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下手くそな挨拶

「ササミンさよ〜なら〜」

 赴任してから二週間が経った。笹峰は生徒から好かれ始め、あだ名もつけられた。

「せめて先生をつけなさい。先生を。俺があとで他の先生から怒られるんだからな」

 笑いながら注意をしている。滅多に怒らないところも人気の理由だろう。それに加えて、この学校に若い先生は笹峰しかいなかった。

 笹峰は国語の授業を担当している。本が好きらしく、有名どころは一通り読んでいるそうだ。しかし、先生になってから読める時間が減ったと授業中によく愚痴を零している。




「誰か他に連絡とかないかー、ないな。じゃあ、HR終わり。各自寄り道しないように真っ直ぐ家に帰ること」

 はーい、と生徒たちのぼやけた返事が帰ってきた。笹峰はさっさと教室を出ていった。衣世も楽しそうな雑談で溢れる教室を1人あとにした。

 友達ってどうやって作るんだっけ……?

 今のところ、去年のように虐められてはいないのだが、今度は友達の作り方が分からなくなっていた。自分から話しかけるにしても何を話していいのか全くわからないので困っていた。

 このままだったら、今年もまた1人で過ごすことになるんだろうなぁと、衣世はぼんやりと考える。





 *





 衣世は近所の本屋さんに足を運んだ。雑誌を一通り眺めて漫画の新刊コーナーに寄った。どれもこれも同じに見えて、買う気が起きなかった。

「あれ? 塩原?」

「げっ……」

「お前……。先生に向かって、げっ……はないでしょーよ。流石に女の子にそういう態度とられると傷ついたりもするよ。先生も君たちと同じ人間なんですからねぇ」

 仕事帰りであろう笹峰が衣世の後ろに立っていた。

「先生、人の後ろにこっそり立つ癖やめた方がいいですよ」

「だって、塩原が壁の方向いてたんだから仕方ないだろ」

「はぁ……、まぁどっちでもいいんですけどね」




 2人でほぼ同時に店の外に出た。

「じゃあ、先生。さようなら」

「はい、気をつけて」

 さようならには、さようならだろう。

「……」

 2人の足並みが揃う。

「なんでついてくるんですか? 教育委員会にチクりますよ。自分のクラスの生徒をストーカーする先生がいますって」

「シャレにならんからやめれ」

「ついてこないで下さい」

「っていってもなぁ。俺も家こっちなんだ」

「むぅ……。じゃあ仕方ないですね。流石に私もそこまでは通報出来ません」

 一本目の筋を左に曲がる。そのまま真っ直ぐ進み、三本目を右に曲がる。この前の公園を通り過ぎて、さらに右に曲がる。2人で一緒に。



「……どういうつもりですか?」

「いや……、俺もびっくりしてる」

「もう私の家見えてるんですけど」

「奇遇だな。俺も自分の家がよく見えてる」

「先に帰ってください」

「はいはい。ちなみに俺んちはここ」

 笹峰は衣世の家の隣のアパートを指さした。

「うそ……ですよね? 流石に気持ち悪いですよ。私の住所見てついてきただけですよね?」

「んなことするわけねーだろ。なんで俺がわざわざプライベートの時間を生徒のために割かねばならんのだ」

「……知ってるかも知れませんが、私の家は隣です」

「あ……、うん」

「ちなみに部屋はどこですか?」



 笹峰は二回の窓を指さした。その部屋はちょうど、衣世のアパートの部屋と隣合わせになる場所だった。

 衣世の顔は真っ青になる。

「顔色が悪い理由は聞かないほうがよさそうだな」

「はい……。今すぐ引っ越ししてください。お願いします」

「生活が落ち着いたらすぐに引っ越すから! これは内緒にしといてくれ。じゃないと本気でめんどくさいことになりそうだ。ただの偶然だとしても、めんどくさい親にバレたらと考えるだけで頭が痛い」

「私だって、こんなこと言えませんよ……」

 まぁ、言う友達もいないんだけどね……。それに先生は一部の女子に人気だから。私だって余計なことに巻き込まれたくない。

「じゃ、じゃあ。そういうことで頼むぞ」

「先生こそ……。お願いしますよ」

 望まない形で2人だけの秘密が出来てしまった。



「あ、そういえば友達は出来た?」

「……余計なお世話です。先生こそいるんですか? こっちに引っ越してきたばかりだって聞きましたけど」

「いねぇよ……」

「私もいません」

「そうか、お互い寂しいな」

「寂しくないですよ。一緒にしないでください」

「そーか、そりゃ失礼をした。友達なんていなくたって生きていけるからな」

「……先生には必要ですよね?」

「まぁ……、ゲームする友達くらいは欲しいわな」

「……ゲーム屋だったら、あっち行ったところにありますよ」

「マジか! ありがと! あとで探してみる」

「じゃあ、私はそろそろ帰るので」

「おお、じゃあな」

 生徒にはさようならでしょうが。私は友達かっ。

 先生もゲームするんだ。変なの。先生なのにね。





 *





「おーし、じゃあ2人組つくれー」

 笹峰の指示を聞いて衣世は顔面が真っ青になる。公開処刑だ。衣世が目の前にいる笹峰を睨みつけると、ニヒヒと薄ら笑いを返した。今日帰ったら、窓になにか汚れるものでもぶつけてやろうと衣世は思った。

「あー、何人か組んでない奴がいるな。じゃあ先生が勝手に決めるからなー。文句言うなよー。文句言うなら友達くらいつくれ」

 ササミンだって先生の友達いねーだろっ。といった野次が飛ぶと教室が笑いに包まれる。笹峰は苦笑いをして誤魔化した。



「じゃあ、そこ2人。塩原と小西。とりあえずお前ら2人組んどけ」

 次々と笹峰はペアを組めていない生徒たちを合わせていく。

「……よろしくね」

「よ、よろしくお願いします……」

 小西由香理。クラスの中でも大人しい子。小動物みたいで可愛いが、引っ込み思案で友達も少ない。

「じゃあ、今からさっき授業で読んだ作品で感じたことをお互い意見を言い合えー。えーっと、時間はとりあえず10分くらいだな。はい、開始ー」


 その合図と共に、教室は一気に騒がしくなる。その中で衣世と由香理は静かに話し始めた。

 たどたどしく由香理が話していく中で、衣世はあるものに気がついた。由香理のペンケースについているキーホルダー。そのキャラクターこそが

「……それって、もしかしてオリゴー?」

 オリゴーとは猫のキャラクターの名前である。

「えっ? なんで塩原さん知ってるの?」

「……私も好きだから」

 ……ぷっ。

 顔を見合わせて2人で小さく吹き出した。

「ねぇ……、よかったら今日一緒にお昼ご飯食べない? 私オリゴー知ってる人初めて見たよ」

「私も初めて……。だって……」

「だってこんなブサイクな猫のキャラクター好きになる人なんていないもんねぇ」

 アハハハハ、と2人して声をあげた。「わかるー」「ほんとにブチャイクなんだもんね」と話していると、教科書がパスン……、と衣世の頭の上に乗った。

「ちゃんと作品について話しあいなさいよ、一応授業中だからね」

 と、笹峰が呆れた顔をして笑った。





 *





「小西と仲良くなれたかい?」

「…………」

 衣世は笹峰の顔を面倒くさそうに眺めている。

「先生」

「ん?」

「やっぱり、家が隣同士って嫌ですね。職員室の隣のクラスになったみたいで、禄なことが出来ません」

「禄なことはしないほうがいいからよかったじゃん」

 自宅の前、たまたま帰宅時間が重なってしまった。衣世の表情とは対照的に、笹峰はいつものニコニコ顔だ。

「友達出来てよかったなぁ」

「……まぁ、はい。そうですね。いないよりかはいたほうがいいですね」

「そのうちもっと大切になっていくよ」

 衣世の頭をポンポンと叩く。

「先生それ癖なんですか?」

「ん? なにが」

「その、頭ポンポンってするの、よくやる。それ、やらないほうがいいですよ。嫌いな子多いです」

「だいじょうぶ。塩原にしかやってないよ」

 それのなにがどう考えれば大丈夫なんだろうか。

「塩原も嫌い?」

「先生にされるのは嫌いですね。先生みたいな人じゃなくて、もっとかっこいい人ならオッケーです」

「なまいきな〜」

 笹峰は衣世の頭を思いっきりクシャクシャにした。衣世のサラサラな髪が乱れる。

「あー、なにするんですか。最悪です。通報しますよ」

 手ぐしで髪の毛を整え直した。

「じゃあな、また明日学校で」

「……さようなら」

「はい」

 相変わらず挨拶が下手くそな人だなぁ。


 


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