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狼少年の怪異事変。  作者: 睡眠戦闘員
一章:狼男と妖狐
17/111

17.オカルト部長

 



「“豪炎球”(ごうえんきゅう)!」

「なッ! 躱せッ!」


 ゆうに大木の枝まで飛び上がってきたセロトは、手を前に突き出し、特大の火球を枝の上にいた野干たちへ向けて放った。特大と言っても、以前ロクが放ったものとは二回りほど小さい。だがその代わり飛来するスピードがロクの時とは比べ物にならないほど早く、正確にふたりを狙っていた。


 寸での所で身を捻り、野干たちはそのまま一つ下の枝へとそれぞれ飛び降りるが、それだけでは終わらない。


「逃がさん!“追火”!」


 セロトの叫びで、大木の幹を焦がさんと直進していた火球はグリンッと軌道を変えると、鎌鼬の動きを追って飛んで行った。


 野干は急ぎながらも周りを見渡した。すると、離れた場所に息を潜めている何かを見つけ、ニヤリと笑った。


 火球の軌道スレスレで縛られたまま動けていなかったコカは、チリチリ熱気に頬を撫ぜられ、息を飲んだ。


 その横にセロトがシュタッと安定した動きで、コカのいる枝の上に着地した。


「えっ? な、なに……」

「落ち着いてくれ。オレは大神の知り合いだ。お前を助けに来た」

「へ? ロクくん!?」


 セロトの話にロクが出てきたことですぐに冷静を取り戻すが、あれだけ野干に居場所を言わないと啖呵を切った直後に来られると何とも複雑な、助けに来てくれた分嬉しいような気持ちになるコカだった。


「って、違う違う! ダメだよ来ちゃ! ロクくんは……!」


 必死にロクを逃がさなければと焦るコカ。すると、セロトは優しく微笑んで安心させるようにコカの頭にポスンと手を乗せた。


「うーん、心配してやるのはすごくいい事だと思うんだが……その心配は多分要らないと思うぞ」


 安心させるつもりで言ったセロトは少し切ないような、どこか遠くを見る目になっていた。


 セロトの言葉の意図が読めず、「でも……」と納得出来ず言葉を続けようとしたコカの耳に、突然鎌鼬の叫び声が飛び込んできた。


 火の玉の標的になった鎌鼬は、それを振り切るために動きやすい地上へ飛び降りた途端、その背後から羽交い締めにされた。


「周囲の安全確認は基本だって思ってたが、少なくともお前は違うみたいだな、バカマイタチ」

「がァ!? コン!?」


 背後から聞こえてきた他人の神経を逆撫でする声に、鎌鼬はオドロキに目を剥いた。だが、羽交い締めにされる腕の力を更に強められ、その姿を見ることは叶わない。


 コンに足止めで火球との距離が一気につめられ慌てた鎌鼬は、術で回避しようとして口を開きかけるが、


「そおい」


 突然、コンは鎌鼬の体をガッチリと掴んで持ち上げると、迫り来る火球に向かって放り投げた。鎌鼬は抵抗する間もなく火球と衝突し、空気を震わせる爆発を起こした。よく炎に飲み込まれるイタチである。


「ガァッ!」


 鎌鼬は着ていた外套の残骸を更に塵にして、宙を錐揉みしながら地面へめり込むように墜落した。


 だが、流石人外。


「ク……ソッ……」


 重症を負いながらも、二度も恥を晒させられたコンを睨みつけ、痛みに耐えてすぐに立ち上がろうとする。


「すごーい……なにあれ!?」


 そんな状況を木の上から見ていたコカは、ゴクリと喉を鳴らした。それは妖怪の術を目の当たりにしたことに対してか、その爆発を受けても立ち上がる鎌鼬に対してかは、コカ自身もわからない。


「よし、天雨。今からオレが下まで連れて行ってやる」


 その声でハッとして意識を手元に戻すと、手足の自由を奪っていた縄が消えていた。その一瞬に気を取られているうちに、コカはセロトに横抱きに持ち上げられた。


「うわぁ!? ちょ、おろしてください!!」

「お、っと!? こらこら、暴れるな」


 完全に不意を突かれたコカは驚いて恥ずかしさに遠慮したが、人間の女子と妖怪との力差は明らかで、簡単になだめられてしまう。


「う、うぅ……ん?」


 おかげで更に羞恥が高まって縮まりこんだコカだったが、その時初めてセロトの姿をハッキリ見た途端、ピタリと動きが止まった。


「やっと大人しくなったな……よし、今下で大神が待って……うぎゃ!?」


 ロクという単語を聞いた途端、コカは光の速さでセロトの腕を振りほどいた。その際に思い切りコカの手の甲が顔面がぶつかり、理不尽な暴力がセロトを襲う。


 そして、枝の端まで詰め寄ったコカの目は、地上の草むら内でこちらを見上げているロクを捉えた。突然ひょこっと、枝から顔を出したコカへ意外そうにその半目を見開いている。それを見て、口端をめいいっぱい引き上げ──


「ヤバいよロクくんッ!! ワタシホンモノの妖狐に抱き上げられたちゃっ、たァァアアあああああ!!」

「えっ」


 そう喜びの叫び声を上げた途端、コカは四つん這いで体を支えていた手を滑らせ、枝から滑り落ちた。その背後では引きつった顔でコカへ手を伸ばして固まっている妖狐(・・)のセロトがいた。


「あ……あのバカ」


 叫び声を上げて降ってくるコカを見上げてそう呟くと、おかしな「親方、空から女の子が!」状態に冷静なロクは落下地点まで走る。


 受け止めるために手を広げて、落ちてくるタイミングを計り、コカの体を受け止める。


 ───寸前、叫び声が響く。


「ガァアアア!!“風ッ爪”!!」「“狐火”」

「ッが……」

「ッ! ロクく……」


 コントロールの効いていない見えない凶器が地面を抉りながら迫り、ふたりの間を切り裂いた。


 一瞬の出来事だった。


 一本の棒のようなものが飛んだ。


 空中にいたコカは“風爪”の風圧で、その軽い体を吹き飛ばされた。直後に追って、野干が放った狐火がロクの足元へ着弾し、爆発した。


「あ゛ッ……!」


 爆風に当てられたロクは地面を転がってやっと止まった。だが、立ち上がることができず呻く。被爆の痛みからではなく、体を支えるものが無かったからだ。


 一度経験した事のある鋭い痛みに、ロクは表情を歪めて右手があったはずの場所を見た。そこにあるべき手首が無い。その先についているはずの手のひらが、指がない。草だらけの地面のそこら中に自らから血が吹き出ている。


 鎌鼬の“風爪”により、コカを受け止めるために上へ伸ばされていたロクの右腕は、いとも簡単に切断された。そのせいで、野干の“狐火”にも反応が遅れた。


 ロクは歪む視界を見回すが、切断された腕は見当たらない。もしかしたらさっきの爆発で灰になったのかもしれない。


「やッ……! 離して! 痛いっての!」


 ハッとして声のする方を向くと、爆発で吹き飛ばされて目を回していたコカが足に絡みついた何かに大木の方へ引きずられていく所だった。


「ちょ……うわぁ!!」


 地面に生えた草を手当たり次第に掴むが、引きずる力か凄まじくブチブチと千切れて意味がない。コカは地面に爪の後を残し、大木の上の闇の中へ引き上げられて見えなくなった。



 ロクは何とか無事な左腕で立ち上がり、フラフラしながらコカが消えていった大木を見上げる。


 沈みかけていた太陽がオレンジ色に輝くが、葉の生い茂る大木は上へ行くほど闇が広がっている。葉の隙間からチラチラと夕日のオレンジの光が覗く中、朱に染まった双眸がロクたちを見下ろしている。


 時折その光を何かの影がゆらゆらと動いて遮り、不気味な妖気が辺りを漂っている。


 大木の上にいた野干がその本性を現していた。


「……クソッ!!」


 流れ続ける血のせいで動かない体にイラつきながら、ロクは残った左腕で尻ポケットを探った。そして大木の上の獣を睨みつけ、おぼつかない足取りでで一歩踏み出した。


 だが、それを野干は許さない。


「お前は、大人しくしていろ」


 直後、しなやかに迫った大蛇のように太い何かが、ロクの腹にくい込む。その勢いは収まらずなぎ払われたロクは森の中へ突っ込み、木々にその全身が打ち付けられ蹂躙される。


 ほんの数秒で満身創痍となったロクは顔面から地面へ突っ込んでようやくその勢いを止めた。


 全身が燃えるように熱く、指先の感覚がない。体が何処も彼処も切り傷を負ってそこから血が吹き出し、打ち付けられた右足がおかしな方向へ曲がっている。


 誰がどう見ても、助かるわけなかった。


「ハッ……ぜった、骨折、れ……たって、こ……れ」


 自身のこの有様に自虐を含んだ声でロクは呟いた。


 ……それが諦めから出た自虐だと思うのならばそれは間違いだ。


 何故ならば、その三白眼はギラギラと滾るように光り、口端は三日月のように裂かれ、不気味なほどにつり上がっている──


「ざ、まぁ」


 ロクは勝利を確信した。


 ───一方、コンは苦い顔をして大木にしがみついていた。


 手につけられた腕輪が、磁石に引き寄せられるようにある方向へと猛烈に強く引っ張られていた。


「クソガキが……やられやがってッ! 最初からこのつもりだったらコロス!」


 そう悪態をつきながら、未だに続く鎌鼬からの猛攻を跳ね返した。その手には肩から肘の間で切断された人間の腕が握られていた。鎌鼬の相手をしていた時に、コンの足元に飛んできたものだ。


「ああッ! めんどくせぇ! わかった、思いどうりになってやろうじゃねえか!!」


 強力な磁力に耐えながらの鎌鼬の相手は流石に面倒だと、言い訳を心の中で呟いたコンは大木にしがみついていた手を離した。


 スルリと大木の幹を撫でたコンの手は身体ごと一瞬で加速し、森の中へ引きずり込まれて行った。


 ・・ ・ ・ ・


 気づけば、コカの足に絡みついていた何かは上に引き上げられているうちに、脇の下あたりまで巻き付き胸を締め付けていた。締め付けられる圧迫感に、苦しそうに喘ぐ。


「う……これ、何なの……!」


 擦り傷ができた手でそれに触れてみると、驚いたことに、もふっと柔らかい感触が返ってきた。


「え……これって……?」


 驚きの声をあげている内に、周囲の景色が流れる勢いが緩やかに収まり、やがて止まった。逆さまに引き上げられていた身体がくるりと起こされ、ようやく周りの様子を見ることができた。


 視界いっぱいに枝や葉が広がり、すぐにまた木の上に連れ戻されたのだとわかった。そして、近くでコチラを見ている影が野干だとわかると、コカはグッと目に力を入れて睨みつけた。


「ねぇ、離してよ! 殴るよ!?」


 頬を膨らませてそう言いながら、自分を締め付けているものを拳でポカポカ殴る。すると野干はその赤く光る目を細めて低い声で言った。


「……あの人間がロクだろう? アイツが言った特徴と一致する。それにオレたち人外が見える人間なんてそうは居ない。お前を助けに来たということはそういう事だろ」


 そう言って野干は押し黙ったコカから視線を外すと、下を見下ろした。

「──ッ!? ロクくん!! 」


 その視線に釣られて、同様に下へ視線を移したコカは悲鳴をあげた。

 地上にいるロクは血の気のない顔でふらふらと倒れそうになりながら立っていた。


 そして、コカの人より優れた目はしっかりと捉えていた。ダランと下げられた腕が、腕の先がスッパリと消えていた。断面こそ見えなかったが、切断された場所の縁を伝うように紅い血がダラダラ、と──


「お前は元々部外者だったようだが……色々とお前について知りたいことがある。関わってしまった以上簡単に帰れると思うな」


 野干は淡々と言葉を続けて、地上のロクが怪しい足取りで一歩踏み出したのを見ると、ス……と腕を振り上げる。呆然としていたコカはハッとしてそれに気づくと、背筋が凍るような嫌な悪寒を覚えた。


「だから──お前は、大人しくしていろ」


 その言葉はコカへの警告の言葉だったのか、ロクへの言葉だったのか──コカにはわからなかった。


 制止の声を上げようと息を吸い込んだコカを遮る様に、野干は腕を振り下ろした。


 野干の周りをゆらゆらと浮遊していた内の“一本”が腕の動きと連動し、その巨体をロクへ突進させた。一瞬で加速したそれは衝撃を伴ってロクの体にくい込み、薙ぎ払うようにしてその体を後方へ吹き飛ばした。


 森へ轟音を立てて吹き飛んだロクの姿が見えなくとも、重症では済まない怪我を負ったことは明白だった。


 ロクが消えた方を向いたまま、固まってしまったコカを見た野干はやっと大人しくなったと、溜息をついて言葉を続けた。


「これでわかっただろう? 逆らえば──」

「私の……オカルト部員……ッ」

「は?」


 突然コカから飛び出た言葉に野干は聞き間違いかとポカンと口を開いた。


「ただでさえ廃部寸前なのに……ロクくんは……ロクくんは……ッ!」


 キッと野干を睨みつけている所を見ると、真剣に怒っているらしい。


 仲間を傷つけられたならキレるのも仕方がないが、何かズレている。と、野干は疑問の表情を浮かべて一瞬惚ける。が、


「……うるさい、黙れ」


 冷静になった野干の影から、コカを拘束しているものと同じそれが再び出現する。


 黄褐色の毛並み、先端に向かって細くなっていくその形。野干の体の後ろ腰辺りから伸びているそれは、野干の尾だった。


 その尾は普通の狐の尾の大きさとは比べ物にならないほど大きい。コカはこの尾に捕まり、ロクはこの巨体に薙ぎ払われたのだ。


 そして今、野干はそれを叩きつけて黙らせようと、コカに狙いを定めた。

  ゆらゆら揺れながら自分の方へゆっくり傾いてくる尾に、コカの脳裏にフラッシュバックが起きる。ロクをいとも簡単に吹き飛ばした凄まじい威力の野干の尾。そんな尾に捕らわれたコカは逃げることすら叶わない。


 野干は躊躇いなく腕を振り下ろす。今まで同様それに従うように野干の尾が加速を始めた。


「……ぅ!!」


 為す術ないコカは、ただ衝撃を覚悟して目を固く瞑って身を固くする事しか出来なかった。


 ヒョッと空気を切る音と共に迫った巨体が起こした風が顔を撫で、ビクッと肩を跳ねさせた。──しかし、それ以外何も感じない。予想していた様な衝撃はいつまで経っても襲ってこない。


 うっすらと目を開けると、自分と野干の間に割り込んだ誰かの背中が見えた。


「ぐッ……早いな」

「何を皮肉な。随分手こずらされたぞ?」


 聞こえた声に両目を開けると、目の前に四本の狐の尾を出したセロトがいた。その近くにはビリビリと痙攣しながら野干へ引っ込んで行く尾があった。





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