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狼少年の怪異事変。  作者: 睡眠戦闘員
一章:狼男と妖狐
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18.オカルト妖狐




 野干は、コカを拘束していた尾も野干のすぐ側へと移動させると、懐から出した小振りのナイフをコカの首筋に突きつけた。


「動いたら、刺すぞ」

「待て待てっ……お前らがコンたちを攫おうとする理由は何だ? コンだけならまだしも、ロクも攫う気だったんだろう?」


 セロトはコカを人質に取られ、冷や汗を流しながらも冷静に野干に問うた。


「そう簡単に教えると思うか? ……と言いたいところだがオレも一週間ほど前に依頼されただけで詳しくは知らないんでな。言えることは無い」

「一週間前だと!? どういうことだ……!」


 実を言うと一国の王子、もとい破壊兵器と大差ないコンは過去何度も狙われたことがある。しかしそのどれもがコンの力を求める碌でもない組織ばかりだったが、今回は訳が違う。


 コンの現世追放は、あの時の王ラウォルのその場の即決と同時に行われたことだ。その事を知るのは城内関係者の者のみだったはず。


 だと言うのに、一週間前に既に野干たちにコンを捕らえる依頼が来ていたということは、その事が外部へ漏れているのだ。狼城の情報セキュリティが心配になってくる。


 しかし、それにしても何故ロクを……とセロトが考え込んでいると野干が面倒そうに言った。


「まあ、知りたいんだったらあのアホイタチに聞くんだな。勝手に行動してコンを発見した時、ロクとやらについてもついでに報告したらしい」

「どういう事だ……?」


 その依頼主の意図がわからない。何故ロクまで巻き込むのだろうか。


「ぐッ……!?」


 突然上がった苦悶の声にセロトは驚いて顔を上げた。見ると野干が、表情を歪めて一点を睨みつけている。視線の先には、すぐ隣で人質に取られているコカが尾の毛並みに顔をうずめていた。コカがただ動物特有のモフモフを堪能しているのではないことは直ぐにわかった。


 うずめられた毛並みに赤色がじわじわと滲むのを見て、セロトの顔が引き攣った。コカがゆらりと頭をあげて、その隠れていた部分が明らかになる。そこにはハッキリと歯形がつき、血が出血している。


「ツイデ?」


 前かがみになったコカの顔は前髪で見えない。呟かれたその声色は、今までのハイテンションとは異なり静かに、しかし明瞭に響いた。


「……ロクくんをぶっ飛ばしたのは、まあいいよ。強いから多分大丈夫」

「だ、大丈夫?」


 根拠の無いその言葉にセロトは眉を寄せた。一体どこからそんな自信が出てくるのだろうか。


「でも、『ついで』? ワタシの大切なオカルト部員を、友達をそんなノミみたいな理由で傷つけたの──」


 グワッと勢いよく上げられたコカの顔は怒り一色に染まっていた。


「絶ッッ対許さない! ボコボコにする!!」

「い、いや、天雨! 気持ちはわかるが落ち着──」

「───ギャンッ!!」


 キレたコカをセロトが止めようとしたとき、その場にいた三人以外の断末魔が上がった。直後、大木の下から声の主が飛び上がってくる。


 三人のいる枝を数メートル上に通り過ぎてから、弧を描いて野干の足元に顔面から墜落した。そのままバウンドしてようやく勢いが止まる。それは先程まで地上にいたはずの鎌鼬だった。顔に殴られた跡があり全身ボコボコにされている。


「な、どうしてお前が……!」


 野干とセロトがそれに狼狽している間、野干を睨んでいたコカは視界の端の光る物に気づいた。クルクルと回転しながら狙ったようにコカの元へと飛んでくる。


「……あ!」


 コカはそれの正体に気づくと、それへ手を伸ばした。パスッと、うまくキャッチするとそれの穴に指を嵌めて、出来る限りの力を込める。


 ゆっくりとコカはそれを嵌めた拳を野干に向けて上げる。手だけでも無事でよかったなぁ、と思いながらその顔に笑顔を浮かべた。そこでやっと異変を察知した野干はバッと振り向くがもう遅かった。


 野干の視界にとびっきりの笑顔が横切る──直後、野干の横っ面にコカのメリケンサックが抉るようにメリこんだ。


「がはぁっ!」


 完全にコカに対して無防備だった野干は口の中の空気を吐き出すことになった。その拍子に尾の拘束が緩み、コカはスルリと下に滑って抜け出す。


「あ、天雨! よく分からんが、怪我は無」

「妖狐さんどいて!」

「ごふっ」


 野干と共によく状況が把握できておらずとも心配して駆け寄ったセロトを、コカはメリケンサックをつけた方の手で押しのけた。殴る時ほどの力ではなかったが、たまたま急所に入りセロトに大きいダメージが入る。


 急に詰め寄られた野干はコカのそれを見て「お前……そんな物どこから」と呻く。


「俺だ」


 再び三人以外の背後からの声に、コカは誰よりも早くバッと振り返った。


「ロクくん……! よかった、やっぱり無事だ!」

「あたりめェだろうが。にしても、家にあったサック持ってきといてよかった。役に立ったか」


 野干もそちらを振り返ると、その言葉通り目つき悪めのクセの強いアホ毛が飛んでいる白髪に狼耳が生えたロクが立っていた。切断されたはずの右手は、何事も無かったように元通りになり、その手で極太の木の枝を握って肩にパシパシやっているのを見て、野干は表情に戦慄を浮かべた。


「……へぇ、アンタが俺とコカを間違えた上に、人間の女子に殴られたポンコツ野干か」


 ヤケに的確なアオリをされた野干は言い返す言葉が見つからない。


 それよりも今目の前にいるのはあのコンの力を持った人間だ。傷まで瞬時に治ってしまうこの化け物を相手にしたら、今までので力を消費した自分たちに勝ち目は無い。


 汗の流れるその頭に撤退の二文字が浮かぶ。


「お前さっき俺のこと吹っ飛ばしたよな。やるってこたァやられる覚悟もあるんだよな」


 そう言い放ったロクは口端を一瞬だけ上げたかと思うと、掌中にあった枝を振り上げた。


 一瞬早く察知した野干は横っ飛びして頭上から降ってきた凶器を回避した。その動きで幹の方まで転がりまだ伸びている鎌鼬を抱え、幹伝いに巧みに上へ登っていった。


「チ……逃げた」

「あっ、待って!」

「グエッ」


 すぐに追いかけようと、追いかける体制になっていたロクの襟首を咄嗟にコカが掴んだ。


「ワタシも行く!」

「アイツをまた殴りにいくってか……さっきは殴れたが、そう何度も敵うような相手じゃ……」

「なら敵うようにすればいいんだよ!」


 グッと拳を握りしめるとコカは踵を返して金髪の妖狐に詰め寄った。

 枝から枝へ飛び移る野干は、残った力をすべてつぎ込む覚悟で逃走用の術を練っていたが、あと少しの所で迫り来る気配に集中を削がれた。


「クッ、追いつかれ……」

「逃げんなよ野干のお兄さーん。殴り合いっこしよーぜ」

「ヒィッ!?」


 振り返るとロクが恐ろしい言葉を吐きながら、枝を這いつくばって迫ってくるホラー感満載の光景がそこにあった。


「ガ、アぁアアアあアッ!」


 その気配を感じとったか、鎌鼬が目を覚ました。野干の腕を振り解こうと手足を振り回して暴れる。


「おいっ、大人しくしろ!」

「ウルサイ! コンッ、殺す殺ス殺しテ潰ス!!」


 途端、突風が吹いた。不安定な足場に立つロクは突風に煽られよろけるがすぐに立直し、風の発生源を察する。


 今にも飛びかかって来そうな鎌鼬が腕を振り回す度に、突風が吹き荒れているのだ。その中には殺傷力の鋭いものも混ざっているようで、時折ロクから外れた突風が大木の幹や葉を削っている。


「……恨まれてるお前へ攻撃を、何で俺が受けることに」

『オレは面倒だから変わらんぞ。ほら行け! 術がヘタクソなんだから物理で殴れい!』


 腕輪からの煽りでロクは野干へ突っ込む。コンの力で強化された視覚と聴覚で、その上一度経験した突風をスレスレのところで躱し、一気に間合いを詰める。


 怒りに理性を失った鎌鼬が、抱えられていた野干の腕から飛び出すと同時、ロクは右肩を大きく引き、反動のまま左拳を振り抜いた。


「ガッ、ァア!」


 ゴッ、と鎌鼬の顔面を叩く音が低く響く。「不味い!」と焦った野干は次に自分へ矛先が向けられる前に排除しなければと、長い尾を操りオオカミ少年へ向かわせた。


 その判断が誤りだったことに直ぐに気がついた。


  ロクは鎌鼬の首根っこを掴んで枝から投げ落とすと、スっと体を大きく横に傾かせた。予想外の行動に拍子抜けする野干を嘲笑うようにロクの背後から飛び出した小柄な影。


「ロクくんを傷つけた恨みー!!」


 野干へ一気に間合いを詰めたコカは、金色(・・)の髪を翻してメリケンサックを装着した拳を野干の顔面へ放った。


 先程とは比べ物にならない速さ。ガードしなければならないが、尾はロクへ向けたまま。術は、間に合わない。


「グハァアッ!!」


 拳が野干の顔を抉る。最初に殴られた時より数倍の威力の鉄拳の振り切る反動で野干の体は吹き飛び、鎌鼬と同じようになす術なく大木から落下していった。


「はぁ、はぅ……やった?」

「……フラグだからやめろ」


 トドメを刺しスッキリした高揚からか、少し息を乱したコカとロクは枝から身を乗り出して下の様子を伺う。


 大木の根元に折り重なるようにして野干と鎌鼬が伸びていた。しばらく起き上がる様子はないが、さすが妖怪と言うべきか。ある程度の高さがある大木から落下したというのに、目に見える外傷は殴れたもの以外見当たらなかった。


「ふふ、白目になってる。ざまあみろぉー!! 私から部員を奪おうとしたのが悪い!」

「まだ顔、原型留めてるな。もっと殴ればよかった」


 その高い視力で捉えた野干たちの醜態にやいやいと悪態をつくコカの姿を、ロクは改めて見る。


 金色に染まった髪色はセロトと酷似している。そしてフサフサとした毛並みに紛れて気づきにくいがピョコンとその頭に狐の耳が生えていた。


 ロクがその容姿を眺めているとふたりの体に変化が現れた。金と白の色が抜け元の髪色に戻り、耳も獣のものから人間の形へ戻る。


「あー、戻っちゃった……」

「ってことはアイツらはもう相手にしなくて良さそうだな。相変わらず腕輪ん中は息が詰まる」

「へ? ……きゃあああ!」

「うおっ」


 いつの間にか傍らに立っていたコンを見てコカが驚き、何方かと言えば歓喜の声を上げた。


「おろろろ、ロクくん! まさかこの人は狼さん……!?」

「ひぇぇ、やっぱわかるのか……こえ〜」

「やっぱりそうなんだね! ずっと探してたのになんで出てきてくれなかったの?」

「……ほら、オレはコイツに力貸さなきゃいけなかったし? な?」


 あのコンがコカに気を使ってるのかは分かりかねるが、苦しい言い訳の後で、「あと、なんか怖かったし」と小声で呟いた言葉は幸い興奮気味のコカには聞こえなかったようだ。


 コンに手を借りて大木を降りるとセロトが一足先に鎌鼬たちを縄で縛り上げていた。


「よく戻ったな、天雨。 怪我はないか?」

「妖狐さん! もちろんです、妖狐さんが力を貸してくれたおかげでぶっ飛ばせましたから!」


 コカは突然の頼みを聞いてくれたセロトに物騒な言葉で感謝をした。


 もちろん、頼みというのは野干を殴り飛ばした力のことだ。


 ロクを見て何か霊的なものから力を借りていると(オカルトオタクの本能で)見抜いたコカは、同じようにセロトの力を貸して欲しいと頼み込んだのだ。


 ロクとは事情が違う上に危険な真似はさせられないと断ったセロトだが、あまりにコカが真剣に頼み込むのでその迫力に気圧され、ロクが必ず守る事を条件に渋々力貸したのだった。


「それにしても……なんだかお前ら戦い慣れしてる気がするんだが……メリケンサックとか」

「……そんな事は……前はよくこの辺の不良に絡まれたりしてたから耐性がついただけ」

「そうだねー、小学校の頃とか本当に絶え間なく絡んできてたなぁ。あ! そうだ、さっき野干まで詰める時に先導してくれた時ロクくん凄かったよ! おかげで無傷済んだしね!」

「俺の戦闘レベルは高いぞ」


 流れるように話題を変えてしまったふたりにセロトが顔を引き攣らせた。


「不良の相手をしただけで、人外のオレたちに太刀打ちできたのか……?」


 すると、そのそばにすっかり放置されていたコン暇を持て余して寄ってきた。


「よう、『威勢よく出て行った割にはあの人間っ娘に見せ場取られてあんま活躍してなかった』セロト。油揚げ食ってるか?」

「……相変わらず怠け上手のお前に言われてもな。まあ、変わってなくて逆に安心したが」


 はあ、とため息を吐くと、セロトはキッとそのつり目でコンを睨みつけた。


「今回のことはお前がロクの面倒を見てやらなかったのが悪いんだ、自覚しろこの馬鹿犬!!」

「何だとこの三大神経伝達物質のセロトニンが!」

「なんだそれは!」

「通称幸せホルモンめ!!」

「だからなんなんだよそれは!?」





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