67.くれぃじー・ショック
「コカ」
「なに!?」
「証明されたみたいだな」
「なにをー!?」
「俺の強さが妖魔界でも通用すること」
ロクは、地面にぐったりと脱力した烏丸の上に腰掛けた状態で、ふうと息をついた。
「お前、散々言ってやがったからなァ。妖魔界で俺の力が通用しないとかなんとか」
「あちゃー! そうだったね!!」
ロクに睨みを効かされたコカはテンション高めに頭をかいた。
いつかの夜にコカに指摘されたことを、実は内心ダメージを負っていたロクは今スカッとした気分だった。生えたままになっている自身の大きな尻尾をゆらゆらと揺らした。
「……やっぱり、強いんだね。ロクくん」
「おう」
コカが心配していたことはこれでほぼ吹き飛んだ。いつものハイテンションのものとは違う柔らかい笑みを浮かべてロクの狼耳を眺めている。
コカの心配はロクに危険が及ぶか否かだ。この強さが今証明されたことで、ロクに対しての信頼は確実なものになっていた。
「あれ? じゃあ、ロクくん妖魔界の部隊になる話受けるの? やっちゃう? やっちゃう!? 」
「……いや、こうして妖術も使えるようになった今そんな面倒なことしなくてもいい気がするな……まあ、入ってやってもいいんだが……迷いどころだな」
「ワタシはロクくんが決めた方についていくよ! ミツキくんもそうだと思う!」
二人が商店街の路地にて仄暗い話をしていると、下敷きにしていた烏丸が呻いた。
「う……やめろ……お、お前ら何を、た、企んでいるんだよ……!」
「企む!? 何もそんなこと考えてないよ! 余計なこと言っているとロクくんに凍らされちゃうよ!!」
「てか勝手に動くな、黙って喋れよ」
「む、む、無理いうな……!」
二人の会話を聞いて、詳しいことはわからないものの何か薄寒いものを感じた烏丸は微かな正気を取り戻していた。ボコボコにロクに殴られて満身創痍になっているものの、そのおかげで復讐心に沈んで曖昧だった頭の中が少しだけ透き通っていた。あれだけ自分を突き動かしていた淀んだ憎しみが純粋なものに変わっている。
今だけはロクたちのボケ倒した会話を冷静に対処できた。
「も、もう……もう早くボクをどうにかしてくれ……こ、殺すんだったら一思いに……」
「…………」
烏丸が自分の状態を嘆いてそう言うと、二人はスッと表情を消して黙った。その両者の顔に影が刺し、その瞳だけが白く浮かび上がった。不気味な視線に見下ろされた烏丸はびくっと体を震わせた。
背筋が凍るような感覚を覚える。次にコカが口を開くまでの時間が彼には永遠のように感じた。
「この天狗さん何言ってるのかなあ、ロクくん!?」
「あぁ、殴りすぎたか。なんか勘違いしてるらしい」
ロクはゆっくりと烏丸から腰を上げた。ロクの体重から解放されても威圧のようなものに全身を支配されて烏丸は動けない。
「お前自分が何やったか覚えてないのか」
「ロクくんのお母さん、殺しちゃったんだよね!!」
「それで、『いっそ一思いに殺してください』と……そんな要望がまかり通ると本当にそう思っているのか。やったってことは、やられる覚悟があったわけだ。俺はある。これからお前にやることのな」
「な、な、なに……を!?」
ロクは首を傾けてボキボキと骨を鳴らした。ロクは先ほどの宣言通り、到底許す気はないようだ。
「お前、なんて言ってたっけなァ……俺の母親は今まで積み上げてきた歴史を潰して死んだ、だっけか。じゃあお前にも今までのもの潰すくらいの屈辱を味わってもらおうか」
「大丈夫! 殺しちゃったりしないから!! というか――……絶対に死なせないよ」
「ひ、ぃい……!」
コカの裂けた口元がにっこりと釣り上がる。ロクの鋭い爪が月明かりに反射している。
「――……!?」
――自分を見下ろす二人の間に誰かいる。
その姿を見た瞬間、烏丸の体は無意識のうちにガタガタと震え始めた。それと同時に湧き上がる感情が烏丸の心を支配する。もちろん恐怖だ。
全ての時が止まったように感じた。その中を支配でもしているように、それはゆっくりと動いて、地面に倒れている烏丸の顔を覗き込んできた。
『あはは! よくやったと思うよ、烏丸』
それは語りかけてきた。その軽快な口調が烏丸の心を凍てつかせていく。
『ものすごくいい働きだぁ。本当はここまでやるのに三人くらい使う予定だったのに。キミ一人で済んでしまったよ……でもね、いい子ではない。勝手に殺そうとされちゃあ困るんだぁ、“ボクの子”をね。そもそも彼は本当にキミの仲間とやらの仇ではないし』
ロクたちに対するものを簡単に上回った恐怖は、烏丸にそれ以外のことを全く考えさせないほどに心も体も支配した。
まるで胸部を抉られているような苦しみと胃の中がひっくり返るような吐き気が同時に津波ように押し寄せた。今までで比較にもならない恐怖であり畏怖。
『もしその仲間の仇を恨みたいならねぇ……完全にボクを恨むことだ』
もう、ここにいたくない。
『もちろんキミはすでにボクを恨んでいるだろうけどね!』
その言葉を最後に、周りの時間が再び動き始めた。
「……ぁ」
「あ゛? なん――」
急に様子が変わった烏丸に、ロクが眉を顰める。
「あ、アアァァァぁああ! イヤだイヤだイヤだアアァァアッ!!」
「あっ」
ふと気を抜いたその瞬間、烏丸は一瞬で立ち上がって転がるように駆け出した。あっという間に路地から飛び出していく。身構えていなかったロクたちは驚くほど簡単に彼を包囲から逃してしまった。
「……なんだアイツ」
「急に叫んだ!?」
あまりに今までのとは違う腹からの叫びに驚いて、二人は彼の背の溶けかけの片翼を呆然と見送った。
「あぁ……! ハァッ、ああァ……ッ!」
まだ走り出して間もないにもかかわらず、肺が腫れるしそうなほどに息切れした呼吸をコントロールできない。烏丸はあの場所にいたくない一心で必死に腕を振った。夜の住宅街の景色が後ろへ後ろへと流れていく。
ロクの背後には、本人も気がついていない脅威がいる。
烏丸には絶対逆らえない、逆らおうとも思えない。
きっかけを作っただけで何も悪くないと本当はわかっているロクに当たったのも、その脅威に真っ向に向かう勇気の残り火すら心の底から完全に踏みにじられてしまっていたからだ。
――もう、頭までアストラに溺没した自分に救いの手を差し伸べられることはない。
烏丸はそう悟った。
必死に走り続ける烏丸は、唇を噛みながら住宅街から道路へ飛び出した。
瞬間、スポットライトのような閃光が夜の住宅街を照らす。白く飛んだ烏丸の視界に最後に見えたのは白いナンバープレートだった。
バンッッ!!
烏丸の全身は衝撃に跳ね飛ばされた。直後に甲高いブレーキ音が響き渡る。
彼の感覚では数秒間は浮遊感があっただろうか。それに終わりを告げる合図が地面に叩きつけられたことだったのは確かだ。顔につけていた仮面が砕けて破片が倒れている彼の目の前に転がる。
頭がまたぼやけ始めて、車にぶつかった右半身が鈍痛をじんわりと感じた。
それとともに脳裏に映し出されるのは、懐かしい過ぎ去りし日の記憶だ。
“お前の考えてることなどワタシには手に取るようにわかるぞ! この妖魔界の部隊に所属することにビビって仕方ないんだろう!”
“あ、当たり前、じゃん……なんでボクなんかが……”
“そう! そこがいちばんの矛盾よ。お前は入隊を断ってしまえばいいのにそうしなかった! それがなぜかワタシにはわかる。わかるぞお!”
“は、はは。それは無理……”
“ズヴァリ! 探究心に溢れたワタシに危険が及ぶのが心配だからだ! だからいざとなった時にこのワタシを守ってやろうと思っている。違いないな!”
“な……ッ!? な、な、な、何を言ってるのか、わ、わかり、わからないよ”
“ふはは、そうだろうそうだろう! ワタシにはなんでもお見通しなのだ! ふはっ、優しい奴めえ……”
“それでこそ、ワタシの見込んだカラスマユータという人間だ”
もう失われた彼女の声が聞こえる。しかしそれも鈍痛に飲み込まれて、痛みに蝕まれていく。
烏丸は体だけでなく精神までボロボロになった自分の状況に内心笑いたくなったものの、その力さえ徐々に失われていくのを感じる。
「…………サトリ……ごめ、ん……」
烏丸は全身から力を抜いた。
・ ・ ・ ・ ・
遠くで聞こえたブレーキの音を聞いて、ロクとコカは夏の夜空を見上げた。
「ロクくん、今なんで追いかけなかったのー?」
「なんか……めんどくなった」
彼のあまりにも必死に逃げる様子に圧倒された二人は、謎にその場に立ち尽くしていた。
すると、こちらに近づいてくる足音に気がついて、コカが身構える。しかし、ロクは右腕にハマった腕輪から感じるその感覚によって、その正体になんとなく察しがついて路地裏出口に視線をやった。
「居たなクソガキ」
「あ、テメー遅っせえんだよ」
現れたのはロクの予想通り、コンだった。
「あ!? お前その格好……」
「……あ、そうだ。天狗の野郎と戦おうとしたら急にこうなった」
「ロクくん狼になっちゃったよ、コンくん!! 」
変わり果てたロクの姿に気がついて、コンは「こんな予感はしてた……」と頭を抱えて天を仰いだ。
「魂月様、搬送の手配ができました」
「搬送!? なんの」
コンがぶつぶつと独り言を言ってると、その後ろの建物の影から黒いモヤが立ち上がり、ルベルが姿を見せた。
「お前らが戦った烏丸って天狗のだ」
「え!? どういうこと!!」
「アイツ、道路に飛び出してトラック轢かれて吹っ飛んでたぞ。たまたまその場に居合わせて、今妖魔界の病院に搬送する用意をさせた」
「ちょっと遅かったら天国まで逃げられてたな」とこぼしたコンは、話の流れがよくわかっていないロクに改めて視線を向けた。爪先から頭の先のアホ毛までロクを眺める。
その視線の意図を読み取れなかったロクは、居心地悪げに眉を潜めた。
「なんだよ」
「ついでにお前も搬送してもらうんだな。この感じだとたぶんそろそろ……」
バキッ
「ッあ゛!? 」
「ロクくん!?」
背骨あたりから、隣にいたコカまで聞き取れるほどの骨が鳴る音が突然響いた。その音とともにロクの呼吸を遮るほどの激痛が全身を稲妻のように駆け巡る。
バキボキッピキッ!
「い、いッ……!」
「大丈夫!? てかこの感じは大丈夫じゃないよね!?」
立っていられなくなったロクは、ドサッと地面に膝をついた。
コカは本気で心配してその体を支えるが、コンの方は「くるぞ」と一言言って両耳を指の先で塞いだ。
「いッ――」
ロクは必死に肺の中に空気を吸い込んで、一拍――
「いだああああああああああああああああああッ!!!!」
「ロクくーーーん!!」
「うわあ、やばいなあw……初期の覚醒後における骨格組み替え及び筋肉痛症状。おお、こわいこわい」
「えっと……大神さんの分も搬送の手配をいたしますね」
コンは半笑いで、地面をのたうちまわって悶絶するロクをしばらく眺めていた。
・ ・ ・ ・ ・
『魔天狼の帰国記念公演見に行きました! クライマックスはずっとドキドキしてた』
『急な主演交代ってことで心配してたけど、リクくん数年ぶりの舞台と思えないくらいの実力を見せつけてきた。このまま活動復帰しないかな』
『二日間連続で参戦したけど、最終日だけちょっと展開変わってたのな。びっくりと感動が同時に来てこの歳で号泣したわ』
画面をスワイプするたびに先ほど終わったばかりの劇団の感想が溢れてくる。目を輝かせてそれが表示させられているスマホを見ていたコカは、ベッドにぐったりと横たわっているロクにその画面を押しつけた。
「ロクくん! やっぱりロクくんのお母さん生きてるって! セロトくんたちが言ってた通りだよ!!」
「頭が……腰が……足がァ……」
グリグリと顔にスマホの画面を押しつけられるが、それどころではないロクは全身に蔓延る激痛に呻いていた。
ロクは原因不明の激痛に倒れてから、いつの間にかコカと一緒に妖魔界のウォルツィの中にある医療施設に運び込まれていた。その中にある病室のベッドに寝かされている。
既に怪我を負った腕や頭は処置がされており、激痛に悶絶している中、医師らしき妖怪から癒しの術をかけたから数日で完治すると聞かされたような気がする。
コカとロクのスマホの押し合いが繰り広げられている中、病室の扉が開かれた。
「わー、よかったなあクソガキ、痛みでショック死しなくて」
「だ、大丈夫か、大神……?」
ぴくりとも動かずに悶絶するロクを見て顔を引きつらせるセロトと、コンだ。
コンはベッド横まで移動してきて、挨拶代わりにロクの体をつついた。その瞬間ロクはこの世のものとは思えない呻き声を上げた。コンはそれを腹を抱えて笑っている。
「え、ええと。今回のことだが……どこから話せばいいのやら。一晩でいろいろな事が起きすぎだな」
「ロクくんだよ! ロクくんはどうなっちゃってるの!? 狼になっちゃったけど!!」
「ああ、それなら話しやす……」
「このクソガキはな、覚醒しやがったんだよ」
セロトに被せてコンが話に割り込んできた。グイッと掌で顔面を追いやられたセロトは壁に押しつけられた。
「カクセイ!?」
「そう、人間妖学において“覚醒”は、妖力の働きが活発になり、個々の種属性による力を常時以上に引き出した状態だ。まあ、それだけの力に耐えられるように骨格の矯正変化が起きたりするから覚醒後は今のクソガキみたいに想像絶する筋肉痛に襲われるらしいが」
コンが専門的な話を始めてコカはキュッと眉間に眉を寄せた。そういえばコンは発明家。化学分野の知識には特化しているようだ。最初のワードでコカは置いていかれた。
ロクは言わずもがな、つつかれた恨みをぶつけるようにコンを睨んでおり、あまり話は聞いていない。
「まあ、それはわかってるんだが、こう言った覚醒が起こるのは妖力が活発になるのが大前提だろ? 妖術を自分で扱えるようになって数日しか経ってない大神なのに……どうしてこんなに早く起こったんだろうか?」
「それだが……多分原因オレだな」
「なに? どういうことだ」
コカは動けないロクの口に、昆布を大量に詰め込んでやった。口を動かすだけでも顔周りの筋肉が悲鳴を上げるが、食欲には勝てない。
「オレの“妖力吸収”だ。この三ヶ月間ガキの妖力を吸い続けてただろ? 普通のやつなら妖力枯渇で死ぬがこいつは妖力爆弾だからな。オレが吸収しているおかげで、長年使われてなかった古い妖力が急に循環して、活発を促してたんだ。覚醒前は眠気がひどくなったり、骨格変化の準備期間で骨がなったりするらしいが……」
「そんなことあったか? 大神」
「言われてみればロクくん、授業中の眠りが深すぎたような気がする! 足もさっきボキボキなってたし!!」
「そんなことわかるのか……?」
ロクの健康管理係に推薦できそうなコカの気がつき力にはセロトは圧倒される。
「予想はできてたことだが、このガキは狼の属性だったみたいだな。だからこんなふうに狼男の姿になった訳だ」
「ゾクセイとは! なんですかコン先生!!」
まるでゲームのチュートリアルのように説明を促すコカに、コンは少し気を良くしたようだ。
「妖怪も人間も、種属性と言うものが皆にある。ほとんどが生まれた時の種族が属性になる。人間だったら人間属性、妖狐だったら妖狐属性みたいなな」
「ワタシは!? ワタシはぬらりひょん属性!?」
「だいたいは検査しないと分からないがそれは絶対ないと思うぞ天雨……」
「血液型みたいだね!!」
しかし、人間の場合は属性を二つ以上持っている場合がほとんどらしい。その理由は今は置いておいて、大体は人間属性ともう一つは怪異関係の属性を持っているようだ。
ロクの場合はそれが狼属性だったらしい。覚醒によって、属性の本来の力が引き出された結果、このように狼の姿に変化したようだ。
「ま、全部ひっくるめてオレのおかげで覚醒できたわけか。わかったら感謝しろお前ら」
「コンくんって頭いいんだね~~~!!」
「わかってないなコノヤロウ」
「わかってるよ!! えっと、つまりー……ロクくんはもともと狼属性の氷タイプで、コンくんと一緒にいたおかげで妖力ってのが活発になって、狼に変身してぱわーあっぷしたってこと!?」
「変身……」
「氷タイプ……もうそれでいい」
コカのトンデモ理解にセロトは引きつった笑いをした。
「あ、そういえば、ロクくんがあの天狗さんも同じこと!?」
「……そうだな、あいつも覚醒によって天狗になった人間だ」
彼の話になった途端、妖怪二人の表情が曇った。
「……そういや、アイツって結局何だったんだ」
痛みが少し引いたロクは、今までの絶叫が嘘のように何事もなかったような顔をしてベッドから身を起こした。
烏丸は病院に搬送されたようだが、ロクたちが今いる場所とは違う警備がしっかりとしている収容施設も兼ねたところに送られたらしい。
「あの大神を襲った天狗属性の烏丸――もとい烏間優太は、一応犯罪者ということが確定したんでな……彼の持ち物などからアストラの一味だという証拠が出た」
「でも、あの人もとはこの国専属で働いてた人なんでしょ!?」
「ああ……その頃はいいやつだったんだがな。一体失踪していた間になにがあったのか……当分本人から話を聞くこともできないな」
烏丸は一命も取り止め、安定したようだが精神的になんらかの障害が見られているとのことで、目を覚ます見込みは当分ないらしい。
今回烏丸は、護衛をしていたルベルたちを高等な幻術を使い惑わせてロクや語を襲った。幻術のせいで、腕輪のシステムすら掻い潜った烏丸は今回かなり警戒されており、搬送先では幻術対策が厳重にされて、彼の目覚めを待っているようだ。
「そこで今、王たちの間で話し合いが進んでいるんだが……元人間部隊が失踪した状況から考えて、アストラに引き込まれたのは烏丸だけではない可能性があると……」
「アストラに洗脳されたのは人間部隊の人間全員かもってことか。やばいなクソガキ」
「え!? なんでロクくんがやばいの!?」
勝手に話が進んでしまいコカは戸惑うが、ロクは珍しくコカよりも早く状況を理解した。自分に迫る危険に敏感だからか。
「烏丸を倒したのを恨んだ元人間部隊の奴らが、俺を恨んで敵討ちに来るかもってことか」
「危ないじゃん!!!!」
「死んでないけどな」
「ああ、だから……オレ的にはお前らの安全を考えると部隊の話は断った方がいいかな……と思っている」
意外な言葉にロクとコカは内心驚いていた。彼らの訳有り感を感じ取っていたので、入隊を促してくると思っていたのだ。
「決めるのはお前ら次第だが……妖魔界とはこれ以降あまり関わりにならない方がいいかもしれ……」
意外なところでセロトの優しさが垣間見れたが、ロクはなぜか少し眉を顰める。しかし、ロクが口を開く前に、セロトの前にコンが割り込んできた。
「ところがそう簡単にはいかない」
「え、なんだ……むぐ!」
「これだ」
コンはセロトを押し除けながら自分の腕をロクたちに見せた。正確にはその手首にはまっているロクのものと同じ腕輪だ。
「もし部隊に入らなかったとしてもオレとの関係は打ちきれない」
「なんでだ。今回俺が断れば腕輪は解除できるみたいなことを王が言ってたような……」
「それ以前の問題だ。お前、狼属性で覚醒しただろ? で、オレの属性はなんだと思う?」
「コンくんは狼属性でしょ!?」
「そうだ。だから心外にもこのガキとオレは相性がいい。そこでさっき調べて判明したんだが……腕輪にかけられた“縛印”が複雑化してる」
「複雑化……ってお前、腕輪を調べてたってことは……」
コンはこの三ヶ月、ラウォルにかけられたロクとコンを繋ぐ腕輪にかけた術の解析を行なっていた。
それをお得意の封印抜けで腕輪を取り外し方法を探していたのだと察したセロトは、コンを睨みつけるが話の腰を折らないようにと我慢した。
コン曰く、この三ヶ月で腕輪にかけられた術の解術はかなり進んでいたのだが、ついさっき確認して見たところ、今まで進めていた解術が完全に綺麗に修復され、さらには難易度の高いパズルのように複雑化して、流石のコンでも解くのが困難になってしまっているという。
おそらくだが、この腕はの性質的に、本来なら人間属性と狼属性のものたちを繋いでいたのだが、ロクが覚醒してコンと共通の狼属性が強くなったことで腕輪が勝手に二人を繋ぐ術をより強固なものにしてしまったらしい。
「だから、たぶんラウォルでも契約破棄ができなくなってるはずだ」
「…………」
「本契約しようがしまいが、クソガキ。腕輪の鎖は解除されないぞい」
「…………でもお前なら解術できるんだろ」
「時間があればな。でも、いいのか? お前、このままだとその狼の姿のままだぞ」
「え」
「え……?」
それを聞いて、ロクはまだ自分の頭や尻に毛むくじゃらの獣のアイデンティティが生えていることを思い出した。
なぜかセロトも声を漏らしているが、気にせずコンは話を進める。
「お前は今、いつもなら眠っている狼属性が出ていて引っ込みが効かなくなってる状態だ。それに覚醒云々で妖力爆弾のお前の妖力は安定せずその引っ込みのつかなくなる状態も普通より格段に長くなるように促されちまってる」
「だから元の姿に戻れないだと……」
「人間に戻るまでどれくらいかかるの!?」
「ふむ……コイツの妖力量から考えても……一年で戻るかどうか」
「「イチネン!?」」
一年間はこのケモ耳状態という本人にとってはかなりの拷問期間が続くかもしれないということを想像し、ロクは白目をむきそうになる。
「どうすんだ……俺一生人前に出れないぞ」
「ペット禁止の電車とかファミレスにも入れないね……!!」
「下手したらゲーセン、カラオケも……」
「お前ら……案外余裕だな?」
学校に行けないとかそういうことよりもどうでもいい心配をする二人だが、本人たちにとってはかなり深刻な問題だ。
「どうすんだよ……もっと早く戻る方法はないのか」
「あるにはあるが……お前にはイヤァな方法だろうなあ」
「なんだよ。もったいぶってんじゃねェ」
「……本契約だ。これも自分で勝手に覚醒しちまったせいだ。不幸も積もれば大変なこった」
「うわ」
本契約を解くことを目的で妖魔界にきていたところがあったというのに、結局こうなるのか。
「腕輪の効果が、今はオレたちの妖力を共有させているだけだが、本契約するとその共有している妖力を完全にコントロールできるようになる。それでオレが妖力を安定させるしかないな」
ロクはどんなに足掻いてもこの自身の不幸体質でコンとは離れられない運命なのか。
コンに守られるような屈辱を味わう可能性を考えたロクだが、ロクにはこれしか方法は思いつかない。
しかしただ一つの違和感が、いままでロクと同様に妖魔界に帰りたがっていたコンが、この本契約に乗り気のような気がしたのだが、そんなことはないかとロクは考える。
「ど、どうするのロクくん! 契約しないとオオカミ耳一年の刑だって!!」
「うぐ……」
ぎしぎしと痛む腕を組み、ロクは考え込む。
ロクは妖魔界のこともそのルールや常識をほとんど知らない。こんが適当なことを言っていないとも限らないが……そうだとすると誠実なセロトがそれを正そうとしていないのはコンの話の裏付けとも言えるような気がする。
顔の半分が白い前髪で隠れてしまっているので、表情が読み取りづらいコンだ。ろくに何を考えているのかわかるはずもない。かと言って今この道を進まない方法も思い浮かばない。
苦虫を噛み潰し、さらに何十回も咀嚼したように口をもごもごと動かす。
「ま、まあまあ! 一旦その話は置いておこう!」
少々ピリピリした雰囲気を固唾を飲んで見守っていたセロトは、ようやく重かった口を開いた。
「本契約はするしないにしても、部隊には入らないほうがいいだろうな。当分今日みたいなことがないようにする! きちんとオレたちが守るから安心しろ、大神!」
ロクに気を使って、その肩に手をかけてそう言った。……瞬間、ロクは少しの間固まり、セロトを振り返った。
「……あ゛?」
「え?」
なんだかお怒りの様子のロクにセロトは後ずさる。
完全にセロトに振り返ったロクは、ゆらりとその胸ぐらを掴んだ。
「うおお!?』
「おいセロト……今何つったよ。俺を守るだと…….」
「そうだぞセロトニン」
「セロトニンくん!!」
「またそのあだ名か!?」