96.時折起こる事象:S ②
【二ループ目】
「って感じで爆発しちゃった」
「おつかれ」
「あっさりだな。未来を変えるような行動してないのに、未来変わっちゃったんだよ。どういうこと?」
ミツキは半ギレでコンの部屋にクレームを入れにきた。相変わらず罠に引っかかったせいで全身がボロボロである。
ミツキがキレているのはもちろん、時間が来ても前回同様ミツキが襲われず、さらには前回はなかったはずのパテレスの襲来があったからだ。そのせいでサホたちへの爆弾での襲撃を許してしまった。
ミツキの話を聞いたコンは、意味ありげに口角を上げながらチョークを手に取った。ループによって前回書いた跡が消え去っている黒板に、するすると蝶のイラストを描く。
「ただのバタフライエフェクトだろ。蝶の羽ばたきが竜巻を起こすくらいだ。お前っていう人間一人がオレの部屋に来るっていう行為が、どれだけ未来に影響するかってこたぁ」
「……それって力学系とか天候の話じゃなかった?」
「変わらんな」
たしかにコンの言っていることはわかる。ループする前のミツキはコンの部屋には来ていなかった。未来への影響という壮大な視点で考えると小さなことに思える。しかし、密室殺人事件が起きた際、生きた人間が一人密室の中にいるかいないかで、事件解決にかかる時間が段違いだ。
「じゃあ……ボクがここに来たから、襲撃犯は消えたし、パテレスが来くることになったってこと?」
「そういうことじゃねえの?」
「それなら今回のループもそうなるってことじゃないの? ボクここに来ちゃったし……」
「そういうことじゃねえの~」
「無理やり返答のレパートリー増やさないでいいよ。できてないし」
ミツキは目頭を抑えた。
ループのパターンを見るために前回と同じ行動をしたつもりだったが、意外とこの世界は繊細らしい。また探索のやり直しである。
取り合えず、ミツキは一ループ目と同じ時間まで待ってからコンの部屋を後にし、前回と同じように街に出てた。
前回と違うのはここからだ。ミツキは誰とも会わないように六時よりも一時間前にムーンハウスに帰ってきた。サホの誕生日パーティーでは使われない二階のミツキに割り当てられた部屋に入り、そのまま息を潜めていた。
これでミツキは、今まで見られなかったパーティーの様子を最初から伺うことができる。そして、ミツキがコンの部屋に行くことによって確定する未来の事象も同時にわかる。特に、パテレスの襲来はサホへの害が確定している。できるだけ情報を集めたいが、最優先はサホたちの安全だ。止めることができるのであれば、そうする。
まだ荷物が運び切れておらず、殺風景な自室の中で外の様子に耳をそば立てていると、定刻通りの六時に階下が賑やかになった。サホがムーンハウスに到着したのであろう。自室の扉を少しだけ開いて階下の様子を伺った。
「サホチャンオタンジョウビオメデトオオオオオオオオ!!!!」
「あ、ありがとう、コカ……いつも以上にテンション高いわね」
「だって! 今日サホちゃんが生まれなきゃ! 猫姫は生まれなかったわけで! ワタシたちのオカルト部にもこなかったわけで! あれ!? これサホちゃんのお母さんにありがとうって言ったほうがいい!?」
「アタシでいいわよ」
「ありがとう!!」
「はいどうも」
耳を澄まさなくても聞こえてくるコカの絶叫と、耳を澄まさないと聞こえないクールなサホの声が聞こえて来た。
二階にあるミツキの部屋は、吹き抜けとなっているリビングと棒の手すり一つを正面に隔てただけだ。なので、少しだけ開いた扉からでも、例のダサいTシャツのプレゼントを渡され、「あとで着るわね」とクールに流している様子までよく見えた。
ある種微笑ましいその光景は、嫌な出来事が続いて心労が溜まっていたミツキの心を癒した。
「愛猫、おめでとう!」
「おめでとうございます! 」
他にもムーンハウスに集まったセロト、刻音、わざわざ現世から集まってきた大量の猫妖怪&猫幽霊(ミツキには見えない)、そして不在ではあるがラウォルからのプレゼント渡され、サホは嬉しそうに微笑む。サホと関わりがあるのにパーティーに出席していないルベルは、王の命令でウォルツィ離れているため、来られないとのことだ。ロクは部隊の依頼で遅れることになっている。
「……神里くんは?」
そしてミツキの心は、今日(?)一番の心労を投擲された。一人で「ゔっ!?」と胸を抑えてダメージを庇い、扉にすがりつく。
「あー! あーとね! あの、なんか、たぶん遅れるって言ってたよ!!」
「なんかたぶんって何」
一番心配していたことを気にされてしまった。ミツキが今日特になんの用事も依頼の担当でもないことはサホもわかっている。それなのにどうしてこないのかとサホは不思議に思っている。
「……こないの?」
ほんの少しだけ哀しさを含んでいるその声を聞いて、ミツキの胸はさらに締め付けられた。
「く、くるよ! 来るって言ってたもん! それにあのミツキくんが女の子の誕生日を忘れるわけないでしょ!?」
「でも遅れてるじゃない」
「それはミツキくんが悪い!!」
おっしゃる通りです。ミツキは声に出さずにそう言った。気がつくと体が勝手に土下座の姿勢をとっていた。
「あ、そ、そうだ! なんかね! すっっっごいお誕生日プレゼント用意したんだって! だから準備に時間かかってるのかも!!」
やめてください、そんなものないんです。ミツキの土下座は、瞬時に懇願へ意味を変えた。
コカのフォローが逆にミツキを苦しめていたが、そのおかげでミツキは本来の目的を思い出した。今はコカ達の話よりも、このムーンハウスに訪れる危険について調査しなくてはならない。
ミツキはそっと部屋の窓を開けてベランダに出ると、暑中の現世とは反対に雪が降りそうな空が広がる外へ出た。そのまま柵を足場にして屋根の上へ登る。
その途中で、こんな不良だとかロクのような行動、以前の優等生を貫いていたはずの自分なら絶対にしなかっただろうと思う。いつからこんなに思い切りが良くなってしまったのかと苦笑しながら冷たい屋根の上へ這い上がった。
ムーンハウスに戻ってきた際、家中を見て回ったが、パテレスがあらかじめ潜んでいたり、外部から侵入できそうな地点はなかった。来るとしたら、時間がループする地点の直前の時間以前に、外から侵入してくるところが見れるはずだ。
そして、予想通り。その時が来た。
「あれぁ? シンリミツキだっけ。こんなとこで何してんだ?」
ストンと、軽い調子で屋根に着地した音がした。振り向くと、そこには片房のみが長いのツインテールと白衣の袖を北風に揺らしながら立つパテレスの姿があった。表情はわからない。以前にあった時同様、ガスマスクを装着している。
「元お仲間のアイビョウの誕生日を祝いに来たんだ! まさかの不可能とされていたアストラ裏切りのお祝いも兼ねて入院中のつむ……独愚の特性爆弾だ! 誕生日にはうってつけの不幸だろ!」
「いや、もう彼女にはこのボクがパーティーに出席していないという特大の不幸が訪れてるので結構です」
「あいっ変わらずのナルシスト発言だな~。頭の中見てて楽しいぞ。意外と日本にはナルシストが少ないんでね」
ガスマスクがシュコーッと音を立て、彼女が吹き出したのがわかった。
――いや。
ここでミツキは今まで彼女に対して持っていた疑問を解決することにした。
「あの、全く関係のない話ですみません。もしかしてなんですけど……」
「ん? なんだ、そろそろパーティー参加したいんだが」
ミツキは時間稼ぎも兼ねた問いだったものの、流石に躊躇ってからようやく口を開いた。
「パテレスさんって、男……の心持ってます? いや、お体が女性なのはわかってるんですけど。その、素朴な疑問っていうか」
何のフォローにもなっていない言葉を添えながら問われた言葉に、パテレスは一瞬動きを止めた。やはりガスマスクでその表情はわからなかったが、怒りの感情は特にないらしいということしかわからない。
これは推理でも推測でも何でもなく、ただのミツキの本能の中から導き出された勘のようなものだった。
ミツキはグノシ遺跡ではじめて一方的なテレパシーによって彼女と話した際から、彼女に優しくしようだとか、そういう気が全く起こらなかった。普段ならそんなことはない。この世の全ての女性は存在と意思を尊重すべきものであり、この世の全ての男は勝手に生きろと放り出しておく。これがミツキの中にある人生観の原則だ。
ただし、例外もあることにはある。ミツキは性別を判断する際、体よりも心の性別を何よりも優先する。体が男でも心が本当に女性ならば「よくぞ神聖な女の子の心を獲得できた」と尊重するし、体が女で体が男なら「何て愚かな野郎になってしまったんだ」と放っておく。
それらも神業のような本能で判別できるため、普段は見分けるのには困らないのだ。
ただ、パテレスの場合が非常にややこしかった。ミツキは「体は女、心は男」と無意識のうちに本能判定をしており、冷たい対応をしていたものの、実際に対面した途端に混乱した。何しろ、彼女は立派な(千切れていたものの)ツインテールをして、女性者の白衣を着、スカートをバッチリと履いているという完全に女性らしい服装をしていたからだ。
経験上、身なりから推測できる性別と心の性別は一致しているのが普通だったのに、パテレスは全く心に心労なく自分から進んでそれを着ていた。
……と、ここまでのミツキの高速思考と回想を全て読んだらしいパテレスが、再び大きく吹き出した。
「すごいなお前。気持ち悪いくらい洞察力神ってるな! しかも、肝心なところは勘っていう」
「う……」
「いいことだ。考えるのはいいことだとも。ワタシの探究もそういうことが起点だ。まずは疑問を見つけないとな」
大きく頷いて、何か満足げに頷いたパテレスは、「その通りだ」と一言。
「ワタシこそ生命の理を超えて漢の心を獲得した究極の――」
「あ、もういいです」
「うぉい。本当に野郎だと知った上で、安心して冷たくするんじゃない。一応言っとくがワタシはスカートとツインテールは自分が似合うからしてるんだからな! 変態じゃないぞ!」
今年一番気になったこと第五位くらいの疑問を解決できたミツキは、早々にパテレスから興味をなくした。ちなみに一位は、サホに赤い糸が無かったことだ。
それに、時間も丁度いいところだ。
「何の時間がいいんだ? もしかしてパーティーの山場か!」
「ちがいます」
「冷たいな!」
あと三十秒だ。もし神のしゃっくりが治らないのであれば、またループするはずだ。ここで一旦パテレスを食い止めることができる道が見えれば、ムーンハウスを守る一手も見える。
「ほあ~。なんだ、よくわからんけどワタシ達がここに来ること知ってたのか?」
「え、あ、まあ…………え? ち、ちょっと! “ワタシ達”って、ここに来てるの、あなただけじゃないんですか!?」
不穏な一言にミツキが気がついた途端、遠くから何かの獣の叫びのようなものが聞こえた。実際それは誰かが叫ぶ声で、一人ではない。数人、数十人かもしれない。
慌てて振り返ると、ムーンハウスの広い敷地への入り口の門へ、大量の人々が雪崩れ込んできていた。よく見ると、その各々がその手に導火線が飛び出しているワンホールケーキや、コードが蔦のように絡み合ったプレゼントボックスを持っている。実にいらない誕生日プレゼントだ。ミツキの主観だが、サホも同じだろうと断言できる。
パテレスのムーンハウス侵入を防いでも、ここまでアストラの信者が攻め込まれるのでは、取り返しがつかない。
顔を引きつらせるミツキは何もできないまま、アストラの信者がムーンハウス周辺を飲み込む様子を茫然と眺めて―――
・ ・ ・ ・ ・
【三ループ目】
「大丈夫!? ミツキくん!!」
連続でムーンハウスのパーティーを救うことに失敗したミツキは、真剣に考えながらループ後に出現したコカの言葉にぼんやりと頷いた。
そもそも、どうしてパテレスがムーンハウスの存在を知っているのか。
ロク達の所属する鮭六個噛み付き隊は、人間部隊という妖魔界では特殊な位置にある。そのため、その存在は機密事項だ。王国内外はもちろん、狼城内部でも限られた者しか存在を知らない。このムーンハウス自体、情報漏洩をしたら面倒だというラウォル王のポケットマネーで建てられたくらいだ。
つまり、パテレス含むアストラが知り得ないはずの情報を知っているということだ。
サホの時のように狼城内部にアストラの手先がいるのかとも予測できたが、どこか違和感がある。
―――いいことだ。考えるのはいいことだとも。ワタシの探究もそういうことが起点だ。まずは疑問を見つけないとな。
「……疑問を見つける、か」
「ふぁ!? なんの!?」
パテレスの言葉にヒントを得たミツキは、コカに少しの質問をしてからムーンハウスを出た。
見覚えのある同じ形の雲を見るという普通では絶対体験できないことができる寒空を見上げながら、ミツキは狼城敷地内の電波が飛んでいる位置へ移動する。スマホの左上にアンテナが三本表示された地点で画面を操作して耳に当てた。
しばらくの間コールが繰り返されていたが、やがてそれは途切れ、まるで面倒くささと静かな怒りを表すかのようにゆっくりとした雑音によって電話がつながったことがわかった。機嫌が悪いらしく相手側が応答しないので、こちらから切り出す。
「もしもし? ちょっと頼みごとがあるんだけ」
ブツッとあちらから通話を切られた。かけ直すが応答すらなく通話拒否された。十回ほどしつこくかけ直し、ようやく再び出たところで、不機嫌そうな声が聞こえてくる。
『てめえ、帰ったら締めるぞ』
「ああ、それはいいんだけどさ。ちょっと今日は早めに……というか、もうすぐに帰ってきて欲しいんだよね」
『殺すぞ』
最近は一段と殺意の強いロクは話す気が一切ないようなので、とりあえず一方的にムーンハウスに迫る危機について説明した。
パテレス率いるアストラの信者集団は、どう考えてもロクの協力がなくては退けることができない。ラウォルなどに助けを求めてもいいとは考えたものの、そうすると大規模な兵を動かす大事となってしまい、サホが心地の良い誕生日を過ごすことができなくなる。なるべくロクとミツキだけの力で静かに、穏便にアストラ共を蹴散らしたい。
そのために、依頼に出ているロクを早めに連れ戻す。
「キミが宣戦布告したせいだぞ」
『知らん。サホが裏切ったんだろ』
「そんなこといわないでよ。サホちゃんはボクがかっこいいからボクについてきてくれたんだから、責めるならボクにして」
『ぶっころがすぞ』
「とにかく、依頼はどうにか他の人に代わってもらって、妖魔界のほうに来てくれない?」
『お前ッ、俺がこの仕事にどれだけ命かけてると……』
スマホを握る手に力が入り、亀裂が入る音が受話器越しに聞こえてきた。ロクにとっては、サホより依頼の方が大事らしい。もっともそれがとても彼らしいところだ。
「お願いだよ。ほんと、何でもする!!」
『……知らん。勝手にやってろ』
小さな舌打ちで通話を切られてしまった。
しかし、ミツキはロクが早く戻ってきてくれると確信していた。裏切りを嫌う彼はまた、自分から裏切ることもしない。こういう身内に対してなら意外と誠実なところしか信用できない。
微笑んだミツキは、コカから聞き出した場所に向かうべく、狼城を出た。
主婦浮浪者不良店主など様々な柄の妖怪達で賑わう商店街に一度入る。神子の証である白紙を隠すための黒髪ウィッグをしっかりと調節しつつ、その半ばまで歩いて路地に逸れた。
コカから話を聞いたときは「嘘だろ」とは思ったが、その小道の中にポツリと存在する知る人ぞ知る老舗ですよ、というオーラを出すカレー屋の引き戸を開けた途端に彼女の言葉が正しいことが証明された。
「あれぁ? シンリミツキだっけ。こんなとこで何してんだ?」
店内でナンを器用に使ってカレーを頬張っている白衣のツインテールは、紛れもなくパテレスだった。ガスマスクを口の上まで上げて器用に食事をしている。
コカが覚醒のコツを聞くために各地を練り歩き回った際にたまたま包帯姿の独愚に遭遇したという話は数日前に聞いていた。その遭遇場所であるカレー屋が、おそらくアストラ機動部隊の溜まり場だろうかと検討をつけて訪れたのだが、そこにちょうどパテレスがいたのはラッキーだった。
本来ならここで王国に通報しないといけないのだろうが、どうせ時間がループしてしまうのであれば意味はない。完全にムーンハウスの誕生日会が滞りなく進行される未来が確定するまでは見逃す。
ミツキはズンズンと店内に進み、ナンを頬張ったまま目を丸くしているパテレスの隣に座った。独愚の姿はなく、今はパテレスただ一人だ。はっきり言って、ミツキは、あの独特な雰囲気がある独愚が怖いのでこの点は運が良かったと言える。
「今日何の日か知ってます?」
「ん? えー、そもそも今日何日だ?」
「八月五日です」
「終戦記念日か!」
「違います。あ、ちょっと今から考え事するので頭の中見ないでもらえます?」
「敵になんて無茶なことを言うんだ!? まあ面白いから見ないで置いてやるがな!」
パテレスは今この時点ではサホの誕生日を知らないらしい。一体どのタイミングで知るのか。
「……サホちゃん、覚えてますよね。誕生日なんですよ……明日」
「ほう!」
面白いほどに食いついたパテレスは、ナンをカレーの上に落としてミツキの話に集中している。まだ思考を読まない約束を守ってくれていることを祈る。
「誕生日プレゼント決められてなくて……何かいい案はないですかね?」
「なるほどなあ。それでワタシに助けを求めにきたかこの若造!」
「若造って……年齢そんなに変わらないように見えますけど。っていうか、あなた達本当に幾つなんですか? 人間ではあるんですよね?」
「企業秘密だ」
「ボクの見立てでは、見た目は十代くらいに見えますが、実年齢は二十代後半だと思います」
「お……おお」
「ボクはそんな年齢でツインテールにスカートを履いている男を認めません」
「喧嘩売ってるか〜?」
パテレスは、ミツキの無意識煽りを年相応の寛容さでスルーし、本来の質問である誕生日プレゼントについて考え始めた。どうやら嘘を信じてくれたようだ。残りのナンを頬張り、皿に残ったカレーをスプーンでかき集める。
「……ふふ、この人間の頭の中と外側を両方観察し続けてきたワタシに嘘は通用しないぞ」
「え」
ずいっとパテレスに詰め寄られたミツキは「うっ」と言葉に詰まった。まさか思考を読まずとも嘘がわかるとは。彼女を舐めすぎていたかもしれない。
押し上げられたガスマスクの下で口角を上げたパテレスは、カレーの乗ったスプーンでミツキを指した。
「誕生日プレゼント……決まってないって言ったが、お前みたいな女ったらしが女の誕生日プレゼントを用意できてないわけがない!」
「………あ、はい」
「この〜! 選んだプレゼントがただ自信がないだけだろ〜! 」
案外抜けている人でよかった。
「ワタシだったら特大の爆弾で幸せの絶頂の瞬間に吹っ飛ばしてやるな!」
「却下で」
「ていうか、案外お前の顔と性格なら『プレゼントはボクです!』でもイケそうだな。実際何をプレゼントするんだ?」
「企業秘密で」
無いものは明かせない。
ミツキは、そのまま数十分ほどパテレスと話して彼女にサホの誕生日は明日だと執念深く擦り込んだ。ミツキが隠そうとしてもムーンハウスが知られてしまうなら、日にちをズラすだけの方がまだ成功率が上がる。
そうしてパテレスがカレーを平らげる頃にミツキはカレー屋を出た。
これでパテレスの襲撃が明日という未来に回すことができれば、サホの誕生日は無事に終了できる。最悪今日に来てしまっても、既にロクを呼び寄せている。蹴散らすことは可能だろう。
ミツキは自分のプランの完璧さに、内心天狗になりながら商店街へ繰り出した。まだ時間は三時。これからサホのプレゼントを選び、きちんと遅刻せずパーティーに参加するには十分過ぎる時間がある。今度こそサホをがっかりさせないパーティーにしてみせる。
意気揚々と妖魔界の雑貨屋に足を踏み入れようとしたとき、通知音が鳴った。スマホでは無い。電波のない妖魔界での緊急連絡用に配られた懐かしのガラパゴス携帯だ。魔力で動き、魔力を飛ばすため、電波よりも通信範囲は広いが、何しろ無理やり改造したので今のところメール機能しか使えず、しかも平仮名五十音のみしか使えない。濁点半濁点も小文字も打てないため、使い辛い。
取りだし、パカリと画面を開けてメールボックスを開くと、刻音から一件メールが届いていた。
『いますく もとつて きて くたさい』
少し考え、“今すぐ戻って来てください”だと分かった。どうしたのかと返信しようとしたとき、ついでもう一件メールを受信した。すぐに開く。
『おおかみさん か なくなつて しまいました』