琴音との祭、決着
また二週目になりました。最近は1万文字を書くのに大体、2週間くらいでしょうか?……この作品を書き始めた頃と変わりませんね……変わらないどころか少なくなっている気も……
今週こそは!と何度でも言わせてください。今回も本当に更新が遅れ申し訳ありませんでした。
何て少し緊張感のある雰囲気を出して見たが、所詮は屋台の遊び、あっという間に二戦が終わり互いに一勝一敗という状況。
ここまでは、ほとんど予定調和といったところだ。
屋台に来るまでに何で勝負するか決めていたのだが、お互い自分が勝てそうなものを言い合い拉致があかなかったので、最終的に、お互い勝てそうなものを一つずつ出し合い、最後の一つだけお互いが得意とする屋台に決めた。
そして琴音が選んだのはかき氷の早食いだった。これは俺の完敗、こいつ神経が麻痺してんじゃないかってくらい早かった。一つも顔色変えることなくイチゴシロップのかかったカキ氷をたいらげていた。
俺はというと、琴音が早々に食い終わったが、それでも悔しく早食いに挑戦するが、頭の痛さに悶える。それを食べ終わった琴音が一人爆笑しながら見ているというなんとも惨めな醜態を晒した。
対して俺が選んだ屋台は「かたぬき」小さなお菓子の板に絵が書いてあり、その絵の周りを針や爪楊枝などを使ってその絵をくり抜くという遊びだ。難易度によって完成すると賞金がもらえるシステムで、繊細さや器用さが試される遊びだ。
俺も、そこまで得意な訳ではないのだが、琴音はこの遊びが大の苦手、一番簡単な型でも、一刺し目で板を割る事もある。
要するに超不器用、軽音であれだけ器用にギターに弾いているくせになぜ出来ないのだろうか……?
いや逆か、その不器用さんが、器用に弾けるようになるなで練習したということか。まさに好きこそ物の上手なれ、その言葉の通りの奴だ。というか、不器用というより繊細さがないのかもしれない。
まあ、ギターはギター、かたぬきはかたぬき、流石に一刺し目に割る事はなかったが、開始早々に割って、割ったかけらを食べていた。ついでにかたぬきの板は、澱粉、砂糖、ゼラチン、香料で作られているため、普通に食べられる。そこまで、上手くない。
俺は、こつこつ、削っている間、何度も琴音が邪魔を(物理)してきたが、何とか完成させた。つうか、邪魔してくる完成以前に反則負けだ。琴音もそれは分かっているだろうが普通に俺が完成させるのが悔しかったのだろう。完成した後、ドヤ顔で見せてやったら、一瞬で叩き割られたせいで、賞金はもらえなかった。
まあ、大体こんな感じに勝負はトントン拍子で進み最後の勝負になった。そしてそのお互いが得意とするラスト勝負の場
金魚掬いの屋台に着く。
琴音が得意な理由も俺と同じだ。小さい頃、よく遊んでいた俺と琴音は和久のおっさんと祭に行くとき、琴音も一緒だったからだ。ついでに、鈴音も同じ理由で得意なのだが楽だけは一向に上手くなる事はなかった。運動神経がいいくせに大雑把な奴である。
ついでに今いる屋台は昨日きた金魚掬いではなく、また別の所だった。真白の事を話されると、ややこしくなりそうに思ったからだ。
「やあ、いらっしゃい」
屋台の中には、中年のおじさんがパイプイスに座っていた。
「二人でするのかい?」
「はい」
と言って二人でおじさんに三百円を渡し
「あ、おじさん、一応、勝負するんでポイの紙は同じ厚さにしてくれますか?」
とポイを用意される前におじさんに釘を打つ。金魚掬いの店では、厚さの違うポイを準備しているところがあり、たくさん金魚の取れそうな男には薄い紙の、女性や子供には厚い紙を渡したりするところがある。
昨日、真白と来た時はただの遊びだったのでそんな事は気にしなかったが、勝負となればそういうわけにはいかなかった。
「はいはい」
おじさんは、あからさまに面倒くさそうに返事をしてくる。琴音もじと~とした目でこっちを見る。
「あんた、ホントに小さい奴ね」
「うるせえ」
勝てばいいんだよ、勝てば!何て言ったら悪役の負けフラグになりそうなので口には出さなかった。
「はいよ」
と開始前から火花を飛び散らせていると、おじさんがポイを渡してくれる。
琴音は水につかないように、浴衣の袖を捲り、長い髪を後ろで括った。その時に見えた、白い腕やうなじが妙に色っぽく感じ少しドキリとしてしまう。
「なによ?」
髪を括り終えた琴音が睨む、え、怖っ、こっちの方がドキリとする。
「いや、真剣だなって思って」
本気で見惚れてしまった事なんて言えるわけもなく嘘をつく。
「当たり前よ、罰ゲームの事もあるけど、あんたに負けるっていう事が私には耐えられないのよ!」
「そうかよ……」
ま、それは俺も同じだ。俺もこいつには負けたくない。こいつの勝った後の顔ほど腹の立つものはない。その代わり俺が勝ったら間違いなく琴音を馬鹿にするが
まあお互い様だ、お互い様だが腹が立つ、だから勝つ。
「御託はいいわ、始めましょう」
それもそうだ、俺は頷き、水槽に向き直ってポイを構える。これから始まるのはただの金魚掬いだが、この場に流れる空気は真剣を抜いた同士が向き合ったかのごとく、向き合うのは人ではなく金魚だし握っているのはポイなのだが……そして
「用意」
そう言ったのは、渋い顔をした屋台のおじさんだった。空気にあてられたか……
しかし、誰も何も言わない、突っ込まない、俺と琴音はただじっと待つ。
「始め!」
発せられた開始の言葉に同時に動き出す。
ポイを水面につけ金魚を掬っていく。昨日の真白とやった時は教えながらだったが、金魚掬いは基本時間との勝負、ポイの紙に水が染みきるまでにどれだけ掬う事が出来るかだ。
染込まないための裏技やテクニックなどが色々あるが今回は割愛。
「は、早ぇ!」
次々と金魚を掬っていく俺たちをみて、おじさんが驚いている。
「すげえ!」「何あれ!」なんて声が聞こえてくる。ギャラリーが増え騒がしくなってきた。
「そういえば……」
後ろを振り向けないが、声からして小学生か中学生くらいだろうか、
「この町には、伝説の金魚掬い師がいて、今はもう引退したらしいけど、その伝説は弟子達に引き継がれたって、親父から聞いたことがある、まさか……」
そこまで、大仰なものではないが、まあ、そのまさかだろう。昔、和久のおっさんは祭があるたび金魚掬いの屋台を潰しに行っていたらしい。
「そして、その弟子達の事は、金魚の掬い手であり救い手であるため、救世主と呼ぶらしい」
それはダサすぎるだろ!
「あ」
紙が破ける。
……いや、もともと、紙も限界だったし、目の前の水槽だけを意識せず、その話に耳を傾けた俺も悪いのは分かっているのだが、とりあえず、救世主と名付けたやつだけは絶対に許さねえ……!
「あー!」
という、叫ぶ声が響く、琴音の紙も破けたようだ。
「あんたはっ!ってなんだ先に終わってたのね」
「……おう」
救世主の話がなければ……なんて言い訳か……琴音は集中して聞こえてなかったみたいだし
「でも、まだ勝負は分からないぜ、どれだけ長く掬うかじゃなくて、どれだけ多く掬うかだからな」
互いの椀を見ると、一目では確かにわからないほどの金魚がいた。
「わかってるわよ」
自分の椀を公平に数えてもらうために屋台のおじさんに渡す。
「これでどちらが真の救世主なのか決まる!」
叫ぶおじさん、ざわめくギャラリー、何のことか分からない琴音、水槽を泳ぐ出目金を目で追い現実逃避する俺、その全員がこの勝負の結果を待っていた。
このおじさんも絶対に許さん……
*
「いただきます!」
約束のたこ焼を勝ってから屋台の通りから少し離れ人気の少ない近くの公園に移動した。
「んんー!おいしい!」
大玉のたこ焼を頬張る琴音は幸せそうだ。
「そりゃ、よーござんした」
結局勝負は俺の負け、俺が二十三匹、琴音が二六匹だった。他人のせいにしたくはないが、あの中学生がいなければと、やっぱり思ってしまう結果だった。
「何負けてむくれてるのよ、子供じゃないんだから」
屋台で一緒に勝負している時点で同じだろ。あと俺はむくれてなどいない、少し考え事をしているだけだ。
「ほらっ、約束通りあんたにも一個あげるから機嫌直しなさい?」
そんな約束……もあったか……勝手に琴音が俺が奢ることを前提に話しを進めていた時に勝手にそんな事を言っていたかもしれない。
「いや、確か二個までならあげると言ってたはずだ!」
「負けたくせにずうずうしい奴ね……まあ、いいわ、あんたの奢りだし、そもそもこんなに一人で食べられなかったし」
言ってみるものだ。そして琴音はたこ焼に爪楊枝を刺して持ち上げて
「はい、あーん」
琴音から差し出されるたこ焼に対して、即時に頭の中で警戒注意報が鳴り響く。
「あーん」だと?こいつ、何を企んでいる?海でしたバーベキューの事を忘れる俺ではない!どんな嫌がらせを仕掛けてくる?
熱々のたこ焼を口の中に突っ込むとか?いや、さっき自分で頬張っていたはず、そんなに熱くないはず……からし入り?……もないか、そんな時間はなかったはず、となると、まさか口と見せかけて目に爪楊枝を刺す気かこいつ!?なんて悪魔なんだ!ちくしょう!
「って、何であんた目を隠してるわけ?」
「ちょ、ちょっとゴミが」
咄嗟の判断で目を守った。これはファインプレーではないだろうか。
「大丈夫?まあ、いいわ、ほら口開けなさい?」
言われた通りに口を開ける。もう、たこ焼を口に放り込むしかないだろ?と中途半端に顔に付けるなんてマネはしないはずだったが、しかし、この時、目を守れた事の安堵で油断していた。今の俺は目隠しをしているのも同然、何をされるかわかったものじゃない、これが本当の狙いか!すぐに目の上にある手を急いでどける
「んぐ」
が一歩遅く琴音は俺の口の中にたこ焼を突っ込まれた。お。終わった……
むぐむぐ…………ゴクン
「え?うまい?」
「あんた何をそんな驚いてるのよ……」
琴音は呆れた顔というかもはや蔑んだ顔をしている。
「だって、急にお前が「あーん」なんて言って食べさせてきたら何かあると思うだろ?」
「何もしないわよ!……とも言い切れないわね……」
「だろ?」
「それなのにわざわざ口を開けるあんたもあんたよね」
「……まあ、そうだな」
確かに嫌がらせを受ける必要はなかっただろうに……プロレスラーのように受ける美学みたいなものを持っているのかもしれない。そんな美学持つ奴はただの変態だが。
「私が嫌がらせし過ぎたせいかしら?」
「それだと調教されたみたいで嫌なんだけど……」
嫌過ぎる、しばらく遊んでいないのにも関わらず習性が抜けてないって本当に危ない感じがする。
「実は私、昔から調教師になるのがゆめだったのよね」
「初耳だな」
「だから、まず近くの動物から練習していこうと思って」
「幼馴染を実験動物扱いすんじゃねえよ!仲が良い幼馴染がずっと自分で実験されてたって、もう何も信じれなくなるだろうが!」
「そうなるようにしているのよ。あなたはもう私の思い通りなの」
「じゃ、じゃあ俺の行動は……」
「ええ、すべて私の思い通りよ」
「うそ……だろ」
「まあ噓よね」
「でしょうね!」
茶番終わり。
「あんた学校でもそんな感じなら友達できるんじゃない?」
「こんな疲れる会話、お前だけで十分だよ……」
「それは褒め言葉かしら?」
「全然……」
どこにも褒めた要素がなかっただろ。
「ふふっ、まあいいわ。ほらっ、もう一個あげるから口を開けなさい?」
「いや、そもそもおかしくないか?何でお前に食べさせてもらってるんだよ?」
「餌付けして主従関係をはっきりさせるためよ」
「本当に調教しようとしてんじゃねえよ!」
油断ならね
「いいから口開けなさいよ、私が食べさせてやるって言ってんの!」
だから何でだよ……
「早く」
ついに睨み始めやがった。
「わかったわかった」
「あ」と口を開け、琴音が差し出すたこ焼に食いつく。
「おいしい?」
聞かれた事をたこ焼をを飲み込んでから答える。
「いや、おいしいけど」
普通の美味しいたこ焼だった。
「私が食べさせたからよ」
「そうですね……」
何がそんなに嬉しいのやら、やたら機嫌がよくなった気がする。
「さて!」
と言うと残ったとこ焼きを次々と食べていった。そして最後の一つを食べると
「ごちそうさま」
と手を合わせた。こういうところはしっかりしている。そういえば食べる前も「いただきます」をちゃんと言っていたな。
「それじゃあ、本題に入りましょうか」
きた……
「お前の言うこと一つ聞くだったな」
わざわざ勝負してまで琴音が俺に聞かせたい願い。俺はもう何の願いか大方の予想はついている。俺としては勝って、今まで通りなあなあにして置きたかったのだが、そんな甘い気持ちよりも琴音の方が本気だったという事なのだから仕方がない。もう、勝負がついた時から俺の覚悟は決まっていた。
「そうよ」
「負けたから仕方ない、何でも聞いてやるよ」
何でも、そんな怖い言葉はもう二度と琴音の前では使いたくはないが、今回は特別、琴音も茶化すようなことはしないだろう。
「あ、あのね幸一!私と……!」
「なあ琴音」
「え!な、何!?」
いきなり話の腰を折られた琴音は驚いていた。
「お前が俺に何をさせたいか、もう予想はついてる。だからその先は俺に言わせてくれないか?」
このままでは、言うことを聞かせたからと言う曖昧な感じになってしまう。罰ゲームの罰で決まるなんて、それこそ今までと変わらず、なあなあのままだ。それに、ここはやっぱり俺が言うべきだろう。琴音はもう十分頑張ったのだから。
「……あんた本当にわかってるの?」
かなり怪しんでいるのがよくわかる。
「あたりまえだろ?いつから一緒にいると思ってるんだよ?」
「覚えてないわよ……そんなの」
「俺もだ」
「何よそれ?」
「要するに、それだけ昔から一緒だったって事だ。だから、最近のお前の行動を考えたらわかるさ、幼馴染だし」
「噓よ、今までちっとも気づかなかったでしょ?」
「気づいてたよ。気づかない振りして逃げてただけで。でも、ここまでお前にされて答えないわけにはいかねえだろ?」
「じゃあ幸一、本当に……わかってるのね?」
「だからわかってるって」
「……そう」
琴音はやっとわかってくれたようだ。そして一瞬の時が流れ、俺は言う
「琴音、俺もお前の」
最後の言葉、これを言えば今まで通りにはいかなくなるが、俺の覚悟は決まっていた。
「軽音部に入れてくれ!」
「うん……ん?」
あーついに言っちゃったか……今まで名前だけ貸すって条件だったけど、やっぱりそんな、なあなあではいられない。ずっと、琴音がどれだけ軽音をやりたいか気づいてはいたけど、俺が軽音なんてして目立ちたくなかったから逃げていたけどもう逃げない。
琴音が最近、俺を気に掛けていたのも、また昔みたいに一緒にいたら楽しいって事を思い出させようとしたからだろう。俺が楽しいと思えば軽音してもいいかな何て思うだろうと考えたのだろう。だから今日も忙しい中、俺を祭に誘ったのだ。
そして琴音が俺を祭に誘った時に感じたあの違和感、軽音部に入るか、なぜ神輿を担ぐかの二択に祭に一緒に行く問い選択肢を増やした理由。その理由は、もし軽音部に入部させても嫌々やるだけでだし、神輿を担ぐ方を選ぶ可能性があったからだ。だから、あの2択に一緒に祭に行くという選択肢を増やし、そこに誘導したのだ。自分といれば楽しいと思わせ快く軽音部に入れるために。
子供のように勝負して、くだらない茶番もして、馬鹿みたいな話しができ、それが懐かしくて楽しくて、それが琴音で俺の幼馴染なのだ。そんな事を思い出せた。琴音の思惑通りになってしまった、まあこれでいい。
俺の学校で唯一の友達で幼馴染の一つの頼みくらい聞けなくてどうする!ってことだ。
「おい幸一」
言い切ってスッキリした俺に琴音が近寄って来て右手に拳を作り大きく振りかぶって
「死ねえーーーー!!」
「ぐふぅ!?」
俺の鳩尾に渾身の一撃を叩きこんだ。
急所への一撃に耐え切れず俺は地面にうずくまる。
「っとに馬鹿ね!あんた!頭おかしいんじゃない?ほんとに死ね!このくず!」
かなり怒っている。今までにないくらいの罵倒を浴びせられる。何か言いたいが、ダメージがでか過ぎて何も言えない。てか、あれ?息も吸えねえ。あれ、く、苦しい!?
「全くあんたを信じた私が馬鹿だったわ……もう、せっかく言えると思ったのに……というかあんたも黙ってないで何か言いなさいよ!」
「ヒュー、ヒュー」
「え?ちょっ、幸一!?大丈夫!?しっかりしなさい!?」
「ヒュー、ヒュー、こ、琴音……」
「どうしたの!?幸一!」
「ナイ……ス、パン…チ…………ガクっ」
「ちょっとぉ!?本当に死なないでよ!幸一!おーい!死ぬなぁー!!」
こうして、俺の人生は幼馴染の怒りの一撃によって幕を閉じることはなく、数分後にやっと回復し、ようやく落ち着くことができた
「もう!びっくりさせないでよ!」。
びっくりしたのはこっちだ!と大声で反論したかったが、いかんせんまだ、ダメージが残って声が出ない。いや、もしかしたら、本能的に琴音を恐れて何も言い返せなくなっているのかもしれない。調教が冗談じゃなくなっている。
「じゃあ結局、何を言おうとしてたんですか?」
「なんで敬語なのよ?」
逆らうどころか、完全、下手にだった。これじゃいかん
「んん、えっと、結局、何て言おうとしたんですか?」
「だから何で敬語なのよ?」
治らなかった……完全に深層心理にまで刷り込まれてしまっているようだ。そりゃ死を直に感じさせられた相手にそうそう安々とは話せない。
「もう一発いく?」
「わかった、戻そう」
「それでいいのよ」
内心ガクガクなんですが……荒療治過ぎる。
「で、何て言おうとしたんだよ?」
「もうあんたが軽音楽に入るでいいわ」
「いや、そういう訳にもいかないだろ?」
「いいのよ別に、多分それでいいのよ。それに半分くらい目的は達成出来るし」
「……?まあ、いいならいいけど……しかし、半分くらい達成出来るってどんなお願いだったんだ?」
「そうね、全部は言わないけど、半分だけ教えてもいいわ」
「達成できる方?出来ない方?」
「出来るほうね」
そういうと琴音は横まで来て俺と方を組むような格好をする。
「幸一」
そして琴音は耳元で囁く。
「あんたが私の傍にいることよ」
それはどういう……
「あんたをみっちり鍛えてやるんだから、これから放課後はずっと練習よ!とりあえず、10月の文化祭に間に合わせるわよ!」
傍にいるってそのためか……それが半分だとしたら元々の残り半分は一体何なのだろう
「というか、間に合わせるって、メンバー足りてないだろ?」
「忘れたの?この前言ったでしょ、入部したい子がいるって」
そういえば、真白と神社について聞きに行った時にそんな話ししてような。
「あんたが入ってメンバーが揃ったから、入ってくれるはずよ!」
「そんな簡単にいくか?」
一回断られている訳だし、入るって言っても俺も素人だし
「あんたがせっかく入ってくれたのにライブ出来ないなんてそんな残念な事はさせないわよ!何としてでも説得してみせるわ!」
「あ、ありがと」
琴音の目が輝いている、やる気が目に見えるようだ。
「しっかりついて来るのよ?途中で投げ出したりしたら許さないからね」
「へいへい、約束は守りますよ」
琴音は満足気に頷き右手に拳を作り俺に突き出す。一瞬また殴られるのかと思い、身構えたがそうではなかった。
「ん」
もう一度、拳を軽く突き出す琴音、そういうことね
「ん」
差し出された拳に俺の拳をコツっと軽く合わせる。
「ふふっ!やるわよ!幸一!」
「まあ、お手柔らかにな」
合わさった拳は、いつの間にか解けそうになっていた琴音との絆をまた硬く結び直したかのように思えた。
「また来年も祭に来られたらいいな」
「そうね、また一緒にいきましょ」
「楽も鈴音も今度は一緒に遊べたらいいな、あと、真白も」
きっと楽しくなるだろうと思って言ったのだが琴音は俺を訝しそうな目で見てくる……え?何かまずいことでも言ってしまったのだろうか?
「ねえ幸一」
「な、なんだよ?」
「真白って………………誰?」
――――――――――――――――――――――――は?
今誰って言ったか?いやいや、忘れるほどの時間は経ってないだろ?
「な、何を言ってんだよ琴音?真白だよ、神代真白、一緒に海で遊んだだろ?」
「……?それっていつの話よ?」
「いつって……この前、久しぶりに海で一緒に遊んだ時の話だよ」
「あんた何言ってるのよ?あの日にいたのって、私とあんたと鈴音と楽ちゃんでしょ?それに後から来た、和久おじさんだけだったでしょ?」
「お、おいおい琴音……それは忘れっぽいどころの話じゃないぞ」
ここまで言って思い出せないほど琴音は物忘れのひどい奴じゃない。というか、あんな風変わりな真白を忘れるなんて事はないだろう。それに、ついこの間まで琴音は真白の話をしていたじゃないか。
夏のせいではない嫌な汗がたらたらと流れ落ちる。
「そんなに言うなら鈴音にでも確認してみなさいよ」
何でそんなに自信がある口ぶりなんだよ、真白がいなかった事に確信がある言い方。
「わかったよ」
そう、確認すればいい、昨日は確か、鈴音は真白の名前を口にしていた。昨日の覚えていたのだ。忘れるわけがない。
鈴音にメールではなく直接電話をかける。忙しいはずなのにコール音が5回鳴らないうちに鈴音は電話に出た。
『もしもし、どうしたんすか幸兄い?もしかして、また何かやらかしてお姉を怒らせちゃったっすか?』
「そういう訳じゃないんだが……」
またって……まあ、やらかしても怒らせてもいるのだが、今は関係ない。
『じゃあ!上手くいったって事っすか!』
電話越しでも伝わるはしゃぎようだが、鈴音は琴音の計画を知っていたという事なのだろうか?
「あーと、上手くいったっていうか、本当のお願いじゃないみたいなんだけど、軽音部の活動をするって事になったなったんだが……鈴音、お前どこまで知ってるんだ?」
『え!あ、そうっすか……まあ、まだマシな結果なんすかね……えっと、お姉についての事は私からは何も言えないっすね』
「まあ、そうだよな」
『というか幸兄い、その報告のために電話したんすか?』
「いや、違う」
出鼻から話が逸れてしまったが本題に入る。
「鈴音、真白って覚えているだろ?」
『……?真白さんっすか?……いや、私は知らないっすね、幸兄いの友達かなんかっすか?その人がどうかしたんすか?……ん、あれ?幸兄いー?聞こえて』
電話を切った。
「どうだった?」
聞いてくる琴音を無視して俺は楽に電話をかける。
「あ、ちょっと!何で無視するのよ!」
楽は3コール目で出た。
『どーしたんだぜ兄ちゃん!ついにあたしが恋しくなったのか?あっはっは!まったく、兄ちゃんは寂しがり屋だな!今日はちゃんと帰るからー……いちゃいちゃしような兄ちゃん!』
切ってしまいそうだったがギリギリ抑える。
「なあ楽」
『ん?なんだ兄ちゃん?』
「真白を覚えてるよな?」
お前だけは、あんなに楽しそうに、たった三日だけでも一緒に生活して、友達になろうって真白に言った、お前だけは……
『誰だそれ?』
楽の一言は俺を世界から切り離なす。
遠のく意識はすぐ自分に帰り、腹から気持ち悪さがこみ上げてくる。
『ん?おーい!兄ちゃん?」
さっきと同じように何もいわずに電話を切る。携帯を持つ手が力なく垂れ落ちる。
「もう、さっきからどうしたのよ急に?」
「……ごめん琴音」
言うが早いか俺は神社に向けて走り出す。
「あ!ちょっと待ちなさいよ!」
琴音は俺を呼び止めるが止まらず走る。行かなければ、行って聞かなければ、行って知らなければ、明らかに何かがおかしいこの事態に、明らかに真白に何かが起こったのであろうこの事態に、もう俺は何も出来ませんでしたで終わりたくはなかった。