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記憶のない神様

 白い髪の少女がじっとこちらを見ている。それも無表情で。

 夜の海を散歩していると突如として現れたこの少女は白い無地のワンピースを着ているが、靴は履いておらず素足だ。


 白い髪のせいで一瞬外国の人に思えたが、よく見ると日本人らしい顔立ちをしている。黒く染めたら日本人形のような見た目だ。そして……


 この子は人ではない何かだろう。そう直感が告げていた。


 突然、現れた事や染めたとは思えないほど長く美しい白い髪。

 人からは感じない雰囲気というか、オーラが伝わってくるようだった。ただ、それは不吉さや怖さといった類ではなかった。


 神秘的とでも言えばいいのだろうか、美しい白い髪に白のワンピースを着て、その姿は純白を纏っているかのような姿である。

 

 急に現れた場所が満月の綺麗な夜、淡い月の光は少女の白い髪を照らし、ほんのりと輝かせているように見えた。穏やかな波の音は少女の落ち着いた様子に合い、散りばめられた歌仙貝は彼女のために飾られた宝石のように思える。

 

 この場が少女のために用意された舞台であるかのようであった。

 

 満月が照明、波の音がBGM、歌仙貝が小道具、そしてその舞台の中心となるヒロインはそこにいる少女だ。

 それなら自分は観客だろうか?この美しい舞台を外から見ていたいが一体これからどうなるのかが楽しみだ……何てそういう訳にもいかなそうだった。


 現れた時から少女は俺をじっと睨んでいる。これで観客として傍観できるほど空気が読めない俺ではない。


 どうやら俺もこの舞台に勝手に参加させられているようだ。

 しかし、これほど美しく整えられた場に参加していいものなのだろうか?場違いな気がしてならない。


 少女はこっちを見てはいるが何も話さない、俺も突然の事で何を話せばいいのかわからない。互いに話さない。波と風の柔らかい音だけが聞こえていた……


「なあ」

 

 先に沈黙を破ったのは俺だった。きっと俺から声をかけないとこの舞台は始まらないのだろう。

 声をかけると少女も無表情ながらも少し反応を示したように思えた。ただ気のせいかもしれないが……


 構わずに続ける


「お前は何なんだ?」


 思ったことをそのまま口にする。これでこの少女が普通の人間ならば失礼きわまりない質問だった。


「……わたしは」


 少女が質問に反応した。よく通る声だ。小さな音量の割に頭の中には言葉がはっきり残る不思議な声をしていた。


 しかし、少女の「わたしは」から言葉の続きがない。


「?」


 少女は首を傾げている。傾げる姿はどこか幼く可愛らい。

 そして少女が傾げていた首が元に戻ると


「神?」


 また首を傾げて答える。頭に?が浮かんでいるようだった。何で自信なさそうなんだよ……


 そうか神様かぁ……


 自分でも意外ではあるが、ぶっ飛んだその答えに驚きはしなかった。むしろ納得だ。


 少女から感じている人とは違う雰囲気は神々しさなのだろう。少女が現れたその時からその場にあるもの全てが少女を彩り始めたようにも思えたあの感覚。


 少女が神秘的なように感じたのも間違いではなかったようだ。


 というか神様をお前呼ばわりしていたが(ばち)があたらないだろうか?


 そんな怖い神様には見えないのだが


 幼い見た目せいか、どうも神の威厳というものを感じない。


「じゃあ神様、いったい何の神様なんだ?この近所の神社の神様なのか?」


 とりあえず、口調はそのままで、お前はやめて神様と呼ぶことにした。


 俺が神様と聞いて一番に思い浮かんだのは幼馴染の家だった。俺の幼馴染は神主の家系、つまり神社が家だ。この町の神社といえばそこしかない。


「……………」


 神様はまた首を傾げて考えている。そしてーー


「わからない」


 と答えた。――わからない?自分の事なのに?……そういえば、何者か聞いたときも、この神様はしばらく思い出そうとしていたな。

 もしかしてーー


「記憶がないのか?」


「…………(コクン)」


 いや、そんな可愛らしく頷かれても……


 神様が記憶が喪失する事はありえるのか?


「自分の名前もわからないのか?」

 神様は頷く


「自分の家も?」 

 神様は頷く


「何の神様かも?」

 神様は頷く


「年齢も?」

 神様は頷く


「なんでここにいるのかも?」

 神様は頷かない


「それは覚えているのか?」

 神様は頷き


「誰かを待ってる」


「誰を?」

 神様は首を横に振る。


「わからない」

「あっそう……」


 ――なんだろうか?話せば話すほど残念さを感じると言うか……気のせいか最初に見たときよりも神々しさを感じない気がする。


 記憶を亡くしていているのにあまりに落ち着いているため深刻さが伝わらない。肝の据わり方が流石に神様と言ったところかっもしれない。


 まだジッと無表情で俺を見ている神様をジッと見かえす。すると神様は首を傾げた。「何こっち見てんだよ?ああん?」って事か?


 なんでもないという素振りを手を振って見せると首がまた元に戻った。

 予想が当たったのだろうか。無口で無表情な神様だが少しずつ意志疎通をはかることが出来ている。


「なぁ神様、その誰かっていつ来るかわからないのか?」

「……わからない」

「そっか……」


 ――その誰かなら何とか出来るかもしれないと思ったのだが……というか、この神様いつからここで待っているんだ?


「なぁ神様?いつからここでその誰かを待っているんだ?」


「覚えてない」


「覚えてない?」


「気づいたらここにいた」


「…………」


「何も覚えてなかった」


「神様という事と誰かを待っていること以外は?」

 神様は頷く


「だから覚えてない」


 一瞬何に対してだからなのか迷ったが、きっと記憶を無くす以前がわからないから、どれくらいの間、その誰かを待っていたか覚えていないと言うことなのだろう。

 それなら、何百年も前から待っていたと言うこともありえてしまうのか。神様というのならばそのくらいのスケールが合ってもおかしくない。


 記憶を無くしても誰かをずっと待ち続ける神様なんて、どこかにありそうな話じゃないだろうか。


「じゃあ、その記憶を無くした日は覚えてるのか?」


 聞くと神様はまた傾げて思い出そうとしている。やっぱり思い出せないほど昔からこの神様は記憶をなくしてここにいるのだろうか?


「先週?」

「お、思ったより最近だな……」


 予想外の答えに拍子抜けする。先週のことなら即答して欲しい。


「先週、何があったかはわかる?」

 神様は首を横に振る。わからないか……


 先週に何かあっただろうか?

 神様のマネをして首を傾げて考えてみるが特に思いつくことはない。夏休みが始まったのがちょうど先週だったきがするが……関係ないか。

 

 俺の及び知るところではないのかもしれないな……

 疲れて来た首を元に戻してまた質問する。


「神様、その誰かをいつまで待つんだ?」

「いつまでも」


 即答……強い意志を感じる答えだった。神様から初めてはっきりとした感情が伝わってきた。


「不安じゃないのか?記憶をなくして、その待ち人の顔も思い出せなくて、いつ来るかわからない誰かを待つのは」

「不安」


 それはそうだ。嫌な質問だったかもしれない。


「でも」

「?」


 神様の言葉には続きがあった。


「それしかないから」


 それしかない……


 神様の言葉が重く響いてくる。

 誰を待っているのか、何故待っているのか、いつから待っているのか、本当に来るのかどうかもわからない、それでも待つのは、この神様にはそれしかないから、その他の記憶が抜けてしまったから。


 今の神様にはその誰かを待つ以外に存在目的がないのだ。他に何もないのだから。


 しかし逆に言えばそれだけは覚えていたと言うことだ。他の何を忘れようとも。神様が神様であることですら忘れかけていたというのに、待っていることははっきりと覚えていた。

 「いつまでも」と神様は言った。その一言に感じた強い意志からも記憶を無くす前からどれだけ、その誰かを待っていることが神様にとってどれだけ大切なことなのかよく感じ取ることができる。


 そんなに大切ならその誰かの名前と顔くらい覚えていて欲しいのだが……


 と、突然ズボンのポケットが振動する。携帯が鳴ったようだ。見てみると楽からのメールだった。

中身を確認すると『まだ帰ってこねーの?』。という内容だった。携帯の時計を確認すると確かに家を出てから結構な時間が経っていた。

 とりあえず『もう帰る』とだけ返し、神様を見る。


 さて、どうしたものか。このまま帰るのも気が引ける。例え相手が神様であろうと記憶を無くしている少女を無視はできない。まぁそうは言ってもこの状況で自分に出来ることは何も思いつかないけど


「なぁ神様、今日もその誰かが来なかったら、明日もここにいるのか?」


 うん、と首を振る神様


 それなら今日は一度家に帰って、明日もう一度、この砂浜に来てみようか。


 本当は、明日神様がここにいないのが一番なんだろうけど。そのときは、無事に会うことが出来たってことなのだから。


「じゃあ神様、妹が心配してるから今日はもう帰るな」

 神様は少し首を傾けたあと頷いた。


「ま、もしかしたらまた明日な。それじゃあ」


 神様に背を向け、手をヒラヒラと振り、来た道を戻ろうとすると


「ねぇ」


 神様に呼び止められた。というか初めて神様から話しかけられた気がする。


「ん?」


 急に呼び止められて少し驚くが、ヒラヒラさせていた手を下ろし、背を向けていた体を神様の方にまた向ける。


「なまえ」

「名前?」


 神様は俺の言葉に頷いた後に続ける


「しりたい」


 なぜ急に名前を知りたがったのかは分からないが別に答えない理由もない。


「そうだな、俺の名前は……」


 神様がじっとこちらを見ている。


「幸一、七瀬幸一」

「……こういち」


 俺の名前を復唱した神様は無表情を崩しほんの少し笑ったような気がした。しかし、俺は本当に笑ったか確かめることはできなかった。


「あっ」

 

 神様が急に前のめりに倒れようとしたからだ。柔らかい砂浜の上に倒れても怪我はしなかっただろうが、そんな事を考える余裕はなかった。

 倒れようとしている神様に急いで手を伸ばし、受け止めたが


 え?軽っ


 華奢な体格なのだから重くはないとは思っていたが、いくらなんでも軽すぎる。いや、軽いどころの話じゃない、重さそのものを感じない。

 何も持っていないかのようだ。目を瞑れば本当にいるのかわからないほどだ。

 触れているのに、その実感がない。

 まるで、そこに何も存在しないかのように。


 ――神様だから?やっぱり人間とは違うものなのだろうか?


 突然の不思議な感覚に戸惑ってしまう。不思議なことなんて今更な話でもあるが、直に触れて感じると驚きが全然違うものだ。


 というか、この子どうしよう?


 腕の中で気を失って眠っている神様を見る。またここで会うつもりだったが


「置いてく訳にもいかないか……」


 神様が待っているその誰かが来るかもしれないが、来るかもわからない誰かが来ることに期待して倒れた神様を置いていく事は出来なかった。


 神様を背負い上げ、来た道を戻る。

 帰る途中、持っている感覚がないため、本当に背中に神様がいるかどうか不安になり何度も確認する。

 その度に気持ちよさそうに寝ている神様を見て安心する。


 倒れたくせに何でこんな気持ちよさそうに寝てんだよ……


 しかし、心地よさそうに寝ている神様の姿はどこか儚く、今にも消えてしまいそうに思えた。


 空を見上げると満月が相変わらず明るく辺りを照らしてくれていた。


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