7.“天災”のオオカミ少年
影はふと窓から見える妖魔界の空を見上げて、そう言えば現世の空は蒼かったな、と思い出した。
少し視線を下げれば下の階のバルコニーで、パニック状態になって慌ただしく上司を探し回る部下達の姿が見える。
そして視線を正面に戻すと凶悪な髭を生やした影の上司がいる。そう言えばこの人から最後に休暇を貰ったのはいつだったか……と影は思考の海に飛び込んだ。
「……疲れたのは分かったから、そんな長考してないで報告をしてくれ」
「休暇はいつ頂けますか」
「お前が報告してからだ」
机の人物は深くため息を付いて部下に状況報告を促した。連日の予想外の出来事でどちらにも相当の疲れが溜まっている。
「……まずひとつ目、約十時間前にようやく現世へ派遣できた部下が、消息を絶ちました」
「……なに?」
「あちら側に行った後もこまめな報告が続いていましたが、ある時を境に報告が途絶え、位置情報も……」
頭を覆っていた睡魔が吹き飛び、机の人物は驚愕の表情を浮かべた。
「それは……」
「はい。恐らく部下は……」
「言わんでいい……頭痛が止まらん」
「殴って差し上げましょうか」
「何故だ!?」
「いえ、痛みで頭痛が気にならなくなるかな、と」
「…………遠慮する……」
ほんの少しでも「あ、いいかも」と思ってしまった自分の精神状態に不安を覚えた机の人物は、影の「ひとつ目」という言葉を思い出した。
「それで、まだ報告はあるんだろう。続けてくれ」
「はい。先の報告に続いてですが、現世へ調査に行くと名乗り出た方が居ました」
「それは……名乗り出る精神は立派なものだが、同じ結果を招くことになるだけではないか?」
「いえ……彼は一番信用できる『妖狐』だと私は推薦します」
『彼』、『妖狐』。そのワードに心当たりのあった人物は、影に向かって「まさか?」と視線を投げた。
影は自らの影片を揺らして苦笑いをした。
「そのまさかです」
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日は傾いて夕焼けの時刻。飾り屋の一件から一先ず立ち直ったふたりは今朝ぶりに大神家へと帰還した。
「うわ、今更だけどマジで傷がねぇ」
「オレが治してやったんだから感謝しろよな!」
あんなにもドバドバ出血していた傷口は既に初めから無かったかのように完治していた。これもコンがゲームの様な回復の術を使用して治してしまったと言う。
コンは自慢げに大神家のソファに腰を下ろした。
「ん? なんで日本家屋にソファ……」
思わず声が漏れるコン。
座ってから気づいたが、大神家は由緒正しき二階建ての日本家屋なのだが、和室に対してソファのデザインが部屋の空気と絶妙に合わないせいで──物凄く座り心地が良いのはいいとして、雰囲気がおかしいことになっている。
他にもドテカく真っ青のスピーカーが置かれていたり、台所が優秀すぎる純白のシステムキッチンだったり、色々とおかしくなっている箇所が幾つかある。
「何か変か?」
「…………………いや?」
物心ついた時からこのままなのでロクは特に疑問を持たない。コンも何かと言うのは面倒だと判断した。
「それより! お前、オレが腕輪に封印されてた理由気になってたよな? 今なら教えてやらんこともないぞ!」
「……なぜだ、今まで『早く説明しろよ不良妖怪が』て思ってたのに今は聞きたくない」
「な? ん? 聞きたいだろ?」的なウザイオーラを押し付けてくるコンが面倒臭くなってきて、ロクはコンから距離を取ろうとするも、首根っこを掴まれて正面に正座で座らせられた。
「まあ聞けガキ! やっと話す気になったんだ、損なんてしやしないだろ?」
「はぁ……じゃあ名前からどうぞ」
ロクは口調で距離を取るがコンはスルーして咳払いした。
「今更なんだが、オレは狼男の『コン』だ。さっきの鎌鼬の塊と紛らわしいよな……全く変な名前付けやがって……」
さり気なくどこかに居るのであろう名付け親に向かって愚痴をもらすと、コンはチラリとロクを見た。
大方自己紹介の感想を欲しいのかとロクは察し、少し迷った結果、適当に名前を聞いた際にふと思ったことを口にした。
「狼男なのにコンって名前がキツネっぽ『ズドンッ!!』……うちの壁……」
ロクの口から「キツネ」の単語が出た瞬間、何処から出現したかも分からない早業で小振りのナイフがロクの頬を掠め、背後の壁に突き刺さった。
数センチ右にズレていたら液晶テレビ(やはり無駄にでかい)に亀裂が走るところだ。
ナイフの持ち主──コンは悪びれる様子もなく片手で顔を半分覆ってロクを睨んでいる。
「何しt」
「キツネはやめろ。あんな……オレをあのバカと一緒にするな! アイツと同類にされる位なら灼熱の銀を飲んで死んだ方がマシだ!」
「……キツネとなんかあったのか」
目をクワッと開いていきなりキツネを毛嫌いし始めたコンにロクは選ぶ言葉を間違えたかと後悔する。
コンの言う「アイツ」は妖怪つながりの知り合いなのだが今は割愛する。
コンはハッとしていかんいかんと首を振って正気を取り戻した。
「いや、何でもない。だけどまた同じこと言ったら殺すからな……それで、オレが腕輪に封印されてた理由だったか?」
「やっとか」とロクは溜息をついて正座し直す。一々話が脱線して本題まで随分時間が掛かった。
「まず、オレが住んでた王国を半壊させて」
「まてまてまて」
初っ端から爆弾を落とされた。
「何だよ、まだ話し始めたばっかだろ?」
「てめえ俺に理解させる気ないだろ! 色々吹っ?飛ばしすぎなんだよ、解説が欲しい!!」
まず、王国というのはおそらく妖魔界かなにかの"異世界"の事でいいだろう。もしこの"現世"なんかで王国半壊などというものが起こったのなら、もうとっくにやれ恐ろしい兵器だやれ化物だと世界中大騒ぎになってしまっているはずだ。
「ふん……じゃあ最初から話すか」
「最初からそうしろ」
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妖魔界──ひとつ目の男、火の車に乗る猫、喋る片足の付きの傘。そんな妖怪やモンスターが暮らす、要は異世界。そこでは現世で科学が発達しているのと同様に、魔力のエネルギーを使った技術が発達している。
その中でも『妖術』、『魔法』は世界の生活を支えるだけでなく、人間より身体の丈夫なモンスター達は、今も尚国同士の争い続く世界のため、強力な戦力として重宝している。
その世界の内、獣人が多く住む『ウォルツィ』という王国。そこが人狼一族も住む、コンの家でもあった。
コンはその王国ではいろんな意味で存在が知り渡っており、捻くれた性格とは裏腹に、精密で天才的な妖術技術とハイセンスな戦闘能力で一目置かれていた。
そんなある日、王国の一角で暇を持て余したコンは新しい術の開発のアイデアに悩んでいた。
当時、コンは現世のカプセルからモンスターが飛び出す国民的アニメにハマっていた。現世から電波引っ張ってきてアニメの録り溜めを消化していた時、モンスターが放ったある技にコンは目を奪われた。一直線に突き進み、眩い光を放ちながら目標をハカイする光線に……。
コンは思った──かっけぇ、と。
お分かりいただけただろうか。
その攻撃ワザを再現しようと決意した“バカ”がここに誕生してしまったのである。それからすぐ、コンはありとあらゆる術魔法に思考錯誤を重ね研究&鍛錬に励んだ。
そして開始から二日後、驚異のピッチで研究は進み、その術は完成した。
通常は攻撃系術をひとつ作るには、専門家たちなどが試行錯誤を繰り返して数ヶ月かけて慎重に時間を掛けなければいけない。しかし、コンは持ち前の才能で、頭の中だけで術の構成を組み立て、あっという間に(テスト無し)で完成に行き着いた。
『バカと天才は紙一重』とはよく言ったものである。憧れのワザをあっさり完成させたコンは、早速術をテスト発動する事にした。ウキウキで人気の無い広場に行くと、ピクニックで弁当を取り出すくらいの軽いノリで術を発動した。
「“破光ぉ”!!」
次の瞬間王国の建物の約五分の一が爆散し、三分の一がその破片と爆煙に包まれた。
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「オレはこれでも妖術使うのが得意でさ。ちょっと攻撃力高いのを試し撃ちしたらこれが予想以上に制御が効かなくてまぁ……」
「それで、半壊と」
更に無意識にも“破光”を撃った方向にはオオカミの王城が存在し、勿論そこも爆散に巻き込まれた。
しかし幸いその日は王国全体の祭りの日で、オオカミ城近隣の住人は隣国へ集まっており、人気は皆無だったのでギリギリの所で目立った怪我人は出ずに済んだ。
コンの話の最中、ロクは自分の頬が引き攣るのを感じていた。
そんな「やっちったテヘ☆」みたいな羽の如く軽いノリで王国半壊など、よくテロリスト扱いで処刑されなかったものだ。いや、規模のちいさい国だったならまだ有り得るか……というロクの予想はすぐに打ち壊される。
「打ちどころが悪くて王城も巻き込んだし、国自体が昔に何国も併合してて規模もデカかったから、めっちゃ怒られた。ハハッ」
「笑い事じゃない」
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天才兼問題児が起こした被害に国中が大騒ぎになった。怪我人が出なかったとはいえ国と城を破壊した事を王が黙っているわけもなく、その日のうちにコンは王の元へ連行された。
『お前は何度この国中を混乱させれば気が済むのだ! 前回のペイント弾騒動から一ヶ月も経っていないぞ!?』
『えぇ〜だって男の夢だろ? こういうのさ〜。悪気はなかったし』
『だとしても今回は被害が比べ物にならんのだ!!』
王のラウォルは反省の色が見えないコンを叱り散らす。「何度も」というのは勿論幾度となく前科を生み出してきたからだ。
ちなみに、ペイント弾騒動とは、コンが某イカゲーに憧れ、オリジナルの武器を開発、近所の子供を収集して国中に色とりどりペイント弾を撒き散らした事件だ。後に国中が清掃作業にうちこむハメになった。
他にも何度も、地味に後がめんどうな騒動を起こしているのだが、今回の様な建物が崩壊する事例は初めてだった。
『毎度毎度性懲りも無く。本来なら追放もあり得るがそうもいかんしな……だが、いい加減に罰は与えなければ』
『悩むなよ! 無駄に眉間のヒビが深くなるだけだろ、ジジイ』
『キサマぁ……』
体が拘束され、跪かされている状態でも自力で脱出できる自信がある余裕の表情のコンに対し、額に青筋を浮かべる近衛兵や側近は少なく無いものの、コンの恐ろしさを分かっているために口を出せる者はいなかった。
『む! そうだ。コン、お前にいい罰を思いついたかもしれんぞ?』
『ふっ。最近使いもしない頭使って脳の血管が切れても知らないぞ』
『キサマ……まあいい。詫びる気があるなら今のうちだぞ?』
『それよりも罰を聞きたいね』
『聞かせてやるとも。ルベル!』
『ハッ』
ラウォルが呼び掛けると何処からか顔に紙の面をつけた執事、ルベルが王の側に現れ、何かを手渡す。それを見て何かを察したコンに初めて焦りの表情が浮かんだ。
それに気づいたラウォルは含み笑いをして、受け取ったそれをコンに突きつけた。
『コレが何かわかるな?』
『オツカレした』
突然、コンは手首の手錠を盛大にバキンと引きちぎると、自身を捕らえていた兵士を蹴散らして華麗に踵を返し、王室からの出口へ全力で逃走した。
しかし、出口へ到達する直前、ガシャン! と音を立てて床から迫り出した銀の柵が行く手を阻んだ。
『!? 銀かよ!』
コンは柵にぶつかる寸前に体を仰け反らせて衝突を免れた。気づけば出口どころか全ての窓に銀作が次々と嵌め込まれ、退路が完全に消え去っている。
『銀』は特定のモンスター、妖精などにとって火傷や傷のダメージを与える危険物だ。人狼は銀に触れると接触した部位が痺れで動かなくなる、銀でできたもので拘束されると動けなくなるなどの現象が起こる。
銀の力にはコンも逆らえなかった。
『ククク、毎回お前を逃がさないために無駄に強化された我が城の純銀トラップを舐めるでないぞ!』
『オレが強化した様なものか!?』
ラウォルは満足げに喉を鳴らすと、再び執事から受け取った『腕輪』をコンに見せつけた。
『さて、お前への罰だが特別に選択肢をやろう。ひとつはこの腕輪の中で三十年の封印生活。もうひとつは、腕輪に封印されてから現世で“リングの契約”をして反省するまで修行生活。……のふたつだ』
『どっちも封印前提で変わらねえじゃねえか!?』
コンはラウォルが自分より上の態度を取ることと、なす術なく話を聞くことしか出来ない自分に苛立った。
『その通り、ほぼ変わらない。だがどちらかだ。選べ』
『……オマエ ヲ コロース』
『よし! 現世修行で決まりだな! 私的にもお前が妖魔界からきえ……成長するいい機会になると思うしな!』
『おいクソジジイィィ! 話聞けよ、てかオレ消えた方がいいとか聞こえ……ングッ!?』
選択肢の無かった決定事項に全力で抗議するコンの言葉は、王室の至る所から飛んできた銀の鎖に頭からつま先までを拘束されて遮られた。コンは受け身も取れずにふかふかの絨毯に倒れた。
かろうじて鎖の隙間から覗く金色の双眸は、憎悪にまみれた視線をラウォルに突き刺している。余りの負のオーラに国中の窓やガラス製品にヒビが入る現象が起きて、負傷者沙汰が多発していたが、まだラウォルたちは気づいていない。
『あ、相変わらず恐ろしい力だな……油断は出来ないな』
ラウォルはチラリと周囲に視線を投げた。
先程までキッチリと整列をして、ラウォルとコンのやり取りを見守っていたはずの近衛兵達の内、威圧にも似た負のオーラに負けた数人が泡を吹いて倒れていた。
何とか失神を免れた兵も、涙目で膝をガクガク震わせて、今にもコンに服従してしまいそうになっている。
『だが、油断したのはお前の方だったな。今回こそ罰は受けてもらおう』
『グルルルルルル……』
鎖の塊から威嚇が響くと、残り数名の、兵が悲鳴を漏らして後退りした。
『悔しいか。こうなったのは弱いからじゃないのか? 例えお前のような天才的技術を持っていようが、結局は“勝つ”ことが出来なければ“負ける”と、覚えておけ』
コンは威圧に屈しないラウォルを睨み、銀にも逆らって悪態を使うとするが体に力が入らなくなっていく。
ラウォルはコンに歩み寄ると、コンの頭上の空中に簡単な術で腕輪を固定した。
『これから封印したら腕輪ごとお前を現世へ送る。暫くは頭を冷やすといい……あ、そうそう。後で勝手にこっちに戻ってこないように呪いもかけておくぞ』
『!? ……チィッ!』
現世へ送られてからゆっくり帰って来ようと考えていたコンは更に舌打ちをした。
ラウォルは腕輪へ腕を突き出し、ブツブツと何かを呟く。すると、コンの体の上に頭一つ分の大きさの青く輝く光の玉が出現した。
『“縛印”!!』
詠唱と同時に光の玉が落下し、コンの胴体に触れた途端コンの全身が煙化したかと思うと腕輪に吸い込まれていった。
『クソ、覚えてろおぉぉぉ……!!』
悪役の最後のような捨て台詞を吐いたのを最後に、コンは完全に腕輪に吸収され封印が完了した。宙に固定されていた腕輪が役目を終えたかのようにゴトッと質量のある音を立てて絨毯へ落ちた。
『よし、ルベル。コイツを現世へ送ってやれ。場所は……何処でもいいな! いっそ上空にショートカットを開いてそこから放ってしまうか!』
『上空? 宜しいのですか? 破損等をしたら……』
『人狼は身体が丈夫なのが取り柄のうちだぞ? しかもコイツのことだ、擦り傷ひとつ付かんだろうな。ハッハッハ!』
『それもそうですね……』
紙の面で表情の読めないルベルは、慈悲のない言葉に納得して頷いて床に落ちた腕輪に近づいた。
『気をつけろ、中ではまだ意識はあるだろうからな』
言葉通り、まだ腕輪は周囲に不気味な妖気を漂わせ、カタカタと震えて中身のコンの不機嫌な心境を全身(?)で表しているようだ。警戒してそれを拾い上げる。
『はい。では……“怪口”』
先程とは異なった執事の詠唱で、王室の床に直径一メートル程の穴が出現した。その穴の奥は数センチのズレの空間とその先に薄暗い闇が広がっていた。薄闇の先をよく見るとポツリポツリと小さな明かりが灯っている様子が見える。
つまりこの穴は現世へ繋がるショートカットである。
『おお、今は現世は真夜中か。これなら腕輪が落ちる所を目撃される可能性は低いな』
『はい。では行ってらっしゃいませ、コン様』
ルベルは丁寧な言葉とは裏腹に雑な手つきでぺいっと腕輪を穴の中──現世の地上から数百メートル上空へと放り込んだ。
腕輪はなす術なく空を切って落下して行く。一度だけ埋め込まれた天然石が覗き込むふたりを睨み付けるように光ると、やがて見えなくなった。
『ふぅ、ようやく静かになった。ルベル、あと残りの無事な者は、動けない者や気絶している者の介抱を頼む』
王室は騒ぎの元凶が居なくなった事で、ようやくその場に居た者達は肩の力を抜き、ラウォルの命令で動き出した。王城の一部が半壊した現状でよく働いてくれているものだとラウォルは感心する。
『む……?』
『ラウォル様? どうしました』
ラウォルは息をついて周囲を改めて見回すと、今までコンがいた場所に光る何かを見つけ歩み寄る。その様子に気づいたルベルも後を付いてきた。
光るそれを拾ってみると、それは小さな赤い宝石の指輪だった。
『なんだ?アヤツの私物か?』
『あ、私覚えがあります。コン様の物で以前、これはコン様が発明された【指輪型小型時限爆弾】だと私に自慢して来ました。爆発するとどんな頑丈な建物であろうと半径十五メートルは木っ端微塵に吹き飛ぶそうで………あ』
『……え』
ズガアアアアァァァァンッッッッ!!
『ぎゃああああああああブツッ……』
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「てなわけで、オレがここにいるのは修行という名の罰のせいなワケだ。わかった?」
「………………………とりあえず、今のこれは何だ」
ロクは色々投げ出したい衝動を抑えて、今の状況を整理することにした。
ロクが指した「これ」は、目の前に置かれたコンが王室で王に説教されている所から、最後の断末魔が聞こえてきた所までを回想のように映し出した小型テレビの事だ。
「ああ、これも作ったやつだ。さっき最後に出てきた指輪にカメラがついてて、口で説明すんのも面倒だからたまたま撮って保存してたのをこのテレビで再生した」
「………へぇ。最後の断末魔は……」
「やられっぱなしはオレらしくないからな! 自信作の爆弾を仕掛けさせてもらったまでだ。今頃かろうじて被害が無かった王室も木っ端微塵で、その修復と怪我の回復でジジイも涙目だろうよ。ふふふ……」
「わかりやすかっただろ?」とケタケタ笑うコンに向かってロクは無言で目潰しをした。
「目が、目がぁぁあ!? 何をするクソガキ! オレに滅べと言うのか!?」
「あ、うん」
「肯定しやがって! オレが何をしたってんだ!」
「むしろ、何をやってないんだ」
「不良テロリストめ」とコンに吐き捨てた一面、ロクは内心コンの“生み出す才能”について考えていた。
雑な振る舞いからは考えられないほどに、しれっと自身が作った様々な道具を使いこなす姿。衝動だけで国を吹き飛ばす強さ。自分を縛る封印を破る頭脳。そして、鎌鼬を圧倒したあの実力。
妖魔界での脅威が目の前にいる。ロクはいつ、コンが腕輪の呪いとも言えるルールさえも破って自分を殺しにかかってくるのではと、眉をひそめた。
しかし──それ以上にロクの心に引っ掛かる物があった。だが、それがロク自身にも何かはハッキリとわからなかったため、深く考える事はやめた。
「で……王がリングの契約とかいってたな」
それは修行とやらの目的のひとつに入っていたもの。コン曰く、ハッキリと霊やモンスターと意思疎通が出来る人間を探して契約を結ぶ事。細かい詳細は省かれたが、それが修行の最低達成ラインだそうだ。
今までの騒動で、このまま野放しにしておくのは流石に危険だと判断し、『枷』をつける決意をした。それがリングの契約である。
「オレ、いつかは国の重要なところに戦力として入れられることが決まっててな」
「急に話がでかくなった……」
「だよな。オレもその事を聞かされた時意味がわかんなかったし、いいように使われるのも癪で嫌だって言ったんだが、アイツら聞きやしねえ」
コンは頭を垂れて深くため息をついた。ロクの予想以上に色々苦労しているらしい。
「あれ……それじゃあまさかとは思うが、その契約相手が俺じゃあ無いだろうな。鎌鼬が疑ってたような気がするが違うよな……おい、目を逸らすんじゃない」
まさかという顔でコンに否定を求めるが、ス……と明後日も方向を向いたその態度に、ロクの額に青筋が浮かぶ。
「……その契約方法なんだが」
それはもう嫌そうな顔をしてコンはようやく口を開いた。
「リング……この腕輪を人間が自分の意思で装着してから四日以内に妖術をつかう、又は中身のモンスターから魔力吸収をした時点で契約完了となってしまうわけで……」
ロクはここ二日の行動を思い出した。
飾り屋を出て何となしの気分で腕に通した腕輪。
鎌鼬に襲われ、コンの魔力を吸収して変わり果てた自身の姿。
本能的に手のひらから放った炎──
「当てはまりまくってんな」
「オレが鎌鼬に気づいて逃げろって言った時に素直に従ってりゃ魔力吸収することもなかったのに……生意気に術まで放って……」
「お前がやれって言ったんだろ!」
「まさか本当に出来るナンテー!」
「俺も同じだわボケ! 冗談だろ、俺はお前ら妖怪だのの面倒に付き合う気は無い!」
初見殺しの強制契約イベントの理不尽さに怒鳴ることしか出来ないロク。すっかり立ち直って嫌味を言いながら頭の中では次の発明する術の構想を練るコン。
以下、暫くはこの下らない言い争いは続く……と思われたが、
「ん? ……ああぁ! オレのバッグ!」
文句を聞き流そうと部屋を見回したコンはソファのクッションに埋もれた物を見つけて急いで取り上げた。
それはロクが飾り屋から持ってきたオマケのウエストバッグ。帰ってきてすぐに興味を無くし、居間に放ったらかしにしていたのだ。
「ん、お前のなのか」
「オレのオレの! 妖魔界に置いてきたと思って諦めてたが、これがありゃ生活楽だ!」
コンは宝箱を開けた勇者の如く、心底嬉しそうな顔でバッグを掲げる。それを見てロクは「あの店長この事も分かってたな……と謎に包まれた美女の憎い笑顔が脳裏に浮かんだ。
「これでオレの部屋が作れるぜ。ついてこい」
「は……」
突然バッグを背負って勝手に二階への階段を登っていくコンをロクは慌てて追いかけた。
そうして来たのは、二人が最初に出会ったロクの自室だった。コンは壁際の何も家具が置かれていない箇所をペタペタと触って「ここでいいか……」と呟くとバッグをゴソゴソ探る。
「今度は何をやらかす気だ」
「やらかすとは失礼な。ほら、オレ腕輪のせいで離れりないからこの家に居ないといけないわけだろ? 」
そう言ってコンが取り出したのは白いチョーク。そして、それを使って遠慮なく壁に大きな長方形の線をひき、その内側にバツ印を描いた。
「だから──」
更に、チョークを戻すのと入れ違いにバックから出てきたコンの手には、ロクの身長をも越しそうな大きさのバズーカが握られていた。
「これからこの壁をぶち抜いてオレの部屋を造る!」
「Notバズーカ!!」
コンの爽やかな笑顔の破壊宣言。全力で飛びかかるロク。それをヒラリと交わして絵になるポージングでバズーカを見せつけるコン。カオスだ。
「スゲーだろ! オレのバッグは四次元だぜ!」
「ぶち抜くって、この壁の先は外だぞ! それ以前にこんな狭いとこでバズーカ振り回すな! 壁を壊すな!」
「大丈夫だって。チョークで囲んだところ以外は壊れないようになってる」
「壊すなっつってんだよ!」
「離れてろよ〜。さもないと体が飛び散るからな」
ロクの言葉などはなから聞く気なく、コンはいつの間にか防御ゴーグルを装着し、バズーカを構えて引き金に手を掛けた。
「発射!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
ズガアァァンッ!
白煙を吐き散らす弾はバツ印にクリーンヒットした。同時に熱を孕んだ爆風が部屋中を暴れ狂う。
「……お、いい感じに行ったか?」
「いい感じも何も壁が……あれ」
煙が晴れ、開いたロクの目に映し出されたのは外の風景──ではなく、白線の通り綺麗に長方形の穴が空いた壁だった。しかし今は四月の六時を回る頃。
穴のすぐ横の部屋の窓からは鮮やかな夕焼けが見えるというのに、同様に外が見えるはずの穴の先には距離感も狂うほどの常闇が広がっている。
「どういう事だよ……」
「入ればわかるって。来い来い」
コンは手招きでロクを促す。恐る恐る穴に足を踏み入れると、そこは恐ろしく足場が悪かった。注意して周りを見回せば、闇のせいで見づらいものの入口からの明かりでぼんやりとゴツゴツした岩肌が見えた。
「……洞窟」
「そんなもんだ。チョークで囲った範囲だけ“怪口”を開いて富士山の地下にある適当な空洞に繋げた。ここら辺の地下ぶっ壊したらやばそうだしな」
「とうとう世界遺産に手を出したな……大丈夫なのか、岩盤とか」
自宅の壁を破壊され、母国の象徴の地下を破壊され……ロクは既にツッコむ気力はない。元々ロクはツッコミ役じゃない。
「うむ、もっと広い方がいいな……」
気づけばコンはブツブツ思考しながら再びバッグを探っていた。と、そこでふとロクを見て何故か顔を顰めた。
「まだ居たのか。早く出てけ、これから大改装だ!」
「え、お前が入れって」
「出 て け !」
「理不尽すぎる」
むんずと首根っこを掴まれ、ロクは穴の外へ投げ出され、べしゃっと倒れた。文句を言おうと振り返った時には既に、いつの間に取り付けたのか穴にぴったりのサイズの木製のドアが取り付けられていた。
オマケにドアには刑事ドラマでよく見られる「KEEP OUT!」の黄色テープが雑に貼られていた。
ガガッガガガガガガ……
ドォ……ン
「………」
扉の奥から聞こえる工事現場の様な音に不安を覚えながら、ロクは流れでコンの部屋づくりを許してしまった事に気づいた。
「アイツと同じ部屋で寝るよりはマシか……」
ロクはサッパリと諦め、気持ちを切り替え自室に完備されているゲーム機体に手を伸ばした。何も出来ないなら好きなことをした方がいいのだ。
ピンポーン
「ゲーム三昧と行こうじゃないか」
ピンポーン トントンッ
「まずは詰みゲーの消化を……」
ピンポピンポーン! ダンダンダンッ!
「あのぉ! 怪しい者では無いので居留守は勘弁してくださぁい!」
「……誰だよ。コカじゃないのか」
居留守癖は通常スキルなので気にしないでおこうと思ったが、居留守中に声を掛けてくるのはコカ以来のため不思議に思ったロクは、渋々コントローラーを置いて立ち上がった。
玄関に立つとまだ呼び鈴が鳴っているのを聞いて、ロクはだんだんイラいてきた。少し脅かしてやろうと意気込んで引き戸の玄関を開け放った。
「うるせぇえ! どちら野郎だコラ。カチコミかァ!」
「「「ヒィッ!!」」」
「……なんじゃこりゃ」
ロクが何処ぞのヤクザ顔と口調のコンボで脅しにかかると、そのには数十匹の夥しい数の様々な小型の妖怪達が、涙目で震え上がっていた。
「お、ろろ、大神ロク様でございますか!?」
妖怪軍団の先頭にいたリーダーらしき三つめの猫又が、やや掠れた声でようやく口を開いた。
リーダーと言っても体長はロクの膝の高さといい勝負で、三つめやふたつの尾や二足歩行を除けばただの猫で、威厳は皆無と言ってよかった。むしろ愛らしい。
「そうだけど。用がないならこれで……」
「ちょ、お待ちになってください!私達は貴方様にお礼をしに来たのですよ!」
「……お礼か。何の」
お礼の単語に反応してしまう所がちょろいのだが、『貰えるもんは貰っておく』思考のロクは全く気にしていない。
何とかロクを引き止めた猫又はホッと胸を撫で下ろすと、ここに来た経緯を話し始めた。
この妖怪の集団は全てロクの住むこの街を縄張りにする低級妖怪達だった。ちなみに、妖怪達の間でロクは、荒っぽい方法で幽霊を簡単に除霊してしまうちょっとした危険人物として有名だった。
そんな妖怪だらけのこの街に、ここ数日タチの悪い鎌鼬がうろつき始めたらしい。そう、あのバカマイタチである。
鎌鼬はコンが封印されていた腕輪を探していたが、なかなか見つからなかったらしく、イラつく度に弱い妖怪を食い荒らすという害を起こしていた。鎌鼬はかなりの強者で、倒そうと立ち向かった者も次々とその腹に収められて行った。
そんな恐ろしい天敵に逃げ延びた妖怪達が頭を抱えていた時だった。ある時、街妖怪の間で有名なロクの家から突然、妖魔界の問題児で名の通るコンが出ていくのを一匹が目撃し、瞬く間に噂は町中の妖怪に広がった。
そしてその噂はコンを探し回る鎌鼬の耳にも入り、今日にとうとう発見した……が、鎌鼬は体もプライドもフルボッコにされて儚く散った。
「私は近くで様子を見させて頂きました。コン様の鎌鼬を威圧する妖気、ロク様の目に止まらぬ神速のトドメの拳。見事な戦いぶりでした。……仲間のはずの鎌鼬が可哀想になる程に」
「……それは俺もやりすぎたと思ったが後悔はしてない」
「そ、そうだとしても! 私達が束になっても叶わなかったあの、化け物をいとも容易く圧倒するとは。私は、私達はそれはもう感動いたしましたとも!」
「はぁ……どうも」
先程の引き攣った顔は何処へやら、今では無数の妖怪達の憧れの視線がロクを襲い、自宅にも関わらず若干アウェーにされている。
「はい! そして、これは少ないながら私達を救ってくださった御礼でございます!」
猫又の合図と同時に、山の幸やら魚やらを持ったチビ妖怪達がわらわらとロクに群がった。こんな時、こんな急で大袈裟な御礼など思わず遠慮してしまうのが日本人だったりするが、
「お、くれんのか。サンキュー」
逞しいロククオリティ。遠慮の文字は我が辞書には無いとばかりに貢物をヒョイヒョイと受け取っては家の中へ入れていく。それでも猫又は引く所か満面の笑みである。
「今夜のおかずが増えたな」
「気に入って頂けて光栄でございます! 私らは恩を忘れません。もしお困りでしたら一声呼んでいただければ光の速さで飛んでいきます。そうだな、お前らあ!!」
「「「おおおおぉぉ!」」」
「妖怪スゲェ」
余程鎌鼬が恐ろしい脅威だったのだろう。それはもう盛大にロクを奉る勢いだった。ロクは知らぬ間に街中の妖怪達のトップな権力を掴んでしまったらしい。
妖怪とは関わらない主義だったロクには本来不本意のはずだが、目先の貢物に目を奪われその事にしばらく気づかなかった。
それからしばらくの間、感謝の雄叫びが大神家に響き続けた。