後日談
「本当にどうしてお前……というかお前らは俺にかっこつけさせてくれねえかな……」
ミコトは片手で顔を覆ってタメ息をつく。格好はこの前と同じ俺と同じ高校の男子の制服だ。
「まあ、記憶がないお前に言ってもしょうがねえんだけどよ……」
あれから、ミコトが言っていたように俺から真白の記憶は消える事はなかったが、それまでの真白との記憶が戻る事もなかった。
「まあいい、そんで今、話した事がお前の忘れている大体の内容だよ」
真白と祠で会ったあの日から数日、夏休みが終わる少し前に、またもや突然ミコトが現れて今までに起こった出来事を説明してくれた。さっきから恥ずかしがっているのは、記憶が亡くなるから説明しても無駄だし少し格好つけていたら俺から記憶が亡くならなかったからだ。俺は覚えていないがこんな事があったのが一度や二度ではないらしい。
「というか何でミコトは祠の場所を教えてくれなかったんだ?真白が妹だったのなら場所くらい知ってただろ?」
話を聞く限りでは、ミコトが祠の場所を教えてくれていれば、記憶が亡くなる前に真白を助けられたのではないだろうか?
「いや、俺の助けは出来るだけ借りねえ方がいいって理由もあるけど、知らなかったんだよ。あいつの祠の場所なんか」
「妹の事なのに?」
「俺があいつの祠の場所を知ったのはお前が祠を見つけた時だよ。自分の元実家だっていうのにな。あいつを妹って言ったのは、私が生まれた場所であいつも生まれたからで深い意味はねえよ」
「それにしては頭下げてまで妹を頼むってお願いしてたよな?プライド高そうなくせに?」
「うるせえ!それこそ忘れろよ!…………少し情が湧いたんだよ。あいつが記憶を亡くしてまで待ってやっと会えたのに、また忘れられて消えるってのは悲しすぎるだろ?だから最後くらいはって思ったんだけどな……」
「消えなかったと」
「そうだよ!」
消えたと思った真白が復活して二人で訳が分からないとなっていたが、とりあえず真白を連れて家に帰った。あれだけ泣いてお別れだと言った後の帰り道は気まずさといったらなかった。楽への説得は観光客が困っていたから助けたと言ったら納得してくれた。
「ホントに何で消えなかったのかな?あ、いや、消えて欲しかったわけじゃねえぞ?」
「え?ミコトもわからねえの?」
あんたが分からないなら誰が分かるんだよ?
「お前らがイレギュラー過ぎるんだよ。毎回、俺の予想をはずしやがって……あーやだやだ」
ミコトが顔を少し赤くしている、格好つけて外した事を思い出しているのだろう。
「まあ、でも」
「?」
「今回、あいつが消えなかった事は少し予想してんだぜ」
「そうなのか?」
「おう、必死になってあいつを救おうとしたお前と、お前を信じて記憶を亡くしてまで待ち続けた、お前らの愛の強さが奇跡を呼んだんだよ!」
「マジで?」
「いや?冗談」
何なんだよあんた……
「真剣に話せば、お前が付けた名前が原因じゃないかって俺は思ってる」
「名前?神代真白の事か?」
つけた当時の事は覚えていないが、何て安直な名前の付け方だと思う。
「そう、それで重要なのが、神代って苗字のほうだ。神の依り代と書いて神代。元々、神職の人間に使われていた苗字で漢字の通り、自分の体を依り代にして神の言葉を伝えるといった一族の苗字なんだよ」
「……つまり?」
「鈍い奴だなー、あいつに神代真白って名前を付けたら神以外に人間としての存在が生まれたって説明しただろ?だから人間と神の二つの存在があいつにはあったんだよ。それでいざ消えるってなった時に消えたのが神代真白を依り代にした神の部分だけで神代真白という人間の部分が残ったんじゃないかって話だよ」
「つまり俺が偶然、神代真白って名前を付けたから助かったって事か?」
「さあな、あくまで予想だからな。ただのこじ付けだって言われれば言い返せないけどな。ま、俺の予想は外れるみたいだから、本当に愛の力かもな」
からかうように笑うミコト、何だよ愛の力って……くさすぎだろ?
「ただ……」
笑っていた顔が急に真面目になる。
「なんだよ怖いな……」
「もし、神代って苗字が消えない原因だとしたら偶然にしては出来すぎだと思わないか?」
「ま、まぁ多少は……」
「だろ?苗字なんてたくさんあんだぜ?その中から神代が選ばれるっていうのはやっぱり出来すぎてる」
「でも、俺が神代ってつけたのって、真白の髪が白色だったからだで、それも含めて出来すぎた偶然なんだろうけど、神代って苗字になるのはそんなに不自然じゃないだろ?」
「そこだよ幸一。白い髪だったから神代、じゃあもし黒だったら?田中とか山田になっててもおかしくないだろ?」
田中とか山田になるかはさて置き、まあ神代には確かにならないかもしれない。
「しかも、あいつの今の髪の色は黒だ」
「それは、神じゃなくなって白から黒になったんだろ?」
「少し違う。あいつの髪の色は白から黒になったんじゃなくて、白から黒に戻ったんじゃないかってこと」
白から黒に戻る?
「それって、真白の髪の色が元々は黒色だったってこと?」
「そう言うこと。まあ、これも推察だけどな。そもそも日本の神様だぜ?白色がいないとは言わねえけど普通は俺みたいな黒色だろ?白とか銀とかアニメの世界じゃねえんだから。日本で白っていったら爺さん、婆さんの髪色のはずだろ?」
言っている事はわかるが……
「それがどうしたっていうんだ?」
「要するに、あいつはお前に神代って名前を付けてもらうために、髪の色を白くしたんじゃねえかってことだよ」
「出来るのか?そんなこと」
「出来るだろ神なら」
便利そうだなその言葉……他に何が出来るのだろう……瞬間移動っぽい事は突然現れたり消えたりするから出来そうだが……
「あいつはお前とこの夏に会う前にも会ってるって言っただろ?その時にでも知ったんじゃねえか、お前が付ける名前は安直になるって」
おっさんの飼っている魚達につけた名前を思うと何も反論できない。
「それであいつは髪の毛を白くしてお前を待った。だから、神の力が亡かった、お前らの記憶が亡くなる前と人間になった今は黒い髪に戻ってるってこと」
「いや、元々、黒かどうかは初めて会った時、俺が小学生時代の真白を思い出せば分かるじゃないのか?」
と言うとミコトは顎に手をやり
「んー確かにそうなんだけどよ……いつもお前らの事を見ていたわけじゃねえから、はっきり覚えてないんだよな……流石に俺でも黒い髪の子供の中に白い髪の女の子がいたら忘れないと思うんだが……」
「じゃあ、本当に真白は消えそうになる事を予測して記憶がなくなる前に髪色を変えて保険をかけていたのか?」
「予想範疇を超えないけどな。それにお前が神代って苗字を付ける確証もなかっただろうし、本当に神代って苗字だったから消えないかも分かんねえんだ。当の本人も記憶を亡くしているとなりゃ、これはもう、神すらも知るところじゃねえ話だよ……」
「まあ、そうだよな……」
消えなかった理由は何でもいい。消えなかったこと自体が重要なのだから。
ただ、これまでに至る事を真白が本当に予想していたとしたら……
あまり深く考えるのは止めた方がいいか。真白は真白である。まぁ、あの無表情の下に何を考えているのかは未だに計り知れないのだが。
ついに夏休みが終わり9月に入った。
長い休みが終わったばかりで学校内は陰鬱な雰囲気にでもなるかと思ったが俺以外の生徒は何だか楽しそうである。何だ、みんな夏休みをあんなに楽しみにしてたから学校が嫌いだと思ってたぜ……
まあ、そうだよな。友達がいたら楽しいよなあ……
夏休みに忘れかけていた独りぼっちという事実が地味に胸に刺さってくる。そういえば、琴音以外にこの夏に遊んだ奴が学校にいねえじゃん!あれ?何の集まりもなかったの?俺が誘われてないだけ?
また今学期も寝たふりをして休み時間を過すのか俺は……
両手を枕にして突っ伏す。周りから聞こえるのは、再来週にある文化祭の話題だ。
文化祭が近いのか……となると、一人いるなあ。うるさいのが。
「起きなさい、幸一」
はい、来ましたよ。噂をすればなんとやら。あなた隣のクラスですよね?
「おーい」
体を揺すられる。しかし面倒だから寝たふりを続ける。どうせあと少しで朝礼の時間。隣のクラスに帰らなければいけない。
「あれ?起きないわね……蹴るか」
「んー、ん?あっれ~琴音じゃん?何かようか?」
「白々しいわね」
「な、何のことだよ?」
流石にタイミングがわざとらしかったか?まあ、蹴られるよりマシだ。
「はぁ、まあいいわ。で、あんた今日もギター持って来てないけど、どういう事よ?」
「あんな目立つ物、持ってこれるか。お前はわからねえだろうが、俺みたいな底辺がギターなんて背負ってきたら、うわ、何あいつキモい、ギター持って粋がるんじゃねえよって言われるんだぜ?」
「言われないわよ……そんな妄想してないで明日はちゃんと持ってきなさいよ、じゃないと……どうしよ?」
どうすんの!?
「わかった、わかったから……でも、今日はどっちにしろ一緒に練習できないぜ?おっさんの喫茶店の手伝いあるから」
「また?最近多いわね……もしかして、あんた!可愛い子が店員になったからじゃないでしょうね?」
「……違う」
「その怪しい間はなに?」
可愛いかどうかは関係ない。
「おっさんの店が雑誌に載ったこと知ってるだろ?まだ客が多いから手伝いに行ってるだけだよ」
「そう、ならいいけど」
いいんだ。まあ、無理に駄々をこねる奴じゃないか。
「でも、幸一」
「なんだよ?」
「あんた、ずっと一緒にいるって約束したんだから守りなさいよね?」
いや、そこまでは言ってないだろ。軽音は一緒にやるとは言ったけど……まいいけど。というか、何だか周りがざわつき始めた気がするが……
「あたりまえだろ?」
おおーと歓声が上がっている。何をそんなに盛り上がっているのだろうか?
「幼馴染なんだから」
さっきまで、ざわめいていた教室が一気に静かになる。琴音もこめかみを抑えている。
「ホンットにバカねあんた……じゃあ私、朝礼だから行くわね。あしたは一緒に練習するからね~」
手を振って琴音は出て行った。
教室はまた「嘘だろ?」「気づけよ」「最低」「鈍い」など聞こえる。そのざわつきも相変わらず俺は話題の蚊帳の外で周りが何を話しているのかわからなかった。
その放課後、琴音との楽器の練習を断り、おっさんの店の手伝いに向かった。流石に雑誌に載った直後のような賑わいは見せないものの、客足はまだ普段よりも増えているようだ。
喫茶店のドアを開けると、カランコロンとベルが鳴る。そしてその先には
「いらっしゃい」
いかにも無愛想な接客をする店員がいた。
「真白、笑えとは言わないから敬語くらい使えよ……」
「おっす」
分かってるのか分かってないのか……
またカランコロンとベルが鳴って女性二名が入ってきた。
「いらっしゃい」
分かってなかった……入ってきたお客さんはギョッとしている。
「なんめい?」
一応、接客の手順は踏んでいるが……
「二人よ」
「こっち」
席の案内を始めた。いや、流石に失礼すぎないだろうか?
「ごゆっくり」
とお辞儀をしてこっちに帰ってきた。そこは、普通だな。
「あの子、ちょっと無愛想すぎない?」
ほら、接客態度が悪いと変な噂を立てられるぞ。最近はネットにも書き込まれて、拡散させられたりもするから怖いものだ。
「でも、超可愛いかったよね!」
おや?
「わかる!お人形さんみたいで!」
おやおや?
お姉さん達は楽しそうに真白の話題で盛り上がり始めた。
どうやら可愛いは正義らしい。
「おい坊主、早く準備しやがれ!」
厨房からおっさんの声が聞こえてきた。
「あいよー」
いつものようにスタッフルームとは呼べない小部屋に荷物を置いて着替える。
真白がおっさんお店で働いているのは、ミコトの旦那さんが手を回してくれたようだ。何故かその旦那さんはおっさんと知人らしく毎年夏の祭で金魚掬いの屋台の出展をおっさんに手伝ってもらっているらしい。それで自分の義妹がそっちに行くから面倒を見て欲しいと言われ、おっさんもそれを受け入れたという形になっており、ちょうど人手がほしかったおっさんは真白を喫茶店で働かせているのだった。
着替えが終わると
「すいませーん」
と店員を呼ぶ声が聞こえる。今日は厨房担当なので、真白に任せて厨房に向かうが……
「なに?」
正直、心配である。
「遅いぞ坊主。早く手を貸せ」
「わかったっよ」
一連の騒動から二週間ほどが経ち、自体は落ち着きを見せてきた。まあ、事態って言うほど事件性はないけど。基本俺と真白との小さな枠内での事だ。
それでも、真白が神から人間になった事は異常な事らしく、しばらく、ミコトが他の神と連絡を取り合っていたが、結局、核心に至ることは出来なかったらしい。核心に至る事は残念だったのだが、神様同士の連絡手段が携帯電話だった事がもっとショックだったが。
まあ、文明の利器って便利だから仕方がない。いつでも連絡が取れれば昔のミコトのように別れが悲しくて泣き喚く事もなかっただろう。ついでにこの話はミコトにはタブーだ。
真白の謎については進展がなかったが、この二週間、真白に変化がないことが、とりあえずの安心に繋がっていた。
しかし、未だに不安は残る。二週間大丈夫でも明日も大丈夫とは限らない。明後日かもしれないし、もしかすると、一分後かもしれない……何て考えていたら身が持たないので、その考えは一週間前からするのを辞めた。
それより、さしあたっての不安は……
厨房から真白の姿を覗く。注文もなく暇なのかジッと金魚の水槽を見つめている。
そして、一匹の金魚も真白をジッと見つめている気がする。絵面的には可愛らしい光景なのだが……しばらくして真白は金魚に向かって軽く頷いた。
……そう、さしあたっての不安は人間になったはずの真白がまだ神様の力が残っているかもしれないという事だった。
「すいません」
男性客に呼ばれた真白が金魚鉢を後にして接客に向かう。
「なに?」
その塩対応も不安の一つだ。これは社会性の問題としてだが。
「こーいち」
「ん?注文か?」
ひょっこり表れて頷いている真白の胸元には桜貝のペンダントが揺れていた。
「ハンバーグ」
「おっさん、デミグラスハンバーグだって!」
「おう!」
そのまえの注文で頼まれた料理を作り終わり盛り付けした皿を真白に渡たす。
「またね」
さっきの女性客の所へ皿を運んでいった。
「パンケーキ」
もうちょっと料理名に説明があった気がするのだが……
皿を置いた真白はまた水槽をジッと見つめている。
やっぱり無表情で何を考えているのかわからない。
……最近、俺にはある目標が出来ていた、将来の話とかではなく真白についてだ。俺はこの能面のように表情が変わらない少女を笑わせたかった。
あの時の泣いた後に無理に作る笑顔ではなく、心からの満面の笑みを
そして作戦第一弾がもうすぐそこまで来ていた。
再来週に迫った文化祭である。
あの日、真白が消えそうになった日。琴音達が楽器の練習をしていると言ったら「ききたい」言ったことを俺は忘れていない。
お前が聞きたいというなら聞かせてやるよ。
まだ下手だから満面の笑みには出来なくても、心から微笑んでくれるくらいには頑張ろうとは思う。
はい!完結です!
もしかしたら、一度全て編集したものを1から投稿するかもです!