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クロスオーバー編 出会わなければよかった。違う形で会いたかった

 立川市街地の外れの西砂地区に一台の車が止まる。閑静な住宅街に、似つかわしくない公用車。ドアが開き、私服姿のクリスティー達が降りる。

「ここか。ゾンビが手配したと言う、医者の病院は?えらく、ボロいな」

「光ちゃん、文句言わないでよね。監視の目があるんだから」

 監視の目とは、地域に設置されている、ありとあらゆる監視カメラや、遠隔操作による携帯のマイクによる集音の事で、顔や声紋をスキャニングし、情報を集める監視システムだ。

「そうですよ、大佐。二人の健康診断みたいなものなんですから」

 クリスティーも大佐に苦言を言う。

「分かってるっての。それよりバカ娘、その服・・・・」

「あ、似合います?新しい服なんですよ、これ」

「ダサいぞ」

「・・・・ん?」

 理解するのに、暫く間が空く。

「またまた~店員さんに勧められたんですよ。大場大尉も言って下さいよ」

 クリスティーが、大場に視線を向けると、直ぐ様に視線を反らす。

「上沙ちゃん・・・・お母さんは、悲しいよ。今度、一緒に行こうね」

 ハンカチで目元を拭う。

「・・・・え・・・・」

 改めて自分の服を見る。確かに子供っぽいけどさ、店員さんが凄く誉めてくれたんだよ。

「バカ娘のダサい私服の話しは、置いといて、入るぞ」

「ダサい・・・・」

 確かに、訓練部隊の時から、同期からも言われた様な気がする。ふと昔の戦友を思い出す。皆、大丈夫かなと。

 病院の中は外観と違い、綺麗な室内だ。

 ふとクリスティーの視線が、二人を捉えた。二人もクリスティーに気付き、飛び付いた。

「ママとお姉ちゃんだー!」

「ママ!?」

 突然の単語に驚いてしまう。

「クリスは、私達のママで、お姉ちゃんは、大場お姉ちゃん」

 大場大尉が鼻血を拭きながら聞く。

「因みに、あの男性は?」

 大場が大佐を指指す。

「ん~オジさん」

「オジさん!?」

 大場とクリスティーが必死に笑いを堪える。

「えっと~クララは、前髪が右分けで。ウララは、左分けだったよね?」

 クローンの為に、容姿が似ているから、見分けがつきにくい。

「違うよ!ウララ方が、右分けだよ!」

「そっか。ゴメンね~」

 双子の姉妹を相手にしているみたいだ。

「君達、遅かったね。診察の結果は出ているよ」

 恰幅のいい白衣の男性が話し掛けてきた。黒縁メガネを掛け、年齢的には、オジさんよりもお爺ちゃんが合っている。

「診察室で話そうか。クララとウララは、別室で遊んで来なさい」

「は~い」

 先生に促され、診察室に入る。レントゲン写真等が貼られている。

「僕も、クローン人間を診察するのは、初めてだからね。色々と興味深い事も分かったよ」

「先生、クララとウララは、何処か悪いんですか?」

 クリスティーの質問に先生は、顎をさすりながら答える。

「それには、心配いらないよ。健康体そのものだからね」

「良かった」

 クリスティー達が安堵した瞬間。

「ただ・・・・」

「ただ?」

「知っての通り彼女達は、生体兵器として作られている。彼等にとって、様々な邪魔な機能を削ぎ落としているんだよ」

「邪魔な機能?」

「兵器として作られたからには、人間としての機能。即ち、女性としての機能は、邪魔な存在なんだよ。おまけに成長促進の為に、様々な薬物投与がされている。彼女達の推定年齢は、七歳から八歳くらいだ。恐らく、十五歳までは、生きられないだろうに」

 そう。生体兵器に人間としての機能は要らない。すぐ死ぬ存在で、替えがきく存在なのだから。それが生体兵器の人生だ。

 沈黙が支配する。言葉が出てこない。

「何とかならないんですか、先生・・・・」

 大場大尉が、悲痛な面持ちで切り出す。

「難しいねぇ・・・・。でも、薬物治療で寿命を延ばしてやることは可能だと思うから、やるだけやってみるよ。僕も医者の端くれだからね」

「宜しくお願いします、先生」

 深々と頭を下げ、診察室を後にする。診察室を出ると、クララとウララは、看護士さん相手に追い駆けっこを初めていた。

 二人を見ていると、さっきまでの話しが嘘の様に思えてきた。だが現実は、波の様に押し寄せて来る。

「二人供、帰るわよ。先生や看護士さんに、ちゃんとお礼を言って」

 クリスティーに言われ、二人が先生達にお礼を言っている姿を見て、大場が笑いだした。

「なんだか上沙ちゃん、本当のお母さんみたいね」

「そ、そんなことありませんよ!?私には、責任があるんですから」

 照れくさそうにクリスティーが、顔を赤らめる。

「いいんじゃないの?上沙ちゃんだって、いずれは、好きな人と結婚して、お母さんになるかも知れないんだからね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 大場のその言葉が、妙に心に刺さった。

「私なんかより、大場大尉の方が、結婚の可能性がありますよ」

 すると大場がニコニコしながら答えた。

「どうかしらね。本人は、にぶすきて分からないからね」

 車に乗ろうした大佐が、くしゃみを連発している。

「それに、上沙ちゃんは、自分にもっと自信を持ちなさい。ルックスだって悪くないんだし、洋服のセンスは壊滅的だけど、大丈夫よ」

 何だろう。最後の無自覚の悪意が、心に刺さりましたよ、大場大尉。

「ねぇママ、クジラの飛行機が見たいよ」

 クララが、袖口を引っ張りながら、テレビを指差す。画面には、クジラ柄にカラーリングされた旅客機が映っていて、字幕にはゴールデンウィークから夏休み限定のカラーリングと出ている。

「ウララも見たいよね?クジラさん」

「見たい見たい」

 二人が目配せして、クリスティーの瞳を見る。

「ママ、お願い!!」

 二人の潤んだ瞳に、クリスティーの防御線は、あっさり突破され蹂躙される。

「じゃあ、近くのリニア駅に降ろしてあげるわね。いいでしょ、光ちゃん?」

「分かったよ。リニア駅から横田国際空港までは、一本で行けるから迷うなよ、()()

「迷いませんよ。()()()()

 二人の間で、火花が散る。

 横田国際空港は、軍民共用の国際空港で、羽田空港が使えない現在は、几帳な空港だ。近隣都市から空港までは、リニアモノレールが走っており、通常の鉄道は、飛行機の燃料運搬の貨物列車又は、軍の物資運搬が主な利用だ。

 車がリニア駅のロータリーに停められ、クリスティー達が降りる。

「ねぇ。大場お姉ちゃんは、一緒に行かないの?」

 ウララが大場大尉の顔に迫る。

「ごめね。提出しなきゃいけない、書類が――」

 ウララの潤んだ瞳が、津波の様に訴えかけてきた。

「あ、書類は、来週でもいいかな♪怒られるのは、オジさんだから」

「おいっ!?」

 大佐が横を向いた瞬間には、車内に大佐しか居なかった。

「と言うわけで、オジさん、バイバイ」

「バイバイ~」

 大場の別れの言葉に、クララ達もマネをする。

 ぶつくさ言いながら、車を出して、市街地に消えて行く。

 立川市のリニアモノレールは、立川駅を基点とし、東西南北に横断してをり、西は、横田国際空港。南は、八王子市並びに中央省庁に繋がっている。リニアモノレールは、軍でも首都防衛の要と考えており、装甲列車を所有している。

 クリスティー達が降りた最寄駅は、ショッピングモールが有り、若い市民の活動エリアだ。

「ねぇ、ママ。抱っこして」

 ウララが眠そうに、目元を擦る。

「ウララも大きいから、抱っこは、我慢しようね~」

「やだ。抱っこして、抱っこ!」

「え・・・」

 これが、噂の反抗期!?反抗期って、もっと中学生くらいからのハズ。私の娘に限って・・・じゃなくて!この子に限って。

 そうこう思考を巡らせている内に、泣き出した。

「分かった、分かった。ほら」

 ウララを抱き抱える。それを見たクララが、大場にも要求した。

「ウララだけズルい!ねぇ、お姉ちゃん。クララも、抱っこして!」

 お姉ちゃんこと、大場は両手を広げ、招き入れる。

「しょうがないわね。二人供、まだ甘えたい年頃なんだよね~」

 勢いよく、大場の胸に抱き付く。

 クリスティーは、切符売場に立ち尽くす。

「上沙ちゃん、どうしたの?」

「あ、いえ・・・・」

 クリスティーは、切符の買い方を知らなかった。軍の幼年学校から士官学校を卒業してから、戦場だ。軍では、殺し方を教わっても、一般社会の常識を教えてくれない。軍を退役してから、一般社会に馴染めなくて、地獄を味わうと聞く。戦場でも地獄を味わい、帰還しても殺人者扱いされ、職に付けずに地獄を味わい、自暴自棄になってしまうと。

「す、すいません。切符ってどうやって買うんですか?今まで、軍の輸送機や、手配した電車に乗ってたので・・・・その、買い方を知らないんです」

 余りにも幼稚な質問で、思わず顔を赤らめながら、うつ向く。しかし大場は、笑顔で教えてくれた。

「そっか。上沙ちゃんは、軍の幼年学校からだもんね。切符の買い方わね、現金を入れて、タッチパネルを押すのよ。でも今は、ICカードっていうのがあるの。カードに現金をチャージして、現金を用意しなくても、自動的にカードのチャージ金額から引き落とされるから」

 財布から、緑色のカードを見せた瞬間、クリスティーがガシッと両手を握る。

「凄い()()()ですね!」

「あはは・・・・ちょっと違うかも」

 苦笑いしながら、キラキラと瞳を輝かせているクリスティーにカードを渡す。

 ホームで待っていると、電光掲示板に次の列車が表示されている。特別列車と。

「あの、特別列車って何ですか?」

 クリスティーの質問に、駅に進入してきた列車を指差す。迷彩塗装が施され、大小無数の砲塔に重機関銃や機関砲が装備された軍の装甲列車だ。

「例の作戦が近いからね。機甲師団もトレーラーに載せた先発部隊は、到着したし。昨日は、列車に載せた後発部隊も出発したって報告が上がって来たから」

「そうですか・・・・」

 走り去る列車を眺め呟く。緊張が走り、嫌な汗が手から出る。

 リニアに乗り込むと、クララ達は座席の上に膝を置き、外の景色を眺めている。クリスティーも座席に座ると睡魔に襲われた。

 寒い森の雪景色。誰かが首を撃たれてもがき苦しんでいる。士官学校時代からの友人。いや、戦場で生まれる特別な絆の戦友だ。

「待ってて、有坂!直ぐに行くから!」

 白い大地が、赤い花を咲かす。

 遮蔽物から、ほふく前進で近づこうとするが、敵からの激しい機関銃掃射で近づけない。

「有坂、じっとしてて!早く援護射撃してよ!」

 クリスティーの指示で、機関銃手が三脚をセットし、反撃する。しかし敵の火力の方が圧倒的に攻勢だ。

「駄目だ!撤退するぞ!」

 仲間の兵士が次々に後退しながら射撃する。

 有坂が首を押えながら、クリスティーに訴えるが、声が出ない。

「しゃべらないで、じっとしてなさい!」

「行くぞ、クリスティー!撤退だ!」

「ふざけないで!有坂を置いて行けないわ!」

 しかし両脇を引っ張られ、有坂から離れてゆく。

「待ってなさい!直ぐに助けに戻るから!」

 有坂の片手が、離れて行くクリスティーの方にてを伸ばす。クリスティーも片手を伸ばした瞬間、数発の銃弾が有坂を貫いた。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――」

 クリスティーの悲鳴が森に木霊する。

 直ぐ様、仲間の兵士に羽交い締めにされ、その場を離れ様とした。

「行くぞ、クリスティー!」

「離して!アルカディアの畜生共がッ!お前ら、皆殺しにしてやるからなッ!」

 ふと体を揺すられ、起こされた。

「上沙ちゃん、大丈夫?うなされていたけど」

 心配そうな大場の表情。

「だ、大丈夫ですよ。ちょっと恐い夢を見ただけですから」

 苦笑いしながら答えたが、額からの汗が凄い。

 大場が真剣な表情で語りかけた。

「上沙ちゃん。悪夢を見るのは、恥ずかしい事じゃないわ。私も光ちゃんも悪夢を見るのよ、戦場の悪夢をね」

「え・・・・」

 信じられなかった。歴戦の兵士である大場大尉や大佐が。

「私は、今でも悪夢に出てくるもの。人を殺した瞬間がね。ある戦場で、民家に逃げ込んだ敵影が見えて、迫撃砲を撃ち込んだの。そしたら、逃げ込んだのは、民間人の親子連れだった・・・・母親は亡くなっていたけど、子供は生きていたの。今でも母親の死に目が、忘れられないわ。でも悪夢は、私なりの対処で和らいできたの」

「対処?」

「そう。他人に自慢できる人生では、無かったけど、災害派遣の時に、小学校に取り残された子供達を救出したの。泣きながら感謝してくれてね、悪夢を見た時は、その子達の顔を思いだすの、そしたら次第に悪夢は和らいでいったわ」

 ポケットから写真を取り出し、見せてくれた。救出ヘリをバックに子供達が並んだ写真。

「今でも子供達が、手紙を送ってくれるのよ」

 写真を見つめる大場大尉の表情は、今までよりも優しい顔だった。



 横田国際空港に到着すると、空港は帰省客で賑わっている。ゴールデンウィーク最終日ってことも有り、海外からの観光客、帰省客にビジネスマンと多種多様な人間達が行来している。

 空港ロビーから駐機場で、羽を休ませているクジラ柄の飛行機。

「ウララ、クジラさんだよ!」

 クララの言葉に、抱っこされていたウララが、窓に駆け寄る。

「二人供、離れないでよ」

 クリスティーの言葉が聞こえているのか、いないのか知らないが二人は、夢中で眺めていた。

「久しぶりね、大場」

 大場が肩を叩かれて、振り向くと、長身のモデルみたいな女性だ。

「沙希先輩?」

「なに、もう忘れちゃったの?」

「沙希先輩!あっ失礼しました。藤原小佐」

 大場が改めて敬礼する。

「もう予備役だし、軍人じゃないから敬礼は、要らないよ」

 苦笑いの沙希に、大場が笑顔で敬礼をやめる。

「大場大尉、こちらの方は?」

「藤原沙希小佐よ。軍では、情報部でお世話になったのよ。沙希先輩、この子は、上沙ちゃんこと上沙クリスティー少尉よ」

 小佐と聞き、思わず敬礼しそうになる。

「上沙ちゃんね。よろしく」

「今日は、沙希先輩どうしたんですか?雑誌関係の仕事って聞いてましたけど」

「いや~海外の撮影が終わって、帰ってきた所なのよ。親戚の子が迎えに来てくれる予定なんだけど、飛行機が早く着いちゃってね。暇なら、少しお茶に付き合ってよ、大場」

 沙希の誘いに、大場の目線がクリスティーに移る。大場としても、クララ達をクリスティー一人に任せるのは、忍びない。

「大丈夫ですよ。二人は、私が面倒見ますから、行ってきてください」

「じゃあ行ってくるね。何かあったら携帯に連絡してね」

「悪いね。ちょっと大場を借りるから」

 二人が人混みの中に消えて行く。久しぶりの休暇なんだから、大場大尉にも羽を伸ばして貰いたい。

「二人供、そろそろお昼に―――」

 クリスティーが振り向くと、クララ達の姿が無い。

「え!?」

 辺りを見回しても、声すら聞こえない。二人は、何処かに居なくなってしまった。



 空港内の喫茶店に着くと、開口一番に沙希が口を開く。

「あなた達。近い内に、何かを始める気でしょ」

 店員に珈琲を頼みながら、突いてきた。

「流石先輩。耳が早いですね・・・・」

「元情報部を甘く見ないでよね。色々な所から、聞こえてくるのよ。あなた達の為に、昔のコネを使って、生体兵器の研究所を教えたんだしね」

「先輩には、頭が上がりませんよ。お陰で研究所は、壊滅出来ましたし」

「私もびっくりしたよ。研究を引き継いでいる馬鹿な科学者がいるとわね。あと忘れる所だたったよ。これで監視カメラの顔認証システムは、別人になりすませるし、偽の経歴だけど、上手く騙せるはずよ」

 鞄から書類を出す。顔写真入りのIDガードもだ

 。

「何から何まで助かりますよ先輩。なにせ生体兵器の子ですから、経歴なんてないですし、軍も捜す可能性がありますからね。それと、まだ先代のお子さんの面倒をみているんですか?」

「当たり前でしょ。一人前に成るまで、面倒をみるって先代夫婦に約束したんだから」

 珈琲を飲み干し、鼻息荒く豪語する。

「義理堅いですよね、先輩は。好きですよ、先輩のそういう所が」

 ニコニコしながら、珈琲を口にし、立ち上がる。

「大場。あんたらが、何するか知らないけど、()()()に危害を加える気なら、先輩後輩の友情は終わりだからね。光の奴にも言っときな」

 沙希の方に振り向くと、いつものニコニコ顔で答えた。

「心配いりませんよ、沙希先輩。先輩が義理堅い様に、私も約束は、守りますから」

 店を出て行く大場に、沙希は小さく呟く。

「あんたらの事は、信用してるよ。だけど大場、軍を甘く見ない方がいいよ。奴等は、何時だって汚い連中なんだからね」



「ユヅキ・・・・起きて下さい」

 誰かの呼ぶ声に、目を見開く。

「ジャン・・・・今日は、ゴールデンウィーク最終日だぞ。休みなんだから、寝かしてくれよ」

 寝ぼけ眼の状態で抵抗するが、呆気なく破壊された。

「確かに、今日は休日ですが、沙希を迎えに行かなくて良いのですか?迎えに行くと約束してましたよ。私も今日は、椿と用があるから出かけますからね」

 迎えに行くと言うワードで、目が見開く。

「ヤバッ!今、何時ッ!?」

 起き上がり、彼女の両肩を掴む。思いの外、彼女の華奢な身体に驚くが、直ぐ様消え去る。

「十時半過ぎですよ」

 スマートフォンの飛行機の到着時間を見ると、十一時に到着になっている。

「沙希姉に殺される・・・・」

 急いで着替え始める。

「まったく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()私は、先に出掛けますからね」

 溜息をつきながら、部屋の扉を閉める。

 光の速さで着替え、玄関に向かう。玄関の扉を開けると、椿が扉を開けようとしてた。

「結月君!?どうしたの、急いで?」

「椿か、悪い!急いでんだ!」

 軽く挨拶を済ませ、駅に急ぐ。

「早いですね、椿」

 玄関にジャンが、現れた。初夏に似合うように、白いに服に、紺色のスカート。

「どうしたの、彼?あんな急いでて」

「空港に迎えに行ったのですよ。まったく、いい歳なのだから寝坊癖が治らないと、将来が心配ですよ」

 ジャンの愚痴の様な言葉に、笑いだした。

「あなた達、姉弟か親子みたいね。もしくは、付き合いたての彼氏彼女かな」

「ばっ馬鹿な事を言わないで下さい!私とユヅキは、あくまでも契約者の関係なんですから。それより、家まで来てどうしたんですか?」

 顔を赤らめながら、椿の言葉を否定する。どのワードに反応したのかは、何となく察しがついた。

「ああ。込み入った話しだから、家の方が落ち着くかなって。ダメかな?」

「構いませんけど?」

 彼女を縁側の部屋に案内する。椿が、祭壇の写真を見つめる。

「この写真の人って、結月君のお父さん?」

「ええ。グラウンド・ゼロで亡くなったと聞きました。名前をムヅキと言います」

 ジャンは、写真の人物と目を会わせる事も無く、説明した。

「やっぱり親子ね。何処と無く、彼に似ているわ」

 椿が縁側に座り、ジャンが飲み物を置き、隣に座る。

「椿。話しとは、何なんです?」

「ん?あ~ちょっと、話しづらい話題なんだけど・・・・」

 初夏の日射しが、二人を照らしだす。

「ジャン。あなた・・・・守護神じゃなくて、人間でしょ?違うわね。正確には、人間だった頃の姿でしょ?」

 生暖かい風が吹く。初夏の日射しが、雲に隠れ、二人の顔を次第に陰が忍び寄る。

「ちょっと調べたのよ。あなたの身体の紋様は、大罪人の証。生前に大罪を犯し、死しても許されることの無い魂。大罪人の魂は、煉獄と言う所に送られ、救済も無く、本人にとって、死よりも苦しい瞬間を永遠に味わせるって」

 椿の言葉を静かに聞き入れ、彼女の瞳を真っ直ぐと捉える、ジャンの瞳。

「椿。あなたは、頭が良いのですね。確かに、私は、生前は人間でした・・・・」

 風が彼女の金木犀の髪を儚げに靡かせる。

「大罪を犯し、死しても許されない、愚かな人間の末路です」

 ジャンは、上着を脱ぎ、背中を見せる。白い肌に似つかわしくない、焼印の様な赤い翼の紋様。

「結月君は、知っているの?」

 椿の言葉に、首を横にふる。

「彼は、知らなくても良いことです。私の今までの罪を知れば・・・・彼は、絶対に私を軽蔑するでしょう」

「でも、分からないでしょ?」

「それだけは分かります。彼とって許しがたい行いをしたんですから」

 椿には、許しがたい行いの意味が分からなかった。だが、彼女の視線が祭壇に向いたのは、分かった。

「ジャン・・・・あなたが、生前にどんな罪を犯したのかは知らないわ。でも煉獄に送られた魂は、輪廻転生の理を外れて、現世に出られないはずよ」

 椿の言葉にジャンは、雲に隠れた太陽を見上げ口を開く。

「確かに、煉獄に送られた私は、自分の死よりも苦しい瞬間を何百、何千回と味わいました。貴女には、想像出来ない程の苦痛で感情なんてものが、硝子の様に容易く壊れる世界です。絶望の世界で倒れている私に、()()は現れました」

()()()()

「ええ。私の犯した罪を贖罪するために、現世で多くの人を助けると。彼女と契約しました」

 ジャンは、自分の右目を閉じて、ゆっくりと開く。瞳は、赤く光り、十字の紋様が刻まれている。

「聖痕・・・・?伝説上の話しと思っていたけど、本当にあるなんてね・・・・」

 椿には、信じられなかった。目の前の存在する彼女が守護神では無く、自分と同じ人間で、この世界を生きていたなんて。おまけに、聖痕なんて伝説上の瞳。神に等しき魔力を、与えられると言われる力だ。

「どれだけ救えば、私の魂は救われるのか分かりません。たとえ救われなかったとしても、それは、罰として甘んじて受け入れる覚悟です」

「でも!・・・・救われなかったら、そんなの・・・・悲しすぎるわよ」

 過酷な、運命と言う名の契約を背負わされている彼女の真剣な表情に、思わず涙声になる。

「椿は、優しいですね。もう話しが無ければ、ちょっと疲れたので、休みたいのですが良いですか?」

「うん・・・・」

 彼女に、どんな言葉を掛ければ良いのか分からなかった。自分と同い年くらいの少女は、時が止まった存在で、生前はどんな悲しい最後だったのかと。

「いつか・・・・ジャンの事を救ってくれる人が、現れる事を祈っているわ」

 玄関の扉を閉じながら、少女に願いの言葉を掛けた。



 横田国際空港に結月が乗ったリニアが到着する。自国を確認すると、到着予定から三十分も経過していた。電工掲示板には、とっくに飛行機は到着している事になっている。

「まずい・・・・。これは、まずい事態ですよ結月さん」

 走って到着ゲート直通エレベーターまで、人混みを掻き分けて行く。ゴールデンウィーク最終日だから、空港内は溢れかえっている。エレベーターの扉が開き、間に合うと確信した瞬間。

「きゃ!?」

「おわ!?」

 誰かと、ぶつかり倒れ込む。

「痛たた。すいません急いでたんで・・・・」

 謝りながら、立ち上がろうと右手に力を入れる。何故か、堅い床に手を突いているハズなのに、手には柔らかい感触が伝わって来る。

「ひゃっ!?」

「おかしいな。床が柔らかいハズないのに何なんだ・・・・」

「ちょっと・・・・」

 ぶつかった相手を見ると、女の子が目の前に倒れている。しかも体制的に押し倒して、胸をわしづかみしている。非常に宜しくない状態だ。

「いつまで、人様の胸を揉んでるのよ!このド変態!!」

「ぐはっ!?」

 女の子の拳が顔面を強打し、近くのゴミ箱まで飛ばされる。あまりにも突然の出来事で、通行人が一斉に振り向く。

「痛たた・・・・。何するんだ!」

 目の前を見ると、ダークブラウン色のセミロングヘアーの女の子が、胸元を押えながら抗議する。

「それは、こっちのセリフよ変態!!何?新手の痴漢?」

「ちげーよ!急いでたんだよ、謝っただろ」

 少女に謝ったが、火に油だったみたいだ。

「はい?謝って済んだら、警察は要らないわよ!お巡りさ~ん!ここに痴漢が居ますよ~」

「おまっ!?馬鹿!」

「ひゃ!?」

 思わず、彼女の口元を押えてしまう。

「はっ離しなさいよ、変態!!」

「お前こそ何だよ、暴力女!!」

「暴力女って言うな!この変態野郎!!」

 再び、彼女の鉄拳が顔面に命中し、ゴミ箱をボウリングのピンの様に薙ぎ倒す。

「はぁはぁ。変態野郎に構ってる暇なんて無いのよ。あの子達を探さないと・・・・」

 女の子が立ち上がると、青い制服の人が、右手を掴み。

「暴行罪で現行犯逮捕ね」

「はい!?」

 警察官が、彼女の右手に手錠をかけている。

 通行人が、スマートフォンで撮影会を始めていて、頭の中が真っ白だ。

「いやいや、お巡りさん。逮捕は、あの変態だから。私、胸を触られたんですからね」

 警察官が、結月に鋭い視線を送る。

「君も、ちょっと交番まで来てくれるかい?」

「・・・・はい」

 一人は、暴行罪で手錠を掛けられ、もう一人は、痴漢容疑で連行されて行く。

 交番の鉄パイプ椅子に座らされ、身元を聞かれる。

「藤原結月さんと上沙クリスティーさんね。歳は、二人供十七歳で、住所は――――」

 身元照会され、警察官が溜息をつきながら、口を開く。

「君達、彼氏彼女の痴話喧嘩だったら、他でやってくれる?」

 警察官のあるワードに二人が、猛反論する。

「いやいや、お巡りさん。こんな変態が、彼氏な訳ないですよ!」

「そうですよ、お巡りさん。こんな暴力女が、彼女な訳ないし!」

 二人が、視線を交わす。

「暴力女って聞き捨てならないわね。変態!」

「変態とは、聞き捨てならないな。暴力女!」

 バチバチと視線の先から火花が散る。再び警察官が溜息をつく。

「結月さん。被害届を出すなら、送検して、立件できるかもしれないけど、どうする?」

 常談じゃないと、クリスティーは思った。民間人に暴行したのが軍に知れれば、良くて不名誉除隊だ。最悪は、軍刑務所行きになる。

「被害届は出しません。ただの痴話喧嘩みたい物ですから」

「え・・・・」

 この少年の言葉に驚いた。普通なら、二発も顔面パンチを入れたんだから。

「上沙さんは、どうする?被害届を出す?」

「いえ。彼の言う通りです、ただの痴話喧嘩です・・・・」

 警察官が、手錠を外して二人に、厳重注意をして帰す。

「あんた、何で被害届を出さないのよ?その・・・・私は、あんたを殴ったんだよ?普通なら仕返ししたいでしょうが!」

 彼女の疑問に、少年は照れくさそうに答えた。

「だってお前、誰かを探したんだろ?さっき、あの子達を探さないとって言ってたし。被害届を出したら、困るだろ」

「え!?」

 あの時の、言葉を覚えてたの?少年の意外な理由で、邪気が抜けてゆく。

「じゃあな。暴力女」

 立ち去ろうとする少年に、大声を出す。

「クリスティーよ!上沙クリスティー。覚えときなさい!」

「クリスティーか、良い名前だな。俺は、藤原結月。じゃあな、クリスティー」

 立ち去ろうとした結月が近づいてきて、クリスティーの両肩を掴む。

「なっ何よ?今更、被害届出すって言っても遅いからね」

「携帯・・・・」

「携帯、貸してくれ。お前に殴られた時に壊れた・・・・」

「はい!?」

 自分のせいで壊れたのだから、貸さない訳にはいかない。ポケットから、スマートフォンを取り出し、電源を入れると画面が真っ暗になり、煙を吹く。

「ウソ・・・・私のスマートフォンが!?あんたと、取っ組み合いしたお陰で、私のまで壊れたじゃない!男として、責任を取りなさいよ!!」

 何か言葉が間違っているが、クリスティーが結月の首を絞める。

「不可抗力だろ!?お前のせいで、俺のまで壊れたんだからな!」

「情けない男ね!女の子のせいにするなんて最低!」

「お前、理不尽過ぎだろ!」

 二人が再び、ケンカ腰になった瞬間に、クリスティーが思い出す。

「馬鹿を相手にしている場合じゃない。早く探さないと。ねぇ、あんた。オレンジ色の髪色の双子の女の子を見なかった?」

 結月の胸ぐらを掴みながら質問するが、端から見たら恐喝されている風景だ。

「知らない・・・・。その二人が、どうかしたのか?」

「ちょっと目を離した隙に居なくなったのよ。クジラの飛行機を見に来てたんだけと・・・・。どうしよう・・・・二人供、お腹を空かしているかも・・・・」

 さっきまでの威勢がどこ吹く風か、次第に小さくなっていく。

「と、取り敢えず。インフォメーションセンターに聞いてみたら?あど、ぐるじい(あと、苦しい)

「あ、ごめん・・・・」

 胸ぐらを離され、咳き込む。女の子の癖にイヤに力があるなと思ってしまう。

「ケホっ!?じゃあ、俺はこれで―――」

 その場を離れ様としたが、魔の手が肩を掴む。

「ちょっと、待ちなさいよ。その・・・・頼みにくい事なんだけどさ」

「何だよ?」

 目の前の暴力女もとい、クリスティーが、モジモジし始めた。

「インフォメーションセンターまで、連れてってくれない?」

「・・・・はい!?」

「だから、連れてって言ってるでしょ!」

「そんなん、案内板を見れば分かるだろ!」

「あんた、私の方向音痴を舐めないでよね!」

「知らねーよ!そんな事」

 クリスティーの方向音痴は、折り紙つきだ。訓練生時代は、演習で地図が読めなくて、遭難騒ぎになった。

「インフォメーションセンターまで、だからな」

「うん、ありがとう」

 お礼を言った瞬間の、クリスティーの笑顔に少し照れてしまう。



 ゴールデンウィーク期間中のインフォメーションセンターも大混雑だ。海外からの渡航者に、迷子や落とし物の問い合わせなど、行列を成して並んでいる。

「あの、双子の女の子って保護されていませんかね?」

「お待ち下さいね。お名前は、分かりますか?」

 結月が目配せして、クリスティーが答える。

「ウララとクララって名前です」

 カウンターの女性が端末を打ち込みながら、調べてくれている。

「すみませんが、そういったお子さんは、保護されていませんね。空港警察にも、保護記録が無いみたいです」

「分かりました。ありがとうございます・・・・」

 迷子になって、誰か連れて来てくれてるかと思ったが、甘くは無かった。頼みの綱が外れて途方に暮れながら、不安顔のクリスティーが辺りを見回す。

「しょうがねぇな。一緒に探してやるよ」

「え!?」

 結月がクリスティーのおどおどした姿に見るに見かねて、助け舟を出した。

「いいの?あんただって、用があるんじゃないの?」

「ん?その子達は、まだ小さいんだろ。じゃあ、早く探さないといけないしな。それに、方向音痴さんに任せていたら、日が暮れるだろ?」

「・・・・ありがとう」

 うつ向きながら、小さく感謝の言葉を表す。

「何か言った?」

「ありがとうって言ったのよ。バカ!!」

 クリスティーの怒りの鉄拳ならぬ、照れ隠しの張り手が結月の背中を叩く。

「痛っ!もうちょっと加減をしろよな。仮にも女の子なんだから」

「うっさい、バカ!!もう一発食らわすわよ?」

 張り手では無く、拳が握られていた。これ以上、何か言うと本当に殴られそうだ。

「すみません!!」

「分かればいいのよ。分かればね」

 ニコニコしながら、拳を押さえる。ジャンや朝陽と違って恐いと思ってしまう。普段、彼女達と接していると、女の子の性格基準は彼女達がベースになるからだ。

「二人の行きそうな場所って、思い当たらないか?闇雲に探してもしょうがないしな」

「行きそうな場所ねぇ・・・・」

 二人と出会って、まだ日が浅い為に中々思い付かない。いくら生体兵器って言っても、中身は子供なんだし何かあるはず。

「う~ん」

「大丈夫かよ?頭から煙を吹きそうだぞ、お前」

「うっさいわね!集中出来ないでしょうが!!」

 二人が好きな物と言えば、以前にテレビで放送されていた動物園に、画面に齧りついていた。

「・・・・動物園とか?」

「動物園!?確かに、リニアを乗り継げば、動物園が近くに在るけど、二人供リニアに乗れるのかよ?」

「たぶん乗れない。お金は、私が持っているし」

「じゃあ、空港に居る可能性が高いな。

 一応、空港警察にも迷子届けを出しとこうぜ。事故に巻き込まれるかも知れないし」

「事故・・・・」

 しまったっと思ってしまう。事故ってワードにクリスティーの表情が暗くなる。

「あ、万が一だぞ。万が一。心配すんなよ、直ぐに見つかるって」

「・・・・うん」

 因縁の交番に来ると、先程の警察官が呆れ顔で迎える。

「また君達か・・・・。今度は何だね?」

 警察官に二人の子供が迷子になっている事を説明し、表情が変わる。

「事情は、わかった。警備に出ている警察官にも、無線で伝えて捜索させる。一応聞いとくが、双子は君達の子供じゃないよな?」

 警察官の質問に、二人は顔を見合せ、赤らめて大声で否定する。

「「違うわ!!」」

 再び空港ロビーに移動して探し始める。お昼を過ぎ、海外便の発着が多くなってきた。横田国際空港は以前、横田基地と言う名前で合衆国軍の管理下に置かれていたが、グラウンド・ゼロの事件で羽田空港は閉鎖されてしまった為に、合衆国が軍の移転計画を前倒して、民間に開放した。成田空港は現在も稼働しているが、首都機能移転に伴い、発着便の利便性が悪い為に閑散としている。

「なぁ、腹減ってこないか?」

 結月が、目の前のハンバーガー店を指差した。

「あのね、二人だって、食べて無いかも知れないのよ。食べてる暇があったら――――」

 不意に、クリスティーのお腹が鳴り始めた。

 お腹を押えながら、うつ向いてしまう。

「ま~誰だって、腹は減るしな!案外二人も、匂いに釣られて来るかも知れないしな!」

「うん」

 心配な表情のクリスティーの気を紛らわす為に話題を振る。

「知ってるか?横田国際空港のバーガーは、本場のサイズらしいぞ。合衆国軍の基地だった頃の名残で、軍関係者の居住区は空港関係者の居住区として、そのまま使ってるって話だ」

「そうなんだ。私、小さい頃は東京に住んでたんだ。事件の後は、日本中を転々としてたから、今の東京ってあんまり知らないのよね」

「転々って、親の都合でか?」

「ま、まあね」

 事件の後は、軍の幼年学校に入校し、エスカレーターで士官学校を卒業し、日本中を転戦だ。

 初めての戦地は北海道戦線で、そこで初めて戦友を失った。今でも夢にうなされる。仲間の叫び声、血の匂い。そして人は、戦場では思いもよらない事が平気で行える事を。

「お前は、何頼むんだ?」

「え!?」

 我に帰ると結月が、メニューを指差していた。

「私は、え~と・・・・」

 メニュー表には、写真や値段が表記されているが、クリスティーにとって初めてのファストフードなので何を頼めばいいか分からない。

「俺のおすすめは、エアフォースワンバーガーだな。白身魚を揚げて、タルタルソースかバーベキューソースを選べるが、おすすめソースは――――」

「じゃあ、同じので!ソースは、タルタルソースでお願いします!」

 結月の説明を最後まで聞かずに注文してしまった。

「かしこまりました。ただ今キャンペーンをやってまして、合衆国サイズで注文をしてくだり完食すると、クジラ飛行機のおもちゃが貰えますけど、いかがですか?」

 店員がクジラ飛行機のおもちゃの写真を見せる。クリスティーは迷う。クジラ飛行機のおもちゃを二人にあげると喜ぶだろうと。しかし、合衆国サイズは未知のサイズだ。

「じゃあ、合衆国サイズを二つで」

「ちょっと!?」

「かしこまりました」

 結月の返事に驚いてしまう。

「あんたバカなの?合衆国サイズって、本場仕様のビックサイズかも知れないのよ!?」

「でもクジラ飛行機が一機だけだと、双子がケンカになるだろ?」

「う・・・・」

 結月の指摘に反論出来ない。二人の事だからケンカになる。

「それに合衆国サイズって言っても、Lサイズの上くらい―――――」

「お待たせしました!!」

「う!?」

「はい!?」

 店員が持って来たバーガーは、特大サイズだ。どっかのフードファイターが挑戦するレベルに、思わず引き攣る。

「これは、何とも・・・・」

「想像の斜め上を行ったわね・・・・」

 改めてテーブルに置くと、壮漢かつご立派な山をしたバーガーだ。

 クリスティーがひと口食べてみる。

「初めて食べたけど、美味しい・・・・」

「ん?女子高生なら、しょっちゅうこういう店に来てるだろ?」

 不思議味だった。軍でこんな食べ物は無いし、戦場じゃあ、ヘルメットを鍋代りにして、豆のごった煮のスープ等だったからだ。世の女子高生は、毎日ご馳走を食べてるかって、突っこみたくなる。

「うっさいわね!私の親は、厳しいのよ!!」

「お、おう・・・・」

 食べ物を横取りすると、怒る猫の様に結月を威嚇する。

 流石は、合衆国サイズ。食べても食べても、減る気配が無い。訓練部隊の時には、有坂から食いしん坊のクリスちゃん、なんて不名誉なあだ名が付いていたが、流石にしんどくなってきた。

「そう言えばさっき、日本を転々としてるって言っていたけど、親は何の仕事をしているんだ?」

「ふぇ!?」

 不意を突かれた質問に戸惑ってしまう。何故か後ろめたさが湧き、軍人であるという身分を何となく知られたくなかった。

「あ~。お母さんは、フリーの料理人よ。フリーの料理人だから、転々としてるのよ!あは、あははは」

「そっか。料理人ってのも大変なんだな」

(って、私のバカ!フリーの料理人って、どんな職業なのよ!あんたも、あんたで納得しないでよ)

 一人で、脳内突っこみをしていると、突っこまれたくない話になる。

「お母さんはって言ってたけど、お父さんは?」

「うちは、お父さんは軍人だったのよ。事件で亡くなったから、母子家庭みたいなもんよ」

「じゃあ、俺と同じだな」

「え・・・・?」

「俺の家も親父も軍人だったし、二人供、行方不明になって死亡扱いになったからな。今じゃ、親戚の姉ちゃんが面倒をみてくれてるから」

「あんた所も、そうなんだ」

 妙に親近感が湧いてしまった。自分と同じ境遇なんて、いっぱい居るのに何故か、この少年には自分の事を理解してくれるかもと。淡い幻想を抱いてしまう。

「てか、あんた。さっきから、全然減ってないわよ?」

「いやいや。本番はこれからですよ。ウップ・・・・」

「ちょっと無理しないでよね」

 流石の男の子でも無理そうだ。

「何のこれしき!」

 ラストスパートをかけて食べる。

「無理しないでいいよ!おもちゃなんて買えばいいし」

「バカ言うんじゃねぇ。俺が言い出したんだから約束は守る。お前の分も食べるから寄越せ!」

「う、うん」

 自分の分も食べ終え、クリスティーの分も食べ始めた結月が、看板を指差す。

「なぁ。二人供、あれに行っているんじゃないのか?」

 結月が指差した看板には、例のクジラ飛行機の機内見学の案内だ。しかも見学自由と書いてある。

「本当だ・・・・」

「じゃあ、食い終わった所だし、行ってみるか」

「はやっ!?あんた、私の分も食べたって事は・・・・」

 クリスティーの顔が赤くなる。俗に言う、間接キスと言うやつだ。

「なに赤くなってんだ?」

「うっさいバカ!!はっ早く行くわよ」

「いきなり怒るなよ・・・・」

 店員からおもちゃを受け取り、急ぎ駐機場に向かう。



 駐機場の飛行機までは、搭乗口で受付をして入れた。ゴールデンウィークって事もあり、親子連れで賑わっている。昔、立川市の近くの昭島市の多摩川で、クジラの化石が発見されたと言う事でクジラをモチーフにした塗装にしたらしい。

「しかし、ゴールデンウィークだから親子連れが多いな」

「そうね。こんな人混みは、私も久しぶりよ」

 機内見学の列も、親子連れで行列だ。

「し、しかしだな。何かさっきから、皆さんの視線を感じるんだが」

「確かに・・・・」

 クリスティーが辺りを見回すと、親子連れの視線を感じる。順番待ちの会話から聞き取れるのは、随分と若い夫婦だのだ。

(って、どうして私がこんな男と夫婦に間違われなくちゃいけないのよ!もっとこう、白馬の王子様みたいな――――)

「おい、順番がきたぞ」

「ふぇ!?」

 妄想の世界から現実世界に引き戻される。

 空港会社の客室乗務員の女性が、手荷物検査と名前の記入をお願いしてきた。

「えっと。クリスティーさんと、結月さんですね・・・・。失礼ですがお二人共、名字が違いますけど、ご夫婦では、ないのですか?」

「違います・・・・」

 何回も言われて、いい加減に疲れてきた。

「あ、失礼しました。今日は、親子連れが多いので、てっきり若いご夫婦かと思いまして」

 客室乗務員からパスを受け取り、機内に入る。機内の内装も海をイメージしてあり、ブルー基調にキャラクター化した魚達が、座席に描かれている。

「案外、機内の中も凝っているんだな」

「確かにね。ねぇ、これなんか、あんたの顔に似てない?」

 クリスティーが指差したのは、顔がブサイクなヤドカリのキャラクターだ。

「お前、ほぼ初対面なのに、ひでぇな。このサメなんて、お前そっくりだろ」

 結月が指差したのは、凶暴に描かれたサメの絵だ。

「ほほう。どの辺が、私にそっくりなのかな?」

「どの辺って、凶暴な所がそっくり―――――」

「仮にも乙女に向かって、凶暴ってどういう事よ!」

「痛っ。あのな、乙女はぐうで殴らねぇよ!」

「あんたが、失礼な事を言ってるからよ」

 周りの親子連れの視線を感じ、咳払いする。このままだと、また警察事になってしまう。

 コックピット付近に人集りが出来ていたのが、目に着いた。人集りを掻き分けてると、二人の女の子が泣いていた。

「ひっく・・・・・・クララが黙って行くから、ママとはぐれたんだよ」

「泣かないでよ。ウララだって、中を見たいって言ったじゃん!」

 騒ぎを聞いて、職員が二人をあやしていたが、一向に泣き止まなかった。

「二人供!探したじゃない!」

 クリスティーの声を聞き、二人の顔から緊張が緩み、走り出す。

「ママだ~!」

「ママ!?」

 結月が思わず驚いてしまう。確かに自分と同じ歳なのに、小さい子供からママと呼ばれたんだから。

 クリスティーの元に駆け寄ってきた、二人に頬にパンッと、音が鳴った。

「心配したじゃない!なんで、黙って離れたりしたの!」

 クリスティーの言葉に、二人が大声で泣きだした。

「ごめんなざい~。だっで、ひこうきのながを、みたかったの~」

 赤く腫れた頬を見て、結月がクリスティーに言葉を掛ける。

「二人供謝ってるから、許してやれよ」

「あんたは、黙ってなさい!これは、私達の問題よ!」

「おい、そう言ういい方は、ねぇだろ――――」

 結月が、クリスティーの肩を掴むと、彼女の顔も赤く涙目になっていた。

 二人の目線までしゃがみ込み、二人を力一杯抱き締める。

「ほんとっ・・・・・・心配したんだからね」

 クリスティーの気持ちが伝わったのか、二人の顔に安堵の表情に変わっていく。

「ママ、眠い。抱っこして」

「え~またなの?」

 ウララが涙目の目元を擦りながら、クリスティーにせがむ。

「ウララだけずるいよ、さっきもママだったでしょ」

 クララも、せがんで来て困惑してしまう。

「ん~二人一緒は、ちょっと無理かな・・・・・・」

「しょうがねぇな。片方は、俺が抱っこしてやるよ」

「え?」

 結月の提案に、ウララとクララが、不思議そうに見つめる。

「この人は、あなた達を探すのを手伝ってくれたのよ。名前が、藤原結月って言うの、お礼を言いなさい」

「ありがとう、ユヅキ!」

「あ、ありがとう・・・・・・」

 クララは元気良いが、ウララは、相変わらずクリスティーの影に隠れながら、恥ずかしそうに言う。

「どういたしまして。二人にプレゼントが、あるんだよ」

 結月が、クジラ飛行機のオモチャを二人に見せる。二人が、クリスティーの顔を伺う。

「受け取りなさい。ちゃんと、お礼を言うのよ」

 クリスティーに言われ、二人がオモチャを受け取る。

「ありがとう!」

「・・・・・・ありがとう」

 クララは、早速遊び始めていた。ウララは受け取ると、そそくさとクリスティーの元に戻る。

「ん~。どっかに見覚えがあるような、ないような・・・・・・」

 二人の面影が、何処か引っ掛かる。子供の頃に出会っていたような。

「なにブツブツ言ってるのよ。はっ!?あんた、まさかロリコン!?」

「いきなり人をロリコン呼ばわりって、ひでぇな。何となく気になっただけだよ、昔に会っていたような気がしてな」

「何、その新手のナンパ手口みたいの。言っときますけど、二人にちょっかい出さないでよね、ロリコン」

「出さねぇよ!人をロリコン呼ばわりするのは、やめろ!」

「どうだか。さぁ、二人供帰るわよ」

 クリスティーが、二人に促すと、以外な返事が来た。

「ねぇ、ユヅキ抱っこして!」

「え!?」

 クララが、結月の腕を引っ張る姿に、クリスティーが衝撃が走る。

「く、クララずるいよ。ウララだって、ユヅキお兄ちゃんが良い」

「ちょっと!?」

 二回目の衝撃が襲い、項垂れる。娘達があっさり親離れしている。

「ウララ~。ママが、抱っこしてあげるよ~」

 クリスティーが両手を差し出すが、ウララは、結月のもう一方の腕を引っ張る。

「親離れって早いのね・・・・・・しかも、ロリコンに娘達が懐くなんて」

 娘がお嫁に行く感覚とは、こういう事かと噛みしめていた。訳のわからんロリコンに取られて、あんな事や、こんな事をされてしまうのかと。

「ブツブツ何言ってるだ。あと失礼だぞ、お前」

「うるさいっ!よりもよって、あんたみたいな男に二人も取られるなんて・・・・・・」

「いい加減に脳内妄想止めろよ!」

 結局、クララは結月が、ウララはクリスティーが抱っこするという形で落ち着いた。端からみたら、似てないが若い夫婦に見えるかもしれない。

「なぁ、コイツらお前の事をママって言ってるけど、本当に母親なのか?」

「ちっ違うわよ!親戚の子よ、親戚の。変な事言い出さないでよね」

「なんだ。えらく様になっていたからな。お前、将来いいお母さんになるよ」

「いっ良い奥さん!?」

「ん?」

 何か聞き間違えてるし、急にクリスティーの顔が、林檎の様に赤くなる。

「あんたなんかに誉められても、私は簡単に落城しないだからね・・・・・・」

「何言ってんだ、お前。俺は、良い奥さんじゃなくて、良いお母さんだぞって言ったぞ?」

「ふぇ!?」

 急に自分が恥ずかしい事を言ってるのに気づく。

「紛らわしのよ、バカ!!」

「痛っ。殴るなよ!」

「うっさいバカ!変態、ロリコン!」

「ふざけるな、暴力女!そんなじゃ、未来の旦那は逃げ出すぞ!」

「あんた、それパワハラだからね!」

 二人のやり取りを見て、ウララとクララが笑い出した。

「はい、()()

 クリスティーがメモ用紙を差し出した。

「私の連絡先。一応、携帯を壊したから弁償したいし。二人を捜すのを手伝って貰ったから、その・・・・・・お礼もしたいから」

「なんだよお礼って。困った時は、お互い様だろ?」

「貸し借りは嫌なの!」

「わかった、わかった。携帯を修理したら連絡するから」

「絶対に連絡しなさいよね!連絡しなかったらタダじゃ済まないからね」

 半ば脅迫染みて迫ってきた。

「そう言えばお前、帰り道大丈夫かよ?方向音痴なのに」

「あ・・・・」

 行きは、大場大尉と一緒だったから大丈夫だった。時計を見ると、四時を指している。もしかしたら、大場大尉も連絡が無いから先に帰ったと思い、帰ったかもしれない。

「駅は何処ですか?方向音痴さん」

「立川駅の北口までお願いします・・・・」

 リニア駅に向かう。何故か、クリスティーがICカードを新兵器って言って自慢してきたが、指摘すると殴られそうだから止めといた。

 運良く座席が空いていたため、クリスティー、結月の両端に二人が座った。

 暫くすると、結月の肩にクリスティーの体が、もたれ掛かる。顔を見ると小さな寝息を立てていた。

「たくしょうがねぇな」

 結月も起こすことなく、肩を貸した。きっと二人を捜すのに疲れたんだろうと。

 夕陽の射し込む車内の時間が、ゆっくりと流れる。

 普通の高校生なら普通の後景だが、普通じゃない生い立ちの二人。

 リニアが駅のホームにさしかかる。

「おい、起きろ。着いたぞ」

「ふぁい?」

 うっすらと目を開ける。直ぐに誰かの温もりを感じる。

「眠り姫、立川駅でございますよ」

「うっそ!?もう着いたの・・・・って!?」

 自分が、結月にもたれ掛かって寝ているのに気づく。しかし一番に驚いたのは、悪夢を見なかった事だ。最近は、眠ると悪夢に襲われて、眠りが浅かったからだ。

「私、うなされてたりしなかった?」

 おそるおそる聞いてみる。

「いや。寝息を立ててただけだぞ?」

「そっか、ありがとう」

 クリスティーが、笑顔でお礼を言う。

「ありがとうって、何もしてないぞ?」

「いいのいいの!私が言いたかっただけだから」

 ほんの数十分の睡眠だったけど、一番安心して眠れていた。何故だか知らないけど、クリスティーは結月の隣に居る時が、一番心が落ち着いた。

 リニアを降り、北口に向かう。駅前広場も人が大勢いる。映画館や百貨店、家電量販店等が有り、大概な物は揃う。北口の庭園を歩いていると、懐かしい声がした。

「捜しましたよ、ユヅキ」

 振り返ると、ジャンと沙希姉が立っていた。

「沙希から連絡が取れないと聞いて来てみれば、何をやっているのですか」

「本当だよ。ジャンちゃんに、空港に向かっって聞いたけど、携帯も繋がらないし、事故に遭ったかと心配したんだからね!」

「悪い悪い。携帯が壊れちまったからな」

 沙希が、クリスティーと子供達を見る。

「結月、この子達は?」

「あぁ。空港で知り合ったんだよ。この子は、上沙クリスティー。小さい子供が、ウララとクララって名前だ。クリスティー、こっちがジャンと沙希姉で、沙希姉は親代りみたいなもんだ」

 沙希姉と、ジャンが会釈する。しかしクリスティーの顔は青ざめている。まるで憎むべき相手を見る様に。

「ユヅキの友達でしたか。私はジャン、よろしくお願いしますね」

 ジャンが、そっと右手を差し出す。しかしクリスティーは固まったままだ。

「どうした?」

 結月の言葉に反応し、自分の右手も差し出し握手する。感じたのは冷たさではなく、人間と同じ温かさだった。

「よ、よろしくね・・・・」

 ぎこちなく握手を交わし、ふと背中腰に隠してある拳銃に手が伸びる。全弾、貫通弾を装填したガバメントなら至近距離で、結界を貫通できるハズ。

 悪魔の囁きの如く、銃の安全装置を外す。結月達と会話している最中なら殺れる。

 お父さんの仇。私の長年の怨み辛みを銃に込める。背中腰から抜こうとした瞬間。

「また会いましたね、沙希先輩!」

「大場!?どうしたのよ?」

「私も、上沙ちゃんを迎えに来てたんですよ。偶然ですね」

 大場が、クリスティーの銃を握った手を掴み、首を振る。

「ダメよ、上沙ちゃん。民間人がいるのよ」

「でも、大場大尉!目の前に・・・・」

 クリスティーの腕を強く握る。

「上沙クリスティー少尉、軍人なら上官の命令を聞きなさい。それともあなたは、復讐の名の元のテロリストになりたいの?」

 クリスティーの手が銃から離れていく。外せば民間人に当たるし、彼に当たるかもしれないと。彼は傷つけたくないと思った。

 ジャンがウララとクララを見て、何か言い出そうした瞬間、大場が切り出した。

「そろじゃ、先輩失礼しますね。上沙ちゃん、帰ろっか!」

 大場が、クリスティーの腕を引っ張りながら、雑踏の中に消えて行く。

 クリスティーが結月を見て呟く。儚い願いの言葉を。

「出会わなければ良かった・・・・違う形で会いたかったよ・・・・」

 願いの言葉は人混みにかき消され、彼には届かない。


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