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狼少年の怪異事変。  作者: 睡眠戦闘員
五章:ヤクザと女優
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91.オブザデッド

五章開幕だ〜〜〜〜〜!

 



 子供に殺されるか、せいぜい数年の命が尽きるか。


 今現在まで続く奇跡に、生きているからこそ焦らされている。そもそも生きているのか、それすらも疑問なところがある。


 ただ思うのは、死にたくないと思う時が一番生きている実感がある。


 だったら何もかもが終わる前にあの人に会うまでは……千年でも、せめて百年でも奇跡を伸ばしてやるともがいている。


 まずはその手がかりを掴むために、あの子供にはもう一度あの世に行ってもらわなければならない。


 その方法を考える間、静かな空間に耳を澄ます。


 ずっと昔、一人の時はいつも聞こえていたすすり泣きが今は何も聞こえない。




 ・ ・ ・ ・ ・




 人の死とは案外あっけないものである。


 ドラマチックな死――例えば、トラックに轢かれそうな見知らぬ誰かを庇っての死。例えば、不治の病にかかり、大切な人と余生を過ごしたのち見守られながらの死――などは、少数だからこそ他人からの感動や同情を、酷くなれば話のネタになるものだ。


 ……そうだとしても、きっとこの誰よりもあっさりかつ衝撃的な死は、一時ならば有名人のスキャンダルよりも噂話の話題をかっさらうかもしれない。


「さて……ええ、念のため、普通に裁判を始めようね。君、自分の死因は覚えているかな」

「はあ」

「ならば述べてみよ。君の死因は?」


 問いかけられたロクは、魂の抜けたような表情で――実際は今ロクの姿形をしているものがロクの魂そのものなのだが――に三回瞬きをした後、パカっと口を開いた。


「推してた女優の結婚報告を……ブログで読んで……驚きすぎて……心臓麻痺」

「うん、大体そうね。心臓麻痺っていうか、あの感じは完全にショック死って言ったほうがしっくりくる感じだったね。見る? 死んだ瞬間の自分の姿。ほら、あの世って結構便利な道具があってさ。あれは浄玻璃の鏡っていうんだけど」


 死因を問いかけてきた「閻魔」と名乗る男は、裁判長席から身を乗り出して横にある大きな姿見のようなものを手に持った扇子の先で指した。


 姿見は普通の鏡とは違い、周りの光景を映していない。代わりに映しているのは、現世のロクたちの学校のオカルト部部室だった。その中では、パイプ椅子に座った状態で背中から倒れ、白目を剥いて心肺停止しているロクを囲んでコカやミツキが大騒ぎしている。声までは聞こえてこなかったが、大体何を言っているのかは状況から察せられた。


 ここはあの世の裁判所。かの有名な閻魔大王が本当に存在したという感動に浸る暇は今のロクにはない。ひたすら、ある女優の電撃結婚の報告を走馬灯のように何度も頭の中で繰り返しながら、猫車を引く猫にあの世まで連れてこられ、三途の川を渡り、亡者の道を抜け、門番をする牛頭馬頭をスルーしてここまで歩いてきた。


 ロクが地下アイドル時代から応援し、人気が出て卒業してからも一途に応援してきた女優の結婚。チケットが当たらないので劇団のコネを使いまくり、全てのライブに参加してきた女優の結婚。一度か二度、共演のチャンスがあっても恐れ多くて断ってきた女優の結婚。


 婚約相手は一般人だという。そんな噂は一切立っていなかった。突然すぎた。アイドルグループ卒業宣言の時点で失神したロクにとっては、耐えられない衝撃だった。ご覧の通りショック死した。


 あゝ、この先、一体何を糧に生きればいいのか。いや、もう死んでいた。


「あの、もしもし。いいかな?」

「あ゛?」

「ごめんねえ、機嫌悪いところ。君さ、死んでからあの世に来て閻魔殿(ここ)に来るまでが早すぎてまだここに君の細かい資料届いてないの。名前教えてくれる? ナマエ。フルネームで」


 やけに細々とした区切りで話す閻魔にイラついたロクは現実に引き戻された。閻魔は派手派手しい赤を基調とした帽子と着物を被り、妙に体格が――というより、普通に体の体積が大きい。自然と見下ろされているような感覚になり、ロクをさらに苛立たせた。黒髪が異様に長く、床にまで垂れているのがわかったが、顔がルベルのように紙の面に覆い隠されて表情が見えない。


 天邪鬼を発動しそうになったが、面倒に面倒が重なりそうだったので、舌打ちをして正直に答える。


「……オオガミロク」

「え……」


 名乗った途端に、閻魔の様子が変わった。ぴくりと少し俯き加減だった顔を上げ、息を吹きかけられた紙の面が若干めくれあがる。フリーズしてしまったようにも感じたが、それも一瞬で解除され、閻魔は爪の長い人差し指をスナップさせた。重力に引かれるようにしてどこからともなく一本の巻物が飛んできて閻魔の掌に収まる。


「オオガミロク……第667転目の大神ロクね。ロクは緑って書く。間違いない?」

「知るか」

「合ってるのか……」


 閻魔は広げた巻物をから片手を話してこめかみを抑えた。


「ちょっと待てよ……これどうすりゃいいんだろ。ややっこしいんだよな………」


 人の名前一つで困惑するなとロクはさらにイライラする。閻魔は巻物とは別の、「閻魔帳」と表紙に書かれている本をペラペラとめくってさらに頭を抱えた。


「なんでさあ……前世が………庚…………まだ生きてるし……」


 いつの間にか巻物を持つ腕、本をめくる腕、頭を抱える腕、髪をせわしなく梳かす腕とどんどんその本数を虫のように増やしながらぶつぶつと呟く閻魔の態度に、自分が放置されていると感じたロクの怒りがぐつぐつと溜まっていく。


「オイ」

「はいはい? ごめんね、ちょっとお兄さん忙しくて」

「ジジイ早くしろ。俺はゾンビになってでも推しのささみーるに『結婚おめでとうファンレター』を送らないといけないんだよ」

「確かに君から見たらジジイだけどさ……というか、ガッツリ生き返るつもりなんだね」


 閻魔は短くため息をつくと、閻魔張をパタリと閉じた。巻物も、項目を一つ確認してから巻き納めた。


「ああ、よかった。寿命は残ってるみたいだし、いいよ、生き返らせてもね」

「さっさとしろ」

「態度がでかいね。出動しちゃった火車にごめんねメール入れるからちょっと待ってね」


 あの世にもメールはあるのかと思っていると、閻魔はさらさらと紙に文字を書いてそれを畳んで矢にくくり、開いた窓へ向かってそれを弓で打った。矢文(メール)だった。


「うーん、既読になったかな。出動直後は機嫌悪いんだよな~、火車」

「矢文で既読がわかるか」

「あ、そうそう、君の蘇生ね。あのね、簡単だから、これ。その鏡に入るだけ。それで肉体に魂が戻ってくれるから」

「テキトーか」


 そう文句を言いつつ、ロクは素直に浄玻璃の鏡近づいてその表面に触れてみた。水面に触れたような感覚の後、手が表面をすり抜ける。ロクは全く思い入れのないあの世を振り返ることもせず、躊躇わずにその鏡に飛び込んだ。ロクを飲み込んだ鏡は、少し波紋を残してから再び何事もなかったかのように通常に戻った。


 閻魔はその後ろ姿を見送って、再度短いため息をついた。


「まさか……四〇四ノ六がこんなに早くあの世に戻って来るとは思ってなかったな……まあ、寿命が残ってはいたのは幸いかあ」


 閻魔帳に記されたある名前を撫で、問題を先延ばしにできたことを安堵した。




 ・ ・ ・ ・ ・




「ロクくーん、ロクくんー! じな゛な゛い゛でーッ!!」

「ロクくん起きなって! 女優の結婚報告で死亡とか一生笑いのタネだよ!? というか、ボクが笑いのタネにするよ!?」


 もう少し寝ていたかったが、ミツキの余計な一言が聞こえてきた。目を瞑ったまま拳を突き上げると呻き声が聞こえてきたので、おそらく見事にアッパーを決めることができたようだ。


 ロクはそのまま突き上げた手で寝ぼけ眼を擦った。目を開くと、ぱあっと目を輝かせるコカがすぐそばに跪いていた。視線を横に動かすと、顎を抑えて床をのたうちまわっているミツキがいる。そちらはどうでもいい。痛む背中を伸ばしてから、床から起き上がった。自分とともに倒れていたパイプ椅子も同時に起こす。


「大丈夫!? ロクくん心臓止まってたよ!?」

「一回死んだ」


 生き返ったロクに感動するコカをスルーして、ロクは倒れた際に放り投げてしまったスマホを取り上げ、画面を起動する。死因となった結婚報告がされたサイトが開いたままになっている。ぐらりと再び視界が真っ暗になりかけ、必死に自分を保った。


 目眩が止まらないままに机の端に手をかけ、なんとか立ち上がった。パイプ椅子に腰掛ける。サホが一度死んだロクを気にもかけず悠々とファッション雑誌を読んでいた。アストラ脳にされてからというもの以前にも増してマイペースを崩さなくなった彼女の態度は、ロクとは馬が合わない。


「……おい。まだ終わらないのか」

「うん! セロトくん全然戻ってこない!!」

「あの短足」

「それ……ロクくんの方じゃ、がふッ!」


 再び余計なことを言ったミツキの足を払って転倒させた。


 ただでさえ暑い日中に学校の部室に集められて、ロクは今気が立っている。ただ部活として集まっているわけではない。ウォルツィからの命令である。


 ロクたちはつい昨日、人間部隊としての訓練プログラムを終了させた。そうして、その訓練期間の彼らのデータを検証し、本当にこれから部隊としての働きができるかの審査がウォルツィの五王会議で行われている。


 最初聞いたときはお前らが入ってくれと言ったのではないかとキレかけたロクだったが、よくよく聞くと、あのスカウトはラウォルの完全な独断だったらしい。今回の審査で正式にスカウトをその他の四人の王に報告し、認めてもらうのだそうだ。なぜかその判定が出るまでの待合場所として、この部室にいろという指令が降った。正直言って迷惑この上ない。


「こ、こんにちわ」


 部室の扉が開き、遠慮がちな挨拶が入ってきた。やる気のない動きでそちらに目線を動かすと、そこにはロクたち三人のクラスの担任である舞良が遠慮がちに何度も頭を下げて部室に入ってきたところだった。


 舞良もある種巻き込んでしまった人間だ。オカルト部の夏期活動として部室を急に開けたため、顧問である彼女まで、本来なら来なくてもいい校舎三階の一番奥という職員室から最も離れた部室まで来なければならなくなったのだから。 


「お久しぶりです、皆さん。元気にしていましたか?」

「げんきですよ!!」


 まさか、この一ヶ月の間に妖魔界の部隊として厳しい防衛訓練に参加して、サホが裏切り、遺跡を破壊し、邪宗に宣戦布告しましたなんて事は一言も言わない。


 舞良は、床で悶えるミツキを除く全員が大人しく席についている机まで歩み寄ると、手に持っていたビニール袋からカップのアイスを人数分取り出した。きちんとスプーンも添えて机に置いた。


「暑いですから、召し上がってください」

「ええ!? そんな、菜衣緒先生、お気遣いなさらないでください!」


 瞬時に床から飛び上がったミツキが、舞良を逆に気遣う。サホが雑誌の向こうで舌打ちをしていたが気がつかなかったようだ。


「い、いえ、いいんですよ! 皆さんは七月中も大変だったでしょうし――あ! ご、ごめんなさい、先生、用事があったんでした。顧問としてずっとは部室にいられないのですが、何か用があれば校長室に呼びにきてくださいね」

「え、ま、菜衣緒先生!?』


 突然現れた舞良は、突然用事を思い出して部室を颯爽と出て行ってしまった。


 ロクは、後に残されたカップアイスを取り、蓋を開けようとして「あ゛~~~……」と低音を吐き出して机に突っ伏した。このカップアイスは、ロクの好きな女優が宣伝していた。駅に期間限定で張り出されていたポスターだって持っている。


 ロクが、全身がマントルまで沈み込むような感覚に襲われていると、突然ぬるりと壁からセロトがすり抜けてきた。


「喜べ! お前ら『鮭六個噛み付き隊』が無事に国に認められたぞ! 最初の仕事も持ってきた!」

「ロクくん今メンタル死んでるから無理だよ!!」




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