5.狼男と鎌鼬2
「ン? そうイいばナんだい、ソノ鎖?」
今頃ロクとコンを繋ぐ鎖の存在に気づいた鎌鼬は、顔を顰めてどうしたものかと呟いた。
「コンを連レテ行くのニ邪魔だナぁ。子供はイラナイし……斬ルか」
先程民家を破壊した技で鎖も破壊するつもりなのか、鎌鼬はまた腕を振り上げたが、コンがそれを遮った。
「頭の回らないお前のために言ってやるが、この鎖はお前には斬れない。挑戦するだけ悔しい思いするだけだぜイタチくん?」
「……ふ、フうん……ウソでもナイみたいだ」
煽りの入った言葉に鎌鼬は頬りヒクつかせたが案外冷静にコンを信じると、今度はクルリと体をロクの方へ向き直って腕を構えた。
「……は!? 俺!?」
「ゴメンねェ。命令が『コンくんの回収』デ元々キミは排除対象ダカら……さっそく消エテもらうヨ!」
鎌鼬は躊躇いなく腕を振り上げた。先程は運が良かったが、あんな威力のものを真っ向から受けたら無事では済むはずが無い。
相変わらずコンクリートに埋まった足は動いてくれそうにはない。それどころか時間が経ったせいでさらに硬く固まった気すらする。
ロクは不幸体質が絶頂に達したと心の中で嘆いた。ついに自らの運命が自分を殺しに来たかと。
鎌鼬の腕の動きが、世界がスローモーションに見える。
なにか助かる方法は無いのかと思考を巡らせるが、鎌鼬の刃は待ってはくれず、振り切られた時だった。
「……あっ……ヤバい! 嫌だ、オレはいかねぇえぇ!」
「……ッナンダ!?」
唐突に響いたコンの叫びが合図となって、世界が動き出した。ロクが我に返ると、余裕の顔で電柱にぶら下がっていたコンが必死に電柱にしがみついていた。
「ぐっ……ちょ、待ぁあぁぁああ!」
傍から見ればただ落ちそうになっているだけだが、違う。落ちると言うよりは、地球の重力よりもロク向かって宙ぶらりんになったコンの下半身は引き寄せられている様子だった。
「ぐッ……あっ」
とうとう電柱から手が滑り、コンの体は弧を描いてロクへと飛んでいった。
「は?」
「嫌だァああ!」
ふたりと風の刃が激突する寸前、ロクの腕輪が輝きを放ち、見覚えのある爆発と共に辺りにケムリが広がった。
あまりに一瞬のことで鎌鼬すらも困惑して呆然と黙り込み、辺りに静寂が訪れる。
「ゲフッ……?」
思い切りケムリを吸い込み思わずロクはむせる。うっすらと目を開けると周囲のケムリは晴れかけていた。
コンが突っ込んできたはずだが体に痛みは無く、それどころか何故か全身が軽い感覚にロクは疑問を持つ。
すると、突っ立っているままだった鎌鼬が眉をひそめながら笑った。
「はハ……面倒にナったなァ。キミらハ……」
『ちくしょおぉおお! やっちまった……!』
「うおッ!?」
すぐ近くで突然上がったコンの叫び声に驚いて周りを見回したが、その姿は見えなかった。
『ここだボケ! やらかしやがってクソガキ!』
なんと、ロクの例の腕輪から次々とコンの罵声が飛び出して来ていた。よく見れば、奇妙なことに腕輪に嵌っている天然石らの輝きが先程より増している。
「どういうことだよ……」
ロクはそんなことを呟いたが、コンがロクと出会うまで腕輪に封印されていたという話をしていた。人の予想を超える魑魅魍魎らにはおかしい話でもない。
「ソレは“縛印”……キミら契約済みだっタのカイ? オカシイな、そんナ話ハ無かったノニ……」
鎌鼬は動揺したように言葉を零したが、ロクには何のことかサッパリだった。
最初に話していた“兵器”との関係があるのだろうかと思考を巡らすが、その容量の悪いロクの頭では特に思いつくこともなかった。
「おい、お前……こん? とか言うお前だよ!」
『もう、どうだっていい……』
「なんでそんな自暴自棄になってんだ……じゃねぇよ! さっき何が起こったんだ、なんなんだこの状況は!」
『あぁ……取り敢えず逃げれば……はぁ』
「逃げろっつったって足がこんなんじゃ……」
勿論、ロクの足はコンクリートにめり込んだままだ。いくらロクでも動かない足でコンクリートは破壊できない。
せいぜい以前に、コカと自宅の高い塀にブローをかましてバキバキに叩き折って親にこっぴどく叱られた記憶があるくらいだ。
「おイ! 逃がさナいっテノ!」
「ヤバッ……!」
急に放置されて半ギレになった鎌鼬が再び腕を振り上げた。何度も同じような動作をしているが、いつになったら鎌鼬はその攻撃は成されるのだろうか。
それに、ここまで待っていただけでも、敵としてはよく待っていたものだと感心できる。
しかし今度こそ鎌鼬は痺れを切らし、“風爪”を放った。
纏う該当を千切れそうになる程はためかせる刃を持った爆風が発生し、ふたりへ迫る。
『飛べ!』
──殆ど反射的だった。ロクはその言葉で全力で跳んでいた。
コンクリートに埋まって身動きがとれなかったはずの身体に浮遊感を感じ、いつの間にか目の前に民家の屋根が見えていた。
そして、今まで埋まっていた道路には足二本分の範囲の穴が───
ロクは高く飛びあがっていた。
「はぁ!!?」
『よーし、いいぞ! ……って、ビビるなお前』
左の方から嘲笑うような軽い声が聞こえる。いよいよ意味が分からないと、ロクは考えることを後回しにすることに決めた。
地面へ無事帰還し、着地と同時に足にこびりついていたコンクリートの破片が砕け散るが早いか、ロクは全力で鎌鼬とは逆の方向へ走り出した。いつもより体が軽く、景色が後ろへ流れていくのが早い。
「まテ!?」
飛びかかってくるかと身構えていた鎌鼬は拍子抜けした声を出したがそんな物には耳を貸さず、ロクは住宅街を一気に駆け抜けて行った。
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「も、申シ訳アりません。目標は先程ニガシてシマイました……」
「……オ、お待ち下さい。少し報告がアリまシテ、あの目標のオオカミなノですがいつの間ニか契約をした様デ……」
「ゴ、ご覧ニなるトおわかりになると思いますが……この子供が……はイ………あの人間ゴト………」
「カいシュウですネ」
読んで頂きありがとうございます。