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ただの日常

琴音『これ神社の旧跡地の位置情報ね』

琴音『○○県××市~~~~』

琴音『正しくはこの周辺ね』

幸一『ありがと』

幸一『てか祠を見つける課題なんてあったっけ?』

琴音『ないわよ、あんたあれだけ必死だったのに理由忘れたの?』

幸一『え、ないの?』

幸一『じゃあ俺は何のために探してたんだ?』

琴音『しらないわよ』

琴音『倒れておかしくなった?』

琴音『忘れるくらいの事ならたいしたことじゃなかったのよ。だから早くうちに練習しにきなさい』

幸一『わかった』

幸一『一応、みてくるわ』

琴音『早くしてね』

琴音 やけに厳ついおっさんが中指立てて「FUCK!!」と叫んでいる絵

 


 といったやり取りをメールでしているのは楽が朝飯を食べて部活に行った後のこと。昨日の約束の通り、琴音は旧跡の場所を教えてくれた。今まで探していた場所から少し離れたところにその場所はあった。確かにこの辺りを地形を思い返すと、茂みが多くてあまり進んで入ろうとは思わない場所だった気がする。


 しかし、夏の課題でもなければ一体何であんな一生懸命になって祠なんて探していたのだろうか?琴音の言うとおり倒れたせいで記憶がとんでしまったのだろうか?だとすれば軽い記憶喪失をおこしてるんじゃないだろうか?それって、普通に生活してて大丈夫なのだろうか?いや、まあどこかに不調を感じるわけでもないから問題ないとは思うが……医者も大丈夫って言っていたし……


 とりあえず、行くだけいってみて祠があったら何かわかるかもしれない。まだ、雨は降っていないがそろそろ降り出しそうな感じだ。少し急いで向かったほうがいいかもしれない。


 何か明らかに抜け落ちてしまっているような気持ち悪い感覚を持ちながら、琴音から受け取った位置情報を頼りにして祠があるかもしれないという場所に向かった。




 結論からいうと祠はすぐに見つかった。


 祠のある場所だけは草木があまり生えておらず少し開けていたからだ。

その開けた場所には、何でもない石を積んで囲ってできた、いかにも小さな祠だなとわかるものがポツリとあった。


 祠は石にはコケが生えて、至る所がかけており、長い事手入れされていなといった感じであった。

 祠がそこにあること以外、特に何かがあるわけでもなく、何かを思い出すわけでもない。ただ、首を傾げるしかなかった。俺は何でこんなものを探していたのかと。


 他に何かないか周りを見渡してみても特に何も見当たらない。本当になぜここにいるのかが見当がつかなくなってしまう。

 ただ何も見当たらないし、何の見当もつかないが、見覚えだけは少しある。


 琴音が昔ここを秘密基地にして俺たち遊んでいたと言っていたのだからその記憶が残っているのだろう。というか、元々それをヒントにもしかしたらここに祠があるんじゃないかと目星をつけていたんだっけ?……それってどういうヒントなんだ?琴音はここに祠があることを知っていたわけではなさそうだったはず……じゃあ、一体何がどうなって小さい頃、秘密基地にしていた場所に祠があるかもなんて考えになったんだ?


 祠を探している理由も謎で掴んだ手掛かりも謎って……ミステリー小説にでも迷い込んだか俺は?

 ポツポツ雨が降ってきたと思うと瞬き数回しているうちに雨は本降りになった。もし、ミステリーなら犯人は俺を殺すチャンスだろうな。と考えながら、雨が降ることくらい予想していたのでカバンから折りたたみ傘を取り出してさす。


 そうなる前に早く逃げよ。


 本気で思っているわけではないが、雨が鬱陶しく降りつけるので早く家に帰りたいというのが本音である。結局、無駄足となってしまった。

 わからない事がたくさんあったが今はただ家に帰りたい。雨が当たらない屋根の下に入りたかった。琴音の言うとおりきっと忘れるほどどうでもいい事だったのかもしれない。


 帰り道、折り畳めるだけコンパクトで持ち運び便利な折り畳み傘の布の面積が明らかに雨量に見合ってない事に対して少し不快感を覚えながら、ほぼ傘の意味がないほどずぶ濡れになって帰った。




 次の日、いつものように朝飯をねだりに楽が朝起こしに来る。もう、ほとんど犬である。


 もう祠が見つかった事は言ってあるため楽はいつも通り一人でまた朝のトレーニングを再開していた。だから俺も久しぶりに少し長く寝ることが出来た。


 今日も楽は一日練習らしく弁当を作って欲しいと言ってきた。というか、一日練習じゃなかった時この夏休みにあっただろうか?結構、厳しい部活のように思える。俺が中学にいたときもそうだったのだろうか?まあ、どうでもいいけど。


 朝飯を食べ終わって楽を見送って少しすると琴音からメールがきた。


『今日こそ練習』


 その一文だけ書かれている。『了解』とすぐに送ると、十秒くらいで『早く来い』と返信が返ってくる。待たせてしまった分、かなり溜まっているように思える。これから地獄のしごきが待っていると思うと気が滅入る。


「じゃあ、何着ていくかね……」


 わざわざ服装に気を遣うほどの間柄でもないので適当に掴んだ服を取り出す。そして、奥の方まで手を突っ込み服をくじ引きを引くかのように掴み服を引っこ抜く。


「な!?」


 驚嘆の声が漏れる。手に掴まれて出て来たのが白いワンピースだったからだ。

 いくら服装に気を遣う必要がないといってもサイズも合わない女物のワンピースなんて着ていったら変態扱い待ったなしだ。


 いや、というかワンピースを握り絞めている時点でかなり絵図ら的に危ないのでは?家に誰もいなくて

よかった。なんてフラグめいた事を考えていると……誰かくることもない。


 とりあえずそのワンピースをそっと床に敷いて思案する。一体、これはどういうワンピースかと、なぜ俺の部屋にあるのかと。

 楽が間違えて入れたって事は……まずないか。洗濯物の管理は俺がしているし楽がこのワンピースを着ているところは見た事がない。


 ……というか


 思い立って立ち上がる。最近の買い物レシートを漁る。仕送りではあるが一応、家計簿はつけているためレシートは一定期間残している。


「ん、あった」


 商店街のお姉さんの服屋でワンピース二着とワンピース型の水着が一着を買ったレシートが、なぜか水着の分の値段が横線で消されている。


 つうか、あと二着まだどこかにあるのかよ……

 探してみると、確かに白いワンピースが二着あった。


 確か、買い物しに商店街にいった事があった。お小遣いをもらうためにおっさんの店にも寄ったはずだ。


 ……それでなぜワンピース?


 …………………………………あー楽へのプレゼントか?


 それだとまだ持っている意味もわからない。楽の誕生日もまだ先の話だ。


 というか、どれも値札が剥がされている。いや、値札を剥がしてプレゼントするのは別におかしい事でもないのか?それより、レシートの日付は3週間ほど前だ。やっぱり、プレゼントにしては渡すのが遅すぎる気がする。


 まあ、奥の方にしまって忘れたというのが一番現実的だとは思うのだが……ただ、プレゼントしようとしていたにせよ、それを忘れて奥にしまっていたにせよ不自然な点が一つというか一着にあった。

それは一着だけどう見ても中古である。もう一着と水着に比べて少し伸びていて、色も少しくすんでいる様に見える。


 お姉さんの店は古着屋ではないので新品の服を売っているはずだから……まあ、誰かが着たって事になるのだろう。


 …………いや、なるのだろうじゃねえ、なったらまずいだろ!?楽が着ているところを見た事ないって自分で言ったじゃん!楽が着ていないとして、じゃあ他にこの家に誰がいるかと言うと何を隠そうこの私です……いやいや、いや。着ていた記憶はないし、俺に女装癖があるわけない。

でも、祠を何で探していたか思い出せない、何でこのワンピースを買ったかも忘れている。もしかして、昨日、倒れた後、亡くしたのって俺の女装壁の記憶……?性癖に目覚めた自分を受け入れる事が出来なくて、倒れて目を覚ました後に記憶が消えたとか?流石に突飛すぎる。


 いや、だがもし俺に女装壁がなく一切このワンピースを着ていないとすれば……俺は誰かが着用したワンピース大事に棚の奥に保管している変態になるのか……?


 女装してても変態、着用された服を宝物にしていても変態、どっちに転んでも変態


 そうか、俺は、俺こそは、変態だったのか!


 元気よく心で叫ぶも床は涙で濡れ、明らかに自分は何かを忘れているが、思い出してはいけないような気がしてならなかった。




「……なあ琴音」

「何よ?」

「俺が変態だったとしても友達でいてくれるか?」

「絶対に嫌」


 薄情な……いや普通か


「何?あんた変態だったの?」

「俺は無実だって信じている」

「あんたの話でしょうが……まあ、あんたが変態だったとして、友達は辞めさせてもらうけど、人数が足りてないからバンドメンバーからははずさないから安心しなさい」


 どう安心しろと?ただの都合のいいやつだろそれ?


「他にメンバーを見つけたらあんたとの縁を切るけどね。幼馴染と思われたくないし」

「冷たいやつ」


 氷のような女だ。薄情と氷で薄氷みたいなやつだ。人間性も薄っぺらいと言う意味も込めて。


「何を考えてるのかしら?殺すわよ?」


 薄氷が割れて刺さっている。何で俺の考えた事がわかんだよ?


「大体、冷たくないわよ。あんたが変態だったらって話でしょ?じゃあ、あんた変態さんなのかしら?」

「違うと信じている」

「何でさっきからちょっとぼかした答えなのよ……まあ、だったらいいじゃない。さ、ギターの練習始めるわよ」


 渡されるエレキギター、思ったより軽かった。琴音の部屋に来るたびにギターは目についていたが、ギターに話を振ったら勧誘されるだろうから今まで話にも実際に手で触れた事もなかった。


 あれだけやりたくないって言っていたのによくもまあ罰ゲーム一つで認めてしまったものだ。


「あんたはギターボーカルだからそこまで難しい譜面じゃないから、まあ文化祭までには何とかなるでしょ」

「ふーん……って俺が歌うのか?」

「私が歌ってもよかったんだけどね。この前、メンバーが揃ってないって入部しないって言ってた子がドラムをやるじゃない?」


 初耳だが……そうか、入部してくれたのかその子


「で、今、鈴音にベースを仕込んでいるって言ったわよね?それであたしがギターやるってなったらあんたが出来るところってボーカルしかないのよ。だから今回、歌うのに慣れてもらおうと思って」


 想像以上にバンドの事を考えていた。


「あんた、歌は下手じゃなかったわよね?」

「自慢じゃないが音痴とは言われた事はない」

「じゃあ、十分ね。学生のライブなんて大きな声が出ればいいのよ」

「それでいいのかよ……」

「いいの。あんたの気持ちがこもっていれば」


 かっこいい。


「だけど気持ち込めるのにも自信と技術が必要よ。おどおどギターを弾いて、小さな声で歌ってたら、かっこがつかないでしょ?とても気持ちなんて込めてる余裕なんてないわ。だから練習よ、練習」


 実に的を射ている。


「まあ、付き合ってやるよ」


 ギターを肩にかけて、何をすればいいか支持を待つ。


「とりあえずチューニングから教えるから、とりあえずギターを下ろしなさい」

「あ、はい」


 初めてギターを肩に掛けて約十秒で肩からはずすことになってしまった。少し気恥ずかしく窓の外に顔を向けた。


 昨日の雨を降らせていた雲が遠くに消えていた。雨の間、静かにしていたセミの声が聞こえてくる。夏はまだ終わらないらしかった。




「最近、忘れっぽいというか、何か忘れてる気がすんだよなあ」


 ギターのFコードを押さえながら弦を鳴らす。


 ドゥン


 音が出ねえ……


「下手っスね~まあ、まだ三日目っスからそんなもんですかね」


 鈴音が横でベンベン、ボンボンとベースをかき鳴らしながら口を出してくる。


「お前こそ、いつから琴音に教えてもらったんだよ?」


 正直、ベースの上手い下手はよくわからないが、間違いなくある程度の力量は持っているように思えた。琴音の指導のほどがうかがえる。


「けっこう最近っスよ?夏休み入る前くらいっスね」

「上達するもんだな」


 それとも、琴音の教え方が上手いのか。


「ま、このくらいなら誰でもすぐ出来るっスよ~。……で、話しがそれたっスけど何を忘れたっスか?」


 あーそうだ。


「いやほら、祠をなんで探していたのかを忘れたし……ちょっと人には言えない事もあるし……」

「言えないことって何スか……めっちゃ怖いんスけど……」

「深くは聞かないで俺を信じてくれ」

「余計に怖いっスよ。何したんスか」


 それがわからないから俺も怖いんだよ!


「携帯の写真を見てたら一人で水族館行ってる写真があったし……」

「いや幸兄い……それはいつものことっスよね?」


 いつもではない。いつもでは。


「水族館自体にいった事は覚えてるんだけど……」


 ドゥ


 んー上手く鳴らない。


「変なところに力入ってるっスよ?んーじゃあ、何を忘れたって言うんスか?」


 変なところって?手首の位置を変えてみるか。


「この時に行った水族館って和久のおっさんからもらったチケットのはずなんだけどわざわざ一人で行くかなって思って」

「行くでしょ幸兄いなら」


 そう断言されると何も言い返せない。というか、自分でも行くと思う。


「でも、お前らも誘ったし、楽も行きたがっていたのに、無視して一人で行くってのも変じゃないか?」


 ドゥーン

 おお、不細工だけど鳴った。


「まだ全部の弦が押さえられてないっスね。押さえる事をもっと意識するっス……祭の準備の時の話っスね。忙しくていけなかったやつ。んー皆、忙しかったから諦めて一人で行ったって言うのも全然おかしくないと思うっスよ?」


 弦が全部押さえられてないか、確かに真ん中辺の弦を押さえられていない気がするな。


「でも、少しこの写真不自然じゃないか?」

「どれっスか?」


 一度、ギターを肩から下ろし、携帯の写真フォルダから水族館に行った時の写真を見せる。


「ほらっ」

「うわっ、なんスかこれ!ジンベイザメが真正面向いてるじゃないっスか!ミラクルショットっスね!」

「そっちじゃなくて……」

「てか幸兄い、こんなでかい水槽を背景に一人で記念撮影って寂しすぎでしょ?」

「俺がいいたいのは正にそこだよ」

「へ?」

「一人で行ったとして、スタッフにお願いして写真なんて撮ってもらおうと思わないだろ普通は、いくらなんでもメンタルが強すぎるだろ?しかも、この日の写真ってこれだけだぜ?」

「でも実際こうして撮っているじゃないっスか?しかも幸兄い、かなりいい笑顔してるっスよ?」


 そうなんだよなあ……照れている様子もない。


「もしかして、恥ずかしい事が興奮するんじゃないっスか?え、もしかしてさっきの言えない事って……!?」

「いや、その方向ではない」

「じゃあどの方向なんスか?」


 もしかして、恥ずかしい事が興奮するからあのワンピースを着たというのも考えられるのか?もし、そうだとしたら、俺はあの格好をして人前にでたのか?……いや、こんな狭い田舎、そんな事をすれば噂がすぐに回る。誰も知らないならまだ人前にはでていないのか?つまり、ワンピースを着た自分を見ただけでまだ満足していたという事か?それならまだセーフか……いや、野球ならチェンジするレベルだな。


 しかし、そう考えると辻褄があってしまわないか?やっぱり、変な性癖が自分にあるという悩みのストレスで倒れて、脳が体を守るために犯した事を記憶が消し去って、そのせいで曖昧な記憶になっているとでも言うのか?出鱈目だ。出鱈目過ぎるけど……


「み、認めたくねえ……」

「ま、まあ幸兄い!気まぐれで撮っただけかもしれないじゃないっスか!気にする事ないっスよ!さ、練習するっスよ!練習!」


 優しさが染みてくる。いい奴だよあんた。琴音なら間違いなく蔑んでくるのに……


 携帯をカバンに戻して、またギターを肩に掛ける。

 えーと、手首はこの辺で、しっかりと全部の弦を押さえて、弦を弾く!


 ジューン


 おお、それっぽい音が出た!


「お、やったっスね!」

「鈴音のおかげだ!」


 イエーイ!と二人でハイタッチを交わす。


「いえ、まだよ」


 と低いトーンで話し障子を開けて入ってきたのは入部したドラムの子と会ってくるからと言って俺達二人を家に残していった、篠宮琴音であった。


「えっと、琴音さん?ドラムの子はどうだったんです?」

「ドラムについてはあたしもよくわからなかったし。元々慣らしてたみたいだから特に口を出さなかったわ」


 経験者だったのか。


「それよりあんたよ。まだちゃんと弦を押さえられていないわよ」

「え?」

「ちょっと鳴らしてみなさい?」


 ええっと、手首はこうで、しっかりと弦を押さえて……


「もたもたし過ぎよ?本番で使えないわよ?」


 まだ始めて三日目なので許して欲しい……それから弦を鳴らす。


 ジューン


 おお、コツを掴めてきただろうか?


「4弦の押さえが甘い。2弦の音もしっかり鳴ってないわ……ちょっと貸しなさい?」


 ギターを琴音に渡す。


「いい、これがちゃんとした音よ」


 Fコードに素早くセットした琴音は弦に指を振り下ろす。

 ジャーン

 室内にギターの音が響く、音の力強さが全然違う。


「音の違いわかった?」

「まあ、何となく」


 何かが違う事はわかった。


「じゃあ、今と同じ音が出るまで今日は帰さないわよ?」

「え?嘘だろ?」

「大丈夫このくらいすぐに出来るようになるわ」


 それから二時間、音が出るまでギターを放すことを許さない琴音に、音楽は音を楽しむって書いて音楽じゃないのか!?これじゃ辛いばかりだろ?とつい反抗すると


「聞くだけなら音楽はそれでいいのよ。でも音楽を聞かせる側に立ったら実力がある程度ないと本当に楽しめないものよ、音で楽は出来ない」


 と経験者は語る。その話に喚起され十分後に俺はついにFコードを弾くことができた

琴音と鈴音の二人と肩を抱き寄せ合って喜びを分かつと大人の階段を一つ上る事が出来た気がした。


 もちろん気のせいだった。




 夏休みも数える程しかなくなり最近何したかと言えば、あれ?ギターの練習しかしてねえじゃん、なんて思うが、まあ、毎日ギターを触っているだけあって簡単な曲なら不恰好ながら弾けるようになってきたなと感じるようになってきていたある日。


 夏の課題もほとんど終わらせてしまって暇である。琴音は今日、高校の友達と遊ぶ約束があるらしく、一緒に練習が出来ない。楽はいつも通り部活で鈴音はわからない、なので今日は一人でギターの練習をする事しかない。まあすっかり、ギターにはまってしまった。琴音の言うとおりある程度実力がないと楽しめないのは本当のようだった。上達すればするほど楽しくなっていく。


 さっそく琴音から借りたギターを弾こうとすると、


 テンテロレン♪テンテロレ♪


 携帯電話が鳴った。和久のおっさんからだ。


「もしもし?」

『おう坊主!今大丈夫か!』


 声がでかけえよ。直ぐに音量を下げる。


『もしもーし!あ?聞こえてんのか?』

「聞こえてるよ、何だよ?」

『何だよ返事くらい早くしやがれ、で、お前うちの手伝いする約束だっただろ?来週の日曜日とか空いてたら手伝ってくれねえか?まあ、お前に予定なんてある訳ねえとおもうけどよ』


 失礼すぎる物言いに俺にだって予定くらいあると言いたいところだが、あいにく、何もない。無理やり琴音とギターの練習を入れてやろうかとも思ったが、迷惑をかけたばかりだ。仕方がないから手伝いに行ってやるか。


「えっと、ちょっと待てよー今から予定帳見るから……えー日曜、来週の日曜ね……おーちょうどその日だけ空いてたわ」

「いらん小芝居して見栄張ってじゃねえぞ。お前が予定帳なんて持つか」


 バレバレである。


「行くって行ってんだから素直にありがとうの一言くらい言えないのかよ大人のくせに」

「素直に手伝うって言わないお前が悪い……まあ、いい。その日の十二時に来てくれ」

「夜の?」

「昼だろ!わかるだろそんくらい!もう店閉まってるだろその時間。あんまり適当な事言ってっとお前の首を絞めちまうぞ」


「やめろ、やめろ!おっさん!そんな凶悪面でそんな事を言ってるのを誰かに聞かれたら通報されるぞ?」

「されるか!」

「あ、悪い、俺がした」


「実の叔父だぞ!?」

「実の叔父だからこそ悪事に手を染めるのが……許せない」

「何もしてねえだろ!大体、今、俺と電話してるのにどうやって通報できねえだろ!?」

「ばれた?」

「初めからわかってたよ!!」


 本当にうるさいおっさんだ。楽も相当うるさい方だが、おっさんはただ声がでかい。音量下げてもまだうるさいくらいだ。


「あーもう、疲れた。まあ、わかったな。来週の日曜日の昼十二時だからな」

「わかった、わかった。じゃーな」


 電話を切ろうとすると


「あーちょっと待て」

「何だよ?」


 まだ用事があるのか?


「いや、大した事じゃねえけどお前……」


 少し間が空いてから


「神代真白って子を知ってるか?」

「…………いや、知らない」


 聞いたこともない。


「神の時代って書いて、神代で名前は真っ白で真白なんだがクラスメイトとか学校の中とかにいないのか?」

「……いないと思う。全員の名前を把握してるわけじゃないし確かな事は言えないけど。そんなにでかい学校でもないから他の奴に聞いてみるか?なんなら鈴音とか楽にも頼んで中学のほうも聞くことが出来るけど」


 まあ、俺は同じ高校は琴音くらいしか聞くことが出来ないのだが


「いや、そんな大げさにする話でもねえ、知らないならいいんだ。じゃあ、来週頼んだぞ」


 電話が切れる。

 何だったのだろうか?神代真白だったっけ?


 すごい白そうな名前だ……どんな感想だよ……。名前が真白なんだからそりゃ白そうな名前だと思うだろう。

 白いといえば棚の奥にしまった例のワンピースも色が白だった。というか、あの服、なんでまだ捨ててないんだろう……見つかれば一発で終わる代物だ。


 何故かあのワンピースを俺はどうしても捨てる気になれなかった。


 やっぱり、そういう趣味が、性癖が俺にはあるのだろうか……?


 最近ギターに夢中ですっかり忘れる事が出来たと思っていたのだが……


 神代真白……うん、聞いたことがない。というか、その子の名前を思い浮かべると、白いワンピースがチラついてしょうがない。

 あーもう誰なんだよ神代真白って!と悪態をつくも、神代真白という名前と一緒に、白いワンピースのことを思い出す。


 駄目だ。完全にまた思い出しちまった……神代真白が誰かは知らないが名前を出したおっさんは絶対に許さん。

 そしてまた白いワンピースの事で悶える事になってしまった。が、何故か、白いワンピースを思い出しても神代真白の名前を思い出すという逆転現象が起こるようになっていた。


 そのせいで、神代真白を思い出せば、白いワンピースを思い出し、白いワンピースを思い出せばまた神代真白を思い出したため、悶え苦しむ頻度が格段に増えてしまった。


 神代真白という名前が俺の中に刷り込まれていった。


 ホントもう……何の呪いだよ……

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