Ver.0.0.7 "乗っ取りういるす"
「ふんふんふふーん」
「掃除苦手でこうなってそうなのにご機嫌ですね」
大雑把な性格の香枝が部室を一人で荒らした。それにもかかわらずご機嫌な香枝を見て智己は違和感を持つ。学校で強制の掃除と同じく片付けていると智己は手に取ったものに対して硬直した。
「先輩、これ……」
智己には既視感のある白い大人びた下着。それを見せると同時に香枝の時は止まり、油の切れた機械の様にぎしぎしと手を伸ばす。ある程度物と手が近づいたところで取引が行われた。
智己の頬には赤いもみじ、香枝の手には白い布。取引は瞬間だった。
「ばかー!」
「ぶっ!」
口の中にある空気が押し出され意図せず排出される。飛んできた手のひらに押された刻印はじんじんと腫れ上がる。
「ちょっ、先輩! 痛いじゃないですか! 親にもぶたれたことは今までもこれからもないのに」
「あっ、ごめんね! つい……」
あまり気にしない性格とはいえ女子は女子。無意識にも咄嗟に出た手がことに遅れて気がついた。
その後数時間で同じようなやり取りが二、三度あり部屋はコンクリートに囲まれている元の姿を取り戻した。ゴミは学校の所定の場所へ。私物は部室棟の前にあったリヤカーに積み上げられている。
香枝は部室のドアの前で空いた部屋を眺めて清々しい気分に浸っている。一方智己の顔は右左バランス良く赤く腫れていた。香枝に対し精神的に疲れていた。
鍵を閉め、教務室へ返却し二人はリヤカーのある校門前で落ち着く。
「えっと、これからどうするんですか? それとずっと気になっていたんですが授業はサボってるんですか?」
「いいからついてきて! サボってるといったらサボってるけど許可されてるからね。きみとは少し違うけど特別扱いとしては同じだね」
同じ特別、と聞き智己の胸が少し高鳴る。香枝は急ぐようにして歩き始めた。その道は記憶に新しく、今朝通ってきた通学路だった。その終点は智己が候補に上げていた中の一つにもあったものだ。
「あのー先輩、ここ僕んちなんですけど」
「荷物運ぶよー。玄関開けてー」
着いたのは智己の家だった。押し売りの業者のように淡々と運びこもうとする。回答を得られない智己はどうしていいかも分からずとりあえず玄関に荷物を運ぶ。
「うん、ここ僕んちですよ!? どうするつもりなんですか!?」
「ふっふっふ、今日からここが部室です! 部屋じゃなくて家ですけどね」
一人で上手いことを言ったと思いドヤ顔をする。そんな香枝を無視する。興奮が収まらない様子の香枝は続けた。
「パソコン出したくないのも分かるし、二人ともいつでも早退許可持ち。家となり。部室狭い、ここ広い。条件ヤバい」
メリットを口頭で箇条書きにして伝えた。それを聞き、ここで智己は使用許可の結論を言おうとしたがセールスマンであるとするならば上乗せは終わらない。
「電気代等は部費としてお返しします! さらにさらに家事などは私がお手伝いします!」
甲高い声で条件を付け足し、誘う。デメリットを見せてくれないことに怪しさが残る。
「まぁいいか」
「よくいった!」
白河家の家の主は父から智己へ。だだっ広い一軒家に一人暮らしをするのも孤独感があった。そんな権限と智己自身の深く考えず行動する性格が後押しし、許可を出した。
そう決まると同時に荷物の持ち運びを智己に任せ、香枝は帰宅する。荷物を入れていると五藤家の二階の部屋の窓が開く音がし、大きく頑丈そうなはしごを持つ香枝を見つけた。
「これでいつでも行けるね!」
と嬉々とする香枝を遠くに見つめ自然と笑顔になる。
先輩が喜んでくれるなら、という考えが頭に自然と存在していた。
戻ってきた香枝と共に荷物をリビングへと運び込む。智己の部屋にあったパソコンをリビングへと移動し、引越しが完了した。
人の家だというのに緊張感のない香枝はL字のソファーに飛び込んだ。
「なんか飲みますか?」
「いいね。なんでもいいよ。昼だしなんか食べるもの持って来るね」
家の主が残っていた炭酸を用意する。時計の短針は「1」を指していた。
パンを抱えて戻ってきた香枝と軽食がてら休憩をとる。不思議に家の空白は埋まっていた。
「それにしても、私のよりずいぶんといいパソコンだねぇー」
「それは入学祝いに父に買ってもらったものなんです。僕にですよ」
少し皮肉混じりのコメントだったが、香枝はまるで買い与えてもらったかのような表情で見つめる。
休憩は数分で終わる。勢いよく立ち上がった香枝はようやくその気になった。
「部活らしいこと始めますか! えいえいおー」
片付けをしながら智己も小さく声を合わせた。
台所に立って部屋で自分を景気づける香枝を離れて見ると智己に様々な感情が湧いてくる。
──これからの日常への期待、人がいることの安心感、セーラー服の先輩女子がいること。
これらは決して負の感情ではない。今までの日常からは考えられない非日常。これは家族からの贈り物なのだろうか。家族は安心して見守ってくれているだろうか。
二度と失われることのないように広がる非日常へ智己は願うのだった。部活が始まる。