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狼少年の怪異事変。  作者: 睡眠戦闘員
一章:狼男と妖狐
8/111

8.深夜テンションとは違う

 空に裂け目のような三日月が浮かぶ真夜中。


 昼間の賑わいが嘘のようにひっそりと闇に包まれた学校の校舎に風が吹き抜けた。


 夜とは昼間の雑多に虐げられていた光を嫌う者達が、存分に力を振るえる時間。


 闇とは心暗さを増幅させ、悪事の事実を隠す外套。


 つまり今この場は普段目に見えない妖たちの無法地帯なのである──


「と、言うわけで! 今春期待! 来ました、学校探索〜!」

「ほ、本当にやるんだ……」

「小学校以来だな」


 全力で不気味な雰囲気を放つ学校とは裏腹に、ハイテンションのコカに連れられ、ロク、ミツキの合計オカルト三人衆は、学校の校門前に集まっていた。


「不思議だなぁ。零時過ぎてるのに全く眠くないや」

「そりゃ、あれだけ寝かされればな」


 数時間前の部活で突然に決行が決まった学校探索のために、部活の時間いっぱいを使って部員ふたりは仮眠を取らされた。


 普通、霊感の強い者で無くとも深夜の学校探索は危険極まりない行為だが、好奇心の沼に肩まで使ったコカが部長であるオカルト部の部員に拒否権はなかった。


「ホント、良く先生に許可貰えたね? ただでさえこの学校、心霊現象の宝庫の二つ名を付けられてて大変なのに……」


 昼間の制服を脱ぎ、ジャケットにジーンズとラフな格好になったミツキは、心配そうに眉を八の字に寄せて校舎や校庭を見回して言った。


「え?」

「…………え? ま、まさか、コカちゃん!?」


 キョトンとして頭を傾けるコカに、ミツキは一抹の不安を感じた。


「やだなーミツキくん! 先生が深夜の学校に入るのを許してくれるわけないでしょ! ちゃんと内緒にしてきたよ!」

「無断侵入!? しかもそれ笑顔で言う事じゃないよコカちゃん!」

「安心しろミツキ。もしもの時はお前の生徒会の権力で揉み消せ」

「いやいやいや! 生徒会ってそんな犯罪組織みたいな所じゃないし、しかも僕副会長だし……万が一にもそんな事には手を貸さないよ、ボクは!?」


 両サイドからコカとロクに肩を組まれて脅されるように犯罪予告(不法侵入)をされたミツキは、傍から見れば不良にカツアゲされているようだ。


 しかし、あくまでも成績優秀、容姿端麗、完璧少年の精神を持ち、自覚しているミツキは、良心が邪魔をして今更ながらに学校に入るの躊躇った。


「それに、やっぱり女の子をあんな危険な所に行かせるわけには……」


 恐らくその心配は本心だろうが、この状況でコカもロクも素直に帰ると言うわけがないのをわかっているはずなのにまだ渋るミツキに、ロクは痺れを切らした。


「……ビビりイケメンが何か言ってるな。コカ」

「言ってるね! ロクくん!」

「是非ともこの暗い道路に置いていこう」

「うん!!」

「うぇ……!? ちょ、待って、僕も行く!!」


 事の発端という程でもないが、ここまでコカが食いつくのにもわけがある。


 墓場の埋立地でも、過去に事故や自殺騒動が一切無かったにも関わらず、ここ数年で在校生の間ではこの学校に関しての怪談話や心霊体験の話題が絶えない。


 話を聞くだけではなく、生徒の中には実際に心霊現象に会った者もいる程だ。(ロク達を含む)


 そんな所だからこそ、コカのオカルトレーダーに掛からないわけもなく、入学時から収集し、蓄積していった噂話をまとめ、今夜その真相を確かめるべく探索を決行──というわけだ。


 一見、そんな目的も噂話も陳腐なモノだが、コカにはその王道感が堪らないらしい。完璧にオカルトオタクの末期症状だ。


 入学したてで問題を起こすわけには行かないが、ミツキの言う通り小学校からの前科が数回あるが、一度もバレたことのないせいで三人共中々の手練になってしまっている。


 今期の警備員がズボラなのをコカは抜け目なくチェックし、目の届きにくい校内へ侵入できる扉やセキュリティセンサーに掛からない経路もミツキとロクの情報収集で完璧に把握している。


 ロクもミツキも気が進まないような顔をしながらも内心は少し楽しんでいるのだ。


 何処ぞの怪盗集団と化した三人を止めるものは残念ながらひとりもいない。というか気づかれない。


『おい。コイツら学校に入れて大丈夫なのか?』

  (……なんでだ)


 コカに続いて校舎裏のフェンスまで歩いていた最中、ロクの脳内にコンの声が響いた。


 これは鎌鼬騒動から二日間過ごした事でいくつか明らかになった腕輪の機能のひとつ。


 契約者同士なら離れていても腕輪を通した念話が可能なのだ。そのため、近くにいるコカ達にはこの声は聞こえていない。勿論、「離れた」と言ってもコンには腕輪の制限があるので今は鎖の出ない程度に離れ、姿を消して後を付いてきている。


『いや、ここめっちゃ色々といるんだが……』

(それはわかってる。だからコカが食いついたんだろ)

『上級霊とかいますけど。ついでに、上級妖怪も。校内入ったら、お前の嫌いな人外に目をつけられるぞ?』

(いつもの事だな)


 珍しく気にかける言葉をかけてくるコンはどうやら、コカ達の身を案じているらしい。


 といっても、霊感ある人間は普通、危険分子がいるとわかっている場所に軽々と入ろうとはしないため、ロク達の躊躇わなさが珍しいだけだろう。


 ロクも自身の不幸体質に慣れて、街を歩けばバッタリと悪霊だの猛獣の妖怪だのに会う機会が異様に多いせいで、緊急事態のあしらい方が自然と身についてしまっただけなのだ。


『……いつも、上級のやつに襲われたらどうしてる?』

(殴るか……蹴って追い払うと近づかなくなるから、そうしてる)


 そんな常人には一切要らない怪異相手の処世術(物理)を知っているロクは、このオカルト部内では用心棒という位置付けだ。妖怪が襲いに来ようが、霊が取り殺しに来ようが、不良が報復に来ようがドンと来いである。


 コンはその話を聞き、何故生身のロクの拳が実態のない霊に通用するのか考えているようでそれ以上ロクに話しかけてこなくなった。


 その時にはもうロク達は校舎裏に周り、一部に穴が空いたフェンスに辿り着いた。ダンボールと針金で一時的な補修をされていたが、ロクが引っ張るとブチブチと音を立てて呆気なく外れた。


「もしかしてここをくぐるの? 何でこんな都合よく壊れて……」


 ミツキが豪快に穴が空いたそれを見て、まさか? という顔でロクに視線を投げた。ロクが壊したと疑っているようだが、すかさずロクに蹴りを入れられて黙った。


「ふふふ。これはロクくんじゃないよ! 今日──もう昨日か──に、二年生が体育でサッカーやってて、片付けでサッカーゴールを運んでる時に落としちゃってこのフェンスにぶつかったんだ! 先生に聞いたら明日には業者さん呼んで直してもらっちゃうらしいから……」

「なるほど。だから探索が今日なんだね……ん? そう言えば『これはロクくんじゃない』ってどういう……」


 ミツキが感じた違和感を口に出すと、コカが思い切り顔を逸らした。


「……何を壊したのさ」

「うん、一回フェンスくぐっちゃおうか。ね?」


 腑に落ちないままコカに促され、ミツキはフェンスをくぐり抜けて校内へ入る。


「それで、何処から校舎にはいるの?」

「えっと……ここだ!」


 続いてフェンスをくぐったコカは、すぐ近くの校舎の窓へ駆け寄って手を掛けた。すると本来鍵のかかっているはずの窓は簡単に開いた。


「放課後帰る直前に開けておいたんだ!」

「よく見回りの先生に見つからなかったね……って、ねぇ、この鍵欠けてない……?」


 本日の違和感パート2。


 サッシ窓によくある突起を半回転させて閉めるタイプの鍵をよく見れば、引っ掛ける部分の部品が破損し、突起を上げても全く鍵が掛からないようになっていた。


「ロクくん……キミってやつは」

「これが伏線回収……」

「回収早すぎるね。壊したのってこれのことなの!? これけっこう器物破損罪に引っかかると思うんだけど!」

「壊したんじゃない。本来捻るべきじゃない方向に捻っただけだ」

「結果壊してるよね!?」


 故意かそうじゃないかはともかく、ロクが部活前の掃除の時間にたまたま鍵を破壊してしまった事と、フェンスが破られた事が“たまたま”重なったことも探索決行のキッカケになったことは間違いなかった。


 ミツキの怒涛のツッコミをスルーして、ロク達は窓から校舎内の廊下に降り立ち、侵入に成功した。


 廊下はひんやりとした空気に包まれ、床のタイルが月明かりでぬらりと鈍く光っている。周りを見渡しても殆どが闇に覆われ、目を凝らしても見えるのは非常口を示し、ピクトグラムが走る緑の明かりだけだ。


「人は……当然いないが、やっぱり霊は多いな」

「ホントだね、冷気が凄い!」

「え、そ、そうなの?」


 テンションの高いコカに、ミツキは驚いて辺りを見回した。


 ミツキは妖怪など実体のあるものは見えるが、霊は見えないという少々奇妙な“視える目”を持っていた。なので今も尚、ロクとコカには問題なく視える半透明の幽霊達は、ミツキの目には映らないのだ。


「夜の学校っていうド定番のスポットだからな。ほら、そこの角にお前の苦手そうな野郎の幽霊集団が……」

「ほぁあ!!??」


 ロクはそれっぽい雰囲気で廊下の角でたむろっていた男性幽霊らを指した。


『野郎』の単語で飛び退くミツキ。ただの霊ならどうということは無いが、女子に対してのみ紳士のミツキには男の集団は精神的な毒である。


「い、嫌だッ、どうせなら女の子の霊がいいよ! それならイケメンのボクがエスコートしておもてなしして成仏させてあげられるのに!!」

「うるさい」

「グアェッ」


 鳥肌が立たせながら理想を叫んだミツキは、ロクのいいサンドバッグになった。


「さっさと行くぞ」


 ミツキが静かになったところで、天井に張り付く首無し犬を見つけて、それが幽霊か妖怪かの脳内議論を繰り広げていたコカを現実に引き戻して、ロク達は廊下の奥へと進んで行った。




 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -




「いやいやいやいやいや!! 待って待って待って!?」


 静寂の満ちていた校舎中にひとりのイケメンの絶叫が面白いほどに響く。


「いい加減に諦めて行けよ。ほら、お前の好きな女の子(笑)が扉の向こうで待ってんだぞ」

「違う違う絶対違う! ボクの勘がアレは女の子じゃないって言ってるから! ね!?」


 場所は二階の家庭科室前。


 家庭科室の扉に鍵を挿して解錠しようとするロクの腕に必死にしがみつくミツキ。


「ミツキくん! 第一の怪異くらいで怖がってたら、これからのオカルト部やってけないよ!」

「今の状況のまま行こうとするんじゃなくて、このハード過ぎる部員条件の基準下げようよ! そうすれば新入部員絶対来るから!」


 ここに居る理由は、コカが集めた幾つもの噂から想定した校内の怪異出現スポットのひとつ──コカ曰く、第一の怪異──だからだ。


 第一の怪異──切り裂き女


 家庭科室の包丁には、一本だけ殺人に利用されて血を浴びた包丁が紛れ込んでいて、夜な夜な包丁に宿った殺人鬼の女の霊が次の獲物を仕留める準備に、包丁を研ぐ不気味な音が家庭科室に響く──という噂。


 実際に今、目の前の扉の子窓から見える家庭科室内には、どこから持ってきたのか本物の砥石で包丁を研ぐ何かが視える。


 しかし、その何かは噂に聞いたものとは違って「女」とは言い難かった。恐らくミツキの目にも視える事からして、霊でもないだろう。


 輪郭のわからないほど大きな黒い泥の塊のような胴体から、肉が腐って今にもちぎれ落ちそうな人間の細い腕が飛び出ていて、それが包丁を掴んでいる。


 剥き出しになった人間を簡単に飲み込んでしまいそうな大きな口の歯は不気味なくらい真っ白で黒い胴体とのコントラストが見る者の恐怖心を煽っている。


 今は三人の存在に気づいていないが、見るからに危険分子のそれに突撃インタビューしようとする部長を止めなければ、間違いなく命を止められるとミツキの勘が叫んでいる。


 ついでに、


「切り裂き女はイケメン好きって評判なんだよ! ミツキ君が目の前に行けば絶対気に入ってくれるから、インタビューにも応じてくれるって!」

「頼ってくれるのは嬉しいけど、仕事内容は全く割に合ってない! それに気に入られたら絶対ここじゃない何処かに連れていかれる!」

「さっさと諦めてアポ取って来い」

「それ死ねって言ってるの!? 言ってるよね!? てか、いつの間にかボクだけが行く流れになっている!?」


 このまま、オカルト部でこの低い地位を保ち続けると、そのうちこの天然鬼畜部長に悪魔術の生贄にされかねないし、不良鉄面皮部員にはサンドバッグにされ続け、完璧な受け身を身に着けてしまう……と、ミツキの本能が叫んでいる。


 そうしてしばらく、ミツキが命がけで(ロクは余裕)反抗していると、ようやく思いが通じたのかロクが鍵穴にカギをねじ込もうとしていた手の力を緩めた。


「ろ、ロクくん! やっとわかってくれ……」

「カギってめんどいよな……蹴破るか」

「やめろおおお!!」


 不穏な呟きのおかげでミツキはしがみつきラウンド2に入った。


「しょうがないなあ。そんなに嫌なら先に他の怪談スポット当たろっか!」

「その方向でお願いします……」


 部長の権限でようやくロクが動きを止めたので、ミツキ息も荒く脱力した。


「そういや、第一の怪異とか言ってたが、全部でいくつあるんだよ」

「いろいろ噂はあったんだけど、似たような話をまとめると八つかな!」

「七不思議じゃねえのかよ」

「やっつだから……『ややふしぎ』?」

「怖くなくなちゃってるよね……それ」

「まあ、八つあるって言っても今日中には全部回れそうにないから、その半分くらい見れれば十分かな!」


 夜の学校の雰囲気に合わないゆるい歓談で、家庭科室の怪物があやふやになったことにミツキはホッと息をついた。


「それじゃあ、次の怪異行ってみよう!」

「い、一発目から災難だった……」


 第二の怪異──理科室のポルターガイスト


 理科室でひとり、もしくは少人数で実験の準備をしていると、突然背後に何かが動く気配を感じ、振り返るとフラスコや試験管がひとりでに宙を舞っているらしい。


 他にも目を離した隙にアルコールランプが発火していたり、実験用の豆電球がひとりでにチカチカと点滅したりと、他にもetcだ。


「噂によると、みんな目撃したのは昼間らしいんだよね……今は夜だけど遭遇できるかな?」

「物浮かすだけとか動かすだけとか、なんか今までよりぬるいな。小学校じゃクラウジングスタートきった骸骨が走って追いかけてきたのに」

「麻痺してるねぇ……ほんとキミら慣れてるねぇ……」


 コカの解説を受けながら三階の理科室に向かって廊下を歩く。


 コカとロクが横に並んで歩き、生贄にされない為に必死で疲労したミツキがふたりの後をついていく。


「ん? あ、あれ?」


 上がった息を整えるために前のめりで俯いて歩いていたミツキは、自身の脚にまとわりつく黒いもやのようなものに気づいた。


 疑問に思って顔を上げると、前を歩くふたりの足には何の異常も無く、ミツキのもやには気づいていなかった。


「ねえ、これって……うわッ!?」


 不気味に思ってふたりに声をかけようとした途端、もやが急激にその濃度を増したかと思うと、脚のみならずミツキの全身を“質量のあるもや”が縛り上げた。


「ちょ……んぐぅ!?」

「懐かしいなぁ。確かあの骸骨を操ってたの、確かちょっと力が強い猫又さんだったよね!」

「そうだな」

「〜〜〜ッ!!」


 あっという間に口も塞がれ声を上げようと──というか声を上げた上に、背後で部員が謎の物体に拘束されているというのに、ロクもコカも微塵も気づかない!


 わざとかと思う程恐ろしいスルースキルに脳内で悲鳴を上げながらミツキは廊下の隅の闇へもやと共に連れ去られて行った。


「ん!?」


 ミツキが消えた直後、突然コカがガバッと背後を振り返った。ロクもつられて振り返る。


「どうした」

「なんか今音がしたかなーって思って。窓の外にも何か……新手の妖術使いか!」

「コカの奇妙な探索始まるか」


「…………」

「…………」


 それからふたりは振り返ったまま、しばらく静止してから──


「……あれっ!? ミツキくんは!?」

「……………………………………あ。本当だ。いねえな」


 やっと足りない部員に気づいて、コカはキョロキョロと辺りを見渡してミツキの姿を探した。


 数秒間思考しないと思い出してもらえないミツキとは。


「ど、どこ行ったのかな? もしかして妖怪とかに攫われちゃった!?」

「そう言えばさっきは後ろが騒がしかったような」


 騒がしかったのに気づいて貰えないミツキとは。


「まあ、あいつも馬鹿じゃないしトイレに行ったんだろ。知らんけど」

「そっか! そうだよね! いつも天才と自負するミツキくんがそう簡単に捕まる分けないよね!」


 自身の日頃の行いがミツキの首を絞める──!


「それより、理科室って三階だっけか」

「あ、そうそう! 三階の教室と言えばね──」


 完璧にミツキを忘れたふたりは、様子を見ていて顔を引き攣らせていた付近の幽霊たちを残して、歩を再開した。


 階段を上がり、少し歩くと『理科室1』の表札が見えた。


「……なんかいるな。確実に」

「あはは。すっごい黒いオーラ出してるね! 今時むしろ珍しいなあ!」


 理科室を前にしたふたりは、もはやプロの佇まいで扉越しに教室内を観察する。


 コカの言う通り、扉の隙間からは舞台の演出かというほど黒い淀みのようなオーラがにじみ出てきている。家庭科室に居たクリーチャーモドキでさえ負の雰囲気だけだったというのに、こちらはなかなかに癖の強い。


 よほど自己主張の強い怪異でもいるのだろうと目星をつけ、ロクはコカからカギを受け取って解錠すると躊躇いなく室内に足を踏み入れた。


 侵入がバレてしまうのを防ぐため電気はつけられないので教室内はだいぶ薄暗い。漠然とした闇の中に理科室特有の長い机と無機質な白い陶器の水道が浮かび上がっている。


「気配はあるけど……なにもないね」


 肝心のポルターガイストが待ち構えていると思いきや、いつも通りの教室にコカは落胆した。


 しばらく陳列する机の間をうろついてみるが、少しの埃が舞うばかりで特に何も起こらない。いつの間にかあれだけ存在感があった黒オーラも、身を潜ませているのか今は全く見えなくなっていた。


「んー。やっぱりただの噂だったのかな。だとしたらさっきの気配はどうなるんだろう」

「さあ……。あッ」


 パリーンッ


「うひゃあぁ!?」


 突然背後でガラスの割れる音が静寂を裂き、気を抜いていたコカは飛び上がった。


「で、でた!? やっとでた!?」

「……いや」


 テンション高く振り返ったコカの目に映ったのは、床に広がった細かいガラスの破片とそこにかがんだロクだった。


「悪い。いじってたら試験管落とした」

「ええっ、ロクくんだったの!? もう、ポルターガイストかと思ってインタビューメモ出しちゃったよ!!」

「ポルターガイストって対話できんのかよ」


 残念そうに教室の探索に戻ったコカを尻目にロクはため息をついて何もない空間を睨みつけた。


(……おい)

『いや、現世の学校は初めてだったもんで……触らずにはいられなかったんだ……ッ!』

(マジに大人しくしてろお前)


 コンの全く反省していない声が頭に響く。


 コンはコカが見ていないのをいいことに姿を現して、理科室の備品をいじり倒していたところで試験管を指の間から取り落としたのだ。コカが振り返る直前で再び姿を消したので気づかれてはいない。


 コカはぼんやりとコンの気配を察知していているようだが、存在には気づいていない。


 ついでに、鎌鼬に追い回された際コンの声を聞かれたが、念のため後にロクが適当に誤魔化してコンの事は隠しておいた。オカルト=妖怪大好きなコカに狼男と契約したと知られたら怒涛の鬼畜インタビューは避けられないとわかっているからだ。


 コンは腰に付けたバッグから塵取りを取出し、試験管の残骸を集めてそれを手のひらに注ぐと、ぐっと握りしめた。再び手を開くと手のひらのうえにはヒビすら無くなって元通りになった試験管があった。


 それを試験管立てに戻すと、コンは理科室の奥を見つめて口を開いた。


『だけど、落としたのはオレじゃないぞ』

(……なに)

『お前らが狙う奴──ポルターガイストに落とされた。多分オレがいるせいで近寄れないだけで

 こっちの様子を窺ってるぞ』

(近寄れないって、どういうことだ)


 コンは妖魔界内では有名なだけあって、コンの付近にいると魔力の気配で居場所が知られてしまうのだとか。コンも魔力の隠蔽をしていないわけではないが、あまり必要性を感じず隠蔽も適当なものなので、今この校内ではほとんどの妖怪兼怪異はコンの存在に気付いている。


(つまり、この理科室のポルターガイストはお前にビビって引っ込んでると)

『そうだな~。それでもこっちの様子はばっちり見られてる』


 それではポルターガイストに遭遇できずどうすれば……と、ロクが珍しく頭を使って対策を考えようとした瞬間、


「きゃあ!?!?」


 今度はコカがロクの背後で悲鳴を上げて、床にしゃがみこんだ。


「どうしたッ」

「あ、ぅ、いや、その……」


 ロクは体を百八十度回転させると壁際にいたコカに持ち前の俊足を無駄遣いして駆け寄った。


 ロクが顔を覗き込んでみると、何故か顔を赤くしたコカはギギギと油をさしていない機械のような音が鳴りそうな動きでロクを見上げた。


「い、今スカートが……思いっきりひっくり返っ……た」


 赤くなったような青ざめたような、混乱したコカはそう言った。


 手を触れていない物体が独りでに動いたということはつまり、たった今噂通りのポルターガイストがロクにも気づかれず、この理科室に出現し、駆け巡りコカを襲ったということだ。


 怪異をしょっ引ける決定的瞬間を逃したロクは舌打ちをした。


「何!? クソッ、考え込んでたせいで見てなかったッ」

「ロクくん!?」


 突然顔をボフンとさらに赤らめたコカはスカートを抑えて「ほ、ホントに見てないの……?」などとボソボソと独り言をこぼした。


 動揺したコカを見て、その心情を知りもしないロクは首を傾げた。


「……なに言ってんだお前。お前のほうは見たのか」

「ん!? みみ見るって……」

「ポルターガイストにひっくり返されたんだろ。お前はポルターg……言いづれぇ。ポルガス見えたのかよ。お前俺より動体視力いいだろ。どうなんだ」

「あ、あぁ! ……ポルターガイストかぁ!」


 そう言いながら辺りを見回してポルガス(ロク命名)を探そうとするロクを見て、おかしな勘違いをしていたコカは今までとは別の意味で顔を赤くして、気づかれぬようにホッと息を吐いた。


「って、ポルターガイストは『現象』だから目には見えないんじゃないかなロクくん!」

「そうなのか。でもまあ、一応遭遇はしたが……これで、この教室の探索は終わりか」


 近づかないといってもスカート捲りまでしたゲスい怪異には関わりたくないロクは早く次へ行きたかったが、主導権を握るコカは精神がたくましいのかまだまだ不満顔だった。


「んんー、でもせめてお話かできるか、もしいるなら操ってる怪異に正体でもわかればなぁ」

『おい、ここらでやめとけよ? オレは何があっても助けたりしないし、それにあいつら(・・・・)……』


 変に自分たちを止めようとするコンの声が頭に響いたが、さっさと事を終わらせたかったロクはそれを無視してあるアイデアを思い付いた。


「じゃあ……煽ってみるか。キレて本体でも出てくるかもな」

「煽る? ど、どうやって?」

「ふつうに……こうやって」


 ──数秒後。理科室とそこへ繋がる廊下中に耳を劈く轟音が響き渡った。




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