Ver.0.0.6 "ヘルプ"
「ふむふむふーむ、なるほどなるほど……」
珍しく香枝を黙らせたのは智己の家族構成を話した時だった。会が進行し始めて、親交のために好みや家庭などの話を互いにしていた。この学校には智己の事故の噂を知らない人は居ない。しかし、友人関係も少なく唯一参加しているSHRも真面目に聞いていない彼女には『ただの事故』としか印象に残ってはいなかった。家族のことを話すにあたって事故を伝えるのは不可避であった。
「あの事故で亡くなったのが白河くんの親御さんだったのね」
「……すいません。変な空気になってしまって」
「いや、白河くんのことを知れてよかったよ。親御さんはお悔やみ申し上げます」
二人は互いを気まづくさせないように、少なく慎重に発言する。窒息しそうになる重い空気を断ち切るように香枝は手を一度強く叩き決意表明する。
「よーし、白河くんが楽しめる部活にするから期待してね!」
「はい!」
香枝のモチベーションの上昇に合わせて智己もまた静かについて行く。部活が始まる前にも関わらずテンションだけが上がっていく二人。
「それでは少し質問させていただきます。今同居人はいますか? いないなら同居人は増える予定はありますか?」
「今も今後もないです」
叔父の誘いを断った時、智己は家族以外と同居しないことを決めていた。今、白河家の同行は一人残った智己に託されているため迷いはなかった。
「さようですか。次になぜ授業中に部室に来れたのですか?」
質問を聞いたとき、根に持っているかと思われたが智己はあえて無視をする。
「先生が考慮してくれて、体調次第で早退出来るようになったんです」
このテンションのまま部活に入ろうと考えた香枝は部屋に無造作に置いてあったノートパソコンを引っ張り出して準備する。
「なるほど、最後にパソコンは家にありますか? これは今使っておらず、学校に買ってもらったやつですのでここでなら使ってもよいのですが」
「一応家にはゲーム? ゲーミングパソコンとかいうゲーム用ならあったと思います」
「げ、げえみんぐ……」
ゲーミングパソコン、パソコンの中でも高性能かつ高価である。一般的なものに比べて同時に処理を進行することができる。そのため高度なグラフィックを扱うゲームのためのものだ。
プログラマーにとっては十分すぎるため不必要だが、香枝はグラフィックも扱う予定だったために現在喉から手が出るほど欲しい一物なのだ。
「単刀直入に言います。それを貸してください」
ぺこり、と香枝は頭を下げて頼み込む。
「学校にあまり持ってきたくはないですね。それに中身も……」
「お願いします! なんでもしますから!」
智己は両肩を掴まれて頭を下げられる。先程まで面接官のように余裕さを醸し出していたが立場は逆転した。
学校にテレビに繋いで遊ぶ家庭用ゲーム機を持ち込んでいるのと同じである。まして部室に置くのだから智己の罪悪感は増す。登校に使うカバンに入るかさえも危うく、入ったとしてもバレるのは時間の問題だ。また、精密機器を移動させたくもなかった。
また他人には見せられない画像や動画も保存されていたため、ますます見せる訳にはいかなかった。
「なんでも? なんでも、と言いましたね?」
「なんでもします」
お約束の言葉。少しジャンルが変わると年齢制限が出てくるだろう。
しかし智己には微塵もそのような考えがなく、咄嗟に頭に思いついた願いをそのまま口に出した。
「じゃあ毎朝学校に一緒に行ってください」
これはもう告白への第一歩と捕えられてもなんら不思議ではない。智己は今朝のように楽しく登校したいという思いがあった。
「そんなことでいいの? まぁ隣だしただ出発時間が変わるだけだからね。私ももっと仲良くしたいし」
一方こちらも純粋な思考しかなかった。智己はほっとすると共に流れた香枝の返答を再読する。
「あー、よかったぁ。……って、ええ!? 隣なんですか!?」
純粋の連鎖は続く。ベタな驚き方だったが、驚いて当然だ。
白河家、五藤家共に近所の付き合いは少なく閉鎖的だった。智己と香枝は登校以外に家を出ることは少なく、互いに面識も繋がりもない。
今朝も香枝は玄関先で自分の噂をされていたため、声をかけただけだった。
「家の門の中にいたし、白河くんちじゃなかった?」
「いえ、今朝先輩あったのは僕の家であってます。たしかに咥えてたパンがまだ原型を留めていたような……」
智己が思い返してみるとたしかにパンはまだ咥えたてであった。衝撃の事実を知った後であったため、思い通りに記憶を辿れない。
「じゃ先輩、よろしくお願いします」
といいながら一礼する。これにより智己の日常は彩られ、新機能を実装したように期待が高まる。会は自然消滅と化した。
「それでは部活を開始します! まずは部室の片付けをしましょう!」
「これを僕も片付けるんですか……」
部活動を始めるにあたって整理整頓は当然だが、汚したはずもない智己が片付けるものはない。
さらに、片付けをすると目標にしなければならないほど辺りは散乱していた。智己は初めて女子の裏の恐ろしさを知り、しぶしぶ手伝い始めるのだった。