クロスオーバー編 未来に向けて
昼だと言うのに暗い空に覆われる横田国際空港に一機の旅客機が舞い降りる。
滑走路には、出迎えの黒い車列が待機し、客人を待ち構えていた。
扉が開き、一人の女性が現れる。金色の長い髪を結わき、スーツ姿の女性。
「ようこそマリア様。私は、外務省の大嶺です」
大嶺が握手を求めると、彼女を快く握手を交わす。
「よろしくお願いしますね。日本に初めて来ましたが、空気が綺麗ですね。教会の空気は、まるで光化学スモッグみたいなもので、吸うに堪えられませんから」
笑顔で答えるマリアに、大嶺が驚いてしまう。何せ自分の組織を貶すのだから。
「あ、聖女ジョークですよ、大嶺さん。フフ、日本人は真に受けるから可愛い反応を見たくなっちゃうんですよ」
「・・・・・・取り敢えず、中央省庁まで直ぐですから。車を用意してありますので」
大嶺が車まで案内し、車列が出発する。
横田国際空港から出ると、警察車両がパトランプを回転させながら、交差点で通行止めにしていた。先頭を白バイにパトカー、VIP車両の前方と後方をブローニングM2重機関銃を装備させたハンヴィーを随伴させる。
「随分と物々しいですね。日本の治安は良いと聞きましたが?」
車窓から眺めるマリアが、流し目で大嶺に尋ねた。
「日本の治安はグラウンド・ゼロで崩壊しましたから。今や南北で戦争状態です。今回は重要な会談と聞いてますので、念には念を。それに、貴女はVIPなので何かあったら、日本の面子が丸潰れです」
大嶺が模範解答みたいな回答だった為に、退屈そうな顔をする。
「大嶺さん、日本にこんな言葉があります。真の敵は味方よりも近くにいるってね」
「はぁ・・・・・・。その意味は何ですか?」
「味方の振りをした敵ってらしいですよ。政治の世界には居るじゃないですか」
「確かに。政治の世界にもいますね」
車列は国道16号を走り、沿道の人々は珍しげに見る。白バイが先行して交差点に進入し、車両をせき止め、その間に車列がスピードを上げ過ぎ去る。
拝島橋を渡り、八王子市内に入るとハンヴィーの車両は離れて行き、側道に待機していた覆面の警護車両が車列に加わる。
「しかし、日本の災害移転計画は大したものですね。都市機能を移転し、ここまで発展するのですから」
市内の高層ビルや、整備された幹線道路。行き交う人々の多さに目を向ける。
「これでも遅い方ですよ。東京都民の大半が行方不明になったのですから。役人も政治家も皆消えて、文字通り一から再建です。おまけに沖縄では自治独立紛争に、北海道では侵略行為で膠着状態ですよ。外交で解決しようにも難しい」
車列が建物の車寄せに入る。左右対称のガラス張りの建物だ。
「なら調度いいですよ、大嶺さん。私が力になれるかもしれないですよ」
車のドアが開き、女性が出迎えた。
「ようこそ日本へ。マリア様」
女性が握手を求め、彼女も応じる。
「初めまして、安藤叶首相。総理自ら出迎え、恐れ入ります。この度は日本にとって良い会談になると祈っていますよ」
「こちらこそ。日本にとって良い話しだと聞いていますので」
赤い絨毯の上を歩いて行く。多くの血を流し、染めた権力者の道。
沖縄から一隻の船が出港する。アリス達を乗せたマーメイド・プリンセスだ。
客船と言うより、豪華客船と言う言葉が合っている。屋外プールが有り、船内にはミニカジノや映画館など退屈しない作りだ。
「いやはや、油と鉄臭い空母はうんざりだから、中々良いが・・・・・・。ロミオ大尉、何故二等船室なのだ!一等は空いて無かったのか、一等は!」
ジュリエットが、チケットを握りしめながら憤慨する。
「無茶言わないで下さいよ。一等だと外交経費で落ちませんよ・・・・・・」
「どうせ費用は、日本の思いやり予算から出せば良いだろうに。何せ日本の為に働いているのだからな」
「日本人が聞いたら怒りますよ、閣下・・・・・・。クリステンセン小佐は何等です?」
ロミオ大尉が、アリスの乗船券を見る。
そこには、一等船室と記載されていた。
「一等船室みたいです・・・・・・」
アリスの言葉にジュリエットの目が光る。
「ほほう。一等船室とは羨ましいな。一体どんな裏ルートで手に入れたのかな?」
「日本政府の友人に頼んだら、たまたまですよ」
「日本政府の友人か、良い友人を持ったな小佐。私も気のきく友人・・・・・・いや、副官が欲しいものだ」
薄ら笑いしながらロミオ大尉を見つめるが大尉は直ぐ様、視線を反らす。
「もし良かったら、一緒の部屋に泊まります?パンフレットには、ベットルームは三部屋有りますから」
「すばらしい提案だな小佐。そうさせてもらおう」
船内に入ると、ダンスパーティが出来るくらい大きなホールで楽団が演奏で出迎える。中央に大きな階段があり、中階段から左右に別れ上層階に繋がっていた。ホールは吹き抜けになっており、大きなシャンデリアが輝く。
「戦地である沖縄に停泊も驚きだが、どいつもこいつも、脳ミソがスポンジみたいな客だな」
いかにも高いジャケットを着込んだ男性や、南国風の格好をした人達を見てジュリエットが薄ら笑いする。外の世界とは大違いだ。
「マーメイド・プリンセスは日本船籍ですから、外貨獲得の為ではないですかね?十年も紛争を続けていますから、予算が足らないですし」
ロミオ大尉が荷物を運びながら答える。
「確かにな。日本政府に多額の献金をしている企業があったはずだ、確か名前が・・・・・・」
ジュリエットが考え込んでいる所に、アリスが答える。
「グローバルクロス製薬・・・・・・」
「それだ。世界の医薬品シェア、七割を占めている会社で、我が軍や国防軍も取引先だったはず」
「数々の難病の治療薬を開発してましたね」
グローバルクロス製薬は、一時は倒産間際の製薬会社だったが、十年前から急成長した製薬会社だ。世界各国と取引し、日本政府に多額の献金をしている企業だが、色々と黒い噂がながれている。
「しかし、クリステンセン小佐は物知りだな。うちの副官も見習って欲しいものだ」
「すみません・・・・・・」
項垂れるロミオ大尉を空かさずフォローを入れる。
「たまたまですよ。日本に興味があったもので」
アリスが答えながら、船室の扉を開ける。
「これまた、無駄に豪華だな」
白い壁紙に薄い空色を混ぜた壁。ガラス張りの向こう側には、ジャグジーが備えられている。三部屋には大型の液晶テレビに、三人が寝られそうなベット。
「圧巻の一言ですね。揚陸艦の士官室と比べ物になりませんね!閣下――――」
ロミオ大尉がジュリエットを見ると、あからさまに何か言いたそうな顔だ。
「あ、言わなくても分かりますよ。比べる物がおかしいって事ですよね・・・・・・」
「素晴らしい読心術ではないか、ロミオ大尉。流石、副官様だ。私でなかったら、余りの表現不足に怒り心頭して、大尉をアラスカのレーダー基地に異動願いを出すところだ」
「やめて下さい・・・・・・」
項垂れるロミオ大尉を横目に、アリスが提案する。
「しばらくの間は、自由行動にしませんか?ディナーまで時間がありますし」
「それもそうだな。私も客人を誘拐するのに疲れたから、休ませてもらおう」
「誘拐!?」
アリスの反応にロミオ大尉が咳払いする。
「あ・・・・・・。一種の比喩的表現だ。気にするな小佐」
いつもの様に薄ら笑いするジュリエットに、深く追及してこちらも探られるのは避けたいから、アリスは部屋を出た。
一等船室の乗客は上流階級の人間で、外の世界では戦争なんて露知らずの顔だ。
デッキに出ると、みんな思い思いで過ごしている。
アリスもデッキの手摺りにもたれ掛かり眺めた。通り雨が過ぎ去り、虹が空を描く。沖縄の長い雨が終わろうとしていると予感させた。
船が警笛を鳴らしながら、岸壁を離れて行く。
暫くすると後方から巨大な船が警笛を上げて近付いて来た。商船にしては、やけに大きい。灰色の弩級艦に巨大な三連装砲塔が三つに大小の副砲が多数。
「戦・・・・・・艦」
噂で聞いて事がある。国防軍の強襲上陸作戦支援戦闘艦で一隻だけ建造された戦艦。
「あれが、国防軍の旧大和級戦艦を基に建造した戦艦か。チッ、国防軍の奴ら急いでいるな」
ジュリエットが横から眺めていた。まるでデカイ山を見る様に。
「准将は、あの船の行き先を知っているのですか?」
アリスの質問にもったいぶる事もなく、即答した。
「知っているとも。目的地は東京だ。なんでも、いたいけな少女を殺す為だけに、バカ共が盛大なダンスパーティーをやるらしいからな」
ジュリエットの後ろから夕日が射し込み、彼女の表情を一層際立たせる。まるで憐れな者達が踊る有り様を高みの見物をしているかの様に。
そして巨大な戦艦、大和級は急ぎ東の海に消えて行く。
時間が少し巻き戻り、アリスが旅立った夜。
沖縄南東部の上空。闇夜に紛れ、ドローンが飛んでいる。
(CP。此方、ホークアイ。現在作戦地域上空を飛行中。聞こえるか?オーバー)
「此方、CP。感度良好、作戦地域に目標は確認できるか?オーバー」
(ネガティブ、繰り返すネガティブだ。目標は寺院内にいる模様。予定通り、対空火器並びに戦闘車両を破壊する。オーバー)
「了解。余りやり過ぎるなよ。強襲部隊は掃討後に突入する」
(了解。マスターアームオン。目標を破壊する)
ドローンから二発のミサイルが放たれた。ミサイルの一発は、寺院の外れに停車しといる車両に命中。もう一発は、対空機銃の陣地に命中し爆発した。
(目標に命中。続けて攻撃する)
寺院はまるで蜂の巣を突いた状態だ。
「リンメイ、敵襲だ!」
「国防軍の奴らなの!?皆!寺院の中に非難して!」
リンメイの指示に、急いで寺院の中に非難しだした。
(CP、熱源カメラによると、寺院の中に非難している模様。攻撃しますか?)
「ホークアイ、攻撃は外だけに行え。オーバー」
(copy)
機関砲で次々と対空火器を潰していく。
何人かの民兵が熱探知ロケットランチャーを放つが、ドローンの熱源妨害で届かない。
「リンメイ!このままじゃ殺られるぞ!」
「分かってる!」
リンメイの目線が、外に落ちている熱探知ロケットに移る。走って撃てば、撃墜できるが、外したらドローンに気づかれて殺られるかもしれない。
「メイリン、アリス、力を貸してね・・・・・・」
全速力で走る。弾が行き交い、仲間の断末魔が木霊する。ロケットを手に取り構えた。照準をロックする。
(クソ、ロックオンされた!)
「くたばれ!」
リンメイの叫びと同時にロケットのミサイルがドローン目掛けて放たれた。ドローンはチャフをばら蒔きながら回避行動するが、リンメイの一撃が命中し爆散した。
(CP、ホークアイが撃墜された。イーグルアイが上空支援任務を引き継ぐ)
もう一機のドローンの照準がリンメイを捉える。
機関砲のトリガーに手をかけた瞬間、操縦士のバイザーにトリガーロックの画面が点灯した。
(イーグルアイ、攻撃中止。攻撃中止せよ。強襲部隊が着陸する、監視任務に移行せよ)
(イーグルアイ、了解・・・・・・監視任務に移行する。オーバー)
一機のオスプレイが寺院の目の前に強行着陸した。後部のキャノピーが開いた瞬間、兵士が散会する。
一人の兵士、少女が降りて来た。
「此方は、合衆国海兵隊。ジュリエット・ホーク准将だ!此方に、これ以上戦闘の意思は無い!話し合いに来た!」
両手を高く挙げた彼女を取り囲む様に兵士が銃を構える。
「お前達も銃を下ろせ。ビビりの彼等が巣穴から出てこないだろうに」
「し、しかし」
「構わんさ。奴等が私を撃ち殺し、揃って自殺したいと言うなら手伝ってやればいい」
薄ら笑いするジュリエットの言葉に、兵士達が銃を下ろし、引き下がる。
「此方に攻撃の意思は無い。老師と言う人に用があるだけだ」
彼女の言葉に、寺院の中がざわつく。罠なのか、はたまた頭のおかしい軍人か。
寺院の入口から一人の男が出てきた。老師だ。
「危険です、老師!罠かもしれません!」
リンメイの言葉に老師は無言で頷くだけであった。
老師の姿が見えると、兵士達が銃を構える。
「止めんか、バカ共。客人に失礼だろ」
兵士達を嗜め、老師の元に歩み寄る。
「初めまして。合衆国海兵隊、ジュリエット・ホーク准将です、老師。いや、天城老師かな?」
「老師で結構。その名前は捨てましたので。
で、合衆国海兵隊が何ゆえ、私に用なのです?」
老師の問いにジュリエットは、即答した。
「貴方に、面会をしたい方がいます。東京に。さらに会談内容は、貴方達にとって有益な話しだと」
「断ったら?」
するとジュリエットが軍帽を脱ぎ、人さし指で回し始める。
「それも選択肢のひとつですが、余り賢い選択ではないですね。現在、国防軍の部隊が五キロ後方に待機しています。我々が横槍を入れて待機させてますが、断った場合は皆殺しにされるでしょうね。貴方達は彼等を殺し過ぎた。そして暫くは、攻撃を控えて頂きたいですな。要らぬ反感を買いますので」
脅しとも取れる発言だ。
「選択の余地は無さそうですね。分かりました、東京に行きましょう」
老師の返答にジュリエットは両手を叩き喜ぶ。
「素晴らしい決断だ、ミスター老師!ヘリで港まで送ろう。港からは、海軍が東京まで送るから心配無用だ」
再び軍帽を被り直し、機内に促す。
「快適な空の旅をお約束しますよ、老師。もっとも海軍の食事は不味いですがね」
笑いながら機内に戻って行った。
老師の元にリンメイが駆け寄る。
「老師。何を言われたのですか?」
「私に会いたい人物がいると。リンメイ、暫くの間、留守にします。皆に私が戻るまで動かないように伝えて下さい」
「・・・・・・分かりました」
老師がオスプレイに乗り込み、回転翼が回り始める。
キャノピーが閉まり、風が寺院の中を吹き抜けていき、漆黒の闇に消える。