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狼少年の怪異事変。  作者: 睡眠戦闘員
三章:妖魔界と親
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43.ゲンガーゲーム




 鼻腔いっぱいに独特な薬品の匂いを吸い込んでから、コカは目を開けた。


 緑寄りのクリーム色をしたカーテンと白い天井が視界に入り、自分が保健室にいたことを思い出して、頭が覚醒していく。


 静かなようで遠くから元気な掛け声が響いてくる外の様子に違和感を覚えたコカは、外の音から中の音に意識を戻した。布団を囲むカーテンの先からカチャカチャとボールペンをノックする音が聞こえる。


 薬の匂いが染み付いた清潔な布団を剥いで、ベッドから降りたコカは、勢いよくカーテンを開けた。


「先生おはようございまーーーす!!」

「ウワアアアァ!? びっくりしたっ、天雨さん驚かさないでよ!」


 先日の隠密訓練が無意識に体に出てしまったコカは、急なフルエンジンでいつものハイテンションを出してしまい保健室の先生を思いっきり驚かせてしまった。コカは基本保健室に来ることがないため、コカの狂気的なハイテンションに耐性がない保健室の先生は、ホラーを見ているばりにバクバクと跳ねる心臓を抑えた。


「ず、随分元気になったわね。来た時は一言も話さないで寝ちゃってからずっと目を覚まさなかったのに……」

「まだ、結構だるいけどダイジョーブです! 授業受けれます!!」

「え? ああ、寝てたからわかんないわよね。あのね、今もう放課後なの。授業終わっちゃった」

「ええ!? ワタシほぼ欠席ですね! ……じゃなくて、何で起こしてくれなかったんですか!?」


 驚いたコカは、ようやく目覚めてからの違和感の正体に気づいた。外の校庭から聞こえてくる元気な掛け声は、放課後の部活動をする外部活の声だったのだ。そりゃあ、放課後のはずだとコカは納得と同時にまた違う疑問を浮かばせた。


 普通保健室は特別な事情がない生徒が丸一日いることを許してくれるような場所ではないはずだ。大抵は寝ていても体調を聞くために一度は起こすはずだが、コカは一度も起こされずに放課後まで眠っていたというのか。


「いやいや、もちろん起こそうとしたのよ? でも起きないし、しかもすっごいうなされてるし、保護者の方に迎えに来てもらえるか連絡しようとしたのに電話は繋がらないし、今日はもう変なことばっかりで……」

「変なこと!? 大変ですねぇ!!」

「いや、そんな他人事みたいに……」


 今日一日中謎の通信障害に悩まされて少しやつれた様子の先生の苦労を汲み取って心配したコカだったが、相変わらずハイテンションな声色のせいでイマイチ心配しているように聞こえない。


「とにかく、天雨さんもう大丈夫なの?」

「はい! 結構大丈夫です!!」

「結構……わかったわ。自分で帰れる?」

「帰れますし、部活があるのでまだ帰りません!!」

「案外元気ね……」


 先生にお礼を告げ、そそくさとコカは部室へ向かうために保健室を出た。外へ出たことで本当に放課後になってしまっているんだと実感が湧いてきた。


「ぶっかっつ! 部活行こう!!」


 しかし、授業が受けられなかったことよりも部活ができない方が悲しいコカにとっては、放課後の時間を潰さなくて済んだことがとても嬉しいので、気分は良い。今日の授業に苦手な英語が入っていたこともなかなかのラッキーだ。


 上機嫌で部室に向かおうと、コカは足を踏み出した……その瞬間、ぞわぞわと背中がむず痒くなる感覚に襲われた。


「!? なに……だれ!?」


 視線にも似たその感覚に、コカは辺りをキョロキョロと辺りを見回すが、当然誰もが部活動に勤しんでいるこの時間の廊下に人気はない。陽が傾き、窓の影が長く長く伸びる廊下をしばらく警戒して見ていたが、本当に何もないことを知ると口を尖らせて鳥肌の立った腕をさすった。


「なんだろ?」


 今朝に感じた気味の悪い感覚とは似ているようで似ていないものだったが、ほんの一瞬だったので気のせいかと思い、コカは気を取り直して部室へ向かった。


 静かな廊下に軽快な足音を響かせながらコカは歩いていき、いつも通り三階に位置する部室にたどり着く。既に扉には鍵がかかっておらず、部員の誰かが中にいるようだ。ミツキだろうかとなんとなし予測したコカは、扉をスパンッと開いて……


「え! 誰!?」

「えっ?」


 その扉の向こうで悠々と雑誌を読んでいたロク(・・)に向かって、その大きな目を更に大きく見開いた。


「入部希望ですか!!」

「は? いや、オレもう入ってんだろ」


 コカに他人を見るような目を向けられたロクは、その半目をコカのように見開いたが、すぐにいつものような無表情に戻りながらも若干眉を寄せて、手にあった雑誌を机に強く置いた。


「そうなの!? 知らなかった! 名前はなんて言うの!?」

「コカ……? お前、何言って……」

「わあ、初対面で下の名前呼びってミツキくんレベルの馴れ馴れしさだね!! コミュ力爆発!?」


 イマイチ噛み合わない会話の様子に、ロクの眉間のシワはどんどん深くなっていく。それプラス、コカの言葉にナチュラルに織り交ぜられた毒舌が刺さる。


「……コカ」

「苗字で呼んでよー!!」


 コカはどうやら目の前のロクを『ロク』として認識していない。完全な他人に接する際のような見えずとも確実な一線をロクとの間に引いている。


 そのことを察したロクは座っていたパイプ椅子からゆっくり腰を上げた。その間は一度もコカから視線を外すことなく見据え続けていた。コカが何もしなくてもハイテンションぶりが伝わってくる笑顔で首を傾けた。


「コカ……お前、ボケたか? どっからどう見てもこのオカルト部のボスのロクだろうが」

「んー?」


 ロクはなぜか自分のことを誰かわからないらしいコカに、丁寧(?)に自己紹介をしてやる。


 するとーー部室内の空気がピシリと凍りついた。絶対零度の物体がどこからか冷気を放っているような感覚。何が起こっているのかと一瞬その腕に鳥肌を立てたロクは、半開きだった部室の扉が鋭い音を立てて閉まった音のおかげでその冷気の正体はすぐに判明した。


「……あのさァ、苗字で呼んでって言ったの覚えてるーーー?」

「…………」


 鋭い声色でそう言ったコカは、俯いてクスクスと笑った。前髪が影になって笑顔であるはずの表情は読み取れない。


 様子のおかしくなったコカを、ロクは真顔になって静かに見つ目ていた。無意識にその足をゆっくりと動かして先ほどまで付いていた机から離れた。張り詰めた空気から、何かとてつもない嫌な予感を感じたのだ。


「アナタが? ロクくんだって? ふふふ! ワタシ、そう言う冗談ぜんっぜん好きじゃないよ!!」


 コカは一歩、また一歩とロクに近づいていく。対してロクは冷静にコカを見据えて間をとるために後ずさる。コカとロクの間の距離は三メートルもないほどに縮まった。


 そこまで来たコカはゆっくりとした歩みを止めないままゆらりと両手を背中に回しながら再び言葉を続けた。


「だからさっ、その程度のレベルで『ロクくん』を名乗らないで、さっさと本物のロクくんを返して!!!」


 コカは一気に顔を上げて貼り付けたようなスマイルを晒すと、裏に回していた手を握りしめて急発進してロクに踏み込んだ。堂々と構えていたロクは迫り来るコカの拳にきらりと光るものがあるのを見て驚き、苦笑しながら半身でそれを避けた。机が教室の大半を占めているこの狭い教室を器用に移動してコカから距離を取る。


「──血気盛んなお嬢さんだ。やはり昼間はお休みいただいて正解でしたね」

「もしかして今日体調悪かったのってやっぱりアナタのせいだったんだ!じゃあ遠慮なくこの獲物の錆にするね!!」

「……血気だけの問題でははないようですね」


 そういって、本性を現したロク──の姿をしたドッペルゲンガ ーは、笑顔と印象が一致しない恐ろしい言葉を放ったコカの手を見た。その右手にはいつかの野干の横面を殴り飛ばした金色のメリケンサックがしっかりとはめられていた。


 この物騒な拳のおかげで、ロクよりも圧倒的に非力で殴る際のスピードもない(常人と比べれば明らかに早いが)コカにも、大きな攻撃力を得ることができる。


 しかし、ロクの攻撃すらやすやすと避けたドッペルゲンガーに、コカの攻撃が当たるわけがない。それを簡単に分析したドッペルゲンガーは、冷静にメリケンサックを奪って無力化を試みようと、コカの手に素早く腕を伸ばしたが。


「ッ!!」


 ピクッとその動きに反応したコカは素早くメリケンサックをはめた手を引っ込めた。


(……おや?)


 コカのその動きを見てあることに気づいたドッペルゲンガーは、その時初めて驚いた表情を表に出した。今コカはほぼドッペルゲンガーが動き出したとほぼ全く変わらないタイミングで回避を始めた。ほんの一瞬の差だが、普通の人間の反応速度と比べれば恐ろしいほどの差だ。


 これはどういうことなのか……と、考え込んだ敵に、隙ありとコカは姿勢を低くすると足払いを繰り出した。


 断も隙も無いなとそれを感じ取ったドッペルゲンガーは、再び容易に回避する──と思われた。


 ざしゅッ……


「おっと……」

「あったったーーー!!」


 コカの間合いから完全に出ていたはずのドッペルゲンガーの制服の足の裾が横一文字に裂けた。


 コカを見ると、今度はコカの上履きのつま先が金属の輝きを放っている。上履きの底部分に渡り五センチほどの刃が収納できるように改造されており、素早く足を蹴り出すとその遠心力で刃が飛び出すという、女子学生が常備しているとは考えられない恐ろしい仕込みナイフだ。ちなみにロクがこの改造法を独学で編み出してコカに伝授した。悪い影響が過ぎる。


 この仕込みナイフで間合いが伸びたことによって、本来の間合いの外にいたドッペルゲンガーに攻撃を当てることができたのだ。ドッペルゲンガーの、敵を煽るために余裕を装い、わざとギリギリを避けて見せたことが逆に仇となった。


 まあ、この洋服の裾は避けたが、かろうじて肌まで届いたわけではない。このまま油断しなければコカの攻撃が当たることは……


 ──ヒョッ......


 ダンッ!!


「……あの、これは一体……」

「ロクくん直伝の~……塩塗りカッタぁ~~~ぁはははッ!!」

「この学校の人間はこんな人ばかりなんですかねえ?」

「まだまだ刃の変えあるから安心して!!!」

「できません」


 コカが懐から出して目に止まらぬ速さでダーツのように投げられたカッターは、ドッペルゲンガーの顔横スレスレを飛んでいき、その背後の壁に突き刺さった。ドッペルゲンガーは、コカのその小さい体のどこに、それに後どれくらい“仕込んでいる”のかと冷や汗を流した。


「そういえばなぜ塩なんですか」

「幽霊対策にたまたま塗ってただけだよ! アナタはドッペルゲンガーだからあんまり効かないだろうけど!!」


 霊に狙われやすいコカの護身用にと、ロクが昔教えた対策だ。


「なぜワタシがドッペルゲンガーだと?」

「見ればわかるよ!!」

「……そうなんですねえ。見れば……ですか」


 コカの得意技である『利き怪異』について何か言いたそうなドッペルゲンガーに、コカは容赦なく眩しいくらいの狂気的なスマイルを送る。


 ドッペルゲンガーは考える。確かに、ロクよりはコカの方が圧倒的に捌くことは容易だ。それこそ傷つくことを気にしなければコカという女子ひとりを組み伏せて無力化は本当に一瞬で可能。だが、ドッペルゲンガーにはそれができない理由がある。


 それに、ドッペルゲンガーはコカの力量にも興味が出始めてしまった。本来はロクだけの相手をするために退場をしていてもらう予定だったが、このままでもいいかもしれない。


 いつかの爽やかな笑みの下に好奇心を隠して、ドッペルゲンガーはコカのスマイルに対抗して向き合った。コカから飛んできた飛び道具を避けながら、ゆっくりと窓際までにじり寄る。


「本当に本物の彼を返して欲しければ、ワタシを倒す覚悟がなければいけませんよ?

「最初からそのつもりだけども!!」

「ふふふ、ならばよろしい。正々堂々貴方たち(・・)のお相手をしますよ」


 ドッペルゲンガーは、窓枠に後ろ手に手をついてすばやく窓を全開にし、後ろへ飛んだ。華麗なバク転をするように外へ飛び出したドッペルゲンガーに驚いて、コカは慌ててカッターを投げつけたが、カッターが後数ミリで追いつくというところでドッペルゲンガー体は重力に引かれて窓の下へ見えなくなった。


「逃げた!!」


 コカは足のナイフとさらに取り出そうとしていた仕込みアイスピックを収納しながら窓に駆け寄って身を乗り出す。下を見下ろすと、既に着地を済ませたドッペルゲンガーが、コカに手招きをしながら人気のにない校舎裏へかけて行った。


「待てえ! ロクくんを返せえっ!!」


 今すぐにでも同じように窓の外へ飛び出したい衝動を抑えてコカは怒鳴る。


 オカルト部があるのは三階。こんなところから飛び降りても無傷でいられる人間はロクかミツキぐらいだと、コカはきちんと理解している。理解しているが……しかし、コカの遠くまで見える“いい目”で捉えた校舎裏に消えていく彼のからかうような笑みを思い出すと、飛び降りてでもすぐに追いかけたくなって、窓枠を掴む腕に力が入ってしまう。


 クンッ


「ん!?」


 今にも外へ飛び出しそうだったコカの服が背中から引かれた。驚いて振り返ると……特に誰もいない。


「なに……」

「お前がそっから出ると俺がついていけねえんだよボケ」

「!!?? ロクくん!? の、声がする!!」


 どこからともなく聞こえてきたロクの声に狼狽してコカはキョロキョロと辺りを見回すと再びロクの声が聞こえてきた。


「あれ、声聞こえんのか。こっちだ。下だ、下みろ」


 声に従って自分の足元を見下ろす。しかしそこにはいつも通りの部室の床と、自身の影くらいがあるのみ……ではなかった。


 窓から差し込む光で部室いっぱいに伸びたコカの影をよく見ると、それはコカの姿の輪郭をしておらず、特徴あるアホ毛の飛び出たロクの輪郭の影となっていた。




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