36.ポッシブル
「このたびはこのオカルト部に顧問の先生が改めてつくことになりましたー!!」
「あ、愛猫さんは初めましてですね。六組の担任の舞良です……」
「いや、何回か化学の授業受けてんだけど……」
「えっ、あ」
先週までの影の薄さの影響がここにまで現れていたことにサホはげんなりとした。金髪のカールのボリュームが心なしか萎んでいる。
サホが入部してからその翌日にさっそく顧問を見つけてきたコカの行動力は凄まじい。
サホの入部届けを職員室に届けに行った時に、たまたま舞良だけしかいなかったのでコカが顧問になってくれと頼んだのだ。舞良は犬研の副顧問だったために最初は遠慮していたが最終的にコカの真剣な説得に見事に負けた。あの時、コカの接近に気づけず職員室に残っていたのが運の尽きだ。
「先生、本当に顧問になってくれて助かりました!!」
「あ、いえいえ。本校のオカルト部を全国大会に持っていきたいというあんな熱い思いを聞かされては教師として答えないわけには……」
(......オカルト部で全国大会てあったの?)
サホは内心昨日のことを思い返して首を傾げたが、コカは本気だ。
「で、でも、顧問になったと言ってもワタシができることはあまりないと思います……」
「そんなことないです! 今度一緒にコックリさんしましょう!!」
「は、はい!よろしくお願いします……あ、そういえば今日は神里さんがいないんでしたね。挨拶できなくて残念です」
舞良は部室内の机にひとつ空いたパイプ椅子に目をやった。いつもミツキが座っている定位置だ。
昨日の今日で体調を悪くしたミツキがその後病院に行ったところ、とんでもない季節外れのインフルエンザにかかったことが判明したそうで出席停止が確定したらしい。先ほど放課後に入ってから、ロクの携帯電話に死にかけの蝉のような声で連絡が入った。
部室に一番乗りしてまでミツキを待ち構えていたサホは、その報告を聞いて床に拳を打ち付けた。
「ほんとタイミング悪いわ! 今度こそ……今度こそアタシの姿見せつけてやろうと思ったのに! なんでこのバカ暑い時期にインフルなのッ!!」
「……多分俺のせいだな」
「ロクくんの不運移っちゃった!?」
「いや、制服貸す時にサイズが合わなくて何回も引っぺがしたかんな……俺の家ずっとエアコンガンガンだし」
「そういえば昨日はずっと寒そうにしてたね、ミツキくん! 気にしなかったけど!!」
「……アンタら、もっとイケメンを労わりなさいよ」
今回はロクの不運がミツキのみならずサホをも巻き込んだようだ。
ミツキの代わりにミツキをフォローしつつ、サホは深くため息をついた。予期せぬ不幸の連続に相当ダメージがきている。
「……ねね、コカ。今日この後まだ部活やんの?」
「え! 今日は部員全員いないし、顧問の紹介だけの予定だったからこれで解散のつもりだったよ! もしかしてなんかしたい!? コックリさんやりたいなら大歓げ」
「よっし、コカ。今日はタピるわよ!」
「○×△※!!??」
サホはガタンとパイプ椅子を蹴って勢いよく立ち上がった。コカには馴染みのない恐ろしい単語とサホが急に動いたせいでコカが飛び上がらんばかりに驚く。
地味に会話から置いていかれた舞良があわあわと振動で倒れかけた本棚を支えた。
「た、タタタタ、TA・PI・RU!? なにそれ! なんか怖い!!」
「怖くなんかないわ、ちょっとJK味あることしてテンションあげみざわになるだけだし!』
「聞いたことない単語が怖いよおぉぉおお!!」
久しぶりにギャル的ワードを使ったサホは、それに怯えたコカを立たせた。
「それじゃ、アタシたち帰るんで! 後はよろりんこ~」
「ログぐんだずげでー! サホちゃんにたぴられるーー!!」
「それ食べられるみたいな意味だったのか」
あっという間に部室から消えてしまった二人にポツンと取り残されたロクと舞良。
「俺も帰る」
最近なにかしらで「ポツン」されるのは慣れているので、ロクも動じずに荷物を背負って帰ろうとしたが、舞良に「あっ、ま、待ってください!」と止められた。
「お、大神さんはこの間のテストで平均点に満たなかったので四時半から補修が……ありますよね?」
平均点どころかロクは全問題無回答だったので一点も入っていないテストだったが、舞良は気を使える人間なのでだいぶ濁した。
「知らん。サボる」
「せ、先生に向かって堂々とぉ!? 」
そんな予定は記憶にないロクは、眉をしかめることすらせず無関心で扉に手をかけたがーー
「で、でも、ちゃんと参加してもらわないとお家の方にまた連絡を入れなくてはいけな」
「デマス」
舞良の言葉によって動揺し、力の入ってしまったロクの手は扉にヒビを入れた。どんな者にも逆らえないものはある。
・ ・ ・ ・ ・
「ミルクティー味のレギュラーを二つ。あと氷少なめで!」
「あばばばば……」
サホに連れてこられた雰囲気のいい「お洒落」に感じる店に連れてこられたコカはアウェイ感に縮こまった。サホによるとここは「たぴおか」なるものを売っているカフェらしい。
サホは常連客のようにいとも簡単に注文を済ませると、店員は接客スマイルを浮かべて奥に下がっていった。
「さ、サホちゃん、よくこのお店くるの!?」
「え? 今日始めてきたけど? てか、こっち引っ越してきてから超絶影薄かったしろくに買い物もできなかったから、超久しぶりのタピオカ~!」
「え、え……エモいぃ……!!」
「なにが?」
コカは生まれたときからこの街に住んでいるのにこの店は知らなかったし興味がなかったし来たこともない。何故かサホの方が町のお洒落な店に精通している。
「ハイこれ。コカの分」
店員から出来上がったドリンクを受け取ったサホは、片方をコカに渡した。
「え、あれ!? お金は!?」
「このサホちゃんの奢りよ~。助けてくれたお礼とかできてなかったし!」
「ああああ……優しさがあるまする……!!」
さっぱりした調子のサホの優しさに包まれたコカはテラス席に連れていかれてそこに座った。
コカはサホからもらったストローの刺さったドリンクを改めて見ると、見た目透明な容器の中に入っているのは普通のミルクティーか……と安心しかけたところで底の方に得体の知れない黒い球が無数に沈んでいるのを確認して再び未知に恐怖した。
サホは幸せそうな表情でストローを吸っている。
コカは今気づいたが、サホはコカと一緒にいる最中にスマホをずっと覗き込むことはなかった。話すときはロクやミツキのように目を見て話してくれるサホにコカはなんとなく照れのようなものを感じた。
「サホちゃんはこういうのの写真とか撮って『しぇあ』とかしたりしないんだね!!」
「うん。だって住所特定とか怖いじゃん」
「しっかりしてる!!」
そんな現代社会サイバー犯罪警戒型ギャルのサホはストローから口を話すと少し真剣な顔をしてコカに問いかけた。
「コカって……その、神里くんたちとかとよくつるんでるの? こうやって放課後食べにいったり」
「んー、そうだね! 結構前から仲良いから放課後遅くなったときはよく行くよ! まあ、ミツキくんは前みたいに塾があったりするからほとんどはロクくんとだけどね!!」
「ふうん……」
食べに行くといっても、それはラーメンとかラーメンだとか味噌ラーメンなどぐらいしか食べにいったことがない。だいたい行き先を決めるのはロクの気分だ。
それを聞いたサホはストローを咥えながら眉をあげた。
「神里くんのことはもう学校の噂でもうわかってんだけどさ。顔だけじゃなくマジに行動も成績もイケメンなのね。あんなに失礼なことされるとか思えないんだけどなあ」
「いつもはあんな感じじゃないんだよ! もう全世界にいる女の人は全員お姫様みたいな扱いだし! たまたま調子が悪かったんじゃないかな!!」
「ほんとー?」
「でも、失礼なことされても彼氏にしたいんでしょ!?」
「んー、まあね。ハイスペックだし」
「ちょっとクズい!!」
サホは、前の学校生活のみならず私生活でもここまでの間の悪さと屈辱を味わったことはなかった。陽気なキャラクターと人見知り知らずのメンタルで、仲間内でも群を抜いて常に学校のカースト上位にいたし、実は生まれつき持った整った容姿で彼氏に困ることもなかった。
家もまあまあ裕福で、サホは典型的に甘やかされて育った。そんな落とせば落ちる頼めばくれるような環境にいすぎたせいで、先日のミツキが無礼を働いた時は打ち首にしてやろうかと思ったほどだ。
しかし、その時に出た言葉は「打ち首に処す」でも「テメエツラ貸せよ」でもなく自分の嗚咽だった時は、サホ自身が飛び上がるほどに驚いた。あの時のことを思い返しても、何故今まで鋼メンタルだった自分があんな一言二言でショックを受けたのかわからない。
サホは、それをこの週末中ずっと考えていたのだが答えは一向に出なかった。なので、もう一度ミツキとちゃんと話してその答えを探したかったのだが、ターゲットが出席停止になってしまったので今週中は諦めるしかないだろう。
なので、この時間でコカからたっぷりとミツキの好みや弱みを聞き出しておくことにした。
雑談を交えつつ、羽よりも軽い口からミツキがハンバーグより焼き鳥が好きなことや大昔に女装経験があるなどのエピソードを聞いたところで、サホはコカへある小さな疑問を抱いた。コカの口からロクとミツキ以外の友人の話が一切出てこないのだ。
まさかと思い、問うか問わぬか迷ったサホは結局禁断の質問をしてしまった。
「あの、思ってたんだけどさ」
「ん!? なあに!?」
「コカって大神くんたち以外とどっか遊びに行った事ある?」
「え゛ッ!?」
直球豪速球がコカにクリーンヒット──!
気を抜いてまだ一度も口をつけず、底の黒玉をコロコロと転がしていたストローを持つ手がビクッと震えた。
「あ、あ、あるよ!!」
「今回のアタシとのは抜いても?」
「……………………な、ナイです」
サホは「やっぱり」と微笑んだ。
サホに見抜かれた通り、はっきり言うとコカは今まで女友達と遊びに行ったことがなかった。さらにはっきり言うとロクとミツキ以外の同年代の友達がいない。同年代の女友達がいないので流行に疎い。
サホはそれを女の勘で察したらしい。
再び優しさに満ちた笑顔を向けられたコカは赤面しながらストローを吸った。口の中にコロコロと飛び込んできた丸いものを噛むが味が全く味がしない。隠していたわけではなかったが知られたくはなかった事実が白日のもとに晒されてしまったようだ。
「そっかー。コカって友達いなかったのかー!」
「ぐあぁッ!!!」
容赦も遠慮もないサホの言葉の刃がコカの鋼のハートをいとも容易く貫いた。架空のヒットポイントゲージがガリガリと削られていく。コカは死を覚悟した。
「ふふ……じゃあ、アタシがコカの女友達第一号ね」
「……え!?」
自ら棺桶に入ろうとしていたコカは、突然放り込まれた回復薬を浴びてHP半分回復して生き返った。女友達というワードに心がくすぐられる。
「いいの? ワタシと友達で……」
「もち! てかこうやって一緒に出かけようとか友達になりたくない相手に言わねーし、コカ可愛いし!」
「あああああ……優しさが、優しさが……!」
「あ、そうか! じゃあコカは女との放課後デートは初体験なんね?」
「で、デー……!?」
「ふふふ、神里くんの前に大神くんから奪っちゃおうかしら」
「あばばばばばば……い、色気まで…………ん? ろ、ロクくん!?」
サホの妖艶な雰囲気に飲まれて危うく聞き逃しかけたが、気になるワードをキャッチしたコカは敏感に反応した。
「な、なんでロクくん!?」
「んー? だってコカ、大神くんのこと好きでしょ?」
「○×△※!!??」
・ ・ ・ ・ ・
話題の男は今睡眠学習をしていた。
学校の放課後補習ほどロクにとって眠くなる用事はない。まだ校歌を歌う用事がある全校集会の方が起きていようと思える。それにこれからの季節の気温はロクは嫌いだ。
そもそも勉強にやる気も意味も見いだせないロクに今睡魔に対抗する理由はない。舞良も参加すれば親には連絡しないと言ったのだ。……などとサボる理由を考えているうちにロクは眠りについていた。
ロクのほかにも数人生徒はいるが、そちらは頭を抱えながらもロクよりは何倍も課題に取り組もうとしている。
補修の監督をしていた舞良はそんなロクの様子を見て心配そうに見た。そして、そのすぐ横でまた新しい機械を分解するコンに視線を移した。霊感がない限り今は舞良以外の他の人間には見えていないだろう。
ふと顔を上げたコンと目が合い、舞良は廊下に来て欲しいと目で合図した。コンが壁をすり抜けたのを見届けると生徒に断りを入れてから舞良も廊下へ出る。
「すみません魂月さん。度々ありがとうございます」
壁にもたれかかったコンを見て、ぺこりと頭を下げた。
「何が?」
「い、いや。オカルト部の顧問を決める時があったら教えてくださいとお願いしておいたじゃないですか。天雨さんは思い立ったら行動するので、昨日はギリギリで職員室に滑り込んだんですよ!」
「確かにコカは暴走機関車だよな」
コンはククッと喉の奥を鳴らした。
舞良とコンが知り合いだということはロクたちには明かしていないが、それには特に理由はない。舞良は生徒たちには自分が人外だということを知られたくないと言っていたが、コンはただ言う必要もタイミングもないので黙っているだけだ。
「そ、それで、頼んでいたことはやっておいてくださいましたか?」
「やったやった……でもなんであんなことすんだ?」
「ああぁ……」
問われた舞良は急激にげんなりとした表情になって手で顔を覆った。
「占いの結果が……」
「あぁ、なるほど」
コンはその一言で納得した。
舞良は修行も兼ねて、生徒の無事を確認するために定期的に十八番の未来の占いをしているのだが、案の定ロクの占いで未来の大惨事を予測した。
しかし、それは実は毎回のことなので最近はスルースキルを身につけてきた舞良だったが、今回は特殊で、ロクの不幸が別の人物に移るという現象が起こったのだ。その不可解な現象が起こったおかげで、ロクを占ったにも関わらず移った先の者の未来がわかったのだが。
それを知った舞良は慌ててコンに対策を考えてもらった。頭の回転が早いコンはすぐに解決してくれたそうだが……
「それにしても魂月さんはお仕事が早いですね! どうやって解決したんですか?」
「ん? ……いや、これからそろそろ解決するんじゃないか?」
「……はいぃ?」
引っかかるワードがポロリと零れたのを聞き逃さず、舞良は首を思いっきり首を傾げた。
舞良たちが廊下で会話している頃、教室内のロクは懐の携帯が震えるのに気づいて目が覚めた。取り出して液晶を見るとコカからの通話の着信だった。
ロクは周囲の生徒は微塵も気にせず通話ボタンを押して耳に当てるーーと同時に、音割れしたコカの声が鼓膜を震わした。
『ロクくん助けて! サホちゃんがヤバーー』
最後まで聴き終わらないうちにロクはスマホを耳に当てたまま窓へ走った。
腕を顔の前で構えてタンッと軽やかに飛ぶと、ロクはパーンッと気持ちの良い音を立ててガラスを割りつつ二階の教室から外に飛び出した。話を終えて廊下から戻ってきた舞良と周囲にいた生徒が驚愕の表情を浮かべている。
「ガラス割ったー!!」
「やっぱり不良じゃねえか!!」
「おい、大神がミッションインポッシブルしたぞーーー!!」
落下中に腕輪から銀鎖が飛び出した。コンの体がグンッと引かれる。
「解決に向けて早速効果が現れてそうだ」
「どういうことですかぁ!」
「たぶん窓は後でクソガキ専属の修理屋が来るぜ」
「はい!?」
舞良の理解を得ようとしない言葉を残してコンは割れた窓枠に飛び乗った。
下を見ると、その時にはロクは華麗に着地を済ませて、校外へ出るフェンスを乗り越えていくところだった。補修を抜けることができたからか、その背中からこれでもかと開放感が溢れ出ていた。
「……反応はえぇな」
コカのSOSに対するロクの反応速度に興味を持ったコンは、口元に弧を描きながら窓枠を蹴って宙に飛び出した。