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記憶の欠片

 日曜日、おっさんと約束した通りに昼の12時に喫茶店に向かった。驚いたのは店に行列が出来ていた事だ。普段は物静かな店内が今日ばかりは人で溢れていた。


「遅えぞ坊主!早く準備しやがれ!」


 時間通りだ!と、いつもなら口論になるはずだが、見た事もないほどの店内の賑わいぶりに黙って準備をしに行く。

 普段はバイトを取らないおっさんだが、今日は見た事がない人がホールの担当をしている。忙しくなると見立てた日は、俺を助っ人に呼びいつもはそれでことが足りているはずなのだが、何かあったのだろうか?


 スタッフルームと言うには雑なただの小部屋に荷物を置いて、厨房様の制服に着替える。

 神代真白について聞こう思ったのだが、しばらくはそんな暇はなさそうだった。

 



「だーもう!疲れた!」


 ぐったりと力を抜いて椅子にもたれかかる。完全に客が店からいなくなったのは夜の7時を過ぎた頃だった。


「じゃあ、僕は帰りますね」

「おう、お疲れ様、もう後は俺とそいつだけで大丈夫だ」


 今日、俺が初めて見たバイトの人は林さんと言う名前らしく、近所の大学生らしい。それ以上の情報は特になかった。


「おっさん、バイトなんて雇ってたんだな」


 客も林さんもいなくなったので遠慮なくバイトについて聞く。


「お前がどうしても来れない時は来てもらってたんだよ。まあ基本、お前に頼んでんだけどな。人件費かからねえし」

「そうかよ。じゃあ、今日の忙しかった理由は?」


 結局、忙しく今の今まで聞くことが出来なかった事だ。


「ちょっと前に店を取材させて欲しいって記者が来てな」

「へえ、こんなところに」

「で、記事にされたらこんなもんよ。ま、一過性のものだろうけどな」

「だといいな……いいのか?」

「いいよ。忙しいのはごめんだ」


 それは経営者としてどうなのだろうか?まあ、俺もこんな忙しいのはごめんだ。流石に給料を要求したくなる。今回はこの前のお礼なので我慢するが。


「つうか、坊主。お前、そこの金魚鉢にこっそり金魚入れたりしてねえか?」


 おっさんの小さな水族館みたいな店内の水槽のうちの一つである金魚鉢に目を向ける。十は余裕で超える数の金魚が中で泳いでいる。


「一匹、増えてる気がするんだよな。お前もしかして、この前の祭の時に金魚掬って帰って飼えねえからって黙って入れたんだろ?」

「しねえよそんなこと。気付かないうちに繁殖でもしたんじゃねえのか?」

「そのくらい気付く、短時間でこんなにでかくならねえよ」

「じゃあ、もう数え間違いだろ?流石にそれは濡れ衣だぜおっさん」


 確かに今年、金魚掬いをしたが、持って帰らなかった。毎年毎年、掬ってはおっさんに渡していた。そしていつの間にか金魚鉢が飽和状態になっているのも知っている。二日目に琴音とやった時も、一日目に一人でやった時も受け取らなかった……?


 また記憶の映像がぼやける感覚。二日目に琴音と祭を周ったのは覚えているのに、神輿を担いだ後に……一人で……?何を買ったかは細かくは思い出す事は出来ない。ただ、屋台の売り物だからレシートもないから確認しようが、琴音と遊んだ時よりも色んな物を買った気がする。……一人なのに?


「そ、そうだ!おっさん!神代真白って子の話って何だったんだ?誰なんだその子は?」


 俺の記憶が曖昧な事の他にまだわからない事がその子が誰なのかと言う事だ。あの謎の女子は特徴が白いワンピースとだけ言って、何者かは言わなかった。おっさんは神代真白の事を知っているのだろうか?


「お前、知らないって先週の電話じゃ言ってなかったか?何か思い出したのか?」

「……いや、ちょっと気になって」

「まあ、いいけどよ、お前、前に海に行っただろ?」

「前っていつの話だよ。何度も行ってるからわかんねえよ」

「俺も一緒に行った時だよ。何となくわかるだろ?昼飯にバーベキューしてやっただろ?」


 琴音や鈴音、楽と一緒に遊んだ奴か……


「それがどうしたんだよ?」

「あーいや、ちょっと待ってろ」


 話の途中で店の奥、おっさんの居住空間に引っ込んでしまった。

 しばらく、勝手にコーヒーをいれているとおっさんが何か小さい箱を持って出てきた。


「この前お前に電話した時に見つけたんだが」


 と差し出してくるので受け取る。箱は無地で特に変わり映えのないものだ。


「何?これ」

「開けてみろよ」


 無地の箱の蓋の中に『神代真白へ』と書かれた小さな紙と一緒に


「桜貝の……ペンダント?」


 しかも、珍しく綺麗に二枚貝の形をしたままだ。……ってこれ


「俺と琴音があの海の日に行った日に見つけた桜貝か?」


 その日、お開きになる直前に砂浜で桜貝を探していた時に二人で見つけたものだ。


「二枚くっついた状態の桜貝は滅多に見ねえから、俺もそうだと思ったけど、中に書いてあった、真白って子をお前が知らないって言いだすから、じゃあ、これは何だって思ってたんだが、やっぱりお前の知り合いだっのか?」

「……多分そう……かも」

「あん?まあ、渡すの忘れてて悪かったな。お前からその子に渡しといてくれ」

「……なあ、おっさん、今日はもうあがっていいか?」

「別にかまわねえが、もうそれほど人も来ないだろうから。何だ?用事でも出来たか?」


「ちょっと満月の空の下を散歩したくなったんだよ」


 ちょうど一ヶ月前と同じように。



 晴天の空、雲一つない空には大きな丸い月が一つだけあり、その輝きのせいで周りの星がよく見えなかった。おっさんの店から出て、向かったのは先月の満月の晩と同じ海だった。月光に照らされた浜辺は静かなもので、足元には自分の影が色濃く伸びている。


 別に何かを思い出したというわけではない。気持ちとしては本当に満月の下を歩きたかっただけのようにも思える。まあ結局、一人になりたかっただけなのだが。

曖昧になった記憶の整理がしたかった。自分が忘れている何に気づきたかった。


 おっさんの店からそのまま近所の海に来ていた。だから受け取った箱は右手にまだ持っている。箱の中には桜貝のペンダントと『神代真白へ』と書かれた紙がある。

 どうみてもプレゼントとして用意されている。神代真白へのプレゼントだ。おっさんも知らない、俺も知らない、それなのに神代真白へのプレゼントとはどういうことか。


 さらに、唯一、神代真白の事を知っていた謎の偉そうな女子は俺に神代真白の事を「覚えているのか?」と言ったのは言い間違いではなければ、やっぱり俺が記憶を亡くしている事を知っていたようにも思える。そして神代真白の特徴が白いワンピースだという事も。あれはタンスの奥にあるワンピースと何か関係があるのだろう?


 俺がこの夏の思い出の所々を思い出せないのは、俺が変態だったからではなくて、この神代真白という子が関係しているのだろうか?


 俺が忘れたものは何なのだろうか?




 気がついたらとそこに人がいた。あまりに突然の事に驚き体をビクつかせた。幽霊かと思わせる登場したそれから逃げ出そうと思ったがよく見ると、見たことのある顔だ。


 ボーイッシュで中性的な顔立ち、謎の偉そうな女子が立っていた。服装はなぜか俺の高校と同じ男子の制服だった。同じ高校……ではない。これだけ端整な顔立ちの人物をしらないわけがない。というか、男だったのか?


「よう幸一」


 普通に何でもないような挨拶。そして教えた覚えのない自分の名前が呼ばれる。


「……その様子じゃ思い出せなかったみてえだな」


 その女子は動揺して言葉に反応できない俺を残念そうな様子で見ている。


「わざわざこの制服も着てきたんだけどな……」


 制服を着てきたのは何か理由があるような言い方だった。


「あ、あの……あなたは誰なんですか?」


 やっと口から出た質問、目の前の女子は悲しそうに眉をひそめて、怒ったように


「二度目だから簡単に言うぞ、俺の名前はミコトで、お前の幼馴染の神社の神で、そしてお前が俺に敬語なんて使うんじゃねえよ!!」


 静かな海に謎の女子、ミコトの声が轟く。なぜミコトが怒っているのか、何を言っているのかが俺にはわからなかった。


「わからねえよな何が何だか。ただ言えるのは、お前は今回もあいつを救えなかったって事だよ。その手に持っている最後の記憶の欠片も今日にも消えるだろうよ」


 ミコトは手に持っている桜貝のペンダントが入っている箱を指して言う。


「俺は幸一、お前ならもしかしたらって思ってたんだけどな……そうだよな、神が起こせない奇跡を人が起こせるわけなかったよな……」

「えっと、ミコト?何の話をしているんです……いるんだ?」


 うっかり敬語を使いそうなのを引っ込める。


「いや、もういい。お前にはもう関係のない事だ。どうせ忘れるんだから。あいつがいた事実や存在と一緒に消える」

「…………」

「お前が今苦しんでいる、記憶の混乱も治る。それも、あいつの記憶の欠片だよ。桜貝のペンダントも白いワンピースも消える。それで終わりだ」

「……じゃあミコト、あんたは何で俺の前に現れたんだよ?」


 正直、話の理解は追いつかない。ただ、何も説明する気がないミコト。どうせ何て言うならなぜ、俺の前にまた姿を現したのかが謎だった。


「最後の頼みだよ」

「頼み?」

「そのペンダントが消える前に、お前の中であいつのが亡くなる前に、そのペンダントを供えてやってくれないか?」

「供えるってどこに?」

「お前がこの前見つけた祠だ」


 あの神社の旧跡地で見つけた奴か。


「もう消えたかもしれない、存在していないかもしれない、だけど、あいつがいた証拠がまだあった。もうお前に頼むくらいしか俺がしてやれる事がねえ。今さら過ぎるけど俺が姉としてあいつに……妹にしてやれる最後の事なんだ」


 神代真白が妹だという事実に驚くが、それよりも、きっと軽くない頭を下げて頼むミコトに俺から断る言葉が出てくるわけがなかった。

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