水族館
大量アップと言った割にとは思いましたが、文章量がいつもよりも多いのでお許しを
「どうぞ~」
受付のお姉さんに案内され水族館の中に通される。
「うわー懐かし」
何年ぶりだろうか。入り口の内装はほとんど幼い頃に来た時と変わってないように思えた。
「どこから見る……てあれ?真白?」
近くに真白の姿が見えない。いきなり迷子?と思ったら、すでに近くの小さな水槽をじっとみていた。
「何がいるんだ?」
と見てみると名前はよく知らないが小魚達の水槽だった。よく見ると顔を近づけている真白に小魚が集まっているように見えた。まさか……と思ったのもつかの間
「意外と」
と言いながら真白が水槽から顔を離し
「幸せらしい」
「そ、そうなのか……」
まさにそのまさか、魚の話を聞いていたらしい。おっさんの店の鯰とも話をしていたようだしやっぱりそんな特別な能力でもあるのだろう。
真白は次の水槽に移る。顔を近づけては、しばらくして次の水槽に移るという事を繰り替えしていた。
俺はその後をゆっくりついていった。本当にニコリともしない真白は本当に楽しいのか表情からは判断できなかったが明らかに足取りが軽やかに水槽から水槽に移っているので退屈ではないのだろうとは思った。
心配していた体調の悪さも大丈夫そうに思えた。
真白が魚から聞いた話を逐一報告してくれていた。あの魚は実はあの魚と喧嘩して仲直りしたがっているとか、向こうに見える水槽の魚にずっと片思いしているとか、実はその片思いの相手もその魚の事が好きだったとか、嘘のようなというかメルヘンチックな話を真白がたくさん話してくれた。
中でも驚いたのが、おっさんの店にいた鯰の兄が展示されていた事だ。真白が急に袖を引っ張ってきて「ひげのお兄さん」とだけ言うので最初は意味がわからなかったが何度か補足されてやっとわかった。
おっさんにメールして聞いてみると確かにこの水族館のチケットをもらった友人から鯰一匹譲ってもらったと返事が返ってきた。
真白がひげのお兄さんにひげが大切に飼ってもらっていると伝えると大変喜んでいたらしい。いいお兄さんだ。
「というか真白、何でお兄さんってわかったんだ?」と聞いてみると
「似ていた」
ということらしい。どうやら真白には魚一匹一匹の区別がつくらしかった。俺にはどの鯰も一緒に見えるのだけど……
真白の見る世界は一体どんな風に見えているのだろう?きっと俺には想像もつかない世界なのだろうが。
一つ一つの水槽を見て回っていると大きな水槽があるエリアについた。
「うわ、でかっ」
そんな普通の言葉しか出てこなかった。
大きな水槽の中で一際目立つジンベイザメを見て、俺はそれ以上の形容が他に思いつかなかった。とにかくでかいということ以外の情報が一目では入ってこなかった。
流石に世界最大の魚と言ったところだろうか。
見えている世界が違うであろう真白はというと
「でけー」
普通に同じ反応だった。というか口調が少し変じゃなかったか?これでも驚いているのだろうか?
しばらくポカンとしてから真白はまた水槽に近づいていった。まさかあんな馬鹿でかいジンベイザメとも真白は話せるのだろうか?
水槽にべったりと張り付く真白に魚達が寄ってくる。
今度はどんな話をするのだろうか?少し楽しみになっている自分がいた。
「ん?」
少し寄ってくる魚が多すぎないだろうか?
……いや、少し所じゃないぞこれ!?
水槽の中の魚という魚が真白の周りに集まってきている。しかも、小さな水槽ではないのでかなり目立っている。
「わー何あれー!」と言う声も聞こえてくる。
まずい、このままじゃ大騒ぎになる。
「真白!次行くぞ!」
真白の手を引いて無理やり連れて行く。手を引かれた真白は特に何も言わずに水槽から離れてついてきた。
「あ、あせったー」
大水槽から少し離れたところで一度落ち着く。
予想しておくべき事態だった。大騒ぎになる一歩手前だった。
「こういち」
「ん?」
「次、いく」
騒ぎになりそうだった事を全く意に返した様子なく、そう言って今度は逆に真白が俺の手を引いていった。
「おークラゲか」
真白が連れて来たのはクラゲが展示されているエリアだった。
あれ?こんなクラゲばかりのエリア昔あっただろうか?
不思議に思ってきょろきょろしていると期間限定の文字が目に入った。どうやらここが期間限定のエリアらしかった。どうりで見覚えがないわけだ。
「いこ」
真白に引っ張られ中に入っていく。クラゲがそんなに気になるのだろうか?
中は暗くなっており、クラゲたちがイルミネーションのように光り美しい世界を作り上げていた。
「綺麗なもんだな」
明るすぎない赤や青や紫などが水槽の中を照らして、その中で明かりに照らされたクラゲたちがユラユラ揺れていた。
また真白が水槽を一つ一つ見て回るのかと思ったが傍から離れようとせず手を繋いだままだった。
「見に行かなくていいのか?」
「いい」
さっき騒ぎになりそうだった事を実は気にしているのだろうか?それともクラゲとは話すことができないと言うことだろうか。
「じゃあ、一緒に見て回るか」
「ん」
真白は頷く。
頷いたのを見て近くの水槽から見て回った。
水槽から水槽の移動は真白が満足したら俺の手を引いて次に行くというように移動していた。
小さかったり、長かったり、色んなクラゲがいる。ちょっと気持ち悪いのもいたが……
クラゲなら近所の海で夏の終わりに大量発生して、その度に何度も棘に刺されたこともあったのであまり好きじゃなかったが、海ではなくこうして水槽に浮いているのを見ると確かに少し愛らしく見える。
真白は変わらない表情のままクラゲを見つめていた。この時は本当に何を考えているのかわからなかった。魚を見ていた時は水槽から離れた時に魚がどんな事を話したのかを少しだが話したりしてくれていたのだが、クラゲの水槽を見て回る時は一言も何も話さなかった。
「真白、楽しいか?」
「うん」
ならいいのだが……一緒にいて少し不安になって聞いてしまった。まあ、楽しくないならこんなにじっくりと見て回らないか。
そう納得して、そのまま無言でまたクラゲの水槽を見て回った。
「こういち」
もうこのエリアの水槽を見終わるというところで真白が話しかけてきた。
「どうした?」
真白を見ると首を傾げていた
「楽しい?」
そして首を傾げたままそんな事を聞いてきた。真白の握っている手に少し力が入っている気がする。
さっき俺が真白に聞いた事だが、俺もつまらなさそうな顔でもしていたのだろうか?
何故そんな事を聞いてきたのか気になったが質問には正直に答える。
「俺も楽しいよ」
水族館の魚達ももちろんそうだが、水槽に張り付いて見ている所とか、断片的でも魚と何を話していたかを教えてくれた事とか、表情には出ないがきっとはしゃいでいる真白を見ているのが何より楽しかった。
そこまでは真白には伝えないが。
楽しいと言った答えを聞いて真白は満足そうに何度も頷いていた。
「また来られたらいいな」
なんて、きっと叶わないだろう願いをぼそりと口にしてしまった。
「さてと」
クラゲエリアの水槽も全て見てしまった。次はどこに行こうか?
「ジンベイザメ」
「え?」
ジンベイザメってさっき行った大水槽にいたでかい鮫のことだよな?
「行きたいのか?」
真白は頷く。
さっき、騒ぎになりそうになっていたのを考えるとジンベイザメが真白に近づいてきたとなると確実に騒ぎになるだろう。
「あんまり目立たないようにできるか?」
そう聞くと真白は2,3秒首を傾げて頷いた。
んー心配だ……
まあ、騒ぎになりそうだったらまた離れればいいか。
少し楽観的かもしれないが、まあ大丈夫だろう。一応、真白も目立たないようにすることに頷いたわけだし。
「ホントに目立たないようにな」
一応真白に釘をさし、もと来た道を戻った。
そしてまた大水槽があるエリアに帰ってくると、真白は繋いでいた手を離しまた水槽に張り付いた。
またもやたくさん魚が集まってくるかと身構えたが、魚達は何事もないように水槽の中を泳いでいた。
真白が会いたがっていたジンベイザメも同じく水槽の中をスイスイと行ったり来たりしていた。
これなら、安心して良さそうだ。
しかし、改めて落ち着いて見ても、やっぱりこの水槽ではジンベイザメが目につかずにはいられなかった。
あんな巨体ではいくら大水槽といっても物足りないかもしれないなあ、なんて泳いでいるジンベイザメをしばらく眺めていると、満足したのか真白が水槽から離れていた。
近くにはジンベイザメが来ていなかったが話す事は出来たのだろうか?どんな事を話したかちょっと興味がある。
また真白が何を話したか報告しにくると思って待っていたが、真白は俺がいる方とは別の方向に向かって歩き始めた。
どこへ行くんだろう?
真白の向かう先を見ると、水族館の係りのお姉さんが立っていた。
あーもしかして……
嫌な予感と言うわけではないが、なんとなく何を真白がしようとしているのか想像できてしまった。
真白はやっぱり係りのお姉さんの前で「ねえ」と呼びかけた。
「どうしましたか?」
お姉さんが笑顔で答える。
「ジンベイザメ」
「はい!」
「水槽、小さい」
「はい?」
明らかに一回目と二回目の「はい」の言い方に差がある。まあそれもあたりまえか……
予感的中。
真白は多分おっさんの店にいた鯰と同じ調子で水槽を変えろと言っているのだろうが……まあそんな事は真白の言い方ではお姉さんには伝わらない。
例えわかったとしてもどうしようもないだろう、喫茶店で飼っているペットとはわけが違う。
「あと……」
「あーすいません!写真撮って欲しいんです!」
真白の話を遮り困惑する可哀想なお姉さんに携帯を渡して話をそらす。
真白がじっとこっちを見てくる。そんな目で見られても無理なものは無理だ。
「あ、はい!わかりました!」
困惑した表情から笑顔に戻して答えるお姉さん。
「ほら真白、行くぞ」
じっと見てくる真白の背中を押して、水槽の前に立つ。
「そういえば、お姉さんにまだ何か言いかけてなかったか?」
「ご飯、おいしいって」
水槽が小さくても割と幸せそうだな……
「撮りますよー」
お姉さんの声が聞こえてきたのでカメラに視線を向ける。
「はい!チーズ!」
掛け声の後にカチリと小さな音が携帯から聞こえる。
撮る瞬間は真白の方を見ていなかったが、まあ無表情だろうことは想像に難くない。というか想像せずともわかる。
携帯を返してもらいにお姉さんの方に向かうが真白は水槽をまた見つめていた。
ジンベイザメとまた話しているのかもしれなかった。とりあえず、一人で写真の確認をしに向かう。
「すごいのが撮れましたよ!」
お姉さんがとても興奮していた。いったいどんな写真が撮れたのだろうか?
「へぇーどんなのですか……え?」
「どうです?ジンベイザメがちょうどカメラ目線なんですよ!」
……いや、確かにそれも十分驚いたのだが、多分それは真白が何かしたのだとは思うがそれ以上にそれ以外のことで俺は驚いていた。
写真の真白が微かに笑っているように見えたからだ。
気のせいと言われればそんな気がするくらいの微妙だが、口角がほんのちょっとだけ上がっているように見える。
一切崩れない無表情の真白がもし笑っているのだとしたら、今日がどれだけ楽しいと感じたのだろう?
それとも意外と見てない時に気づいてないだけで微かに笑っていたのだろうか?
画質のいい携帯ではないからはっきりとした確認は出来ないが、それでも写真の真白を見て俺の中で温かい感情が広がっていた。
「それにしても、不思議な彼女さんですね」
「へ?」
「あ、いえ、すみません!悪く言っているわけではないんですよ?」
お姉さんの唐突な発言が俺を当惑させた。もちろんお姉さんが真白の事を彼女と言った事に対してだ。
「あの、別に真白は彼女と言うわけではないんですが」
「あ、そうなのですか?仲良く手を繋いでいらしたので……てっきりそうなのかと……では、妹さんですか?」
「いや、そういうわけでもないんですが……」
「?では、お二人はどのような……とすいません、詮索し過ぎでしたね」
「あーいえ……あ、写真ありがとうございました」
少し気まずくなったのでお礼を言って話を打ち切ってその場を離れる。
そうか……確かに傍から見れば恋人のようにも見えるのか……よく考えれば今水族館デートをしているようなものだもんな。
あまり意識していなかったが気づくと少し照れくさいものがある。
それにしても、お姉さんが最後に言いかけたことが引っかかった。多分「お二人はどのような関係ですか」と言うような事を言おうとしていたのだろうと思うが……
どのような関係か……正直、自分自身よくわからない。もちろん恋人ではないのだが、まだ会って間もない真白と俺は一体どんな関係なのだろう?
何となく妹のように感じていたが、別に楽と同じというわけでもないし、琴音や鈴音のように友達といのもまた違う気がする。
他人とかそんな冷めた関係でもないだろう。そんな距離を置ける関係ではもはやない。
しかしどんなと言われれば、パッとした答えは浮かばない。
ただ、それでも俺が何か特別に思っているということは何となくわかる。
関係も真白自身も。
「こういち」
考え事をしている間に真白の用事は終わったようだった。
「ジンベイ」
ついに略したか……
「写真、お礼って」
さっきのカメラ目線で写っていた話だろうか。真白が話を聞いてくれたお礼ということなのだろうか。
結構粋なやつみたいだな。
「ジンベイとは満足に話せたか?」
頷く真白。
「そうか、じゃあ行くか」
まだ見ていないエリアを見て回ろうと歩き出すと、真白が俺の手を握ってきた。
「わっ」
思わず手を払ってしまった。真白は首を傾げている。
「あ、いや、えっと、あ!ちょっとトイレ」
そう言って俺は真白を置いて視界に入ったトイレに駆け込んでしまった。
「あのお姉さんが変なこと言うからだ……」
洗面器の鏡の前で手を洗いながら、そんなことを呟いてしまう。
さっきまで何も意識していなかったのに……
何なら最初に手を掴んだのは自分のほうだ。さっきまでほとんど妹のように思っていたのに、これはおかしい、明らかにおかしい……気が、する。
確かに真白は可愛いとは思うが、会ってもまだ間もないのに、そういった感情を持つのは違う気がする。というか、真白が待っている人って琴音の話からすると確か恋人だったはずだ。
それを思うとやっぱりまずいような気がする。一度落ち着こう……
「スー」
深呼吸をする。
大丈夫、ちょっと変な気になっただけだ。
お姉さんの言葉が今だけ少し気になってしまっているだけだ。
もう一度だけ深呼吸をする。
よし、いける!
渇を入れる。意識しないように意識しないように……
……いや、意識しないようにって言っている時点でもう意識しているようなものだな。
「今日は意識しないのは諦めるか……」
きっと一時的なものだ。明日からはまた普通に接する事ができるだろう。
「お……さま!だい……すか!!」
何だか外が騒がしかった。
どうしたのだろうか?トイレから出ていくと
「大丈夫ですか!お客様!」
さっき話していた係りのお姉さんが誰か抱えて叫んでいた。
あの辺りって……
嫌な予感がした。冷や汗が滲み出てくる。
「お客様!」
恐る恐る、お姉さんの抱えている人物を確認する。
「!!」
外れていてくれという願いも虚しく嫌な予感というものは当たる。
俺は思わずそこにいた人物の名前を叫んだ
「ましろ!!」
目をつむりぐったりと倒れている真白の姿がそこにはあった。