禊……?
「……なぁ真白、本当にこれでいいのか?」
「いい」
「そ、そうなのか……?」
禊をしないと死ぬと言うので、わざわざ二人で一緒に風呂に入っているのだが……
足りなくなったシャンプーを足して泡立てる。座ると床につくほど長い真白の髪に手に取ったシャンプーをつける。
特別な事など何もせず普通に真白の髪を洗うだけだった。まぁ特別な事はしなくても、この状況自体が特別なのだが……
一応、真白にバスタオルをつけさせているし、俺も上半身は裸だか下は服を着たままだ。それでもいかがわしさは全く拭えてはいなかったが……
楽に見つかれば何を言っても誤魔化さない状況だが、さっき部屋横を通った時いびきをかいて寝ていたから大丈夫だろうとは思う。
モシュモシュと柔らかく揉むように頭を洗う。昔、楽と一緒に入った時もこんな風に髪を洗った事を思い出していた……今の状況を楽が見たら自分も入りたいたいって言うだろうか?
流石に言わないか……言わないだろうが絶対とは言い切れないのが少し怖い。
といっても、初対面の少女と入るよりは妹と入る方が、まだ健全だろうけど、真白が神様で、これが禊だという事実だけが俺の自尊心を保たせていた。
そんな不安定な気持ちの俺とは反対に真白は静かに泡が目に入らないように瞼を閉じて座っていた。
「かゆい所ないか?」
「ない」
長い髪に手間取る。やっと半分くらいだろうか。バスタオルで覆いきれない背中がチラチラと視界に入ってくる。
綺麗な背中だ。アスリートの体つきは美しい、特に背中には神が宿る。そこにはいやらしさがなく美だ。楽が顧問の先生〈女性〉から聞いた話らしい。というか顧問、中学生に何の話をしてんだよ……
まぁともかく、アスリートの背中に神が宿って美しくなるなら、神様の背中が美しいのもまたしかり。ただ、アスリートのような日々の鍛錬でつくられたというより、自然な素材そのままの美しいようだが。
ただ、美しさは初めて砂浜で出会った時の方が美しく感じた。正直、神様の裸(バスタオルで隠しているが)なんて見たら、目が潰れるのではないかと危惧したが、全然そんな事はなかった。
というより、やっぱり最初に感じたよりも明らかに真白から神々しさを感じなくなっていた。見慣れたのか、あの時だけだったのか、見た目は変わらなくとも真白から感じるものは変わっていた。
「ふむ、こんなものか」
やっと全ての髪を洗い終わった。そこら中泡だらけになっている。
「じゃあ流すぞ」
真白は頷く。蛇口を捻りお湯を真白の頭からかける。大量の泡がどんどん流されていく。その泡が髪に残らないように丁寧に洗い流す。櫛でとかすようにゆっくりやさしく。
泡を全て洗い流しても、洗う前と何の変わりのない真っ白な髪色だった。透き通るような白。
蛇口をしめ、お湯を止める。
白い湯気が真白の周りに漂っていた。
「よし、終わりだ真白。髪乾かすから先に上がって体を拭いててくれるか?拭き終わったらまた呼んでくれ」
「体……は?」
前を向いたまま首を傾げる真白
あ、やっぱり、体も洗わないといけないのね……
「い、いや、あの、勘弁してくれませんか?」
流石にこれ以上はエロエロと……じゃなくて色々と問題がある。
「しぬ」
もう真白は脅し文句の様に自分の命をたてにとっている。しかし、それを言われるともう何も言えない。本当に何で俺が……
いや、これは禊だ。神事だ。いやらしいことなんて何もない!
「…………よし、わかった」
真白に巻いてあるバスタオルを外す。真白の隠れていた素肌が露になっていく。
やらしくない、やらしくない、やらしくない
ボディーソープを泡立てタオルにつけて泡を立てる
「じゃあ……いくぞ」
真白は頷く。謎の緊張感に風呂場は包まれいた。
「ゴクっ」
唾を飲み込み。髪の毛を前に垂らす。髪で隠れていた背中が全てさらされる。そのさらされた背中を俺は洗い始める。
まずは真ん中を攻めていく。首の根元から背骨をなぞるようにタオルを下ろしていく。上下に往復しながら、少しずつ左にずらしていく。肩甲骨に何度もぶつかる。腰がくびれているのが手に伝わる。肌の柔らかさを直に感じる。半分が終わると次に同じように右側の背中も洗う。鼓動が早くなっている。頭がふわふわしてきた。
やらしくない、やらしくない、やらしくない
真白の細く小さな背中はすぐに洗い終わり、次は真白の腕を手に取る。枝のように細い腕をしている。だが、枝と言っても蓬莱の枝かのように美しい。壊れないように、折れないように、そっも洗う。
やらしくない、やらしくない、やらしくない
腕もすぐに洗い終わった。背中も腕も終わり体の前が残った。すでに心臓が潰れそう。頭がぼやけていく。
前に手を伸ばす。
ヤラシクナイ、ヤラシクナイ、ヤラシクナイ
前に手を伸ば……
ヤ、らしクナい、ヤラし、く、ナイ、ヤラし、く
前に手……
や ラ シく な シクなイ
「すいません!背中だけで許してください!」
土下座する勢いで謝る。神に許しを乞うていた。
無理だ。限界だ。いやらしくない訳がなかった。手を前に回す勇気がなかった。回せる訳がなかった。妹とは訳が違う。
「……どうてい」
「今なんてった!?」
「…………」
真白はもう何も言わなかった。すごく酷いことを言われた気がする。聞き間違いであって欲しいものだ。いや、聞かなかった事にしよう……
「わかった」
と言うと、真白は俺の手からタオルを奪うと体を洗って、シャワーで洗い流してしまった。そして、バスタオルを体に巻くと
「かわかして」
「…………」
と言ってきた。しばらく、唖然として反応に遅れる。
「え?え?終わり?」
「うん」
「…………」
「じゅうぶん」
「そ、そうか……」
そして真白は頷く。
「じゅうぶん…………たのしかった」
そう言って風呂場を出て行った。
「しゃ、釈然としねぇ……」
風呂場に1人残され、何とも言えない感情が風呂場の湯気のように満たされていく。
「こーいち、かわかす」
「あ、はい」
言われるがまま、軽く体を拭いて風呂場から出てドライアーを手に、真白の髪を乾かす。
髪を洗うときと同じ様に静かに目をつむりされるがままになっていた。されるがまなだからって何もしないが……
また時間がかかりそうな真白の髪にドライヤーの熱風をかけながら、何だか真白にいいように遊ばれた気がする。死ぬなんてやっぱり嘘だったんじゃないだろうか?なんて考えてしまう。
もしかして、からかわれているだけ?記憶がないのも今までの事も全部うそ?暇を持て余した神の戯れではないだろうか?
「こーいち」
少し疑心暗鬼になり、真白を疑っているところに真白が声をかけてきた。
「ん?」
「ありがと」
それは髪を乾かしている事か、禊をした事か、倒れた所を助けた事か、何に対してのお礼なのかわからなかったけど
「ん、どういたしまして」
とだけ言っておいた。
まぁいいか。嘘でも本当でも。からかわれていても。
真白の髪を乾かし終わる頃にはもう真白はウトウトし始めた。
神様と言っても中身は子供らしい……というより自由奔放なのだろうか。
もうほとんど目が開いていない真白を部屋に戻してからシャワーを浴びる。
上がり部屋に戻ると、真白はベッドですっかり眠っていた。眠っている姿はただの少女のようにしか見えなくもない。髪が白い事を除けば
真白の上に布団を掛けて、自分は床に寝転がる。
なんだか長い夜だった。疲れたのか床に転がった瞬間、眠気が襲ってきた。その眠気に逆らわず俺は瞼を閉じて眠った。
その夜、俺は夢を見なかった。