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バカな妹

 起きないと、起きないと、起きないと!

 忘れるかもしれない、忘れてはいけない、忘れるわけにはいかない

 遠くに白い髪の少女がいる。遠くに、また遠くに行ってしまう。呼ばなければ、その少女の名を


「真白!」


 飛び起きて、その少女の名前を叫ぶ。


「覚えてる……」


 忘れなかった。


「あれ?起きてるじゃねえか、お前、何、叫んでんだ?」


 開いたドアから入ってきた大男はおっさんこと七瀬和久だった。


「あ、いや、というか、おっさん?何でここに?」

「何でじゃねえよ。一応、俺はお前の保護者だぞ。坊主が倒れたって言うから駆けつけたんじゃねえかよ」


 あーそうか……そういえば、祠を探している時に倒れたんだったな……


「楽達は?」

「帰したよ、篠宮さん家の姉妹はお前がただの疲労と熱中症で休めば大丈夫と言ったら納得したけど、楽は酷かったぜ?兄ちゃん、死ぬなー!って永遠叫びやがる……病院で叫んだら迷惑だっての、あんまり、うるせえから篠宮さんの姉妹に連れて帰ってもらったわ」


 何してんだよ……いや、この場合、心配をかけた俺が悪い。というか、今更ながらここが病院だということに気づく。


「なあ、おっさん、入院とかしなきゃいけねえのか?」

「ん?いや、起きたなら、帰ってもいいとさ。疲労と軽い熱中症だ。クマ出来ていたから、寝不足も原因だって言われたけど、夜遅くまで何してたんだよ?というか、昼間の祠探し?もそうだけどよ」


 琴音達からでも聞いたのか、祠を探している事をおっさんは知っていた。


「別に……」


 説明しても、仕方がない。言うのも面倒だ。


「ま、言いたくねえならいいけどよ。男子高校生なら秘密の一つや二つ、百個あってもおかしくねえさ。ただあんまり心配かけさせんじゃねえよ、兄さんや江美さんに申しがたたないだろうが」

「ごめん……」

「……やけに素直に謝るじゃねえか、らしくねえ。ま、悪いと思うなら、今度うちの店の手伝いでもしにこいや。この前、約束した分もあるからな」


 この前……真白と一緒に行った時の約束だ。


「……わかった」

「お前、本当に元気ねえな。まあ、倒れてから、起き上がって直ぐに元気ってのも変か」


 元気もなくなる、あと少しで辿りつけていたかもしれなかったのだから。琴音にまだどの場所に神社の跡地があるのかを聞いてないから、今から行くこともできない。今から、聞いても、心配して教えてくれないだろう。


「ま、起きたなら、帰るか!一度、先生に挨拶して、本当に大丈夫か確かめてもらってからだが。今日は俺が飯を作ってやるよ!食べたいものがあったらいいな!」


 元気のない俺をみて励まそうとしてくれているのだろうか?高校生相手に食べ物かよ、少し子供扱いし過ぎじゃないかと思ったが、しっかりと心配を掛けておいて、子供じゃないとはとても言える立場ではない。


 楽の兄として保護者のつもりでいたが、俺も十分、子供だった。

 それなら、子供は子供らしく


「じゃあ、和風のハンバーグ」




 病院の先生に診てもらい特に異状もなかったので、そのまま帰る事になった。外に出ると、空が赤くなっていた。確か倒れたのが昼のはずだから、思っていたより長い時間、眠っていたわけじゃないようだった。

 病院を出てまず先に楽を琴音達の所に預けてあるので神社に迎えに行く。


 神社の下の駐車場に着くと、おっさんは車で待ってるから行ってこいと言うので一人で階段をのぼる。さっきまで倒れていた俺への気遣いはないのだろうかこの人は……まあ、気遣われたら、それはそれで嫌なのだが。そこは、おっさんもわかってるのかもしれない。ある意味、気遣いではある。


 階段を上ると境内で三人がしゃがみ込んで何かをしていた。


「あ、やられた、ちょっお姉、救援して」

「あっちに敵いた!敵!」

「楽ちゃん、あっちじゃ分からないから方角言ってね、鈴音はちゃんと射線切った?」


 スマホゲームかよ……今まで散々、アナログな遊びしてきてのに?今更スマホって……デジタルの波がこんな田舎にまで来ていた


「あ、私もやられちゃった」

「あたしも死んだ!」


 終わったようだ。というか、スマホで遊ぶのなら外ではなく家の中ですればいいのに


「楽、迎えに来たぞ」

「うわ!兄ちゃんが生き返った!!」

「元々、死んでねえ」


 殺すな……

「あんたもう出歩いてて大丈夫なの?」

「一応、大丈夫だって医者もいってたぜ、それと琴音……」

「昔、神社があった場所は教えないわよ?あんた、教えたら絶対、無理してでも行くでしょ?明日、ちゃんと教えるから今日は休みなさい」

「そうっすよ幸兄い、今日はもう無理しないほうがいいっすよー帰ってゆっくり寝るべきっすよ」


 まあ、予想通りではある。仕方ない今日は諦めるしかないようだ。


「わかったよ……じゃあ、おっさん待たせてるからもう行くわ。悪かったな心配かけて」

「本当よ、お詫びは今度、甘いものでも持ってきなさい」

「あたしにもっす!」

「はいはい、今度作ってくるよ」


 スイーツもお手の物だ。


「兄ちゃんあたしも!」

「はいよ……じゃあ、またな琴音、鈴音」

「お大事にっす!」

「ちゃんと休みなさいよー」


 返事する代わりに手を上げて答える。楽も隣でブンブン手を振っている。

 階段を下り始める頃には楽も手を振るのを止めた。


「そういや、今日はおっさんが夕飯作ってくれるって」

「マジで!やった!」


 ……ここまで喜ばれると、少し悔しいものがある。俺はまだ料理の師を越えることはできないようだった。




 家に帰り、言いたくはないが絶品の和風ハンバーグを食べて、しばらくして、


「じゃあ、俺は明日の店の準備があるから帰るけど、大丈夫かお前?」

「任せとけおじさん!あたしが兄ちゃんの面倒みとくからさ!」


 元気よく答える楽


「そうか、じゃあ坊主を頼んだわ」


 苦笑しながら言うおっさん。


「それじゃあまたな。ちゃんと安静にしてろよ坊主」

「もう夜だってのにする事なんてねえよ」

「ん、ならいいけどよ」


 「じゃ」っと言って、取り付けの悪い玄関のドアを開けておっさんは出て行った。


「ふう……よし!じゃあそういう事で兄ちゃん!今日はあたしと一緒に寝る!」

「何が、ふう……よしで、何がそういう事なのか説明しろ」


「いやほら、おじさんに兄ちゃんの面倒を任せろって言っちゃったじゃん?」

「言ったからなんだよ。それで何で俺がお前と一緒に寝る事になるんだよ?」


「だって、兄ちゃんずっと寝てなかったんだろ?今日の朝も昨日の朝も、早起きして朝飯とか弁当を作ってたんじゃなくて、元々寝てなかったじゃねえのか?だから寝不足で倒れたんだろ?」

「それは……」


 当たりだった。


「今日は寝る。絶対に寝る。だからお前と一緒に寝るのは却下だ。それに、寝てないからって、お前と一緒に寝る意味もないだろ」

「あたしは監視だ!」

「いらねえ、余計に寝にくいだろ」

「あたしが本当に兄ちゃん寝てるか気になって寝れねえぜ!」


 そう言われたら知らねえとは言えないのが七瀬家の長男だが


「気にすんな」


 その意味の分からない提案を呑みたくはない。いや、呑んでもいいのだが……呑んでもいいが、正直!照れくさい!


「気になるよ……不安で怖いんだ。兄ちゃんが倒れた時、あたしがどれだけ心配したと思ってんだ」

「どれだけって……俺が見たのは俺が倒れたっていうのに楽しそうにゲームしている楽だけだ」

「そ、それは、琴音さんと鈴音さんが兄ちゃんは大丈夫だからゲームしようって言うから……!」


 今のは、少し意地悪な返しだな、いや、本当に意地の悪い。つい照れ隠しで吐いてしまった。


 楽がどれだけ心配していたかは知っている。倒れた後、大丈夫と言われても、死ぬなと叫び続けていたとおっさんが言っていた。まあ、傍からみればバカな妹なのだが兄バカな妹なのだろうが、死ぬなとずっと叫んだ楽は、バカだからこそ、本気で、心配して、不安にねり、怖かい思いをしたという事はわかっていたのだが。


「そ、そうだ兄ちゃん!そういえばこの前、約束したじゃねえか!」

「約束?」

「ほら、えっと……そう、あれだ、あれ……あれ?何だっけ?」

「何だよ?」


「んー、あ、そうだ!確か兄ちゃんがエロいことしそうだったんだ!」

「お前はいったい何の話をしてんだ!?」


 約束について思い出そうとしていたんじゃないのかよ!大体、そんな印象的な話を何ですぐに思い出せないんだよ……思い出せない?


「その約束、真白が関係してるのか?」

「ん?真白って人だったか忘れたけど、兄ちゃんが女の人を連れ込もうとするから、代わりにあたしと一緒に寝てくれるって約束したんだ……あれ?意味がわかんねえ」


 意味が分からないのは同じ気持ちで安心したのだが……そうか、真白が家に来た時そんな約束をしていた。


「お前、その約束した時に一緒にいた人の事を何か思い出せないか?」


 この前の海に真白がいたことが思い出せないのとは違う。真白という存在がいないと成立しない出来事の話だ。約束を覚えているならもしかしたら楽も真白の事を思い出せるかもしれない。


「ん、んん~?ちょっと待てよ、兄ちゃんとエロい事をしようとして人だろ……」

「誤った方に思い出そうとすんじゃねえよ」

「駄目だ。思い出せねえ」


 ……そうか


「また、その『真白』って人の話だぜ兄ちゃん?祭の時にもその人について話してたけど……もしかして、兄ちゃんが寝てないのってその人に関係してんのか?」


 ついに楽にまで勘付かれてしまった。いや、流石に話しに出しすぎたか……楽にとっては、兄から全く知らない人の話が急に話に出てきているようなものなのだから。


「兄ちゃんとエロい事をしようとした人をあたしが思い出せない事とも関係あるのか?」

「お前はまずエロい事についての誤解を解け」


 真面目な話じゃないのか。


「でも関係してんだろ?」

 真面目に、真っ直ぐに、楽は問いかけてきた。エロい事についての誤解を解きたいが、もう真白について楽に誤魔化す気にはなれなかった。


「そうだよ」

「何があったか教えてくれよ兄ちゃん?」

「いいけど、絶対信じないぞお前」


 あんな話を信じるは大馬鹿者だ。


「何を言ってんだ兄ちゃん」

「へ?」


 楽は口をニヤリと歪ませて言う。


「あたしが兄ちゃんの言う事を信じないわけねえだろ?」


 ニヒっと楽は爽やかに笑う。実際は信じてくれなかった事もたくさんあった気がするが


「お前は本当にバカな妹だよ……」


 本当に信じてくれるかもって思わせてくれた。




 信じてくれると思ったのだが……


「あっはっはっは!そんな話、誰が信じるんだよ兄ちゃん!真面目な顔して名に言ってんだよ!」

「ぶっ飛ばすぞてめぇ!!」

「あー腹がいてー…………あ、もちろんあたしは兄ちゃんの話を信じてるぜ!」


 あんだけ笑い転げて、というか、思いっきりおちょくった笑い方だった気がするのだが。


「いやいや兄ちゃん、あたし以外にこの話したら通報されるぜ?神様とか記憶が亡くなってるとかよ。ただの危ない人だぜ?」


 実際にそうなので何も言えない。ただお前はもっと神妙に聞いてくれていいはずだ。信じてくれるなら。せめて大笑いするのはやめて欲しかった。


「そうか……あたし、友達になった子の事を忘れちまったのか……」


 急に神妙になったが、さっきまで抱腹絶倒してたはずでは?


「そうだよ、俺の話を信じてくれるならな」

「何言ってんだ兄ちゃん、あたしが兄ちゃんの話を信じないわけないだろ?」


 俺がお前を信じられねえよ……


「心配そうな顔すんな兄ちゃん、本当に信じてるって、あたしが真白さんのこと思い出せないのも確かだからな」


 笑った事はともかくとして、本当に少しは信じてくれているようだ。


「で、兄ちゃんが寝てない理由は、真白さんの事を忘れちまうかもしれないからってことなんだな?」

「そうだよ」


 真白が俺以外の記憶から消えたと知った次の日に真白の事を忘れ掛けてから俺は寝るのが怖くなったのだ。次、寝るともう真白が俺の記憶から消えるのじゃないか、俺が忘れたらもう存在がなくなってしまう。そう思ってしまうと、俺はもう眠る事が出来なくなっていた。


 そして三日目にして限界が来てしまったという事だ。正直、不眠不休の疲れは俺を何度も意識が飛びそうになっていたが、その度に水攻めかのように冷水に顔をつけては目を覚まさしていた。


 やることもないので、意識を保たせるために朝飯や弁当を作っていたというわけだ。


「じゃあ、大丈夫だ兄ちゃん!」

「何がだよ?」

「寝ても兄ちゃんは忘れねえよ!今日だって、倒れたあとの今でも忘れてないじゃねえか」


 それでも安心出来るほどのことではない。


「心配そうな顔だね兄ちゃん、大丈夫だ兄ちゃん!あたしに任せとけ!」

「お前に何を任せろって言うんだよ?俺が忘れないような策があるのか?」


「ん?いや?兄ちゃんが忘れても別にいいよ」

「は?」

「兄ちゃんが真白さんの事を忘れても、あたしが思い出させてやるよ!思い出すまで、今日の話を兄ちゃんに聞かせて思い出させる!だからゆっくり寝てくれ!兄ちゃん!」


「…………」


「もちろんあたしの部屋で!」

「だから何でだよ!」


「だって約束だろ?それに……やっぱり兄ちゃんが心配なんだよ。寝てないか心配で、わざわざ兄ちゃんの部屋まで行っちまうぜ。それでもし寝てなかったら手足縛ってでもベッドに張り付かせて寝かせるのに……」

「怖ええよ」


 行動がヤンデレ妹みたいになっている。


「だけど兄ちゃん……」


 楽はだんだん言葉に力がなくなっていっている。さっきまで大爆笑して馬鹿にしてきたくせに……


「あーもうわかった、一緒に寝てやるよ!」

「本当か!」


 まあ、約束は約束だからな。本当に手足を縛られるのも楽に心配させたままのほうが面倒な気がしてきた。


「じゃあ、寝よう!早く寝よう!」

「はしゃぐな、まず風呂だ」


「一緒に入るのか!?」


「そんなわけあるかバカ、変なこと言ってないで先入ってこい」

「何だよ。期待して損したぜ」


 そんなことに期待しないでくれ。周りの妹達はみんな兄離れをしている歳だろ。まあ、ただ楽が兄離れして「兄ちゃんキモい、近寄んな」なんて言われたら……想像だけで、軽く心を抉ってくるな……。


 そして、さっさと風呂の準備をした楽はサッと体を洗って出てきた。


「じゃあ、俺も入ってくるわ」

「ん!」


 楽が入っている間に着替えなど準備をしておいて、楽と入れ替わりに風呂に入る。


 風呂場にはまだほんのりと熱気が漂っている……なんて言ったら、先に妹に風呂に入らせて、残った空気を楽しんでいるように思われるかもしれないが断じてそんなことはないので一応注意しておく。言えば言うほどな気がするが……


 頭をお湯で濡らして、シャンプーを出して髪を洗う。


 そういえば、楽が一緒に入るとかなんとか言っていたが、真白は本当に一緒に入ったんあだったな……しみじみ語ることでもない気がするが……。


 あの時、禊だと言われて、やらないと死ぬなんて言われたが本当に死の間際だとは思ってなかった。


 ミコトの話じゃ信仰される事が神様が存在するための条件という事だった。あの時の、ふざけたような禊がまさか本当に意味があるなんて思ってなかった。


 あの程度で効果が少しでもあるのであれば、今、楽たちに手伝ってもらって探しているのもある種の信仰とみなされて、効果が出てもいいんじゃないだろうか?だから、楽も真白とあった日の約束の事を思い出したという可能性もあっていい気がする。


 と思ったが、そういえば、神様を神様として認識して扱わなければ信仰にはならないような話もミコトはしていたか。それなら、やぱっり関係ないのだろうか。いや、もしかすると、祠を探すといっているのだから、神様が関係しているという意識くらいはあるだろうから、その可能性はなくはないのかもしれない。


 明日には、琴音が神社の旧跡の場所を教えてくれる。その場所に本当にあるかはわからないが、それなりに期待できるように思える。


 頭の泡を洗い流す。それほど長い髪ではないのですぐに全ての泡が流れてしまった。


 真白の髪もっと流すのに時間がかかった……白くて、長くて、綺麗で……

 次に体を洗う。

 もし、真白と一緒に風呂に入ったとき、恥ずかしさを捨てて体も洗っていたら何か変わっていただろうか?


「……それはないか」


 独り言を呟きながら、もし最初から真白の状態を知っていたとしても、きっと体を洗えずに同じように「チキン」と呼ばれていただろう。

 情けなくとも真白との思い出を思い返せている事が俺の一時の安心に繋がっていた。



 風呂から上がると、楽が笑顔で待っていた。


「さあ、兄ちゃん、今夜は寝かせねえぜ!」

「本末転倒だろそれじゃ……バカ言ってないで寝るぞ」

「ふふふ」


 そんなテンションで本当に寝られるのかよ……

 二階に上がって、楽の部屋に入る。入る事自体は別段特別な事ではないが、一緒に寝るとなれば流石にない。小さい頃は確かに一緒によく寝ていたが、一体、いつ以来かも思い出せないくらい前の話だ。


 まあ、多少照れくさくても所詮は妹だ。一緒に寝る事ぐらい何ともない。


「さあ、横になりな兄ちゃん、あたしが!あたしが電気を消してやるよ!」


 鬱陶しいテンションだな。


「寝るから静かにしろ」

「あ、ごめん兄ちゃん……」


 素直だった。


 俺が横になるのを見てから楽は電気を消して俺の横に添い寝した。楽は特に何も話さない。目が少しずつ暗闇に慣れていく。


「狭い……」


 ただのシングルベッドなので女子中学生と男子高校生の二人では流石に狭かった。


「暑い……」


 夜といっても夏である、狭いベッドに二人くっついていたら暑いに決まっている。文句しか出ないような状況である。

 それにも関わらず楽の方を見てみると。


「くか~」


 寝ていた。


 寝るのかよ!と叫びたかったが、楽を起こしてしまうので何とかして抑えるが、いやいや、お前、さっきまであんなに一緒に寝るの楽しみにしてたじゃねえかよ!

 何を楽しみにしてたんだ?何がしたいんだ!?


 監視するみたいな事を言っていたがこの様子じゃ絶対に無理だっただろう。


 ……いや俺が一緒に寝ると言ったから安心したということかもしれない。元々、寝付きはいいやつだ。ちょっとよすぎる気がするが。この狭さと暑さでよく寝られるわ。


 スヤスヤ寝ている。俺が思っているよりも楽は疲れていたのかもしれない。部活後に兄が倒れて心配して大泣きして。よく見れば、まだ泣いた後が残っている。


 久しぶりに楽の寝顔をはっきり見た気がする。毎日、俺が起こされている側なので、むしろ俺の寝顔を毎日みてるのは楽の方だ。


 可愛い妹の寝顔が見れるなら偶には一緒に寝てやってもいいかなと思うが、まあ、もうきっと寝る事はないだろうなとも思う。


 ――兄ちゃんが真白さんの事を忘れても、あたしが思い出させてやるよ!


 楽がさっき言っていた言葉だ。何の根拠もないくせに、無限の自信を持って言い切った言葉だ。


 信頼もない、もちろん信用もないその言葉に少しだけ揺れてしまったというのは言い訳のできない事実だった。倒れたおかげで少しだけ眠ることが出来たが、正直、疲れが取り切れたわけではない。今、目を瞑れば一分もしないうちに意識は遠くえ出かけていくだろう。


 もし、明日本当に、琴音のいう神社の旧跡地に真白の祠があるとは限らない、それに見つかったとして、すぐに真白が救えるというわけでもないかもしれない。


 今日まで寝ずに不眠不休でやってはきたが、こんなことどちらにしろ続ける事は不可能だった。忘れるかもしれない恐怖と焦りで、正常な判断ができていなかった。


 寝るのはまだ怖い。初めに真白を忘れかけてしまったあの感覚が気持ち悪く残っている。俺が真白を忘れれば、真白が消える。しかし、楽が言ったように、忘れても思い出す事が出来れば、また真白が消えないのかもしれないという、


 楽の言う事はあまり信用は出来ないが、まあ、その無碍の自信は少しくらい信じてもいい気がした。


 そして、ほとんど回ってない頭で考えるのをやめて、俺はもう閉じたがっている瞼に抵抗するのをやめて目を瞑る。


 横で楽の寝息が聞こえる。気持ちよさそうである。


 真白の事を忘れるわけがない。絶対にそんなことはありえない。だけど、もし万が一、億が一、俺が忘れちまったら、本当に頼んだ楽と願ってすぐに俺の意識はどこかへ行った。




 その日、夢を見た。


 海だ。見覚えのある近所の海。夜の海。

 横には誰かがいる。無表情な少女。可愛い少女。白い髪の少女。

 二人で満月に照らされた海を見ていた。

 少女は何度も頷いた後、海から目をはずしてこっちを見る。


「またね」


 小さな声、しかしよく通る声。

 少女はそれだけ言って背を向けてどこかへ行ってしまった。


 追いかけようとしたが、足が動かない。少女が遠くへ行ってしまう。

 名前を呼ぼうにも少女の名前がわからなかった。

 そしてついに、少女は見えなくなってしまった。


 誰かわからない。何者かわからない少女にまた会いたいと強く思った。そして、また会う事が出来るという事にも自信があった。


 少女は「またね」と言ったからだ。

 それなら、また会える。それなら、大丈夫。

 突然、視界がぐらつく。何だか眠たい。


 こんなところで気を失ってもいいのだろうか?この場所が海である以前に今、意識を失うわけにいかない気がしてならないが、もう抗えなかった。ぐらつく視界は次第に、暗闇がどんどん侵食してきている。どうやら、どうしようもないみたいだ。


 なら、抗っても仕方がない。目を閉じようとする……と、忘れていた事があった。


「またな」


 さっき少女に言い忘れ他言葉。少女に聞こえるわけのないが言わずにはいられなかった。

その再開を期待するさよならの挨拶を言った後すぐに、その世界の意識を俺は手放した。




「兄ちゃん!朝だぜ!」


 いつものように楽が俺を起こしに来た。


「早く起きろ兄ちゃん!今日も祠を探しにいくんだろ?それともそんなにあたしのベッドが恋しいか!」


 そういえば昨日、楽の部屋で寝たんだったっけ……


「そんなわけねえだろ」


 一応、楽の軽口に否定をいれて、もそもそと起き上がる。


「じゃあ、早く行こう!」

「あ、ああ、ちょっと待て準備するから」


 そうだ、早く祠を探さないといけないんだ……ん?


「なあ楽」

「ん?どうした兄ちゃん?」

「何で祠を探してるんだ?」


 楽の夏の課題だったっけ?


「何だ兄ちゃん忘れたのかよ?」


 楽は自信満々に答えた。


「兄ちゃんの夏の課題だって自分で言ってただろ?」

「あれ?俺の課題だったのか?」

「そうだぜ?忘れっぽいなあ兄ちゃん」


 そうだっただろうか。そういえば、こいつに手伝ってもらう時そんなこと言ったかもしれない……がそんな課題あっただろうか?


「早く行くぞ兄ちゃん!」

「わかった、わかった」


 まあ、琴音が旧神社の跡地の場所を探して祠が見つければ課題が終わりだ。倒れたりもしたし、意外と大変な課題だったな。んー一体、何の課題だったのかが全く思い出せないが、まあ琴音も似たような課題を出されているはずだ。真面目だからちゃんと何の課題かもわかるだろう。


 適当な服に着替えて楽と一緒に外にでた。空は太陽の光が通らない程、厚い雲で一面覆われていた。

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