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狼少年の怪異事変。  作者: 睡眠戦闘員
五章:ヤクザと女優
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94.マジカル☆黒魔術②

 



 そうして勿体ぶる悪魔に言われるがまま、コカはセロトから手頃な怪異退治依頼を引き受けてきた。最初はしぶっていた彼だったが、仕方なくロクも共に行くという嘘をつくと、「それなら」と許してくれた。その態度もあって、自分の弱さを改めて知ったコカは早く三人に追いつかなくてはというやる気を奮い立たせた。


 依頼の現場は現世。以前、闇オークション会場が建設されていた近所の山だ。そこで、たびたび庭球妖怪を食い荒らす怪異が出没するらしい。よく見ると依頼主は以前からロクにべったりの地元妖怪である猫又だった。


 コカはズンズンと背高草が群生する山中を進んでいく。外は、八月頭という夏真っ盛りな気温ではあったが、木陰であることと怪異が出るなどという不気味な山という性質上、幸運なことにそこまでの暑さは無い。


『む……生贄か?』

「うわ! なにあれ!!」


 そうしてしばらく進んだところで、悪魔が反応を示した。


 蝉がとまっている太い木の幹を避けたところで、大きく開けた場所に出た。そこは四ヶ月ほど前、野干に攫われたコカが連れてこられた一際巨大な木が今も変わらず直立していた。


 ……いや、懐かしさはあるものの、「変わらず」というのは少々語弊があった。


 何しろその大木の幹には、ぐったりと首を垂れた人間の男がロープで括り付けられていたのだから。コカの気配に気がついたのか、男はうなだれていた頭を重そうに持ち上げ、こちらを見た。


「あれ……ロク坊じゃないんだ」

「え、ロクくん!?」


 ぼろっとその衰弱した様子の彼から一番の知り合いの名が出たことに驚きを隠せないコカ。


 しかし、男から事情を聞く前に胸の奥から悪魔が『来るか』と声を発し、コカを非現実に引き戻した。


 悪魔の警告通り、直後に地面が断続的に揺れ出した。動揺する間も無く、その原因の方からコカたちのいる開けた場所に雪崩れ込んできた。


 ぬるっと、そしてのっぺりとしたウーパールーパーフェイス。湿った灰色の体が夏の日差しに照らされて妙に七色に光って見える。コカの記憶ではぬらりひょんが浮かんだものの、長く四足歩行の体を見て、それが山椒魚だと察した。


 山椒魚。岩屋の窓に引っかかるくらいの大きさならまだ可愛いものだ。ただ、目の前で木々をなぎ倒しながら現れた彼は、全長に十メートルほどのクリーチャーとしか認識できない。さらに、狂ったように短い足を振り回して口に加えた小さな妖怪を飲み下そうとしているので、さらにモンスター感が増している。間違いなく依頼のターゲットだった。


「あばば……早く覚醒させて!!」

『きたか、我が力を使う時!』


 悪魔の低い笑い声が反響し、コカの全身に魔力を巡らせた。


『さあ、娘、ずっと知りたがっていた特殊な覚醒方法を教えてやろう。なに簡単なこと、短い呪文のようなものを唱えるだけだ』


 本当に簡単だと、コカは一瞬違和感を覚えたが、山椒魚がこちらに目をつけたのを見て、気にしている場話ないではないと割り切る。


『さあ、我の名を呼び、声高く唱えよ……“キューティーファイアー、マジカルチェンジ”とッ!』

「……ん!?」


 切り捨てたはずの違和感が、Uターンで戻っていきた。


 ―――なんだ今の呪文。


 コカの耳がおかしくなければ、今のは日曜日の朝にテレビで放送している幼児向け魔法少女アニメの変身シーンにありそうなセリフに聞こえた。この真剣とはまるで合わない状況というのに、悪魔はとても真剣な声である。


『どうした? さあ、唱えるのだ小娘! できれば手振りもつけて、声も可愛らしく!』

「いやいやいや! なにそれ!? ムリだよそんな……っていうか、悪魔さんそんなキャラだっけ!?」


 突然暴走し始めた悪魔と、もともと暴走している山椒魚。二つの凱風に同時に直撃されたコカは、混乱するしかない。


「なんで!? 悪魔さん、血肉が吹き飛ぶのを見るのが好きなんじゃないの!?」

『それも好きだが、女児が可愛らしい呪文で変身して可愛らしい衣装を着て可愛らしく戦う姿を見るのも好きであり、それが我の願望である!』

「じ、女児じゃないし!?」

『なにをいう! その童顔その身長その年齢その“無い胸”! 女児以外の何者でもなかろう! 我は先ほどお前を初めて見た時からこの台詞を言わせようとしていたんだ!!』

「し、失礼だ!? 好みは人それぞれだけど、それを人に強要し始めたらそれはもう変態だよ!!??」


 一番のコンプレックスを大声で指摘されたコカは絶叫しつつ、山椒魚の短い脚による叩きつけを横っ飛びで回避した。


「言えるわけないでしょ! そんな恥ずかしい台詞……」

『なるほど、では、覚醒は一生涯できないな』

「他の方法は!?」

『ない。小娘、お前が契約の際に『説明は後でいい』……つまり、どんなことを強要されてもいいと承諾したのだぞ? 文句があるのか?』

「んぐぅ……!」


 悪魔らしく弁が立つ。ニヤニヤ笑っているのが声のみで伝わってきた。


 内容をよく理解しないままの契約が危険だと学んだものの、それが事後ではどうしようもない。


 山椒魚が攻撃を回避されたことでつんのめり、森の方へ頭から突っ込んだ。うまく起き上がれないのか、短い手足をひっしにバタバタさせている。


『小娘、今が決断のチャンスだ。今なら契約をなかったことにしてやれる。ただし、お前は一生覚醒できない。覚醒したかったら……マジカルチェンジだ!』

「せめて悪魔さんが可愛いマスコットキャラクターだったらなあ!!」


 一度家に帰ってじっくり考えたいところだが、今この場にはコカだけでなく一般人らしき人間もいる。この場をさった後の山椒魚の矛先が彼に向くのは明らかだ。コカの唯一の良心が、コカ自身をマジカルロード(羞恥地獄の道)へと誘っている。


 コカは歯を食いしばり、数回ほど首を左右に傾け、うんうんと唸った。


 そしてついに、渋々……渋々悔しそうに、いつか見た魔法少女の変身シーンを思い出して、片手を高く空へ突き出した。


 そう、これがロクだったら……


 ――ロクくんだったら顔色一つ変えずにやり遂げる!!


「い……いでよ、“デザイラ”ッ!」


 名を呼ばれた悪魔が、今までで一番の高笑いをコカの内側で爆発させた。奔流する魔力が対外へ溢れ、全身を煙が包み込み始める。


「き……きっ……きゅーてぃーふぁいあー! ま、まじかるチェンジぃッ……!」


 いつものハイテンションボイスはどこへやら。かすれるような声でヤケクソ気味にその呪文とやらを叫ぶ。


 その途端、全身を焼かれるような熱さと骨が砕けるような激痛が貫いた。既に視界は発生した煙によって妨げられ、なにも見えない。


「がッぁっ……!?」


 痛みは全く引くことなく、さらなる勢いに任せてコカの体を組み換える。骨格を強く、しなやかに。歯と耳は鋭く伸び、尾骶骨周辺の皮膚が内側から盛り上がる。魔力に当てられた長い髪が、煌めいて金色に変色した。


 唾液が垂れる口を閉じ忘れていることに気がついた時には全てが終わっていた。


『ほう、妖狐か。……魔法少女とは珍しい組み合わせだな』


 悪魔、デザイラが言葉とは裏腹に満足げなため息を漏らした。


「――“我、頂点を護る盾なり。忍ばず逃げず、全ては受け流される”」


 誘われるように、無意識に閉じていた目を開いた。痛みに耐え切った体は肩で息をしていたが、四肢があり得ないほどに軽い。霞が晴れた頭がすっきりとしている。


 自分の頭を触る。側面にあった丸っこい耳が消え、頭頂部にふさふさの獣の耳が付いていた。自分の意思でぴょこぴょこと動く。デザイラが言ったことが本当なら、この耳は狐のものだ。


「か、かくせいした……妖狐に!?」

『したな。おめでとう小娘』

「や、やったーーーーー!!」


 と、コカが両手を上げて歓声を上げたところで、山椒魚の特大テイルアタックがノーガードの脇腹に直撃した。太い尻尾に振り回され真横に吹っ飛んだコカは、ゴロゴロと地面を転がってようやく停止した。覚醒のおかげか、痛みはほぼなかったが「あれ」と違和感を覚えたコカは、起き上がりながらデザイラを心の中で睨み付ける。


『言い忘れていたが、最初の呪文を恥ずかしがるほど弱体化(・・・)するぞ』

「そういうこと早く言おうよお!!」


 後出し祭りを催すデザイラは、この時状況すら楽しんでいるようだ。


『ちなみに、今は小娘の最大の力の三割しか出ていないな』

「サンワリ!? 覚醒の意味!!」

『もっと自信を持って唱えることだ。さあ、魚がきたぞ。可愛らしく向かい討て』


 ブルンブルンと巨体を揺らしてこちらにきている山椒魚は、もちろんだが話が通じる相手には見えない。ここはロクのように叩き潰すしか鎮圧の方法はないようだ。魔力の奔流を利用して術を放つために魔力を練る。


「ほ、“放火術”!」


 深く鮮やかな炎を山椒魚の鼻っ面にたたき込んだ。が、湿った体表は火傷を防ぎ、炎の中を直進し、大口を開けて突っ込んできた。避けることができず、慌てて手を突き出して山椒魚の上顎と下顎を掴んでその体止めた。


「やばーーーい! ワタシ攻撃系の妖術これしか知らない!!」

『よくそれで討伐依頼を受けようと思うたな』


 覚醒で強化されているとはいえ、攻撃ができないのでは前進ができない。山椒魚と命がけの相撲状態に陥ったコカは、腕に全神経を集中させて山椒魚にさらに口を開けさせると、その口内にもう一度炎を放った。山椒魚は悲鳴のような鳴き声を上げて、コカから飛び退いてのたうちまわる。


 使える術が効く範囲が狭いなら、もう物理攻撃しかない。今使えそうな道具はいつも持ち歩いているメリケンサックとアイスピック。それに靴に仕込んでいる鉄板と、さっきコンの部屋から拝借してきた中にどんな術が入っているかわからない術玉だ。あのブヨブヨの体に物理攻撃が通るかは不安だが、強くなると決心した手前、やるしかない。


 山椒魚が大仰な動きで起き上がった。感情のこもっていない目ではあるが、動きからして憤っている。再び無鉄砲に突進してきたので、コカはヤケクソ気味に構えた。


 鞭のようにしなる尻尾を回避。目標を失った鞭が地面に叩きつけられたところを、踏みつけながらその上を軽やかに駆け、山椒魚の背中に乗った。袖の中からアイスピックを取り出し、その目に突き刺そうと狙いを定めるが、ずるりとぬめりのある体表の粘膜に足をとられて派手に転んだ。


「あッ……!」


 その拍子にアイスピックを山椒魚の体に突き刺してしまう。ちくりと背中に痛みを感じた山椒魚は、エビのように反り返ったかと思うと、異物を振り落とそうと暴れ始めた。


「ぎゃーーー!」


 思わず刺さったままのアイスピックの柄を強く握りしめてしまい、完全に離脱するタイミングを逃したコカは、ロデオのように振り落とされないように叫び声を上げながら踏ん張る。


『ちなみに、魔法少女になった特典で特殊な武器を呼び出す方法を教えてやっても良いが?』

「なんかッ! 予想つくけどッ! どうやるのーーーッ!?」


 魔法少女になった覚えは一切ないが、コカは一応聞く。本当は恐ろしく忙しいこの状況で悪魔の言葉に耳は貸したくはなかったが、このまま無視していると延々に話しかけてきそうな雰囲気だった。


『これも呪文を唱えるだけで簡単だ。しばし待て、今考える………よし、“平和を乱す悪い子には、炎の魔法を見せてあげる! ウェポンオブファイアー!”……と唱えろ。これも可愛らしいポーズ付きでな』

「だから無理だってえええええええ!!」


 予想的中で、やはり発動条件はまたあのこっぱずかしい呪文だった。しかも、最初が単語だけだったのに加えて、今回はなぜか会話要素が入ってる。しかも、絶妙にダサい。実はかなりの恥ずかしがり屋兼アガリ症のコカを殺そうとしてるらしい。


「てか! 今の呪文()デザイラさんが決めてたよね! 他の呪文に変えてよ!!」

『いやだ。もうこれで登録してしまったしな』

「登録って何いいいいい!!」


 子供のように拒否されたコカは、山椒魚の動きに合わせて悲鳴を上げる。


 情けなし、遠慮なし。そもそも悪魔にそんなものを求めたのが愚かだった。必死に頭を捻って考えるも、両手が塞がっている状態では仕込み(・・・)も出せたものではない。そうなると、唱えるだけで希望が見えてくる呪文はとても魅力的に見えてくる。


 変身と同じく、とんでもないことにならないと言う保証はないが、結局、コカはせめてもの抵抗として呻き声を上げながらも、折れてしまった。


「へ……へ、へいわをみだす悪い子にはッ! ほのおのまほーを見せてあべっる!」


 噛んだ。それでも突っ走る。


「う、うぇぽんおぶふぁいあーッ!!」


 プライドとメンタルはボロボロ、しかし、その代償は確かに現れた。


 ずるりと、コカの胸元から閃光とともに何か大きな塊が引き摺り出された。無意識にそれについていた取手のような部分へ手を伸ばしてしまい、アイスピックを持つ手が片手になってしまう。途端、山椒魚が一際大きく体をくねらせ、コカはその拍子に勢いよく振り落とされてしまう。


 ポーンと飛んで落下していくコカは――地面に叩きつけられることなく、軽やかに着地した。


 その手には煙を朦々と煙を上げる熱した鉄色の盾が握られている。縁はとても鋭く包丁のようにはになっていて取り扱いにはかなりの注意が必要そうだ。彼女の身長の半分はある大きな盾は、かなりの重量があったものの、覚醒を経たコカはしっかりとそれを支えていた。


「た、盾!?」

『我が小娘の願望が反映された武器に姿を変えている。取り扱いには注意することだ』


 盾が悪魔自身と知り、一発ほど岩に叩きつけてやりたかったが、手ごろな物がなかったので膝で一蹴りしておいた。


『おまえが手に持っている間、鋼鉄をも溶かす温度まで自由に調節できるな。魚もこれならたまらぬだろう』

「……鋼鉄も溶かす温度なら、盾も溶けちゃうんじゃないの?」

『……この盾は鉄ではなく我だと言ったろう。こういうのはそういう概念だと捉えるものだ』

「テキトー!!」


 山椒魚が背中に刺さったアイスピックを取り払ってこちらへ向かってきた。


 腰に力を入れ、コカはその鼻っ面に盾を向ける。悪魔の言う通り、盾は熱を持っているようだが、コカには暖かい程度でそこまでの熱を感じなかった。


 まずは威力試し。そのくらい軽い気持ちだったが——山椒魚が盾に触れるか触れないかの距離まで近寄った途端、水分が一気に蒸発する音が大音量で山中に響き渡った。何事かと盾を退けて山椒魚を見てみると、顔面付近がカラカラに干からびたようにシワだらけになって、苦しみ悶えている。


「すごおい……」

『思い知ったか。さあ、とどめを刺すのだ』


 ここまで強い武器を持っていると、逆に山椒魚が可哀想になってくるが、これも依頼のため。そしてコカの経験値のためである。


 コカは少し悩み、盾の形状を見ていいことを思いついた。


「覚醒状態って、腕力も強いですか!!」

『む? ああ、よっぽど苦手でないようなら——』

「そおいっ!!」

『え』


 コカは、悪魔の言葉を聞いて喜んで盾を投げた(・・・)。ハンマー投げのようにぐるぐると体を軸に回転させて遠心力にまかせて放った、盾は手裏剣のように高速回転しながら飛んでいく。


 悶えて動きが鈍っていた山椒魚の上空に到達すると、盾は勢いをなくしてそのまま落下した。鋭い盾の縁はギロチンのように山椒魚の首を跳ね飛ばした。


 平べったい頭がボールのように転がり、断面が高熱の盾で焼かれた胴体からは血は出てこなかった。しばらく痙攣を繰り返していたが、やがて静かになり、その体は霞のように消滅してしまった。


「倒した! やたーーー!!」

『血が流れなかった……高温盾も考えものか。というか、防具を武器にするな。心の準備ができてなくて驚いたぞ』


 文句を垂れる盾を拾い上げ、両手を上げて喜んだ。最後はあっさりとした勝利だったが、やはり勝てば嬉しいものだ。


 ここまで長かった。


 皆に相談し、悪魔を召喚し、覚醒し……そこまで長くなかった。


 しかし、コカは不可能だと言われた覚醒を経て、初めての敵を倒した。成長である。とてもいいことだ。


 コカはニコニコと静かに笑っていた。


「すごいなあ。魔法少女って本当にいるんだ」


 そして、その笑顔を引きつらせた。


 恐る恐る声のした方を振り返る。戦うのに必死ですっかり存在が頭から抜け落ちていた。


 幹にロープでくくりつけられた男は、薄らと笑みを浮かべてコカを見ていた。


 おそらく、一連の流れを全て見られていた、かもしれない。


「あのさ、魔法少女さん」

「まま、魔法少女じゃないです!!」

「あそ。なんでもいいけど、とりあえず助けてくれると嬉しいな」


 しばらく羞恥心で悶えたいところではあったが、そう言うわけにもいかず。コカは男を縛っているロープを高温の盾で焼き切った。


 解放され、固まった肩や首の骨を鳴らす男は、全身が泥で煤けたり頭に打撲痕があった。出血したりしていないのが逆に怖い。


「あの……ロクくんの知り合いなんでしたっけ」


 恥ずかしいところを見られたのと、人見知りが発動していつもの調子を出せないコカは、遠慮気味に問いかけた。


「ん……ああ、ロク坊。さっき何とか電話してさ、助けてって。でも、もういらないね」


 縛られてたのにどうやって電話したんだと疑問は湧いたものの、どこかマイペースを感じる喋り方をする男にはどうにも聞き難かった。よく考えると質問の答えになっていない。


 ふと、コカは男を観察していて、嫌な感覚を感じた。


 アルビノのミツキとは違って純粋に歳をとった白髪のようなのに、その風貌や肌の滑らかさからしてどう見ても二十代前半のように見えた。肌もほどよく焼けている。白シャツは縄で寄れてしまってはいるものの、それ以外の部分はきちんとアイロンに通されていた。


 妙な感覚は依然として拭えない。


 コカがその感覚の正体を掴めずにいると、彼は全身を一通り払ってから、尻ポケットから小さな薄いカード入れのようなものを取り出した。それをパカりと開けて、中から一枚の名刺を取り出し、コカに差し出した。


「オレ、こういうやつね。ロク坊の彼女ちゃんっぽいし、自己紹介」

「あ、どうも……彼女ではないです」


 どうも及び腰が抜けないまま名刺を受け取る。


 ——五代目景龍(かげたつ)組 若頭

 景龍 (じゅく)


「………ブラック企業の方ですか?」

「ある種ね。一応うちはホワイトな方だから」

「やーさん……」


 気怠そうに、しかし曖昧な笑みは崩さないまま、白髪の男——塾は髪を掻き上げた。


「で、魔法少女の君はなんて名前だっけ。でざいらって言ってたっけ?」

「い、いや、えっと……天雨コカです」

「コカちゃん! 炭酸みたいな名前。覚えやすいね」

「はあ」


 一人でコクコク頷いて、納得したらしい彼は、薄ら笑いを少し強くして笑った。そして唐突に手を差し出してきた。


「よろしく。仲良くしようね」


 成人男性、しかもヤクザに握手を求められ、思わずアイスピックを突きつけかけたが、山椒魚に刺したままだったことを思い出した。


 少し迷ったものの、こちらは助けた恩人の立場であるからと害は加えられないはずだと考え、おずおずとその手を握り返した。


「ああ、そうだ。これも言っちゃおうかな」


 その瞬間。コカの握った塾の腕がボキリともげた(・・・)


 腕の断面から溢れる腐った筋肉。漂う腐敗臭。


「オレ、ゾンビなんだ〜」

「〜〜〜〜〜ッ!?」


 この瞬間、先ほどまでの嫌な予感の正体がわかった。


 ふらりと。気が遠くなっていくコカは、塾がけらけらと笑う声と、駆けつけたらしいロクの声を聞いた。




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