第2話 あなたを記憶することができたなら
私とあなたの会話は、いつも同じフレーズから始まるらしい。
「初めまして」
「あなたは、誰?」
「僕は、佐伯アキラ。君の幼馴染だよ」
「そうなの? ごめんね。私、何も覚えてないから」
事前に知っていても、あなたを覚えていないことは私に罪悪感をもたらす。
「知ってるよ。君は、成瀬ヒカル。1日しか記憶が持たない病気にかかっている」
「うん。だから、あなたのことも明日になったら覚えてないわ」
「それ、昨日も聞いたよ」
白いベッドの隣に置かれた椅子があなたの特等席であると、私が看護師さんから聞いていることを、あなたは知らない。
「僕はね、いつも君と話に来てるんだ。記憶がない君に、今まで生きてきた18年分のお話をしにね」
「でも、それって次の日になったら忘れちゃうよね」
「うん。君は決して覚えていない。僕のことも。昨日のことも。今までのことも」
「ごめんなさい・・・」
私の謝罪を聞くとあなたの表情も少し暗くなるのは、自責の念にかられているからでしょう。
「いいよ。それが君なんだから。ところで、今日は何の話が聞きたい? 小学生の時、書いた感想文で君が賞を取った話? それとも中学生の時、掃除の時間に廊下をピカピカにして君が褒められた話? あ、高校に入ってすぐに数学のテストで君が満点を取った話でもいいな」
「ふふ。何それ。私、褒められてばっかりじゃない」
今日初めて、私は笑顔を浮かべる。
「君は優等生だったんだよ。褒められることもしょっちゅう」
「他には?」
「そうだな。中学生の時、クラスマッチのバスケで優勝したこともあったな。相手は半分がバスケ部員だったにもかかわらずね」
「それは、クラスメイトが頑張ってくれたんでしょう」
まるで直前に見てきたかのように、あなたは興奮した表情を浮かべた。
「決勝点は君が決めたんだ。自分のゴールの真下でボールを受け取って、ドリブルで敵をかわしながら進んでいった。でも、それだけじゃあ、ないんだな」
「どういうこと?」
「コートの半分くらいのところまで来て間に合わないと悟った君は、ゴールに向かってボールを放り投げた。そのボールはホイッスルと同時に見事にスローイン。ブザービートだよ。壮観だったね」
今日初めて、あなたは笑顔を浮かべる。
「ふふ。楽しそうでいいわね。私も早く、あなたのことを記憶したいわ」
「僕を記憶することが出来たなら、僕は一番に君に会いに行くよ」
あなたを記憶することが出来ても、あなたはきっと私のもとへは来ないでしょう。