プロローグ
前々から書きたいと思っていた話を投稿する事が出来て嬉しく思います。毎週土曜の21時に三話ずつ投稿していきます。1話あたりの文字数にバラつきがあるので少ないと判断した場合はその週の話数を増やすかもしれません。誤字脱字の指摘や感想、批評お願いします!それでは!
「じゃあ、行ってくる」
「ついて行ったらダメなのか?」
「悪いな楽」
「何でだよケチ! いいじゃねえかよ! 散歩なら一緒に行っても!」
「一人がいいんだよ。それにお前はうるさいから余計に嫌だーーじゃあな」
一緒に来たがっている妹の楽を置いて玄関を出た。
「おー綺麗な満月」
外に出ると街灯がほとんどないこの町を月の光が明るく照らしていた。
夏の涼しい夜風が肌をなで、一緒に微かな潮の香りを運んでくる。
その香りが強くなる方へとゆったり向かう。
虫の音がよく聞こえるが人の気配を感じない。
せっかく満月というのに勿体ない事だ。
数分後に波の音が耳に届いた。
海だ。
何もない小さな田舎町だがーー海だけはあった。
小さな頃からこの海は遊び場であり、高校生になった今も時々こうして気が向いた時に海まで散歩をしている。
静かな夜に波の心地いい音を聞こえる。
満月が水面に輝いている。
月の明かりのおかげで、夜に珍しく先まで見通すことの出来る海をしばらく眺めた後、砂浜に下りた。
普段は海の近くに来ても砂浜まで下りないで帰るのだが、せっかくだ。今日は満月のおかげで海も明るく照らされている。
少しくらい楽しまないと損だろう。
柔らかい地面に足を取られながらも海に沿って歩き出す。
寄せたり曳いたりを繰り返す波の音をリピートで聞いていると何故だか心が安らいでいく。
海の近くで育った宿命かもしれない
けして観光名所とは言えない平凡な海だが一応この町の『ウリ』にしているモノがある。
それが足元の砂浜中に散らばっている歌仙貝と呼ばれているカラフルな貝殻達だ。まあ歌仙貝と言われてもわからないとは思うが。
三十六貝歌仙という名前の歌集があり、その題材となった貝殻の事なのだが、俺も立てられてある看板も説明を少し読んだくらいなので、詳しくは知らない。
正直、詩に読まれた貝殻があると言われても「へぇー」くらいの感想にしかならないだろう。
とは言っても、歌人が詩の題材にするだけあって確かに綺麗な貝殻は多い事は確かだ。
鮮やかな赤色をしている貝殻もあれば、艶のある白色をしている貝殻や赤白のシマシマ、紫と白のまだらの貝殻なんてのもある。
他にも色々種類のある歌仙貝だがその中でも桜貝は特別に綺麗だった。
ちょうど目についた桜貝を手に取る。
名前の通り桜の花びらのように、透き通る薄いピンク色をしており、形もまた桜の花びらのような細い丸形だ。小さな頃によくこの浜辺で桜貝を黙々と集めていたこともあった。
今でも昔集めた桜貝がつまったビンがどこかにあるはずだ。
薄いピンクがとても綺麗な貝殻なのだが……
桜貝についた砂を掃っていると--
パキッ
小さな音をたてて割れてしまった。
とても綺麗な貝殻なのだがとても脆くもあった。
綺麗で脆い。
そこがまた桜貝らしさなのだろうが。
手厚く、優しく、慎重に、丁寧に、少しでも雑に扱えば、粉々に割れてしまうそんな貝殻だ。
割れた桜貝払おうとすると--
「あっ」
突然強い風が吹き手に持っていた桜貝の欠片を吹き飛ばした。
月の光に薄いピンク色が反射している。
後に飛んでいく桜貝の欠片の目で追っていく--
「…………!?」
俺は声にならないほど驚いた。
それはもう急に幽霊が現れたかのように。というかほとんどそれと同じ事だった。
欠片が飛んでいった先には……誰もいないと思っていたこの浜辺に--
無表情でじっと見つめる白く長い髪の少女が現れたのだから。