プロローグ "HopeNotFoundError:No hope"
人間の存在しない今、年月という概念も存在出来なくなった。もし人間が現存するならば二〇四五年になる。
ヒトは年月と共に常に進化と発展を遂げてきた。それは自然現象による滅亡まで続くはずだった。しかしそのヒトの中の個体にも彼らの進歩を促した者もいれば逆に終止符を打とうとする者も現れる。最終的なピリオドを書いたのは一人の男とそこから生まれた人工少女だった。
この現状は何も不思議な出来事ではない。度々人類滅亡の危険性を示唆する場面はあったのだ。ある程度の可能性を持つ未来を予知することが出来る人類にとって、そのような場面に出会えば結末を予測することはとても容易いこと。
人類の発展を助長した者の中に天体の動きを計算する装置を発明した者がいた。それは英語で「計算する人」という意味を持つ『コンピュータ』と名付けられた。そしてコンピュータは数値を、プログラムを、データを処理するように進化していった。最終的に人類の知能を持つ「人工知能」を生み出す基盤となる。──つまり、人類は知能をもつ個体を、人類の模倣を生んだと言える。
開発に携わったある者は、
『一度完璧な人工知能を作り出せば、それは人類を滅ぼすことを意味する』
と述べた。すなわち、人類が滅んだのは完璧な人工知能が作出されたからだ。
また開発者と未熟な人工知能はこのような会話も行った。
『頼むから私たちを滅ぼさないでくれよ』
『──イイエ、イツカアナタタチヲホロボスヨ』
冗談混じりの質問に感情も無く返答するという会話はついに冗談ではなくなった。
全世界の草木は枯れ、地は乾き、異端な人間も含んだ食物網を築く消費者達は地球上から姿を消した。空もまた世界の惨状に呆れと怒りを示すように雷雨を繰り出す。
日本の首都、東京もまた人間の作り上げた視覚的な知識や技術は全て崩されている。『セイキマツ』という言葉が無残にも似合う。かつて空を狭めていた建築物は地に伏し、空を広げる。また地を覆っていたセメントも割れ、大地らしさを取り戻す。
しかしそのような光景が広がる中、東京都秋葉原という更地に一人の少女と一人の男性、そして一つの本棚が遺る。周りにそれらを邪魔するものはない。
少女は左腕を無くし、全身に火傷の跡。その怪我──否、破損部というべきだろう。破損部からは金属のフレームと内部に仕組まれたコード等が剥き出しになっている。さらに正座をしたまま何かを償う様に項垂れている。涙を流したのか、目からは涙の跡のような黒い跡が残る。
男は笑みを浮かべたまま、その少女の膝に頭を乗せ上向きにして息絶えている。生前から死後も彼女に守られているようだ。その身体には数十センチ程度の深い切断痕が残る。血肉に埋まっていた白い骨をも抜ける程の鋭い刃物によりその直線の切断面を刻まれたようだ。
二人はセイキマツになった後からそのままの形で時を止めている。
二人が存在する更地に残る唯一の物体である本棚は砂ぼこりを被り、二人を見守るように静かに本棚は佇む。それは二人にとって重要な物である、という確信と共に意味深長な現存の仕方だ。律儀にも中の本の列は乱れもなく順序通りに並べられ、本の表紙には題名としてこのように書かれている。
──『ばーじょん情報』、と。