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狼少年の怪異事変。  作者: 睡眠戦闘員
五章:ヤクザと女優
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93.マジカル☆黒魔術①

 



「え、覚醒するコツ? ……すまん、オレは元から怪異だから人間の覚醒とは仕組みが違うんだ」



「うーん、そうですねえ。文献によると、やはり魔力の流れをよくするのが近道だとありましたが……あ、それよりも大神さんいませんか!? 貸してもらったシューターゲームなんですが、どうしてもクリアできないステージがありまして」



「覚醒か! いい目標を持ってるな天雨! まあ、そんなことしなくても強くなる方法はあるぞ。それは何かって? もちろん実践あるのみだ! 今度狼城のオレの部屋にあるジム器具を貸してやっても……」



「申し訳ありません。ルベル執事長はただいま遠方へ出張しており不在です」



「そンナの知ルか。らーめン食べテケ、つイデにボクに奢レ。皿割リ過ぎテ今給料マイナスなンダ」



「あら~。ボサボサちゃんじゃない。……なに? あーもー、そんな真面目なこと聞くよりこれからオークション参加していかない? いい品揃ってるのよ? 現役女子高生の靴下とか、現役男子高生の髪の毛とか、アホ毛くんの自然に抜けたアホ毛とか!」



「え……なんでこのカレー屋わかったのかな? いや、覚醒のコツって。この状況で聞く? そりゃまあ、オレたちキミらの先輩みたいなものだけどさ。え、まって? 本当にそれだけ聞きにきたのかな? いいの? アストラ機動部隊の溜まり場を突き止めたのにそれ聞くだけでいいの?」




「――っている感じで、いろんな人に聞いて回ったんだけどあんまり当てにならなかったんだよね!!」



 しょんぼりと首を垂れるコカは、次の相談相手に選んだコンを捨てられた子犬のような表情で見上げた。


 ちゃっかりと例のサキュバスのオークションで落札したロクのアホ毛で手慰みをする間に語られた彼女の話は、大量のツッコミどころはあったものの、あまりに真剣に話すのでコンはそれを静かに聞いていた。というか、聞かざるを得なかった。


 コカはダイレクトにコンの自室を訪ねてきたのだが、コンはこの部屋に至るまでの城の廊下に侵入者防止用のトラップを大量に仕掛けていたはずだった。それを何事もなかったかのようにひょっこりとドアを開けられた時は、流石のコンも飛び上がった。


 どうやって辿り着いたのだと問うと、「忍者だからトラップ崩し得意なんだ!!」とにこやかに訳のわからないことを言われ、黙るしかなくなった。


「あ~……えっと、何の話だっけ」

「ワタシ! 覚醒したいの! できるだけ早く!!」


 コカは焦っていた。ロクとミツキに続いてサホまでも覚醒を遂げてしまい、一人だけ取り残されたからだ。


 大体の話を聞いて理解することができたコンは、気怠げに呻いた。


「……覚醒の条件、知ってるか?」

「なんとなく! マリョクの流れがカッセイカ!!」

「まあ、そういうこと……なんだがなあ」


 コンはコカの顎を持ってその目を覗き込んだ。まるで耳鼻科の診断のようだと感じながら、コカはなすがままにされる。左右の目を見、髪の毛を触ってその状態を調べ、腕の脈を測られた。


「最近、急に眠くなったりしたことは?」

「ないね! いつも十時に寝て六時に起きてます!!」

「体に節々が痛くなったりは?」

「ないね! いつも元気だよ!!」

「ボーッとする機会が増えたりは?」

「ない!!!」


 質疑応答を済ませたコンは、腕に手を組んで考え込み……結論を出した。


「はい、覚醒の兆候一切なし」


 そうして宣告されたコカは絶望に突き落とされた。


「魔力の活性化云々の前に、お前の魔力保有量が妖術に使えるギリギリのラインなんだよ」

「つ、つまり……?」

「魔力が少なすぎる。そもそも覚醒する分が足りない」


 コカはガクッと項垂れた。わかっていたことだ。舞台のための健康診断の際に測った時も自分の魔力が一番少なかった。妖術訓練の時だと、体力がゴミ並みにないミツキよりも先に体力が尽きてしまうしまうのだって、最近察していた。


「ま、魔力を簡単に短期間で増やす方法はありませんか!?」

「それがあるなら、この妖魔界に魔力格差なんてねえな」

「うがあ……」


 これでもかと最後の希望が叩き潰されたコカは、呻いてさらに項垂れた。


「まあ……お前が前にセロトの魔力を借りた時みたいに、覚醒分の魔力の肩代わりをしてもらうことができれば、理論的には……可能かもな。ま、後は悪魔にでも魂売るんだな~」




 ・ ・ ・ ・ ・




「魂売るぞー!!」


 というわけで、コカはコンの親切なアドバイスに従うことにした。


 忘れてはいけないコカという人間の特徴。それは、オカルトオタクであり、愛するオカルト部の部室に胡散臭くもらいながら成功率が高い黒魔術の本を大量に収集している。


 今回はその中でも力のある悪魔を口寄せできるものを選んだ、両親から譲ってもらったもので、かなり古い書物のようだが、おそらく使えるだろう。


 部室の床に魔法陣を描き、黒いローブを着用。ロウソク六本に火を灯した。準備は万全だ。後は生贄(スケープゴート)を放り込むだけである。


「帰ってきて早々ごめんね! 手頃な生贄が見つからなくて!!」

「ん゛んーーーっ!?」


 コカは和かに笑い、側の生贄(ミツキ)に謝った。


 ロープで拘束され、猿轡を巻かれたミツキは、メガネをずらす勢いでのたうちまわって呻いているが、何を言っているのかわからないのでコカはスルーした。


 しっかりと背中側に巻かれたロープをしっかりと握って彼の体を持ち上げると、ぽいっと魔法陣の中陣に放り込む。


「いってらっしゃい! 代わりの生贄が見つかったら交換して返してもらうから待っててね!!」

「ぶはっ……そ、それ多重債務ーーーッ!!」


 その拍子に猿轡がずれ、ミツキが叫ぶ。しかし、それに構わずコカが呪文を唱えると、突然発生した炎に飲み込まれてその姿が部室内から掻き消えた。その現象と入れ違い。立ち込めた煙の中でゆっくりとその姿を確立していく影が見えた。


「……我を読んだのはお前か」

「はい! どーもこんにちは!!」


 低い低い声が煙の向こうで響く。コカは腹の底に響くその声にも臆さず軽快に挨拶をしながら、用意していたうちわで立ち込める煙を払った。そのおかげで、ベールに隠されていたその体がはっきりと見えるようになった。


 完全な黒に染め上げられた肌。爛々と光る目。大きく長く曲がりくねった二本のツノ。何よりもの特徴が、部室の天井に頭がついてしまっているほどの巨体だ。足が絵本に出てくるランプの魔人のように煙になって透き通っているおかげで、ギリギリ室内に収まっている。


 悪魔は一度頭を傾けて首の骨を鳴らすと、ゆっくりコカを見下ろした。


「若いな。ただ欲のためにその年齢で人生を棒に振るか」

「あ! いえ! 生贄使ったんで、ワタシには何の代償もないと思います!!」

「…………まあ、いいだろう。そもそも、我は長らく狭い瓶の中で封印をされていた身。それを解放してくれた礼としてはそれくらいの代償は目を瞑ってやる」

「ありがとうございます!」




 ・ ・ ・ ・ ・




 バンッッ ガシャーン!


 コンは、突然自室の奥から耳に飛び込んできた破裂音に、本日二回目で飛び上がった。


 急いで音のした方へ駆けつけると、発明や調合に使う素材の倉庫となっている部屋の床一面にガラス片が飛び散り、その中心に全身の関節があり得ない方向へ曲がったミツキが呻き声を上げて倒れていた。


「え……何してんのお前?」

「こ、コカちゃんに生贄にされちゃった……」


 コンは、最初は「は?」と首を傾げたが、すぐに先ほどの出来事を思い出し強制的に納得させられた。


「あぁ、あいつ本当にやったのか……確かに、この部屋にかなり前になんかの悪魔を瓶に詰め込んでたような……」


 ミツキは悪魔の召喚の代償として、瓶の中に入っていた悪魔と位置をトレードしたらしい。つまり、ミツキは一瞬ではあるが、握り拳分しかない小さな瓶の中に圧縮されて入っていたことになる。そんなことをされれば、全身の関節もバキバキに折れるのは当然だった。ミツキでなければ圧死している。


「てか、お前ら俺の部屋に無断で入り込みすぎだろ」

「いや、ボクの場合全く故意ではないよ……」


 少なくとも、ミツキは魔界のような無法地帯の悪魔と位置をトレードされずに済んで幸運だったようだ。




 ・ ・ ・ ・ ・




「さて小娘……この願望の悪魔である我にどんな願いをする? 湯水のように使える財産か、破壊欲を満たす絶大な力か、はたまた意外にも肉欲を満たせる愛人か」

「わあ、要らないのばっかり!」


 悪魔の長い爪がコカの胸元を軽く突き、彼女の願望を掻き出そうとしてくるが、既に彼女の願いは決まっている。問うたものが全て要らないとはっきり切り捨てられ、悪魔は少しだけ意外そうな顔をしていた。


 コカは期待を胸に、息を肺いっぱいに吸い込んで願いを宣言した。


「ワタシを覚醒させてください!!」

「無理だな……」

「ふぁっ!?」


 まさかの即答。悪魔を召喚するという面倒な過程を経たというのに、一体どういう了見なのか。


「“覚醒させてくれ”という願いだと、お前の妖力は少なすぎる……無理だな」

「なんでよ! さっき力もくれることできるって言ってたじゃない! 同じことじゃないの!?」

「それは“魔力を増幅させてくれ”という願いか? それもやめた方がいいと考えるが」

「なんで!!」

「見たところ、お前はそもそも大量の魔力を保有するのに向いた体をしてない。少ない魔力でやりくりする方が体にあったやり方だ。無理やり我の力で妖力増幅をすれば、その体……破裂しかねん」

「ひえ」

「まあ、我はそういう血肉の破裂が好みなところがある。今までは警告などせせずにわざと破裂させた輩もいたな。今回は気まぐれに教えてやった」


 悪魔のくせに、嫌に丁寧に解説をしてくれたせいで余計に絶望感が増してしまった。


 魔力が低い理由は、根本的に体が貧弱だと。さらには、悪魔らしいエピソードも交えて信憑性のある前例を聞いてしまい、コカの気力はどん底まで突き落とされた。


「ただ……」


 ぴくり。悪魔の勿体ぶった声に、希望を感じ取ったコカの肩が反応する。


「特殊な方法ではあるが、我が魔力の保有のみを肩代わりするという形でお前の体を覚醒させることは可能だ」

「そう! それ! コンくんも言ってた! それやって!!」


 コカが必死に懇願すると、悪魔は大きく頷いた。しかし、すぐに実行しようとはせず、何か勿体つけるような指の動作を繰り返す。


「うむ、いいだろう。そのだな……この特殊な方法というものは、契約後に詳細を説明する。それでよければ契約成立だが?」


 くるくると指を宙で弄び、細めた目でコカの顔色を伺ってくる悪魔。契約後に事後説明など、本来悪魔召喚でやってはいけないことベストスリーに入ることをあまりにもあっさりと言ってのけた。


 コカはこの時、珍しくもこの奇妙な存在に対して好奇心以外に一抹の不安を感じた。しかし、自身が立たされている窮地を考えると、背に腹は変えられなかった。


「わかった! 契約する!!」


 途端、悪魔の両口端が釣り上がる。「よし!」と景気よく声を出したかと思うと、彼はコカの胸にその手を突き刺した。激痛に顔を歪めるコカに構わず、悪魔の腕はずるずると体内に侵入し、ついには全身が煙へ変化してコカの体内に完全に入り込んだ。


「う……?」


 胸の激痛が引き、体に何の傷もついていないことに気がつくと、コカは目を開いた。あれだけの巨体が自分の中には入っているとは思えない違和感のなさに、逆に不安を感じる。


『気分はどうだ』

「うわ! 気持ち悪い!!」

『失礼な。魔力の肩代わりをするのだから近くにいるのが一番だろう』


 頭の中に悪魔の声が唐突に響く。比喩でもなんでもなく、本当に悪魔はコカの体に宿ったらしい。


『願いを叶えてやる。我は願望の悪魔。お前が強く願うほど願いを叶える力は増す。さあ、願うのだ』


 若干悪魔のテンションが高くなってきているのが気になるが、コカは文句は言わずに言われた通りにすることにした。


 ――願う。願いは決まっている。ずっとずっと願ってきた。


「みんなに追いつくために。そして、いっつも危なっかしいけど誰よりも強いロクくんの……強い強い盾に(・・)なるために……」


 胸の奥が熱い。頭の奥隅で悪魔が昂る力を抑えられないというかのように高笑いを始めた。それほどの強い思いをコカは持っている。


「――ワタシは覚醒したい、です!!」

『……ああ、叶えてやるとも』


 上質な願望の力を吸収した悪魔は、見ずとも笑っているとわかるほどに機嫌のいい声を出した。胸の暖かさが、川の流れのように全身を辿り始めた。いつかの魔力測定と似た感覚ではあるが、その時とは比べ物にならない力を感じる。


『願いは覚醒一つだけで良いのか?』

「うん! 後は自分でなんとかできるよ!!」

『……願いの力が強いとは言え、無欲な主人を持ってしまったな』


 悪魔は嘆くような言葉をこぼしたものの、その口調はやはり軽い。


 そこで、コカはふと気がついた。漲る力は感じるものの、全身を――頭や胴体、尾骶骨辺りなどを見ても触っても、ロクのような獣の耳や、ミツキのような角は生えていない。というか、そもそも、自分の体が覚醒していない。コカは頬を膨らませながら、自分の平坦な胸兼悪魔がいるであろう位置を見下ろした。


『まあ、そう怒るな。楽しみは取っておくものなのだし……それに言っただろう、“特別な方法”だと』

「それを説明してくれるんじゃないの?」


 不満げなコカに対して少し機嫌のいい悪魔は、少し考えた後「よし」と呟いた。


『実践あるのみ。敵地へゆこう』




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