真白と屋台めぐり
まずはどこへ――と思ったが、まあ祭で何をすると言えばここだろうと、屋台が立ち並ぶ通りに真白と向かった。
あまり人の事を言えないが真白は子供っぽい。祭の厳かな雰囲気を楽しむよりも、屋台で遊ぶ方がいいだろうと思ったからだ。
もう日も落ちて、暗い時間にも関わらず、町は人で賑わっていた。というか、むしろ夕方よりも人が増えている気がする。意外でもないが。
祭の日は夜が本番だろう、子供にしても、大人にしても。子供はいつも遊べない時間まで祭の日は遊ぶ事ができて、少し大人になった気分になり、大人は酒を飲んで出来上がる時間だ。中高生の男女がドキドキして仕方がない時間でもある。まさに祭マジック、誰もが浮かれ、高揚する時間である。
だから今、ドキドキしてしまうのもきっと祭のせいだ。浮かれて、高揚しているだけなのだろう。祭と言う特別な日がそうさせているのだ。そうでないと、なんだかミコトに申し訳ない。
それに、ミコトの言うとおり、真白は神様、そういった感情はお門違いだ。
そんな風にこの気持ちに対して言い訳をして勝手に納得しているうちに屋台の通りに到着する。
「うわ」
と思わず声がでる。屋台の通りがひときわ人でごった返していたからだ。他の通りよりも道が狭いせいで人口密度が高いせいか余計に人が溢れて見える。
「こういち」
人の多さに驚いている俺を真白が呼んだ。
「ん?」
真白のほうを向くと
「ん」
と言って、真白は左手を差し出していた。
……えっと、その手は何でしょうか?
いや、わかる、本当はわかっている。
この人の多さをみて手を差し出す意味なんて一つしかない「ほら、はぐれるから手を握れよ」って事だろう。
手の差し出し方がかっこよすぎる。どこのイケメン主人公だ。
「あー真白?」
そんな男らしい手の差し出しに俺は照れくささで女々しく曖昧に断ろうとしたが、中々その手を取らない俺に不思議そうに首を傾げる真白を見て、差し出された手を握る。
これで本当に真白とは最後とミコトはそう言っていた。今回会えたことも特別だというように、真白から聞く最後の我侭だというようにも言っていた。
我侭――ここで手を繋ぐ事を拒めばそれはもう俺の我侭だ。水族館で変に真白を意識して手を払ってしまった事を思い出す。
何もないなら別に、何も思わないなら、真白と手を繋ぐ事くらい躊躇うのは不自然だ。また水族館に行く前に、変に意識する前に戻るだけだ。
それがよくて、それでいいのだ。
小さな手を繋いでいる事を深く実感すると言ったらすごく変態みたいだが、真白に触れていると言う事は。今までの経験から大丈夫なんだろうと思う。
ミコトが大丈夫と言っていた事も本当のようだった。
「真白、何かしたい事はあるか?」
と聞いてもフルフルと首を振る。
「わからない」
何があるかわからないと言う事か?まあそれもそうか、記憶もないのにどんな屋台あるかなんてわからないか。
と言っても、時間もそれ程あるわけじゃないだろう。無闇に回ってもこの人の多さでは満足いくまで遊べないかもしれない。
真白が楽しめそうなもの……って、あーそっか
「飴でも食べにいくか」
真白の好きな食べ物って確か飴だったのを思い出した。何を食べるか聞いた時は雨と答えていた。
と言う事でリンゴ飴を売っている屋台に足を運ぶ。他の食べ物屋台より、一から作って売るという訳でもないので列に並ぶと言う事もなかった。
「でかい」
今まで食べてきたのって一口サイズしなかったからそんな反応になるのもよくわかる。ジンベエザメを見たとき程の衝撃はないみたいだが、あの時は口調まで変わっていた。
始めて見るリンゴ飴を目を輝かせて見ているという表現は無表情な真白にはおかしな表現なのかもしれないが、まじまじと見つめる姿はきっと表情に出ないだけでキラキラと輝かせているんだろうなと想像すると少しおかしかった。
「それにするか?」
と聞いたが真白は意外にも首を横に振る。
「じゃま」
まあこの狭い道で歩いて食べるには確かに大きいか。普通に食べにくいし。
「お嬢ちゃん、こっちにするかい?」
と出店の店主が少し苦笑いをしながら、さっきよりも一回り小さいリンゴ飴を差し出してくれていた。
「あ、すいません」
店前で邪魔は失礼だった。
「いいよいいよ、でどうする?これにするかい?」
差し出されていたのは普通のリンゴより少し小さい姫リンゴで作られたリンゴ飴だった。確かにこの大きさなら邪魔にはならないかもしれない。
「ん」
そのリンゴ飴を真白は受け取る。
「じゃあ兄ちゃん、300円ね」
「あ、はい」
なんだか半ば強制的に買わされた気がする……いや、どうせ買うつもりだったからいいのだが。商売上手なことだ。
「んまい」
と、まだ払う前から真白はリンゴ飴をなめ始めていた。満足そうに何度も頷いているのは微笑ましいが。
すぐに財布を取り出して店主に300円ぴったり払う。
「まいど!」
笑顔で300円を受けとる店主。
どうも憎めない感じだ。和久のおっさんと少し被せてしまう。
店主に会釈して店を離れる。
その時もしっかり真白の手を差し出してくる。今度はもう躊躇わずに繋ぐ。
そして繋いでない方の右手にはリンゴ飴を持ちそれをチロチロと舐めている。
んー絵になるやつだ。和風美人とか大和撫子なんて言葉が似合いそうだ。どっちかというと日本人形というのが正しいかもしれない。
美人でもあるがどっちかというと可愛らしいという方が合っていると思う。
今日はいつもの白のワンピースだが浴衣なんて着たら似合うだろうな
なんて思っていたら真白と目が合う
「ほしい?」
小さく首を傾げる。リンゴ飴をうらやましそうに見ていると勘違いされてしまったようだった。
「遠慮しとく」
「そう」
軽く返事して真白はまたリンゴ飴を舐め始めたと思ったら、真白が手を軽く引っぱった。
「何かあったか?」
と真白に聞くともう既に飴のコーティングが溶けリンゴの部分が見えているリンゴ飴を目的の場所に向ける。狭い道で手を伸ばしたため危うく人に飴の先が付きそうになっていたのであわてて手を下げさせる。
何となくで真白の伸ばした手の先の方向を見てみるが、なるほどといった感じだった。
真白の指した先には金魚すくいの屋台があった。
「えーと、行きたいのか?」
「いく」
まあ、そりゃそうだ。行きたいから手を引いるのだから。しかし、魚が関係してくると問題が起きそうな気がしてならない。
魚を見かける度に話しをするのはどういう意味があるのだろうか?友達……になりたいわけでもなさそうなのだが。魚料理を夕飯に出した時は普通に食べていたし。
生きたまま魚を調理する場に真白がいたらどんな事を言っているのか……いや、想像するだけで胸糞が悪いな。多分しばらくは魚を食べる事ができないくらいのトラウマになりかねない。
「行ってもいいけど騒ぎにならないようにな」
まあ、元々よくわからないやつだ。話が聞けるから聞いているくらいなのかもしれない。
真白はその注意に頷いてそのまま俺の手を引いて連れて行く。
「やあ、いらっしゃい」
爽やかなあいさつが店内から聞こえてくる。店内には薄く笑みを浮かべた見た目が高校生くらいの男が金魚の泳ぐ水槽の後ろに小さな丸イスに座っていた。
真白は店に入ってすぐに手を離して水槽の前にしゃがみこんでしまった。
一瞬にして金魚が真白に群がりって水槽の一部がオレンジに染まったというような事件も起きないようで少し安心する。
「金魚は好きかい?」
という店員の問いに真白は
「べつに」
と答えた。あ、好きじゃないのか。これだけ水槽を見つめて好きじゃないと言うのは言葉と行動が明らかに矛盾している。
お兄さんも「あ、あはは……」と空笑いしている。んーしかし、この店員さん整った顔をしている。落ち着いた雰囲気がまたかっこいい。
「えーと、それで金魚掬いはどうする?別に見るだけでもかまわないけど」
店員のお兄さんは、真白の返答に少し驚いてはいたが、それほど気にした様子もなく接客を始めた。
「んーまあ、ちょっとやってみるか?真白」
「やる?」
「いや、だから金魚掬いを」
と言っても真白は首を傾げている。
もしかしてこいつ、金魚掬い知らないのか?じゃあ真白はこの店は小さな水族館のように思っているということか。まあ真白の事なので金魚掬いを知らなくてもそこまで驚く事でもないか。屋台自体知らないやつだし
「じゃあ、とりあえず一回お願いします」
「お、ありがとう、じゃあ、はいこれ」
と言ってポイを手渡される。ポイは金魚を掬う時に使うアレだ。お兄さんに書かれてあった金額を渡し
「えーと真白これがな……」
と一通り真白に金魚掬いが何をする事か実際に金魚掬いをしながら教える。
「へえーお兄ちゃん上手いね」
「どうも」
小学校の頃に和久のおっさんが店で飼う金魚を祭で毎年救わせてくれ、その度コツなど教えてくれていたのである程度の実力があった。隠れたちょっとした特技である。
披露するのは琴音達以外には初めてだ。
「あ」
少し得意になって掬っていると紙が破けてしまった。
「1,2……13匹!すごいな君」
「いえ、それほどでも」
まあまあの成績だろうか。
「これ全部持って帰る?」
「あ、いえ大丈夫です」
うちで飼う事も出来ないし、おっさんの金魚鉢も飽和状態だ。取った金魚をそのまま水槽に戻す。
「やってみるか?」
「やる」
お兄さんからポイを受け取る真白。リンゴ飴はもう食べきられ棒だけとなっていた。「捨てとくよ」とお兄さん。「ん」と真白。いや、お礼くらい言えよ……
棒を渡した真白は水面をじっと見つめている。
集中している。
そして近くに一匹の金魚が泳いできた。
真白はその金魚に狙いを定めたようで、じっとその金魚の動きを見つめてタイミングを計っていた。
そして、今だと感じたのか真白はその金魚にポイを振り下ろし、思いっきり振り上げた。
「…………」
「…………」
「…………」
一同沈黙。
お兄さんまで黙ってしまった。
「もういっかい」
無残に破けたポイを握った真白は何事もなかったかのようにワンモアチャンスを頼んできた。
「あのなあ……」
そんな勢いで掬えば紙が破けて当たり前だ。やり方だけ教えたのがまずかったか。
「勢い任せでやるんじゃなくて……」
簡単なコツを昔、おっさんに教えてもらったのと同じように教える。
真白は静かにそれを聴いていた。もともと静かなやつだが。
「……わかった」
一通り教えると真白はそう言ってお兄さんからポイを受け取った。
そしてまた水槽をじっと見つめる真白、集中しているようだ。
さっきと同じように近くに泳いでいた一匹に目をつけ、今度はゆっくりと構え、そっとポイを水面につけ、金魚の背後をとった。
そして、ポイの上にのった金魚を水面から斜めに掬い上げ、椀の中に入れた。
「よし」
と小さな声で呟く真白。珍しく心の声が漏れている。というかよく見るとポイを持っていない方の手で小さくガッツポーズを決めていた。
「まだ続けられるぞ」
真白は頷いてまた水槽に向かった。その後は同じようにどんどん金魚を掬っていった。
飲み込みの早いやつだ。最初は笑いを取りにわざと下手な振りをしたのではと疑ってしまうほどの上達ぶりだ。
しかし調子よくともいつまでも続くわけでもなく7匹目を掬おうとした時
「あー」
紙が破けてしまった。
「すごいな真白!」
俺は二回でこんなに上手く出来なかった。というか一匹でも掬えるようになったのは何回もやった後だった。
「…………」
「真白?」
何故か微動だにしない真白。
「まだ」
「ん?」
「かってない」
……まさかこいつ
「もういっかい」
俺に勝つまでやるつもりかよ……。本当に意外と負けず嫌いなやつだ。
「別にいいけど、次で最後だぞ?」
そこまで手持ちがあるわけでもない。他の屋台だってまだ回りたいはずだ。
「わかった」
「じゃあ、すいません、あと一回だけお願いします」
「ありがと、じゃあがんばってね、お嬢さん」
これで三度目、今の真白の上達具合からいったら本当に追い越されてしまうかもしれない。
ポイを受け取った真白は三度、同じように水槽に向かう。
しかし、先の二回と違うのは一匹に狙いを絞る前にポイを水につけてしまった。
そんな事をしたらポイに気づいた金魚が逃げていくだろう。という俺の想像に反して真白のポイに逃げるどころか群がってきている。
真白はその群れを逃さず掬っていく。
見た事ある光景というか何と言うか……
騒ぎになるかもしれないから気をつけろっていったのに……どんだけ負けたくないんだよ……
「おい真白」
騒ぎになる前に辞めさせなければと思ったが、店のお兄さんが見ている手前どう止めたものかを考えていると
「ズルはだめだよ?お嬢さん?」
とお兄さんは驚く様子も見せずに呟いた。とその瞬間、真白の持つポイの紙が破けた。
破けた紙を見たあと真白はお兄さんを睨む。
「1,2……11匹か、惜しかったね、お嬢さん」
楽しそうに微笑むお兄さんを真白はじっと睨む。なぜお兄さんを睨む……というか
「すいません真白がズルをしたってどういうことですか?」
ズルを指摘したと言う事は真白が特別な力を持っていた事に気づいたと言う事になる。そうだとしたらこの人は一体何者なんだ?
「ん?あーいや、それは僕の勘違いだったよ。たまに、隠れて餌を入れたりするやつがいるんだよ。でも、見た感じそんな風にも見えないし、ごめんねお嬢さん疑うような事を言って」
と真白に謝り「なんであんな急に群がったのかなー」なんてぼやいていた。
そんな事を言っているが本当に気づいてないのか?水槽に餌を入れるような人がいるなんて信じられないが、と言っても真白の力に気づく方がもっと信じられないか。
真白の方はまだお兄さんを睨んでいる。
「おい、お兄さんを睨んでもしょうがないだろ?」
そういうと真白はやっとお兄さんから目を離し立ち上がる。
「まいった」
と俺に言う真白。
「俺はお前の勝ちでいいと思うけどな……」
隠れた特技とまで思っていたのに、三回目でもう僅差になっている時点であまり勝ったように思えない。
「まけはまけ」
ちょっとズルした人の言葉とは思えないような正々堂々とした台詞だった。
「あはは、かっこいいね、お嬢さんは金魚持って行くのかい?」
「うん」
うんじゃないだろ……真白が金魚を飼えるとは思えないのだが……
「あの、全部はいいんで一匹だけいいですか?こいつの家、そんなにいっぱい飼えないと思うんで」
「そうかい?じゃあ、この一番いきがいいのにしとくよ」
と水を入れた袋に一匹金魚を入れて真白に渡した。まあ、一匹くらいなら、おっさんがどうにかしてくれるだろう。
「ありがと」
と珍しくお礼を言う。
「いいよいいよ、金魚掬いってそういうものだからね」
真白のお礼に笑って返すお兄さん。
「じゃあ、そろそろ次行くか」
思ったよりも長居してしまった。楽しかったから全然構わないけど
「ありがとねーお兄ちゃん達―」
と手を振ってくれた。真白も俺もそれに振り返し、店を後にした。
店を出ると来た時よりも人の通りが少なくなっているような気がした。夜もふけて小さな子供たちや家族連れは帰っていったのだろう。
そろそろ屋台も店じまいを始める時間になる頃だ。
その前にもっと店を回らなければ
「次はどこにいこっかなー」
なんて、祭に浮かれたような言葉を吐いてみる。
まだ祭は終わっていない。もっと楽しむことができる。
出来るなら、この時間が終わってほしくなかった。終わってしまえばそれはつまり――
楽しい思いでいっぱいのように思える心の奥底は、最初から、ずっと、再びくる別れ、避ける事の出来ない別れに対しての心の準備を、楽しみの裏側で進行している自分がいた。
今週はここまでです。
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