3.夜中と腕輪
やっと狼男出せました。
「報告! 報告ぅーッ!」
整った制服を身に纏った獣人が司令部に飛び込み、その場の全員の視線を集めた。
「司令官……ルベル司令官はどちらに……!?」
あまりに真摯なその様子に圧倒されつつ、その場の一人が慌ててその方向を指し示した。獣人は礼も言う余裕なく、その影に声をかけ、早口で捲し立てるようにして報告を果たした。
「なるほど……報告ご苦労様でした」
「いえッ……ゲホ、それが、ごはッ! ボクの仕事なので……ゥッ!」
「誰か介抱をお願いします」
ヘロヘロになった部下が数人がかりで抱えられていくのを尻目に、二、三の指示を部下に与えると影は司令部を出た。
司令部から目的の場所までは遠かったが、建物内では術も魔法も行使できない。若干早足の徒歩で行くしかなかった。影が部下のように走らないのは、はしたなさを恥じているためではなく、ただ単に今さっき聞いた事実を上司へ伝えに行くのが億劫なだけだ。
影は歩く。しかし、その動作を概念的に真似ているだけでほぼ空間を滑っている影には、長い廊下に足跡を響かせることはできない。
一際大きな扉にたどり着くと、一呼吸置いてからノックをせずにあたかも急いできましたという態度で室内へ足を踏み入れた。
「……おい、待ってくれ。まさか嫌な報告じゃあないだろうな」
「報告の内容を変更できるのならワタシもそうしたいところです」
扉の先で事務机に腰掛けていた人物は、影の姿を見た途端に何かを察したようだ。天井を仰ぎ、顔を手で覆った。
そんな態度をされても、悪いのは影ではない。報告の内容も変更はしない。
「報告ですが、一つは観測部署と司令部までの長距離艦に交通機関を設けることを推奨する報告。もう一つはつい先程、観測部署が例の反応が確認しました」
影の上司はすでにわかっていたと言うようにため息をついた。影も同じようにため息をつきたいが、それをここでやるのは無礼だ。首が飛ぶ。
「早い……まだワタシの体も何もかもが本調子ではないのに……アイツめ、やってくれよる」
そういった上司は、勘弁してくれと言う態度を取っていたが、口元は少しだけ笑っていた。笑う状況ではないとわかっているため、影には見せないようにしていたが、影にはしっかりと見えた。まあ、影も悪い気分ではない。
「一応ご指示はいただかないと。どうされますか」
「ひとまず現世へ捜索部隊を手配しておいてくれ。場所はわかっているんだろ」
「いえ、いや、それが……場所分かっていますが」
影は言い淀んでそこで言葉を途切れさせた。目配せするように、この部屋のカーテンのかかった窓へ視線を投げた。そこで上司は影の意図と、今日がなんの日だったか気がついた。
「しまった。今日は……満月か」
「はい。なので今出ることができるものが非常に少ないです」
「抜かったな。満月の直前に結構したのが逆に仇に……それでは、アイツに協力を仰いでくれ。そうすれば…………」
「どうされました?」
上司が言葉を紡ぐのをやめてじっと見つめてきていることに気がつき、影は居心地が悪そうに身じろぎした。
「お前はいけないのか? 一見大丈夫に見えるが、そもそも種族が満月にほとんど左右されないやつだろう?」
「あーーー、ワタシも実は月光を浴びると少々体が透けてしまって調子が……」
上司は「そこまで行きたくないのか」と、あからさまな仮病を使う部下と各地で起こる問題に板挟みになり、頭を抱えた。
・ ・ ・ ・ ・
飾り屋から直帰したロクは、玄関から一直線にベッドに向かった。
普段なら日付が変わろうが気にせずゲーム三昧だが、今日の出来事で完全に頭からいつものルーティーンが抜け落ち、ベッドに横になった途端に夢の中へログインして行った。——あの腕輪を着けたままに。大神家に住みつく付喪神や、怪異たちの明らかに不審な怯えようにも気がつかず。
寝室の窓からは眩い満月がのぞき、それに向かって響く何かの遠吠えはロクの耳に届くことなく消えた。
ことが動いたのは零時を回ったすぐ後のことだった。
——ガボッッ!
突然の奇妙な音と衝撃がロクの体を飛び上がらせた。ベッドから落ちたらしく、頭を床に打ち付けた。
痛む頭をさすろうとする際に気がつく。体が動かない。
今までの人生で数百回と仕掛けられた金縛りなら対処法はだいたいわかっている。しかし、今回はそれの感覚ではない。強制的に動けなくしているのではなく、体がだらりと弛緩していて、体内のエネルギーをゴッソリと奪われてしまっている。そんな感覚だ。
ぴくりとも動かない体に反して、ロクのまどろんでいた意識は一気に覚醒してフル回転で稼働し始めた。プチパニックに陥るも、為す術なくさらに力は抜け落ちていく、気を抜けばその瞬間に意識を失ってしまいそうだった。
考えるのも億劫になり、いつも寝ている時間だしいっそ眠ってしまおうかと言うだらしないことを考えそうになった、その時、ロクの動かないはずの左手首が勝手に震え始めた。
痛いほどに締め付けられる感覚。ロクは視線だけでそちらを見ると、その手首には飾り屋で手に入れた腕輪がビリビリと震えながら火花を散らしていた。
腕輪にはめ込まれた水晶の一つが砕け散ったのを目撃した直後、至近距離にあったロクの耳を擘く爆音と白い煙が猛烈な爆風に靡いてロクに押し寄せた。煙はまるで物体なのではないかと思う程に密度が高く、むせ返るほどに淀んだ瘴気の中にいるのと何も変わらない息苦しさをロクに与えつつ、その体を壁際まで押しやった。
息ができないが、体を大きく動かせないため胸を掻き毟ることもできない。それに加えて目眩のように視界が明滅を繰り返し、爆音にやられた耳鳴りが鳴り止まない。ロクは意識が何処かへ飛びそうになるのを歯を食いしばって耐えた。
「——やあっと出られたな。あんな動けもしねえところに突っ込みやがって」
耳鳴りの合間に聞こえた何者かの声に、無意識に瞑っていた目を開けた。白煙の向こうに月明かりで照らしだされた人影が見えた。人影はこちらを振り返り、「ん?」と首をかしげる。
「なんだ? しぶっといなお前。なんで全部吸ったと思ってたのに生きてんだ?……ま、ちょうどいいな」
人影は投げかけた疑問の答えを待たず、周囲の白煙を片手でパタパタと払いつつロクへ歩み寄った。しゃがみ込み、ロクの髪を鷲掴みにして自分の目線まで持ち上げた。
「記念すべき脱出最初の飯だな」
ロクの脳内の危険信号と怒りのボルテージが振り切り、体に雷を撃ち落とした。濁流のように失われていたエネルギーが戻ってきた。後は、いつものように体を直感に委ねるだけだ。
「触んなクソがァッ!!」
ロクは今まで弛緩していた左手を握りしめ、狙いを定まらぬままに人影に全力のボディーブロウを放った。狙いは定まっていないようで定まっている。ロクの繰り出す拳はいつも的確に敵を屠る。
「ッ……!」
今日は屠るまで到達させることは叶わなかったが、拳は確かに人影の脇腹あたりを掠めた。髪をつかんでいた手が離れ、ロクはすぐに床に両手を当てて獣のような姿勢をとりつつ人影から距離をとった。自分の命がかかった瞬間の人間の行動には目を見張るものがある。
煙は時期に晴れ、床に尻餅をついている人影の正体があらわになった。
「……ただしぶといわけでは無いのか」
そう呟いたそれは、金色に光る鋭い目でロクを見上げていた。
ロクと似た背丈に、ミツキのように白く櫛の通されていない跳ね放題の長髪を一本に結っている人間だった。いや、人間ではない。その形をしているだけだ。何より、着物のような服を纏ったその体から放たれる気配は間違い無く、ロクが飾り屋で感じたろくでも無い気配そのものだった。
これで確定。ロクは確信した事実が真実か確かめるために身構えながら口を開いた。
「お前、人間じゃねェだろ」
「あれ、ガキのくせに見えるのか。笑えるなあ」
やっぱりとロクは口の中で呟いた。なんとなくこの白髪の態度が飄飄としていて気に食わない。
「妖怪かなんかなんだろ。人んちの部屋勝手に占領しやがって、どうやって入ってきた……」
また面倒なことになったことを察した。ロクは鋭い眼光で部屋に穴が開いていたりしないかと部屋を一望したが、今の所それらしい傷もない。先ほどの爆発で紙類が散らばっている程度だ。もしそんなものがあろうものならロクはこいつを死ぬまで殴るつもりだったが、その面倒をする必要はなくひとまず安心した。
白髪は見た目年齢は似たり寄ったりのロクを、まるで子供を見ているかのように笑った。
「どこって、お前が連れてきたんじゃ無いのか?」
「はァ? そんな覚えねェよ。こちとら白髪の知り合いなんざな……一人しか居ねェんだよ!」
「いるんか」
ロクは忘れても特に問題のないことに定評のあるミツキを忘れかけていた。
「脱線した。俺が連れてきたってどういうことだ」
「それはあ……そうだ、腕輪だ。ほれ、これと同じヤツ見たことないか?」
白髪が自身の右手を持ち上げると、とてもロクにも覚えのある腕輪がその手首にはまっていた。
それにより、今日一日で起きた出来事が一気にロクの脳裏を駆け抜け、今更に後悔の念が広がる。
溜め込まれた不幸は今ここに集結した。
「心当たりあるか? ま、とにかくオレは色々あってそれに封印されてたわけ。たった今その封印を解いて今ここにいると。わかったかクソガキちゃん?」
「ガキいうな。なんで封印されてたってのに出てこれたんだよ! 大人しくしてろ!」
封印なんて大袈裟なことをされていた理由も気になるところだが、それを問う前に白髪はロクを無視して後ろを振り返った。その方向にあった部屋の窓をガラッと開け、窓枠に足をかけた。
ギョッとしたロクは頭に血が上って無意識に拳に力が入るが、今さら先ほどのボディブローが全く響いていないようでケロリとしている白髪の様子に気がついて顔を顰めた。
白い髪の持ち主はこうも皆打たれ強いのかと、ロクは内心でズレた確信をした。このままでは白髪は出て行ってしまう。
「どこ行く気だ!」
「わざわざお前に言ってもどうせわかんないだろ? んじゃ、帰るっと」
何か引き止める方法を探しているうちに、白髪は身軽にひらりと窓枠から飛び降りて外へ消えた。
——ガシャンッ!
宙に浮かび上がるように目の前に現れた“銀の鎖”に、ロクは目を見張った。
くんっとロクの左腕が勝手に前へ引っ張られる。反射的にそれを見ると、腕輪についた一際大きな天然石か太く長い鎖がずるずると這い出てきている。引き出されていく方向を目で追うと、鎖は窓の外へと繋がって——
急に鎖が強く張った。弦を弾いたようにビィンッと空気が小刻みに振動する。
「うおッ!?」
窓の外から驚愕の声が上がり、ロクは浮遊感を覚えた。直後に腕輪が手首に食い込み、鎖が張った勢いだけでロクの体は二階の高さにある窓の外へと投げ出されていた。
「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あああ!!」
・ ・ ・ ・ ・
白髪がボサボサの頭をかく度に鎖が擦れ合い、ガシャンガシャンと金属特有の音を立てた。
「久しぶりに死ぬかと思った……」
「よく言うなクソガキ」
白髪は隻眼でロクを睨みつけた。
ロクは突然の出来事に驚いたものの、家の庭に先に落ちていた白髪の上に緊急着地したおかげで、ことなきを得ていた。白髪は下敷きにされて痛むのか、少し腰をさすっている。
その後、意図せず閉め出されてしまったロクたちは、元々従えていた家の中の付喪が身に玄関の鍵を解錠させて部屋に戻って、今に至る。その間にも、白髪と繋がれた腕輪の鎖が邪魔でしかたなかった。
ロクが訝しげに鎖を眺めていると、鎖は空気に溶けるようにしてその姿を消した。
先ほど怒りに任せてその鎖を断ち切ろうとしたロクに、白髪は「諦めろ」と半笑いで言った。
この腕輪は対になっているもう一つの腕輪から一定距離離れると、鎖を出して離れられないようにするもの。しかし、実体を持たないので容易に切断するどころか、触れることもできずにすり抜ける。——との説明を受けた。それ以上の説明は白髪の口から出なかった。
どうしてそんな腕輪が存在し、白髪がどうして封印されていたのか。そしてどうしてロクがそれに巻き込まれているのか。全く説明する気力が白髪から感じられない。
「最初に腕輪はめてるって言えよ、危ない危ない。ま、オレはこの体が真っ平に潰されても死なないからいいけど」
「んなわけ」
「本当だぞ、お前はいったいオレをなんだと思ってんだ?」
「……妖怪泥田坊」
「違う」
白髪は呆れたと言うようにため息をつく。そして、ニヤリと笑って己を指差した。
「“狼男”だよ。人狼! 並の銃で打たれようが、上空からフリーフォールしようがなかなか死なないぜ? 妖怪サマサマだろ!」
「……オオカミオトコ……」
脈絡も何もない突然の告白。さすがのロクの追いついていけず、首を傾げた。
狼男。
西洋の言い伝えなどに登場し、ファンタジー内の獣人のレパートリーには欠かせない、案外メジャーな存在でもある。満月の夜に凶暴化し、子供を攫って喰らうという怪物は古代から恐れられ、地域によっては狼憑きの疑いをかけられた者は魔女のように裁判にかけられ火炙りは免れなかったほどだとか。銀の弾丸で撃たれると致命傷を負うなど伝承は様々。
そんな狼男が目の前の白髪だと本人が言う。
様々な怪異に遭遇してきたが狼男などは見たことがないロクは、僅かな知識の中のそれと白髪を重ねるが狼の要素は見当たらない。定番である狼耳も獣尾も生えていない。これではロクの中で白髪はまだ“自称狼男”だ。
「……何処が狼男なんだ」
「今は……化けてるに決まってんだろ。現世にいるんだからな」
「化けるって……狼男は妖怪なのかよ」
ロクの中では狼男は洋画に出てくるイメージが強く、妖怪とは結びつかなかった。実際知られている中にも狼の妖怪は存在するがロクは知らない。どちらかと言うと「モンスター」の響きの方がロクにとってはピンとくる。
珍しく頭を捻っているロクに、白髪は「しょうがねえな」と言う顔で口を開いた。
「オレらは細かい分類してねえよ。ただ、「怪異寄りの狼男」ってだけだ。もちろん西洋にも別の狼男は存在する。違う概念・種族の存在ってだけだ、難しく考えんな。はい、終わり!」
そこまで喋ってもいないのに、やり切った顔をした白髪はベッドに寝転がった。もちろんそのベッドはロクのものだ。
「おい待て寝んな! この腕輪はどうすんだ、さっきから外そうとしても取れない……」
「あした」
「こいつッ……」
ロクの額に青筋が浮かぶ。白髪の態度は完全にロクを下に見たものであるのは一目瞭然だった。
「あのなァ、せめて名前くらい」
怒りを抑えて聞き出そうとしたときには、白髪はもう寝息を立てていた。
「ッ……殺してェッ……!」
ロクは床に拳を打ち付けた。力加減をしたものの少し床が陥没したが、今のロクは暴れまわりたいのを抑えるのだけで他のことを気にする余裕はない。
家に住み着いた付喪神たちは、家の主人の言い争いの間に割って入ることすら叶わず、怯えて身を縮めていることしかできなかった。なにしろ、突如現れた恐ろしい気配はそれだけ彼らの本能を恐怖に染めていた。
完全に頭に血が上ってしまっているロクは、目の前の大問題に気を取られ、小さな怪異たちの様子など微塵も気がつくことはなかった。
・ ・ ・ ・ ・
平日の街の朝は早い。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!
しかし、彼の家だけはまだまどろみに飲まれたままだ。現時刻、七時を知らせる目覚まし時計が主人を起こそうと鳴り叫ぶ。
ピンポーン……ピンポぴぽぴぽぴぽぴぽ……
数分後、追撃と言わんばかりのしつこい来訪者の玄関チャイムのコンボが凄まじく攻撃してくる。しかし、それでもとうとうどちらにも反応する者は現れず、やがて再び大神家に静かな時間が流れはじめた。
──一時間後
「…………八時十五分……まで、残り三分……」
二度寝すらしていない見事な寝坊である。ロクは床で横になっていた体を起こし、頬に床の筋を残しながら枕元に置いていた目覚まし時計を凝視した。
ロクが通う学校は、八時十五分には席についていなければ遅刻とみなされる。
普通の足で、この家から学校まで十分、走って五分。今から準備を始めて間に合うかどうかは残り三分と言う短い時間では絶望的なところだ。が、
「間に合う!」
ぼうっとしてた頭を覚醒させる。ロクは猛スピードで準備を済ませた。準備といっても昨日は制服を着たまま寝ていたので着替える必要がない。朝食は仕方なく抜く。通学バッグを鷲掴み、一瞬だけ洗面所で顔に水を浴びせるとその足で玄関を飛び出した。
ビィインッ!
やる気を潰すように、腕輪から銀鎖が飛び出たことでロクは玄関へと引き戻された。家の奥から「うおあ」と悲鳴が飛んできて、ロクは昨夜の出来事を思い出す。
ロクは天を仰ぎつつ地面に倒れた体を起こして、階段を駆け上がった。自室でベッドから転げ落ちていた白髪を肩に担ぎ上げる。白髪の動揺が声で伝わってきた。
「なッ……!」
「行くぞ」
「どこへだよ! なんでオレを軽々と担ぎ上げられるんだよクソガキイィィイイ!」
ロクは玄関から出るのをやめて昨夜の白髪のように窓枠に足をかけた。そこから飛び降りるのでは無く、ひょいと屋根へ上がる。
勉強はてんでダメだが、ロクの特技の一つの体力と爆速を出せる足、直感がものをいう身体能力をフルで使えば学校まで一分で到着できる。ロクにはその自信がある。
何事にも消極的なロクだが、絶対に遅刻するわけにはいかない理由がある。こればかりはなによりも全力だ。
ロクは民家の屋根から屋根、電柱から電柱を伝い、文字通り直線距離で学校へ向かった。誰にも見られていないことを祈って。
暴れ狂う白髪のせいで予想よりも遅れて残り三十秒ほどで教室に滑り込んだロクは、既に教壇にいた気弱な担任として有名な舞良を説得し、無事に遅刻を免れた。同時にチャイムが鳴る。
若干クラス中が弾いているが、ロクは気にもとめず席についた。もちろん、昨日と変わらずコカの隣の席だ。
コカは相変わらずのハイテンションぶり。ただ座っているだけにもかかわらず光のような存在感ある体を椅子ごと近づけて、ロクへ話しかけてきた。
「ロクくんおはよう! 今日は危なかったね、いつも余裕持って一分前には滑り込むのに!!」
「それ余裕持つって言うの?」
珍しく後ろの席に座るミツキがクラス内で話に入ってきた。
「でたな、メガネ女子魔」
「でたね、タラシ魔神!!」
「いきなり!? こ、コカちゃんまで……!」
ロクによる言葉の刃を全身に受け、女の子であるコカからの援護射撃が一番精神に突き刺さったようだ。撃沈した残念イケメンを放置して二人は話を進める。
「そもそも、コカが今日チャイム鳴らさなかったから起きられなかったんだろ」
「鳴らしたよ! 連打して十分くらい待ったのに誰も出てこなかったよ! ロクくんが爆睡してたんでしょ!!」
コカはプンッと怒った。怒ったといっても全くその様子は恐ろしくない。
そういえば昨日は散々爆発や悲鳴を上げたのに、誰もこなかった。親が長期で出張しいているためロクの家は今現在ロクとその兄しか住んでいない。ロク以外で誰も出てこなかったということは兄は仕事で留守にしていたのだろう。運が良かった。
あれ、と違和感を覚えたが、直後ロクに強烈な睡魔が襲ってきた。頭が勝手に船を漕ぎ始める。
「あ……寝ちゃダメだロクくん! 寝たら死ぬよ! 内申が死ぬよ!!」
しかし、決死のコカの問いかけも届かず、居眠り常習犯のロクは、昨夜の事での寝不足も相まって眠りへ落ちていった。こうなれば昼食時間にコカに起こされるまでは起きることは無い。
「ロクくん目覚めて! ア〇イズ!」
「コカちゃんF派だったの!? って、それは口に出さない方が……」
「ザオ〇クの方が良かったかな!?」
「ああああああああ!! 放送事故だよコカちゃん!」
ロクを中心に発生したカオスに当人は気がつかない。
そしてロクはもうひとつ、自身を見つめる二つの視線に気がつかない。
追記2020.5.7:誤字脱字どころではない誤植を発見したので、物語の本筋が変わらない程度の加筆と共に修正しました。