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クロスオーバー編 交差する思い

 長い梅雨の沖縄。

 最北端にある国防軍の防空レーダー基地がある。

 基地入口の検問所。

「しかし、沖縄の雨ってなんでこうも降り続くかな」

「ぼやくな新兵。前線送りじゃなくて、基地警備なんだからましだろ」

「こうも暇だと疲れますよ」

 二人の兵士が冷めた珈琲を飲みながら、検問所に設置された監視カメラ映像とテレビを交互に見る。

 一台のワゴン車が近づいて来た。軍用では無く、民間の車だ。

 兵士がポンチョを着込み、車に近づく。車の中には白衣の男女が数名見えた。

「IDを」

 兵士の言葉に、運転席の男がIDを出す。ボードに書かれている名簿と照合し、該当者名があった。

「どうぞ、お返しします。通してやれ!」

 兵士の合図で、検問所のバーが上がりる。

「ここレーダー基地ですよね?何なんですか、あの白衣の連中?」

「知るか新兵。変に探ると前線送りにされるぞ」

 新兵のヘルメットを小突き、検問所のテレビを見ようと席に着いた瞬間、先程の車が爆発した。

「なんだ!?大丈夫か、新兵!」

 新兵を見た瞬間、彼の額に小さな光の矢が刺さり、赤い滴が垂れていた。

「クソっ!独立派のゲリラか――――」

 無線電話を取ろうとした瞬間、硬い金属製が後頭部に当たる。

「動かないで。動くと頭を吹き飛ばすわ」

 女の声だ。しかも子供の声。

「わかった」

 手を上げ、振り向き様にナイフを抜こうとしたが、兵士の頭が弾け飛び、返り血を浴びる。

 長いオレンジ色の髪を赤く染め、白い肌に着いた肉片を拭う。

「バカな人。動かなければ死なずに済んだのに」

 死んだ兵士からIDを奪う。

 検問所の窓から、男が声を掛ける。

「急げアリス!さっきの爆発で国防軍の奴らがくるぞ!」

「大丈夫よ、リンファ。一番近くの基地の、緊急即応部隊(Q R F )でも一時間は掛かるから。一時間もあれば施設は、破壊できるわ」

 リンファと言われた男以外に、何十名の男女が闇夜から現れる。

「わかった。いいかみんな!目的は、施設の破壊と資料の奪取だ!職員は―――」

 リンファがアリスを見る。するとアリスはうつ向き答える。

「職員は皆殺しよ・・・・・・。これ以上、不幸を生まない為に」

 アリスの言葉に、皆が頷く。

「沖縄の為に、そして世界の為に」

 口々に口に出して、施設に向かう。

 死んだ兵士のガードで、死の扉が開かれる。

 通路を進むと、無機質な白い床に壁。突き当たりの部屋に入る。部屋の中は、正面に施設コンピューターにガラス越しに培養基が幾つもある。

「メイリン、施設データのコピーと、施設見取り図を出してくれ。狭山は、職員を探せ!」

「了解ね」

「あいよ」

 メイリンと言われた少女は、腕に付けられた端末と施設のコンピューターにケーブルを繋ぐ。

「アリスの言った通り、この施設は国防軍の魔術師量産計画のアリスモデルの製造施設だね」

 データ配列の中にある部分に、アリスの目が止まる。

「メイリン、少し戻って。ファイルナンバー325を開いて」

 アリスに言われたファイルを開くと、設計図が映し出された。人形の機械、いや機械人形の設計図だ。

「このデータによると、新型の機械人形に生体兵器の魂をコピーし、機械人形に埋め込んで魔術を使える様にするらしいよ・・・・・・」

「じゃあ、ここにいる子達は?」

「この子達は、機械人形の魂の部品だね。後は、機械人形の皮膚形成に使われる・・・・・・」

 培養基に入った、幾つもののアリスモデル。皮膚形成の為に、皮膚を剥がされた死体。

 何人かの人間が、吐いてしまう。

「アリス、職員達を見つけたぞ!」

 狭山が、怯えた職員達を連れて来た。直ぐ様、アリスが職員達に歩み寄る。

「あんた達に質問。この施設以外に、研究所はあるの?嘘ついたら殺すから」

 アリスが、右手を職員の頭に乗せる。

「し、知らない!俺達は、ただの職員だ・・・・・・やっやめろ・・・・・・」

 次第に男の、目や鼻、そして耳から血が出てくる。

「嘘つかないでよね。あんたらイカれた科学者が、そんないい子ちゃんの訳ないでしょうが!」

 ブチッと音が鳴り、顔中から血を噴き出して倒れた。

「私は言ったよ。嘘ついたら殺すって」

 隣にいる女科学者に右手を乗せる。

「あ、あなた!オリジナルモデル・・・・・・タイプゼロねっ――――」

 同じ様に、血を噴き出して倒れる。

「私をタイプゼロって言うと殺すわ。私の名前は、アリスって名前なんだから」

 最後の人間に手を乗せる。

「最後の最後のお一人さんに質問♪あの設計図は何なの?あなた達は、私のコピー品を作っていたんじゃないの?」

「クローンは、あなたみたいにエレメントマスターにならない・・・・・・欠陥兵器にしかならないクローンは、機械人形の部品に使われる事になったのよ」

「いかにも、科学者らしいわね。他の研究所の場所は?」

「私達だって全容は知らされてないのよ!計画は、軍の藤原准将から出されてるって話しのはず。研究所は、甲府市の研究所が壊滅したってことくらいしか知らない」

「藤原・・・・・・」

 懐かしい名前を聞いた。遥昔の記憶の中にしかない名前。

「ありがとう。じゃあ、死んで頂戴」

 身体中が沸騰する感覚に襲われる。

「まっ待ってよ!知ってる事は、全部はな――――」

 全身の毛細血管の穴から噴き出した様に倒れる。

「あなた達みたいなウジ虫が生きる価値なんてないのよ。散々人の身体を弄くり回した報いを受けなさい」

 床一面が血の海になる。流れ出た血が助けを求める触手の様に、その場に居た者の足元に触れる。

「リンファ、呆けてないで爆薬をセットして。メイリンは、データのコピーを。狭山は、脱出のヘリを――――」

 アリスが狭山を見た瞬間、彼の後ろに人影が。

「逃げて狭山っ!」

「えっ!?」

 狭山が後ろを振り向いた瞬間、彼の身体を何かが貫く。

「がっ!?」

 貫かれた状態のまま、持ち上げられる。狭山を貫いた何よりは、長いオレンジ色の髪。死人の様な灰色の瞳の人間、いやアリスモデルだ。

「狭山!?」

 灰色の瞳がメイリンを捉える。

 メイリンが逃げようとした瞬間、彼女に影が襲う。

「え!?」

 アリスモデルが狭山ごとメイリンに投げつけた。アリスモデルがメイリン目掛けて走り、狭山とメイリンの身体を手で貫く。

 リンファが拳銃を撃ち、彼女の顔に当たる。正確には、硬い物質に当たり、跳ね返される。弾丸が彼女の表面上の皮膚を剥がし金属が見えた。。

「機械人形がっ!」

 リンファが撃ち続けるが、今度は結界を張られ弾かれる。ゆっくりと彼に近づき、弾切れなった拳銃を再装填しようと弾倉に手を伸ばすが、彼女の右手がリンファの頬を優しく触る。触った刹那、リンファの全身から血が噴き出して倒れた。

「リンファ?!」

 残るは、アリス一人。アリスモデルが歩み寄る。

「エレメントマスターを舐めないでよね!マイナーチェンジの分際で!」

 アリスが腰に装備した剣のを抜く。剣の刀身が無く、柄のみの剣。

 アリスモデルが右手で、アリスを掴もうとした刹那、剣を天に向かって斬り上げる。

 結界を張って防ごうとしたが、見えない刀身に右腕ごと切り落とされた。

 切り落とされた関節から火花が散っている。

「私の神器、エレメントソードは五大元素を使い分けて、刀身を変化させる。今のは風を使った風の刃。一元素しか使えないマイナーチェンジとは格が違うのよ!」

 柄のみの剣に、風を収束し刃を形成する。

 アリスモデルは、斬られた腕を見て呟く。

「痛い・・・・・・これが痛み」

 まるで初めて知った感情を噛み締めていた。

 しかし彼女の表情が無表情に変わる。

「てき、敵は・・・・・・み、み、皆殺し」

 左手に電気を帯び始めた。

「あなたは、雷系統の私って訳ね」

 アリスモデルの手刀が襲いかかる。エレメントソードで防ぐが、刀身が解けてしまい右肩から斜めに斬られる。雷の刃が切り裂き、熱で傷を焼き塞ぐ。

「痛っ!?」

 直ぐ様、胸ぐらを掴み投げ飛ばす。壁に打ち付けられ崩れ落ちる。

「雷に風じゃあ相性最悪。風を吸いとって、風力発電みたいにパワーアップなんて考えたじゃないのマイナーチェンジ・・・・・・」

 アリスモデルがアリスの首を掴み持ち上げる。

「がっ!?」

 意識が遠のく、機械の駆動音が高まる。

「このままじゃ・・・・・・」

 流石、私のクローン。可愛い顔して、やることが残忍。両腕で左手を掴む。

「・・・・・・でも、甘いわね」

 二人から閃光が光る。するとアリスモデルが左手を放し、片膝を着く。

「電磁パルス、通称EMPよ。言ったでしょ、エレメントマスターだって。軍用の機械人形だから対策をしてあるかと思ったけど、未対策だったなんてね。あなた本当にメイドイン・ジャパン製?」

 エレメントソードが電気を帯び、アリスモデルの首を焼き切る。床を転がる首。瞳の光が消える。

 周りを見渡すと死体の海だ。たった一人のクローンに仲間を殺された。海を掻き分けて、メイリンの端末を取り外す。

「データのコピーは終わってるわね。ごめんね、メイリン」

 開いた瞼を、そっと閉じる。

 メイリンの端末を操作すると、ある項目に止まる。フライトスケジュールとミッションスケジュールだ

「先行量産機が東京に出発している・・・・・・」

 積荷の目録を見ると、九機が出されている。

(誰か聞こえるか?)

 メイリンの無線機から通信が入り、メイリンの無線機を取り、電磁パルスで破壊された自分の無線機を捨てる。

「聞こえるわ」

(救出ヘリが到着した。そちらの生存者は?)

「一人よ。私だけ・・・・・・」

(了解・・・・・・通信終了)

 腕に着けている腕時計のボタンを押す。

「マザー聞こえる?」

(聞こえます、ミスアリス)

「自爆モード起動」

(起動しますと解除出来ません。承認しますか?)

「承認よ。テンセコンドで起動」

(承認を確認。テンセコンドで自爆モード起動します。10・9・・・・・・)

 腕時計を外し投げ捨て、足に電気を帯電させ、磁力の力でスピードアップする。外に出るとUH1ヒューイが待機していた。

 飛び乗って離陸する。直ぐ様、球体形状の嵐ができ、衝撃波が広がる。衝撃波の影響でヘリの警告灯が点滅し、砂塵が襲い掛かる。

「国防軍の緊急即応部隊が近づいています!隠れ家に戻りますか?!」

 パイロットの問いに、無線機を取る。

「隠れ家じゃないわ!寺院に向かって!」

「了解」

 胸ポケットから一冊の本を出す。御守りの様にいつも胸ポケットに忍ばしている。小さい頃に大事な、大好きな男の子に貰った本。

 本のタイトルは、不思議の国のアリス。

「待っててね、ゆづちゃん。必ず助けるから」

 決意の言葉を、東の暗い雲の向こうに投げ掛ける。



 沖縄南東部の森の中に古くからある寺院がある。琉球時代に建てられ、今は時代に忘れられた場所にアリスを乗せたヘリが着陸した。

 ヘリが着陸すると女性が駆け寄って来た。

「アリス、メイリンは?姿が見えないけど・・・・・・」

「リンメイ・・・・・・。メイリンは死んだわ」

「う、嘘でしょ!?何かの悪い冗談よ!妹が・・・・・・」

「嘘じゃないわ。狭山やリンファも、みんな軍の機械人形に殺られたのよ」

 リンメイがアリスの頬を叩く。

「嘘つき!何がエレメントマスターよ!約束したじゃない、妹を守るって。だから、あなたに付いて行かせたのよ・・・・・・」

 両手を顔に宛て泣き崩れる。

「私を殺して気が晴れるなら、殺してくれて構わないわ。だけど約束して。()()()()()()()()()()()()()()

 リンメイが拳銃を抜き、アリスの額に突き付ける。

「止めなさい、リンメイ」

 二人の間に割って入る、一人の男性。

「老師、止めないで下さい。アリスがいなければ、軍はクローン兵器を作らなかったのです。クローン兵器が無ければ、妹は死なずにすんだのですよ」

 リンメイの拳銃に手を添える。

「銃を下ろしなさい、リンメイ。アリスを殺しても妹は還って来ませんよ。その様な行いは、メイリンも望んでいません」

 次第にリンメイの腕が下がっていく。

「それでいいのです。今は故人の死を哀しみ、思い出に浸りましょう」

 老師の言葉にリンメイは崩れ落ち、仲間がリンメイを連れて行く。

「アリス。話しを聞きましょう」

「はい、老師」

 寺院の中は、補修工事すら行っておらず、古びた状態だ。通路は蝋燭が灯され、二人を揺らいだ光が照す。

 一際大きな部屋に入る。中央には壊れた大仏が、二人を見つめている。

「あなたの言う通り、軍はクローン兵器を作っていたのですね」

「はい。もっと悪い事に、クローンを使って魔術を使える機械人形を作っています」

「ほう、機械人形でと。しかし魔術は、魔術師しか使えないはずですが」

「魔術を使える私のクローンの魂を記憶結晶にコピーし、機械人形に埋め込んで魔術を使える用にしています。破壊した研究所にも、一体配備されていて、メイリン達が殺されました・・・・・・」

 リンメイの顔を思い出す。

「軍の非道がそこまでとは。沖縄の自治独立を望む我々を何処まで苦しめれば気が済むのか・・・・・・。大陸から義勇兵で来ている、リンファ、メイリン、リンメイには気の毒な事です」

「しかし。本土政府の首相が変わり、新しく女性の首相が就任したと聞きました。穏健派の人物だと」

「確かに。しかしアリス、私はこの国の闇は想像以上に深いと思います。権力の魔障に取り付かれれば、人は変わってしまう」

「それでも私は・・・・・・私は、この世界に変わらない人がいると信じています」

 老師の瞳には、まるで人の穢れ等しらないで育った少女に見えた。しかし彼女もまた、我々人間のエゴによって人体実験の果てに、普通の女の子じゃないと聞かされた。

 たとえ、どんなに愛しても、愛される事のない人間だと。

「まったく貴女は、いつまでも純粋な少女のままだ。何か私に言うべき事があるのでしょうに」

「東京に・・・・・・東京に行かせて下さい、老師。今、沖縄が大変なのは知っています。ですが、東京に守りたい人が、大切な人がいるのです!」

 決意の瞳をしたアリスが写る老師の瞳。

 すると老師が頭を下げた。

「短い間でしたが、沖縄の為に尽力してくれた恩。この老師、死んでも忘れませぬ。お行きなさい、貴女が成すべき事は、ここでは無い」

「ありがとうございます」

「微力ながら、貴女の旅が実り有る旅で有る様に祈っています」

 アリスも頭を下げ、その場を立ち去る。



 寺院の小部屋にアリスの部屋がある。彼女自身は、みんなと同じテントで良いと言ったが、老師が気を利かせて、個室を用意させた。もっとも大陸からの義勇兵が来てから、リンメイ、メイリンと同室だ。

 荷物をまとめる為に部屋に入ると、リンメイがいた。彼女の右手には、姉妹が写った写真が握られている。

「リンメイ・・・・・・」

 その場を立ち去ろうとすると、リンメイが声を掛けた。

「待って!さっきは、ごめんなさい。老師から聞いたの・・・・・・。東京に行くって」

「うん。大切な人が危ないから助けに行かないと、私が居ないと、危なっかしい人だから」

「何よそれ。アリスの彼氏なの?」

 リンメイの一言にアリスの顔が赤くなるが、直ぐ様、悲しい表情になる。

「そんなんじゃないよ。私の一方的な片思いだし。ゆづちゃんは、私を地獄と呼べる場所から助けてくれた大事な人」

 無意識に胸ポケットに閉まった本を触る。

 するとリンメイが、ある物を手渡す。腕時計と護符だ。

「博士が次から、自爆用の腕時計は無キズで返してくれってよ。発注元の軍に黙って横流ししてるんだからねって。護符は、私達の国で伝わる霊装品よ。一時的になら魔術攻撃を防げるし、建物に張れば、魔術師は入ってこれないから」

「ありがとう、リンメイ。博士にも言っといて」

 受け取った腕時計を腕に付け、護符を鞄に入れる。

「ところで、東京にはどうやって行くつもり?沖縄の空港や港は、軍の管轄よ。身分証を持ってないとダメよ」

 軍から民兵だの抵抗軍と言われているアリス達に日本での身分は無い。仮に日本人だとしても国籍を剥奪され、ブラックリスト入りだ。

「宛てが無いなら、博士の所に行きなさい。どうせ宛てがなく困るだろうから、そしたら来るように言われてるから」

「うん、わかった」

 リンメイが後ろからアリスを抱き締める。

「メイリンの分まで生きるから私。だから、あなたも生き抜かなくちゃだめだからね。死んだら終わりなんだからね」

「うん・・・・・・」

「いつか戦争の無い世界で会いましょう、アリス。貴女に星の加護がありますように」

 そして旅に出る少女を見送った。



 寺院を後に、バイクを走らせ山を下る。瓦礫の町を抜け、国防軍のグリーンゾーン(安全地帯)の検問所に出会す。

 身分証のチェックと、身体検査や車両の検索を行っている。

 検問所には、90式戦車や軽戦闘車両が鎮座し、グリーンゾーンに入る人間を見張っている。

「検問所の突破は無理か・・・・・・」

 バイクを路地に隠し、様子を伺う。

 グリーンゾーンの中に空港や本土に向かう、定期便の船舶が停泊しているが、強行突破してもたどり着けない可能性が高い。一時的に90式戦車等は破壊できても、グリーンゾーン内部に配備されているであろう、最新鋭の10式戦車や対魔術師駆逐用の10式改等は相手にできない。

「お困りですか?アリスさん」

 耳元で囁かれて、思わず振り向き様に拳銃を突き付ける。

「落ち着いて下さい。私ですよ。博士です」

「びっくりさせないでよ。危うくオタク顔に風穴が空く所だったわ」

 博士と呼ばれた男は、色白やせ形の白い肌にボサボサ頭にメガネの如何にもと言う人物だ。

「この顔は生れつきですよ。相変わらず礼儀を知らないですね。それより()()を」

 博士が封筒を出す。中には身分証と船舶の乗船券が入っている。

「軍の身分証ですから、ある程度のレベルなら突破出来ます。乗船券は、横浜港に行く客船ですから、着いた後は自力でお願いします」

「ねぇ・・・・・・」

「何です?」

「名前がアリス・クリステンセン小佐は良いけど、性別が男じゃない!」

 拳銃を博士の口に突っ込む。

ふごじゃないでしゅか(いいじゃないですか)じゃんがでらいまず(男装が似合いますから)

「良くないわ!顔は私だけど、身分証には男ってなってるわよ!どこの世界に胸の有る男がいるのよ!」

 アリスは自分の胸に手を宛てる。

「騒がないで下さいよ。兵士に気付かれますから。貴女の胸なら軍服で隠せば大丈夫ですよ、同盟国の合衆国陸軍の軍服ですから、彼等も深く探らない・・・・・・ハズ」

「妙な間を開けないでよね。それと今、ムカつく事言ったでしょ」

「あ・・・・・・私は、これで失礼しますね」

 急いで立ち去る博士を引き留める。

「ねぇ、何でここまでして助けてくれるの?博士は、政府側の人間でしょ?」

「如何にも私は、政府側の人間です。言わば、あなた達(独立派)とは敵同士。しかし私にも、貴女に対して、そしてこの世界を招いた責任があります。茜博士と一緒に研究していたのですから」

「罪滅ぼしって訳?」

「そんなご立派な理由じゃないですよ。地獄があるのなら、私は間違いなく地獄行きの乗船券を自分で買っていますから、今さら善行を積んだくらいで変わりませんよ。ただ・・・・・・」

「ただ?」

「貴女の面倒を見る様に、茜博士に頼まれていましたからね。茜さんの頼み事は断れませんので」

 博士が写真を見つめて答えた。白衣を着た博士や他の研究者達。中央に小さな男の子と女の子を抱き抱える二人の女性に男性が一人。

 ダークブラウンと金木犀色の二人の女性と少女。二人は軍服の少女と男性と白衣の女性だ。

「長話が過ぎましたね。出港は一時間後ですのでお早く」

 写真をポケットにしまい、四角くて平べったい物を投げ渡す。

「何よこれ?」

「スマートフォンですよ。貴女ぐらいの女の子は、みんな持ってます。爆弾の方が良かったですか?」

 路地の闇に博士が消えて行く。

 博士から貰った軍服と軍帽を被る。サイズが妙にぴったりなので、隠せる処か丸分かりだ。

「成るようになれ」

 小さく呟き、検問所の列に並ぶ。

 警備兵が、手荷物検査を行いながら、もう一人が身分証のチェックを行う。

「次!」

 アリスの番が廻って来た。身分証を出して、手荷物をテーブルに置く。

「合衆国陸軍、アリス・クリステンセン小佐ですね。あの・・・・・・」

(やっぱりバレたか!?)

「性別が男になってますが?あなた女性ですよね」

 もう一人の兵士が近づく。

「馬鹿言え。女性にしては、胸が無さすぎだろ」

(博士とコイツらは殺す・・・・・・)

「一応、女性の兵士に身体検査をさせてもらいます」

 兵士が女性兵士を呼んだ瞬間。

「車が突っ込んでくるぞ!」

 振り向くと、車がスピードを上げて向かって来る。

「止まれ!止まらなければ撃つぞっ!」

 兵士が次々とライフルを構え、90式戦車の砲塔が指向する。威嚇の為に車の脇を狙い、徹甲弾を放つが、爆発しても怯む事なく向かって来た。車が百メートルぐらい近づいた瞬間に、次々と車に向かって発砲した。

 文字通り、蜂の巣状態になり停車する。

 兵士達がゆっくりとライフルを構えながら近づく。

 間を置く事なく、車が爆発し、砂ぼこりと衝撃波が襲う。

「医療班を呼べ!救護ヘリも要請しろ!」

 グリーンゾーンに入る為に並んでいた民間人と兵士が何十名も倒れていた。

「クリステンセン小佐。通ってもらって大丈夫です。この検問所は閉鎖しますから、早く行って下さい」

 身分証と手荷物を戻されて、検問所を後にする。



 グリーンゾーンの中は、別世界だ。

 道路に砲弾の穴は空いてないし、買い物客で街は賑わっている。本土と変わらないであろう世界。

 軍港エリアには、国防軍の護衛艦、はたまた輸送艦が停泊し、輸送艦からは10式改戦車や装甲戦闘車が荷降ろしされている。

「軍の増援部隊・・・・・・」

 フェンス越しに見ていると、声を掛けられる。

「そこの君、あんまりジロジロ見ると軍警察に捕まるぞ」

 振り向くと、そこには女性、いや私より少し幼い少女だ。金色の髪を海風に靡かせ、南国には似合わない白い肌。翡翠の瞳が見つめる。

「すみません。つい魅入ってしまって」

「ん?その軍服は身内か。いやはや、陸軍がこんな所に何用かな?ここは、海軍基地と国防軍の軍港エリアだが」

「すいません。外地から来たばかりで、余り詳しくないもので・・・・・・商船のエリアに行きたいのですが?」

 苦し紛れの理由を述べる。鋭い瞳が嘘など見抜きそうだ。

「ほほ~う。外地からのお上りさんか。なら調度いい、()()も商船エリアに行くところだ」

「私達?」

 すると、軍服姿の金髪セミロングの女性が走って来た。

「准将閣下、商船の乗船券がとれましたよ」

「ご苦労、ロミオ大尉。まったく何で()()は海軍船で、私達は乗せてくれないんだか」

「閣下が、()()調()()()()()()()()()()()()()()()からですよ・・・・・・。あの一件で海軍に目の敵にされてますから」

 胃袋辺りを擦りながら、ロミオ大尉が答える

 。

「失礼な。議会に根回しをして新造艦の予算をお婆様に頼んで、議会の承認を取り付けたし。第三艦隊を応援で回したんだぞ、何が不満なんだか。これだから海の連中は、女々しくて困る。見てみろ、スクラップ艦隊(第三艦隊)が入港してきたぞ」

「静かにして下さい、閣下!また海軍に睨まれますよ!」

 入港してきた艦隊を指を指す少女の口を押さえつける。

 入港してきた艦隊は、大型空母一隻にミサイル巡洋艦二隻、ミサイル駆逐艦が三隻と。大小含めば十隻程度の空母打撃群だ。

「いやはや、空母カール・ビンソンは初めて見たが、まるで杖を突いた爺さんだな。あんなロートル艦を使うとは、我が国の財政難は本当だと思わないか?ロミオ大尉」

「新型のジェラルド・R・フォード級航空母艦の配備も進んでいますけど、いかせん建造費が莫大で。今は高齢者にも働いて貰わないと困る時代みたいですからね」

「中々言うではないか、ロミオ大尉」

「いえいえ、閣下には負けますよ。所で閣下、そちらの人は誰ですか?」

 ロミオ大尉の視線がアリスに移る。

「あぁ。ついさっき会ったばかりでな、名前は・・・・・・」

 咄嗟に身分証の名前と所属を思い出す。

「合衆国陸軍、第一騎兵連隊。アリス・クリステンセン小佐です、閣下」

 軍人らしく敬礼し、挨拶する。

「私は、合衆国海兵隊のジュリエット・ホーク准将だ。もっとも今は、日本の駐在武官だがな」

「同じく、副官のロミオ大尉であります」

 互いに自己紹介した所で、ジュリエットが尋ねてきた。

「しかし騎兵連隊の連中が、こんな湿気と泥まみれの沖縄に何用かな?まさか観光ではあるまい。()()()()()()()()()()()()()()()()()はずだが」

 薄ら笑いしながら、翡翠の瞳が見つめる。

「任期満了伴い、休暇で東京に行こうかと思いまして。、飛行機は苦手なので、船で東京へ行こうかと」

「ほほ~う。ますます奇遇ではないか。我々も東京に帰還するところだ。もしかして、マーメイド・プリンセスに乗船かな?」

 乗船券を見ると、確かにマーメイド・プリンセスと書かれている。

「えぇ」

「では、一緒に行こうではないか?ここで会ったのも何かの縁。ロミオ大尉、私の荷物を頼んだぞ」

 ジュリエットが大量のスーツケースを指差す。

「これ全部ですか・・・・・・」

「貴官は、私の副官だぞ。上官の荷物は副官が持つのが世の理。常に忠誠を、ロミオ大尉」

 項垂れるロミオ大尉の肩を優しく叩き、薄ら笑いしながらマーメイド・プリンセスの元に向かう。

「クリステンセン小佐も早く来たまえ。大尉に荷物を持たせれば良い。大尉よりも階級が上なのだから」

「で、でも・・・・・・」

 ロミオ大尉を見ると、スーツケースやら鞄を背負わされて、まるで小学生のランドセルを持たされた風景だ。

「自分で持ちますので大丈夫です」

 その言葉を聞いたロミオ大尉の表情が少し和らぐ。この人、普段からどんな仕打ちを受けているんだ。

 マーメイド・プリンセスが乗船者を招く様に、警笛を鳴らす。まるで魂を欲する船にアリス達も向かう。

































































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