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ばーじょん情報  作者: のーふ
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Ver.0.0.3 "リビルド"

 新しい朝がきた。希望もない朝だ。悲しみに胸を閉ざし、カーテンを開く。

 部屋にある時計を見ると短針は六時を指していた。両親を失った喪失感が智己の体も軽くする。


 そんな今日、彼は学校に行こうとしていた。出席数を稼いでいつでも休めるように、家にいてもすることがないなど様々な理由があった。

 両親がどこからか見守っていてくれていることを信じている。そのため両親を安心させる、ということが一番の理由であった。


 学校への準備の仕方を忘れ、不安に思いながらも少しづつ身支度を始める。

 眠りから覚醒へのロードは一向に終了せず、強制的に水で顔を洗い覚醒させる。季節的に冬であるため外の気温が低いのか、水道水までも冷たい。あまりの冷たさに肺が呼吸を拒み、息をするのを妨げる。


 台所に向かい、軽く料理をしようと考えた。智己は叔父の誘いを思い出したが、この新鮮な生活も少しは楽しんでいた。


 冷蔵庫にあるレタスやトマトを洗った簡単なサラダ。バターを塗った上に砂糖をまぶして焼いた食パン。湯を沸かすだけの即席のコーンポタージュ。

 朝ご飯らしいメニューを作れた自分を素直に感心し、智己は口に運び始める。何日かぶりに満たされた胃が少しづつ本来の形を取り戻す。朝ご飯を美味しく感じたのは初めてだった。


 大学生が昔を懐かしんで制服のコスプレをするような気持ちを高校生の智己が味わう。彼にとって両親の喪失は体感的には短いものの、精神的に長く空白の期間をもたらした。以前の日常を辿るように準備を進める。


「よし」


 意気込みと準備完了を意味した言葉。今日、両親の死亡事故が起きてまだ数日しか経っていない。もっと悲しんで不幸な人間を演じるべきだろうかという考えに区切りを付けて玄関に向かう。


 午前七時四五分、玄関を出て不幸の連鎖にならないよう戸締りを確認。すると、玄関には待ち伏せていたかのように友人の吉田翔也がこちらを覗き込んでいた。


「お前……、学校行けるのか?」


「ああ、まあな」


 安堵と驚きを交えた質問に、曖昧な返事をする。智己が学校へ行く時刻は決まっていた。それゆえ吉田は学校へ行く時に毎朝様子を見に来ていた。


「なんで家の前にいるんだ? もしかして様子を見に?」


「な、そんな訳ないだろ!? 偶然だ、ぐ・う・ぜ・ん」


「分かった、分かった」


 いつも時間ギリギリに汗をかきながら教室に入る彼がこんな時間に登校するはずがない。また家は智己の家から学校を挟んで反対に建っているため、更に偶然ではなくなる。

 しかし、智己は小学校より前から付き合いのある吉田の思惑は分かっていた。お人好しで素直じゃない彼なら、と。


「「……」」


 歩きながら二人に会話はなかった。吉田は事件について聞きたいがなんとなく聞き出せずにいた。智己は旧友に話すように違和感が話すのを妨げていた。

 学校までの道に同じ制服をきた生徒は沢山いる。そこに一際存在感を放つ美少女が走り過ぎる。彼女は走り去ると同時にあらゆる視線を奪っていた。それもそのはず、フランスパンを口に咥えているのだ。


「やっぱかわいいなあ」


「……。……あんなフランスパン咥えて走る子うちの学校にいたっけ?」


「な、お前知らないのかよ。俺もフランスパンは知らんが、うちのネジ高の宝、香枝先輩だぞ」


「へぇ……」


 智己はもちろん彼女の事など知らない。人に興味がない彼の人間図鑑にはクラスの女子は登録されているが、名前と顔が一致していない。


 五藤香枝、智己達の一つ上の先輩だ。美貌はもちろん性格も天然で、男子への積極さも兼ね備えている。見た目が破壊力抜群なのだ。それゆえ彼らの通う捻子巻(ねじまき)高校男児の憧れでもある。

 しかし、接触した男子はこう評価する。


『怖かった。けど、それも悪くない』

『鑑賞用にどうぞ』


 矛盾する評価を耳にしたものは誰も自ら彼女と関わるものはいない。


「何、どうした。まさか一目惚れとかじゃないよな?」


「まさか」


「まあ、あのお方は見るだけにしとけよ」


 吉田に何かを勘づかれた気がしたが、智己自身でも理解のできない感情だったため得意のポーカーフェイスで対応するしかなかった。


 そして吉田は智己に彼女について知っている知識を全て伝授するのだった。話す話題を探していた二人にはよい材料になった。


 香枝について話していると学校についた。母校のような雰囲気を味わい、校門を抜ける。階段、廊下と堅苦しいデザインが警察署と似通っていてあまりいい気はしない。

 ドアを開けるとまるで転校生を歓迎するような扱いだった。改めて考えると、智己が不在だったのは一日で風邪を引いた程度の休みなのだ。もちろんニュースや学校からの情報でクラス全員が事故を知っている。心配をしてくれるのはありがたかったが、クラス全員を相手にするのは億劫だった。


 朝のSHRが始まるまで人気は続いた。恐らくいつも通りだと思われる内容。智己はSHR終了間際に先生に名指しで呼ばれ、終了のチャイムが鳴るまで外に連れ出された。


「智己、聞くまでもないと思うけど調子はどうだ?」


「肉体的には普通ですが、精神的には最悪です」


「……そうか。悪いが今のお前の気持ちを分かることはできない。だけど何か出来ることがあったら言ってくれ。お前は成績も心配ないから学校も休みたければ休んでもいい」


「……分かりました。親が心配しないように行動します。ありがとうございます」


 学校は自由、前の智己なら喜んでいたが親に監視されているような気がしてならない。先生との会話を少し深く考えながら席に戻る。


 再開した日常二章の今日は一章からのブランクを埋める一歩だった。縦に連なる七つの授業の壁は案外低く感じた。

次話は帰宅部エース(自称)智己が転部します。

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