を丸ごとポッキーするところだ」
両腕を擦りながら、手に握られた手榴弾の安全ピンを投げ捨てる。
視界が開けてくる。だが予想を裏切る光景だった。
向う側の犯人も結界を張り、攻撃を防いでいた。
「チッ、敵も魔術師風情が居たとはな」
犯人が腰に備えなれた烈火の如く真紅の鉈と深海の海を連想される鉈を引き抜く。
「こっちの台詞だ。事前情報と違うな。魔術を使える奴が予定より多いな。だがいい、火龍と水龍の錆びにしてやる」
直ぐ様ジュリエットが拳銃を撃つが、男が顔面を覆う様に防ぐ。
(防弾服か!?)
ジュリエットが考える間を与えないように、男が突進して来る。結界を張ると魔力を使うから防弾服で防げるくらいの拳銃じゃ役にたたない
。
弾切れになり銃床で殴ろうとした瞬間、火龍が彼女の肩に襲いかかる。
直ぐ様アリスのエレメントソードが紙一重で受け止めた。
「こいつは、私が引き受けるから!二人は先に急いで!」
二人は首肯き、上層階に上がって行く。
「いいのか?仲間が居た方が殺せる確率が高いぞ?」
水龍の刃がアリスに迫る。だが口からは微かに笑みが見えた。
「確率?冗談でしょ?」
打ち払い、間合いをとる。
「あんたの相手は私で充分よ!」
エレメントソードの輝きが不敵にアリスを照す。
「面白い事を言う女だ。ならば己の言葉を実践してみせろ!」
左の袖口から針を出し投げつける。細く長い針だ。
針はアリスの顔目掛けて迫りくる。
(エレメントソードの光元素の光剣じゃ防ぎ切れない!)
光剣の刀身が消え風が集まる。
「風よ、凪ぎ払え!」
エレメントソードの元素が変わり、下段からの切り上げによる突風で針が地面に転げ落ちる。
すると目の前に男の姿が消えていた。
「!?」
すると切り上げて、がら空きの胸元に男が接近している。気づいた時には、ひじ打ちからの掌底を食らってしまう。しかも連撃技の一つ一つが重い。
床に倒れたアリスを一瞥し男が言い放つ。
「甘いな女。面白い神器を使っているが、今の切り上げの動作で俺が鉈を振るっていたら、お前は瀕死の傷を負っていたぞ」
アリスが立ち上り男を見る。
「甘いのはあなたの方よ・・・・・・」
腹部を触りながら続ける。
「強化魔術で身体機能を上げた技は流石に効いたけど、私も魔術師って事を忘れないでくれる?」
アリスの腹部を見ると、表面的には腹部の傷が全くない。
「強化魔術の技に、同じく強化魔術を行い相殺したか。ふっ面白いな女だな、先程の非礼は詫びよう」
「アリスよ」
「?」
「女じゃなくて、アリスって名前があるの。倒された人間の名前くらい知っておきたいでしょ?」
挑発めいたアリスの言葉に男が微かに笑みが見えた。
「ますます気に入った。俺の名前はリー、覚えておくといい。貴様を倒す男の名だ!」
リーが火龍と水龍を構え迫ってくる。アリスもエレメントソードを握り締め立ち向かう。
「悪いけど、興味ない男の名前は覚えない主義なの!」
「ならば、興味を惹かせてやろう!」
リーが火龍を振りかぶり投げつけた。手裏剣が回転するように鉈がアリスの顔を目掛けて迫る。回転は速いが避けきれない程でもない。火龍をかわして、迫り来るリーを斬りつけた瞬間、リーの身体が霞んで消える。
「!?」
「だから甘いのだ女!」
背後の火龍が姿を変えてリーに変化した。直ぐ様、背後から後頭部に回し蹴りをお見舞いし身体が飛ばさた。
廊下の壁を破り、見知らぬ客室がアリスの瞳に微かに写る。
「温すぎるぞ女。その程度で俺を倒すなど、笑止。俺も甘く見られたものだ」
壊された壁の穴からリーが見下ろす。
すると倒れているはずの床に姿が見当たらない。
リーの視界が暗くなる。
「上かっ!?」
リーが見上げた瞬間、天井の鉄板に逆さまに立っているアリス。
雷の元素を使い、磁力で足を鉄板に張り付けていた。
「お返しよ!」
電磁カタパルトの要領で一気に加速し、エレメントソードがリーの顔面に襲いかかる。頭で認識しているが、防ぐには身体が追いつかない。
「ぐっ!?」
二人の間に丸い小さな球体をリーが投げつけた。
(手榴弾!?)
アリスも認識したが、なまじ加速状態の為に避けきれないと思った。
ビッグバンの様に手榴弾が爆発し二人を襲う。
煙が晴れていき、二人の姿が現れる。
紙一重でお互いに結界を張っていた。
「あなたイカれてるでしょ?爆発で私の攻撃を防ぐなんて」
「お前こそ、あんな特攻染みた攻撃、頭がイカれている。強化魔術を使って脚力を強化し、電磁力を使っての加速攻撃・・・・・・。普通は一元素、多くて俺みたく二元素しか使えないハズなのに、お前は幾つもの元素を、その剣で使い分けているな?」
「そうね・・・・・・私は普通の人間じゃないもの!」
エレメントソードとリーの鉈が互いにぶつかり合う。
「秘密は明かさぬか・・・・・・。ならば、意地でも聞きただす!」
風の刃で火花を散らしながら受け流す。
アリスが体勢を崩され、一歩前に出た瞬間に、真横のリーが身体を一回転させ、刃をアリスの首を落とそうと首後ろの付け根目掛けて火龍を振るう。紙一重でしゃがみ込み、刃はアリスの頭部をすり抜ける。
すかさずアリスがリーの胴目掛けてエレメントソードを振るうが、服を数センチ斬りつけるにとどまった。
「女の大事な髪を切るなんて最低ね!」
「戦いに女も男も関係なかろう!負けた時の言い訳に取っておけ!」
水龍を打ち付ける。冷気を帯びた冷たさが襲う。風の刃、エレメントソードが冷気を帯びて凍りついていく。するとリーが、水龍を引いた瞬間に、もう一刀の火龍を叩きつけた。
「魔術師の悪い癖を教えてやる!」
「悪い癖!?」
リーの言葉の後に冷気を帯びた結界が火龍の熱風に触れた瞬間、ガラスが割れる様にエレメントソードの風の刃が破られた。
「しまっ!?」
ガラスの破片の様に、一つ一つにリーとアリスの姿が乱反射する。破片を掻き分け、リーがアリスを間合いに捉えた。
「終わりだ女。狐月殺陣」
身体を回転させ火龍と水龍の回転剣舞。カマイタチの様に刃が襲う。火龍の刃は、熱で切り傷を焼き塞ぎ、水龍の鋭い刃は水の様に薄く鋭く切り裂き、宙を舞うアリス。
「魔術師の欠点の一つは神器に頼り過ぎだ。水龍で風の刃を凍らせ、火龍で一気に叩き割る。己の神器に頼ったのが命取りだな女」
倒れたアリスに言い放ち、リーが立ち去ろうとした瞬間。
「さっきから、女女ってうるさいのよ・・・・・・。わたしには、アリスって名前があるの・・・・・・」
振り返ると、エレメントソードを地面に刺し立ち上がろうとしていた。
「無理をするな女。生きているだけでも奇跡に近い」
立ち上りエレメントソードを構える。
「うるさいのよ・・・・・・こんな所で終われないんだから。私は!私の想いにかけて貴方を倒す!!」
エレメントソードを握り締め走りだす。
「命よりも誇りか・・・・・・その心意気、気に入ったぞ!」
水龍とエレメントソードがぶつかり合う。
「迸れ!雷鳴!!」
エレメントソードが雷を帯び、水龍を電気が走り抜ける。
咄嗟に水龍を手放し雷撃をカットし、二撃目を火龍で防ぐ。
「荒れ狂いなさい!つむじ風!!」
荒れ狂う風に火龍の焔が小さくなり、弾かれた。
微かに目を開けると、エレメントソードを水平に構えたアリスの姿。エレメントソードが太陽の様に輝き、大気の魔力を集束させていく。
「終わりよ。エレメントバースト」
水平に構えたエレメントソードを突き出した瞬間、眩い光がリーを包み込み、魔力衝撃波が船体に巨大な穴を開け、闇夜の水平線に光が走る。
隕石が大地をなぞった様に甲板が破壊され、リーが倒れていた。
「女・・・・・・、さっき技は?」
「エレメントバースト・・・・・・詰り、結界や神器による属性相性を無視して破壊できる技よ。大気の魔力を収束して全解放させる」
リーの瞳に星空の輝きが写る。手を伸ばして届きそうで届かない星達。
「貴様の刃、しかと届いたぞ。・・・・・・アリス」
静かに星空の瞳を閉じてゆく。
「リー・・・・・・。貴方の名前、確かに覚えたわよ」
急に全身が痛みが走り、咳き込む。
口を押さえていた手の平には赤い結晶の欠片達。
「もう少しだけ、少しだけだから。もちなさいよね、アリス」
自分に言い聞かせ、アリスも倒れて夜空を仰ぐ。魔力全解放の副作用だ。
「初めて研究所を出た時に、見た夜空も綺麗だったな・・・・・・」
少女も想い出の世界と言う名の海に浸かり、ゆっくりと瞳を閉じる。