祭の日
琴音からの喝があってから数日が経ち、ついに祭の日がやってきた。
俺は神輿を担ぐ準備をするために琴音達の神社に向かっていた。
いつもは人も少なく静かなこの町も今日だけは老若男女とわず多くの人で賑わっている。この町の外からも祭に参加する人も多くおり、それなりの規模がある祭であった。
正午くらいまではほとんどが準備中だった屋台も夕暮れ前ともなればどの店も開店して神社近くの道に軒を連ねていた。
屋台からするソースの匂いや焼ける音が祭独特の雰囲気を醸し出していた。子供の頃からこの雰囲気にはワクワクさせられる。高校生になった今でも変わらず、少し楽しくなってしまっていた。
たこ焼、お好み焼き、射的、くじ引き、いろんな屋台がある。小さい頃からこの祭の日は浮かれて遊んでいたのを思い出す。
流石に昔のように大はしゃぎで祭を楽しむまではいかなかったが。
家族連れや友達、カップルで来ている人がほとんど、俺みたいに一人で歩いている人はほとんど見かけなかった。
まあ神社に向かうにあたって屋台が並ぶ道を通らないといけなかっただけなので別に一人でも全然かまわない――といっても、友達が少ない身としては、何にせよ、どちらにせよ、一人だっただろうが。
それ以前に一人でわざわざこんな所にはこないか……
ちょっと前までは楽と一緒に回っていたものだが、今年は友達と回るらしかった。
ほんの少しだけ寂しく思うが、楽の兄離れは喜ばなければいけない。自分で言うのも変かもしれないが楽は俺の事を好きすぎる。それこそブラコン扱いされるくらいには。だから、俺から離れたところにコミュニティを作ることは歓迎すべきことなのだ。
まあ、自分が妹離れできていないことは人もまず棚の上に置いとくけれども。
妹がいなければ祭を一緒に回るやつがいないってどんだけ友達いないんだよって自分でもドン引きする。というか、いまだに妹と回りたいと思ってしまう自分に引く。
学校の友達って言ったら琴音や鈴音がいるが、祭の時は神社の仕事が忙しくてあまり遊べたことがない。例え時間が空いたとしても最近は女友達と祭を回っていた。まあそれが普通で必然のことなのだろうが。そもそもこんな狭い田舎のコミュニティでは男女で歩いていれば即うわさを流されてしまう。本当にそうであれば別に照れくさいだけでいいのだが、ただの幼馴染である俺達にとっては迷惑な話である。というか何度か琴音と俺の間にはそんな噂がたったことがあったが。
琴音があまり俺と遊ばなくなったのはそんな噂がたったぐらいだったかもしれない。正しい判断だと思う。学校では話すが放課後まで何かするようなことはなくなった。
これも楽と同様寂しくは思うが、まあ仕方のないことだろう。
というか、琴音には一緒に祭を回ってくれる友達がいるのに俺はなぜいないんだ?
問1 その理由を400字以内で述べなさい
【答え】 根暗
二文字で簡潔に完結してしまった。
まあ友達がいない理由なんて400字も書いていたら豆腐のメンタルがもたない。きっと耐え切れずその豆腐の角に頭をぶつけて死ぬ。
勢いで学校の友達に鈴音まで含めてしまったが鈴音はまだ中学を卒業していなかった。そうなると俺の友達って学校に琴音だけ……?
友達という言葉の達の部分に虚しさを感じる。
あれ?祭って楽しいものなのでは……?
さっきまでのワクワク感はどこへやら、一人で祭を楽しむのは、ひとりカラオケやひとりファミレスなどよりもずっと難易度が高そうだった。
何もないなら今年は神輿を運び終わったらすぐに帰ればいいだけか……考えても一緒に楽しめる仲間は思いつかないし……
「一緒にか……」
呟きながら真白の事が脳裏によぎる。もう会うことは叶わないであろうその少女がもしいたらなんて適わない事を考え一瞬でふり払う。
忘れることもないが思い出したくもない、もう過去のことで、未来にはなく、自分ではもうどうしようもないと諦めたことなのだ。
だから俺がもしもなんて考えるのはお門違いであまりに自分勝手だろう。
思い返すべきじゃない、もうたくさん思い知ったことなのだから。
落ち込むこともできないほどに思い知りつくしたことだ。
そんな事を考えていたらいつの間にか神社までの階段を上りきっていた。
「おーい!幸一!」
琴音の声が聞こえる。
「こっちこっち」
声のする方には神社の娘らしく巫女装束を身に纏った琴音の姿があった。
「うん、ちゃんと来たわね」
「そりゃな」
確かに面倒ではあったが、行かなかった場合の怒った琴音への対応の方がずっと面倒くさそうだ。
「じゃあ、向こうでちゃちゃっと着替えてきて、細かい説明はその後するから」
向こうと言われた先には小さなテントに幕が張られた簡単な更衣室があった。
「なるほど、じゃあ行ってくる」
「あ!ねえねえ幸一!」
ちゃちゃっとなんて言うので言われたとおりに早く着替えようとしに行く俺をなぜか琴音が呼び止める。
「ん?」
「どーよ、これ?」
これ?
どれ?
何の話?
琴音は嬉しそうに両手を広げたり、一週回ったりして俺の反応を窺っている。
「ざ、斬新な踊りだな」
「違うわよ!」
はたかれてしまった。創作ダンスではないらしい。
「あんたね!現役女子高生が目の前で巫女服を着ているのに何も思わないわけ!?」
「別に今回が初めてってわけでもないだろ……」
祭の度に、毎年のように見ている巫女服、今更「どう?」なんて聞かれてもという感じではある。というか、本当になんで急に?
困惑した俺の顔を見て琴音は「ふっ」と笑ったかと思えば「馬鹿ね」と言い放った。
「女子高生になると今まで出ない色気というのが滲み出るものなのよ!」
こいつは一体何を言っているのだろうか?夏の暑さと祭の忙しさにやられたのだろうか?
「や、やめて!そんな顔しないでよ!本気で言っているんじゃないんだから!」
「じゃあなんで言ったんだよ……何が目的?」
「目的っていうか……あたしは単に、最初に言ったとおりこの格好をあんたがどう思うか知りたいだけなのよ……」
「…………?」
だから初めて見るわけでもないのに何で今更そんな事を聞いてくるのかをしりたいのだが?
んーどう思うかねえ…………
「コスプレみたい?」
「…………」
うわー睨んでるなー、本職の巫女に対して言うことではなかったか。知り合いが巫女服着ていたらだいたいコスプレしているようにしか見えないって意味で言ったのだが。
……まあ流石にこんな答えを期待しているとはマジには思っていたわけじゃないのだが、ちょっとしたジョークである。盛大に滑ったが。
「えっと……」
琴音はずっと睨んだままだ。あの本当に誰か助けてくれませんか!SOS!SOS!
「幸兄い!早く着替えるっす!もうみんな着替えちゃったすよ!」
声を掛けたのは琴音と同じく巫女装束を纏った鈴音だった。
「お、おう!琴音またあとで!」
「あ、ちょっと」
「お姉は他の参加者のサポートしてて」
「……わかったわよ」
しぶしぶといった感じに琴音はこの場を離れていった。
「助かった……」
鈴音が来てくれてよかった。
「はい幸兄い、これ衣装っす」
「ありがと」
お礼をいいながら鈴音から甚平のような服を受け取る。
受け取った後、「こっちっすよ」とちょっと前に琴音が言っていた更衣室に案内される。
中に入ると誰もおらず、どうやら本当に自分以外は着替え終わってしまっているみたいだった。
急いだほうがいい、他の人たちに迷惑かけるわけにもいかない。
「しっかし幸兄、なんでまたお姉を怒らせてるんすか?」
着替えている最中にテントの外から鈴音の声が聞こえてきた。
「俺もわからん……」
テキパキ着替えてながら琴音と話していたことを簡単に説明した。説明が終わるには着替えもほとんど終ろうとしていた。
「お姉もついにって感じかなあ……真白さんがいい薬になったかな……」
「ん?なに?」
着替えが終わって外に出ると鈴音が何か言っていたがよく聞き取れなかった。口調が俺に対するものじゃなかったようなので独り言だろうか?真白がなんだって?
「何でもないっすよ。ま、今回は幸兄いは怒られてもしょうがないっすね」
「え、」
「ほら神輿の説明するっすよ」
「どういう……」
「今年の神輿も例年と同じようにこの神社から神輿を担いで海に行ってからまた神社に戻ってくるっす」
「…………」
話す気がないようだった。もう琴音についての話は鈴音の中で終わったらしい。
「ルートは先導する人がいるっすからあまり気にしなくていいっす」
それから俺は鈴音から神輿の説明を聞いた。説明というかほとんど確認みたいなものだったが――
何度も祭の神輿を見てきている。ある程度の流れは理解していた。
「まあ、概ねこんな感じっすね、私とお姉はゴールの神社で待っているっすから頑張ってくださいっす」
またここで、そう言って説明を終えた鈴音はどこかに行ってしまった
一年に一度だけ会える二人の神様。
神社から海まで男の神様を迎えに行き、そして女神の元へ、つまりこの神社へと運んでくるのが俺たちの役目ということだ。それが一日目。
二日目はその男の神様を海に帰すためにまた同じように神輿を運ぶのだが二日目は一日目の神輿を担ぐ人も一新するため俺は担がない。
他にも二日目は一日目と違い出来るだけ長く一緒にいられるように女神も同乗して男の神様を見送るらしい。
出来るだけ長く一緒にいたいと言うわりに一日目に女神が神輿に乗って迎えに行かないのは、女の神様らしいというか、メイクアップ、つまり化粧や装飾をして男の神様を出迎える準備をしている――という設定らしい。
実際の神様を目撃してしまった俺にとって設定としか言えない。設定どころか虚妄だとも思う。
事実、男の神様であるミコトは祭の日である今日ではなく、すでにもうこの町に来ている。
女神である真白を助けに。
今回は真白を助けるための特別な事なのかもしれないが。
それならもっと早く助けに……
とここまでで考えるのは辞めた。
考えても仕方がないから、知ったことじゃないから。
だから
俺に何かを言う資格はない。
俺が何かを言える道理がない。
俺は何かを言及できる立場じゃない。
そんなこと自覚している、知って知覚して熟知して知り尽くしたはずなのに
行動の裏腹に後悔をしそうになるのを必死に食い止める。
後悔して自分を責めるわけにはいかなかったからだ。
自分の無能を
自分の無力を
自分の無知を
自分の無駄を
責めたら俺はまた立ち直れなくなる、立ち上がれなくなる。
真白がいなくなった時と同じように
忘れないけど思い出したくない、思い出したくないのに忘れられない。
振り切りたくともそれは叶わない。付き纏ってくる。
しかしそれでいいのだろう
忘れるわけにいかないから
思い出すだけで自分が嫌になり、後悔するだけで身を滅ぼすような、圧倒的にマイナスな、人生の黒歴史のような思い出かもしれなくとも
無口で無感情な真白との楽しかった思い出まで忘れたくない。
家でも、神社でも、喫茶店でも、海でも、水族館でも、一緒にいた時間に確かに楽しかった。
思い出せば同時に楽しい以上に負の感情を思い出すような記憶でも
俺は真白を忘れるわけにいかなかった。