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狼少年の怪異事変。  作者: 睡眠戦闘員
三章:妖魔界と親
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49.早起きで運は左右されない




夜明けの準備か、東の空がほのかに明るくなり始めた頃。


リュックを背負ったロクが、自室から出てきて階段を降りた。隣にはワクワクと足を運ぶコンがついてきており、ロクを急かしている。


コンは、以前のロクとルベルたちの話し合いの際にはまるで意に介さずと言った態度をとっていたにも関わらず、そのルベルたちが帰った途端に爆発するように大喜びをして気が早くも荷造りを始めた。


その際の独り言で「俺を追放しやがった恨み……どうやって目に物見せてやろうかァ……」と聞こえてきたので、この三ヶ月間にあの問題児と恐れられたコンが妙に比較的おとなしく、ロクたちが依頼に行くことにも協力的だったのは、こうして一秒でも妖魔界に帰る機会を早めるためだったようだ。意外にも、ロクとコンの目的は一致していたと言うことだ。


ロクが玄関に腰掛けて靴紐を結んでいると、階段に隣接する廊下の奥から襖が開く音がして誰かが出てきた。


「……あ? ロクじゃん。今三時だけど……この時間に起きてんの珍しッ」

留維(るい)か」


頭を掻きながら現れた自分の兄が重そうな目を見開いたのを見て、ロクは眉を寄せる。確かにいつものロクならこの時間は爆睡中だ。しかしプライドが少しばかり高いロクはそんな言い方をされたら機嫌が悪くなってしまう。しかし、留維はそんなロクを気にすることもなく眼鏡を押し上げながら歩み寄ってきた。


留維にはコンは視えていない(・・・・・・)。ロクと違って霊感がないため、通常の状態のコンを認識できないのだ。そのために、もちろんのことこの三ヶ月間コンが自分たちの家に住んでいたことは知らない。ロクもそのことは一切言っていない。


「どっかいくの? いつもの釣りか」

「……そんなもんだ。泊まりで出かけるから今日は帰らんわ」

「泊まりぃ? どんだけ遠い釣り場行くんだよ」

「……めちゃ遠いとこだ」

「へえ、沖縄かなぁ。なんにしろ魔王(・・)いつ帰ってくるかわかんないんだからそんなに長居すんなよ」


ロクの言う“釣り場”は、妖魔界のことだ。ロクたちは、学校のない休日を利用して妖魔界に泊まりがけで行って王と謁見することになった。妖魔界と現世の間には若干の時差があるため、このような早朝に出発することとなった。


靴紐を結び終えたロクはスクッと立ち上がって留維を振り返る。


「お前こそなんで起きてんだよ」

「あ、オレ? お兄ちゃん爆課金してソシャゲイベ七時間走ってましたwww……これからクソして寝ます」


「そのために部屋から出てきました」とよく見ると眼鏡の奥の目に清々しいほどのクマをつけた留維は情緒不安定にそれだけ言うと、トイレの中に倒れこんで消えていった。


「じゃあ行ってくる」


リュックを背負い直したロクは玄関に手をかけた。「お兄ちゃんのこと放置か……いってら……」と寝言のようにトイレの中から響いてきた生気のない返事を聞きつつ、早朝の匂いのする外へ出た。


鍵はかけない。家に取り付く付喪神が勝手に戸締りをしてくれる。


ロクのいなくなった家の中に、ほどなくして無機質な呼び出し音が鳴り響いた。音源はトイレで寝落ちた留維の懐に入った携帯電話だ。


人知れず光る液晶には「魔王」と表示されている。


留維はその着信音に気づかず、やり遂げた表情の寝顔をトイレの蓋に乗せてそのまま深い眠りに落ちていった。


家を出たロクとコンは、すでに外で待っていたコカと合流し、事前にセロトから教えられていた商店街外れにある外観の寂れたバーのような店の前まで来た。


まだ人気のない背後の街を一瞥してから、その店の扉を押して店内に入った。甘ったるい酒の匂いに鼻をひくつかせながら店内を覗き込むと、すぐにカウンターに腰掛けるセロトの姿が目に入った。カウンターの向こうにはマスターらしき初老の男がカップを拭いている。


ちなみに執事のルベルは、王たちへの報告やその他の準備のために一足先に妖魔界へ帰った。


「おわっ……お、おはよう! さあ中に入れ」


セロトは、口をつける直前だったグラスを慌ててカウンター端に追いやって、ロクたちの対応をした。呆れたような表情をしたコンがそのグラスを取り上げる。


「お前……いま酒飲もうとして……」

「きき、気のせいだ! それはただの烏龍茶だ!」

「どう見てもグラスの中身白いぞ」

「セロトくんお酒好きなんだ!」

「ぐッ……」


セロトの意外な一面を見たところで、ロクは改めて店内を見回す。ボロボロの外観とは違って、清潔感とアンティークが共存する内装。今はそんな外観とギャップを生じさせるのが妖魔界の流行なのかと、闇オークション会場を思い出したロクは思う。あそこも外観は古びていたが、なかは高級ホテルのような内装していた。


ロクが酒を注文しようとするのをセロトとコカでガードしているところに、バーの入り口がまた開いた。


「うわあ、本当にここだったんだ。あんまり人がいないから入っていいのか迷ったわよ」

「ボクも……もっとわかりやすい感じにしてほしいな」


ロクたちと同じく荷物を抱えたミツキとサホは、もう既に少し疲れた表情をしている。


ここは妖魔界出身の者の利用が多いため、出来るだけ本性を現してのんびりと過ごせるように、わざと人間の来客があまり来ないようなおどろおどろしい外観にして、人目につかないところでひっそりと営業している。


そして今日、ここに集まったのはこのバーにバー以外の利用方法があるからだ。


「よし、全員集まったな! それではこれから妖魔界へいくぞ!」

「いくぞー!!」


セロトが気を取り直してカウンター席から立ち上がった。


「行くのはいいけど……なんでこんなお酒くさいところに集めたのさ」


ミツキはそう言って顔をしかめるのを見て、コンがセロトから取り上げたグラスを傾けた。


「ぷはっ……ここがオレらの行きつけの店だから?」

「……そ、それもあるが、ちゃんとした理由もあるぞ! マスター、案内してくれ」


セロトがカウンターのマスターに頼むと、無言でコクリと頷き手に持ったコップをカウンターに置いた。そして、背後の酒が並ぶ棚を振り返り、人数のボトルと、酒の中に紛れて陳列していた赤色のボトルを手に取った。


一見それも酒の一種かのようにも見えるが、そのボトルの中身がかすかに光っているのを見て、ロクは違うのだと察した。


マスターは、赤いボトルのコルクを抜いてグラスの半ばまで中身を注ぐ。そのままカウンター上を滑らせて、ロクたちに差し出した。


「なんだこれ」

「念のために言っておくが酒じゃないぞ。まあ、飲んでみろって」


その液体の正体を知っているらしいセロトは笑いながらそれを飲み干した。コンも、それにならってグラスに口をつけた。


ロクは他の三人と顔を合わせてグラスをとった。鼻を近づけてみると、独特な甘い香りがツンと鼻腔の奥を突いた。それに顔をしかめながら四人は一斉にそれを飲んだ。匂い通りのシロップのような薬臭い甘さが喉を滑り落ちる。


無意識につぶっていた目を開き、飲んだことによって何か体に変化はあるのかと三人とも揃った動きで腕や胴体を見る。しかし、見てわかるような変化はない。しかし──


「……あれ」

「ん? どうしたの? なんか変わった?」


眉を上げて頻りに鼻をすんすんと鳴らしたロクは、やっぱりと頷いた。


「……酒の匂いがなくなった」

「え!? あ、本当だ!!」

「え……あんなに臭かったのに……」


ロクの言う通り、コカたちが嗅覚をフル活用しても先ほどまで鼻腔の奥まで蔓延っていた酒の甘ったるい匂いは一切感じられなくなっている。


そして、それとは別に変化したことが一つ。それはロクたちの体ではなくこのバーの変化だった。


「ああ、なるほど。そういうことか」

「え? 何あれ、いつのまに!?」


コンが納得したように、その変化へと視線を注いだ。


バーのカウンター奥、棚がつけられたただの壁だった場所に片開きのドアがいつの間にか出現していた。元々そこにあったかのように静かに存在するドアへと案内しようと、マスターが無言でカウンターの奥へ来るように誘導してくる。


「はははっ! そうそう、お前らのそういう驚いた顔が見たかったんだ!」


満足感をかみしめるように爽やかに笑ったセロト。妖怪の人間を化かすという本能がくすぐられるようだ。


「セロトくん、これは……」

「ああ、これは“幻術”だよ。と言ってもそのドアが幻なわけじゃなくて、この店に入ったと同時に如何なる者もそのドアが見えなくなる(・・・・・・)幻覚を見る術がかけられるんだ。今飲んだこの液体はその幻術を解除する薬だ。どんな幻術をも簡単に吹き飛ばすぞ」


得意げに言ったセロトに、コンがイラついたような表情をつくった。


ドアを見えないようにするなど人を化かすことに特化してはいるが、これ妖魔界風のセキュリティーらしい。強い酒の匂いも、幻覚によって生じたもので、ロクのように嗅覚の鋭い者によって見えないドアの存在を勘付かれないようにするためだそうだ。


「ふふん、さすがのコンでも気がつかなかったろう! なんてったってこの技術は我が妖狐城で最先端の妖術を駆使した……」

「は? 幻術がかけられてることくらい前から気がついてたし」

「……強がるなよ」


コンの凄みに押されたセロトはそそくさとマスターの案内に従って、出現したドアを開いた。ロクたちもまだ驚きながらもセロトに続いてドアをくぐった。扉の奥は、嫌に清潔感のある暗い廊下に続いていた。


「今回は妖魔界に行く手段に、魔法陣を使う」

「まほーじん?」

「ああ、本来なら転移をする用の妖術もあるんだが、今回はコンがいるからな。王がオレにコンの呪い解除権限を譲渡してくれたんで、安全を期すためにコンの行動をできるだけ制限することにした」


セロトの話を聞いているうちにすぐ次の扉の前についた。先頭を歩いていたマスターが、そのドアノブをひねって中へと招き入れた。


第二の扉の先にあったのは、廊下と同じく薄暗く少し広い部屋だった。しかし、店の方と違って何も家具が置いていない。全員が室内に入ったことを確認すると、自分は用済みだと言うように無言のまま店の方へ戻っていってしまった。


「お前らが妖魔界に行くためと、コンの行動制限。そのために利用するのがこの“魔法陣”というわけだ」


セロトがそう言ってビシッと床の方を指差した。薄暗いせいで分かりづらいが、よく見ると、部屋の中心から直径四メートルほどの円と文様を組み合わせた図形が木の床板に直接彫られていた。これがセロトの言う魔法陣だ。


「コンはもう試してみて分かっていると思うが、オレはお前が魔法陣を使わなければ妖魔界に帰れないという制限を設けておいたぞ。もちろん、お前が描いた魔法陣でも転移できないようにしておいたからな」


用心深いセロトにコンは舌打ちをした。図星だったらしい。


セロトは早速その魔法陣の中心に全員が立つように指示し、ロクたちはそれに従った。いじけているのか、コンだけが魔法陣の端の方の文字らしき模様を見つめてなかなか魔法陣に入ろうとしない。


「おい、どうした。妖魔界に帰りたくないのか?」

「うるせえ幸せホルモン。ちょっと待て……」


短くセロトを罵って魔法陣を見つめ続けたコンは、すぐに何かに気づいたように「ああ、あそこか……」と何かを呟くと、少しまくっていた服の袖を戻しながら同じように魔法陣の中に入った。


「向こうについたらすぐに逃げようとか、そんな考えはするなよ? ……まあ、その気だったとしても転移先にはあの娘(・・・)がお前を待っているから大丈夫だとは思うが」

「まさか……」


その言葉に、コンは苦虫を噛み潰したような表情になった。それを尻目に、セロトはロクの方へ向き直った。


「それではいよいよ妖魔界へ転移する。魔法陣から飛び出したりするなよ」

「おおーーー! いよいよだよロクくん! 楽しみだね!!」

「あー……」

「コカテンション爆上がりじゃん」

「まあ、ちっちゃい頃からそれはもう切望してたからねえ。楽しみで仕方ないでしょ?」

「うん! もう楽しみすぎて今朝は十二時に早起きしちゃったもん!!」

「それ早起きなのかな」


上がっていくコカのテンションと同調するかの如く、魔法陣が中心からだんだんと淡く輝き始めた。


もともとあまり乗り気でなかったロクは無表情のままで、テンションは相変わらず低い。


「面倒じゃなければ、妖魔界でもなんでもいい」


魔法陣全体に光が染み渡った瞬間、セロトは凛とした声で「“転移”!」と詠唱した。途端に魔法陣の輝きが一層増し、視界が光で包み込まれた。


しかしそれは一瞬で、眩しさに目を瞑って次に開くまで。その刹那の瞬きの間に、目の前の景色の一切が変わった。


今までいた暗い室内から、目の前が先の光の白とは違う、色の“白”に囲まれていた。


「──さっ……」


そして何よりも大きな変化は──


「「「さむーーーッ!?」」」


目の前に広がる色の白ーー雪原(・・)と降り注ぐ豪雪によって恐ろしく低くなった気温だった。




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