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喫茶店『和』のおっさん

 喫茶店『和』この商店街に来るとほぼ毎度この店を訪れている。俺の行きつけの店だ。

 駅前の商店街にあるその店はちょっとオシャレな隠れたお店といった感じだ。

 

店のドアを開けると、ドアについていたベルがカラカラ鳴った。


「いらっしゃい!ってなんだ坊主か……」

「今日は客だぞおっさん」


 客の俺に対してなんだとはあまりにも失礼な態度だがそれもそのはず。このおっさんの名前は七瀬和久。俺の父親である七背恵一の弟、つまり俺の叔父にあたる人だからだ。

 出張の多い両親に代わって面倒をみてくれた人でもあるため保護者みたいなものでもある。坊主と呼んでいるのも昔からだ。


「そうか、ならちゃんと接客しねえとな。……お一人様でございましょうか?」

「決め付けんじゃなねえよ!見りゃわかんだろ二人だよ二人」


「二人ってどうせ楽か篠宮さんの所の……げっ誰だその可愛い子!?まさか彼女か!おまえに!?俺でもまだいい人見つかってなえぞ!」

「失礼だぞおっさん!だいたいそんな髭面してたら見つかるわけねえだろ!」

「うるせえぞ坊主!この髭は喫茶店のダンディなおじ様を表してんだよ!」


「どっからどう見ても凶悪犯にしか見えねえよ!指名手配犯がこの店の店主じゃねえかって学校に噂になったぞ」

「何だと!嘘だろ!どうりで最近、高校生の客が減った気がしたぜ……フォローしとけバカ坊主!」

「フォローどころじゃねえよ!叔父が犯罪者かもしれない俺の身にもなれ!必死で隠してたんだぞ」

 琴音にすぐにバラされたけど……

「お前まで俺を疑ってたのかよ!何て奴だよ全く!わかった俺が真犯人を捕まえてやるからその指名手配所持って来い」

「もう捕まってるよ……」


「え?じゃあ、俺の店に若い子が来ないのは……?」

「だから顔が怖いんだって……」

「…………髭剃ろうかな?」


 顔に似合わずメンタルの弱いおっさんだった。


「まあ俺の事はもういいや。で?坊主その子は彼女なのか?」

「いや、違うけど……」


 妹に鈴音と琴音それにおっさんで今回で4度目となる嘘の説明。真白が持ち物を盗まれたからしばらく生活のためのものを買いにこの商店街に来たことも話した。


「そうか、そうか!彼女じゃねえのか!いやー兄貴が絵美さんと結婚して俺もそろそろと思ってたが兄貴が結婚した歳をあっという間に越えちまって焦ってたのに、坊主にまで抜かれちまうかと思ったぜ!がはっはっは!」


 豪快に笑いながら何て悲しい事を言っているんだろこのおっさんは……。ついでに話の途中で出てきた絵美さんとは俺の母親だ。


「まあ坊主に彼女がいないのはもういいとして、真白ちゃんと坊主は買い物と観光ついでに俺の店に来たってことか」


 必要のない前置きは無視してイエスの返事をしてから


「で、腹減ったからついでにここに寄ったんだよ」

「なるほどねな、じゃあ真白ちゃん、好きな食べ物ある?」

「飴」

「あ、め……?」


 おっさんが予想外の答えに困惑していた。


「いや、おっさん何でもいいから好きなもん作ってくれる?」

 

 フォローを入れるとおっさんは、我を取り戻して


「じゃあ、この商店街一うまいもん食わせてやるから待ってな!」


 がっはっはとまた豪快に笑って厨房に入っていった。ホントに豪快なおっさんだった。


 俺の父親と母親はこう言っては何だが優秀だった。会社に必要とされ引っ切り無しに全世界を飛び回っている。二人の出会いもその出張中だった。


 俺や楽を生んだ直後は休みを取っていたが、仕事に出て欲しいと会社に催促され、仕事と子育ての板ばさみにあっているときに一喝をいれたのがおっさんだった。


「俺が面倒見てやるから二人は仕事にいってこい!」


 と豪快に言ったらしい。両親はそう言われてもまだ悩んだらしかったが俺と楽をおっさんに任せることに決めたらしかった。当時三歳だった俺はそのことを何も覚えてはいないのだが。


 とそんなこんなで、両親がいない時はおっさんが面倒を見てくれていた。おっさんが俺に自立できるように徹底的に家事やら何やらを仕込んだため中学が入る頃にはおっさんが来る頻度も減っていき、今じゃほとんど来ていない。


 ついでに楽には甘くほとんど何も教えていない……


 本当に顔に似合わないというか、豪快な性格の割りに何でもこなしていた。おっさんの料理がうまい事は幼い頃からよく知ってるし何が出てきても旨いだろうと思う。


 誰もいないので適当に席に座ったが真白は座らなかった。

 そこら中に置いてある水槽を見ていた。


 おっさんはまたも豪快な性格に見合わず小さな観賞魚を飼っていた。


 家にも飼ってるらしく店にあるのは一部らしいがお気に入りの魚達を店に持ってきているらしい。ようするに自慢したいらしい。

 しかし、海の近くにある店のくせに水槽にいるのは淡水魚ばかりだった。理由を聞いたら「キラキラしたのは似合わねえからな。あと淡水魚の方が飼いやすいしな」だそうだ。


 真白は置いてある水槽をゆっくり見て回っていった。その顔は無表情だったが、足取りはどこか楽しそうだった。


 金魚、メダカ、カメ、ウーパールーパー、たくさんある水槽をじっくり見ていた。俺はもう何度も見たので大して興味がなかったが、楽しそうにしている真白がおかしかった。


 すると、真白は一つの水槽をじっと見つめて動かなくなった。

 あそこは確か……(なまず)だっただろうか?何をしているのだろうか?


 気になって近づくと鯰が真白の方を向いて口をパクパクしていた。

 餌が欲しいのだろうか?


 なんて思っていると真白がコクリと頷いた。

 え!?会話してる!?

 真白と鯰の様子を見ると口をパクパクするのをやめると同時に頷いていた。


 こいつ魚とまで会話できるのか?いやでも、何か気に入ったときも頷くから気のせいかもしれない。

 と、次の瞬間に真白は首を横に振った。

 あ、会話してるなこれ……


 実際、首の動きと口のパクパクだけなので会話ではないが、何かしらの意思疎通をしているようだった。


「坊主どもヒゲがどうかしたのか?」


 鯰と真白を観察しているとおっさんが話しかけて来た。


「髭をどうにかするのはおっさんの方だろ?」

「何言ってんだよおめえ?ヒゲはそいつの名前だろ?おまえが付けたんじゃなえか?」

「全然覚えてない……」

「小さい頃のお前の名前の付け方なんて皆そんな感じだぜ?鯰がヒゲだったり金魚がキンキンだったりカメなんてコウラって名前付けてたぜ?」


 酷いネーミングセンスだった。神代真白も白い神の神様だったから付けたもんなあ……まだまともな名前でよかった。


「それより飯が出来たぞ」


 さっきから確かにいい匂いがしていた。肉の匂いが。見るとハンバーグだった。熱い鉄板の上でまだジュウジュウ鳴っていてとてもおいしそうなのだが……


「だから何で店の名前が『和』なのに旨そうなデミグラスソースのかかった洋風ハンバーグなんだよ!せめておろしポン酢の和風ハンバーグにしろよ!」

「だーもう、うるせえなぁ、毎回突っ込んでくんじゃねえよ?名前の和久から取っただけだからしょうがねえだろ?」

「だから店の名前変えろって……」

「文句をいうなら食べさせてやんねえぞ」

「……わかったよ」


 毎度のやり取りだ。どうも納得いかずにいつも言ってもしまう。不毛なのはわかっているのだが……


「おっさん」


 呆れて席につこうとすると真白がおっさんの裾を引っ張っておっさんをおっさんとよんだ。


「え、えっと真白ちゃん?おっさんじゃなくて和久おじさんでいいかな?」


 おっさんの少し気持ち悪い要求を真白は首を傾げて、もう一度裾を引き


「おっさん」

「……はい……なんでしょうか」


 おっさんがすごい小さくなっていた。なんかごめんおっさん……


「ヒゲの水槽、小さい」


 ヒゲ(鯰)の水槽が小さい?他の水槽に比べて随分大きいように見えるが


「真白ちゃんよく気づいたね!ヒゲがでかくなってきたから近々変えようと思ってたんだ。何か実家で飼っていたのかい?」


 真白は首を振る。いや、そりゃそうだろう、記憶もないし。というか、おっさんの真白への口調は気持ち悪い。


 驚くおっさんに「あと」とつけたし


「生餌がいい……て」

「生餌?」


 俺が聞くと真白は頷く


「ヒゲが言った」


 聞き慣れない単語を聞き返しただけなのだが会話をしていた裏づけが取れてしまった……本当に不思議な奴だ。

 おっさんは今の言葉が聞いていなかったらしく


「本当によく知ってるね。生餌はちょっと苦手だ。生きたカエルの方が好むのは知ってるんだけどね……餌を食べるとこ見るの嫌だろ?一応ここ飲食店なわけだし」


 んー確かにそれは嫌だ。


「まあ真白ちゃんが言うなら考えとくよ、店を閉めた後にでもあげるかどうか」

「お前、いい奴」

「……ありがとう」


 ついにお前呼ばわり……よくこんな顔の怖い初対面のおっさんに向かって言えるな……おっさんの体がさっきよりさらに小さくなっていく


「さ、冷めないうちに食べようか!おっさんの料理はうまいから!」


 場の空気と一緒に冷えないように仕切り直して食べてしまおう!


「わかった」

「おう!食べろ食べろ!絶品だぞ!」


 と料理に自信を持つおっさんの元気が出てきた。

 おっさんのハンバーグは小さい頃の好物だった品の一つだ。高校生の今になっても美味しさは変わっていなかった。


「おっさん」


 真白がおっさんを呼ぶ


「な、何かな?」


 ちょっとビビッている。繊細なおっさんだった。


「うまい」

「ありがどう……」


 おっさんは歓喜で泣いていた。


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