救出劇
「私」は、ゲームの世界だということを心の底から信じた
「『調節人』…」
「どうされました?」
「ひゃっ!!」
最後に言われた言葉を思い出し、つい口に出た。そしてそれに気付いたガイドさんの声にビックリする。
そうだ、あの後体が浮いていたあの空間にいたんだ。それで、そのあとガイドさんに会って話を聞いて…今に至る。
「あ、『調節人』のことですか?」
その言葉を聞いて固まる。そういえばさっきから何回も言われてる『調節人』って、なんだろう。
小さく考え、口を開いた。
「……コントローラーって、なんですか?」
言い終わった後に気付く。質問に質問で答えてしまった。
ガイドさんは一瞬だけキョトンとして、「あれれ??」と焦り出した。
「い、言ってませんでしたっけ?」
「…言ってもらってませんね」
「いえ、あの、こんな感じで出しませんでした…?」
ガイドさんはパネルを出し、何度か触れた。するとすぐにこっち側にパネルが浮かび上がる。見てみると、≪『調節人』についての詳しい説明≫と見出しに、その下には細かい文字たちがあった。
…見たことない。
「出なかったかと」
「……そういえば」
眉間にしわを寄せて考えていたガイドさんが少し声のトーンを上げて言った。
「説明のパネルを出している時、やけにOKを押すのが早かった気がしました…。あれってもしかして、パネルでの細かい説明読まないで来てます?」
「………」
今度はこっちがキョトン。
『パネルでの細かい説明』…。……あ。
「そういえば、凄い速さで空(?)から落ちた時に何度かパネルらしきものに触った気が…します。その…ビックリしちゃって」
言い訳だ。と思いながらも口にしてしまった。だがガイドさんは明るく言った。
「あー!なるほど。確かにあれは『想定外』でしたので、驚くのも無理はなかったですね」
『想定外』…?
「想定外だったんですか?まぁ、確かに想定内だったらあんなに慌てたパネルが出てくるわけないですもんね…」
そう言うと、ガイドさんは「申し訳ない…」としょんぼりした。
「あれは恐らくヴォレ・フードラゴンがあなたを攻撃したんだと思います…」
「ぼれ…なんです?」
「ヴォレ・フードラゴンです。ここ、いわゆる≪第一の世界≫じゃなくて≪第四の世界≫にいるドラゴンなんですけど、…恐らく縄張りに現れたあなたを警戒して攻撃したものと思われます」
ガイドさんが軽々と口に出す言葉に何度も疑問を持つ。しつこいと思われているだろうが、仕方がない。自分はこの世界の事をちっともわかっていないのだから。
「なるほど。ここ≪第一の世界≫と≪第四の世界≫があるって事はここ以外に違うせかいが…あるってことですか??」
まずい。自分で聞いておきながら自分が何を言ってるのか分からなくなってきた。
質問を聞いて、はい!と笑顔を見せるガイドさん。
「このイレーズワールドは四つの世界に分かれていてですね。
まずここ≪第一の世界:アフェールシティ≫、ここは武器や防具、回復アイテムなどを売買できるワールドです。それ以外にも宿場や飲食店などがあるので他のプレイヤー達とパーティを組んだりすることが出来ます」
「パーティも組めるんだ…」
つい口に出してしまったが、それを聞いてもちろん!とガイドさんは言った。
「話ばかりでは覚えにくいと思うので、外出ましょうか!」
「あ、はい!」
席を立ったガイドさんを見て、自分も立ち上がる。
歩き出そうとしたガイドさんは急に止まって、視線を向けられた。自分を見たんじゃなくって、その上の個人板を見たようだ。
「消す方法言うの忘れてましたね…」
「…そう、ですね。お願いします」
「勿論です!」
ガイドさんは笑って言うと、個人板を消す方法を教えてくれた。
「あとは、その個人情報を簡単に出さないためにこれを耳に付けていただくだけです!」
「…え」
最後に差し出されたのは、正真正銘のピアスだった。筒状の金色のピアス。耳と平行に刺すタイプの。
「あの、これ」
「はい!イレーズワールドでの情報管理、主に個人的な事柄についての管理ではこんな感じのアクセサリーの形をしているんです。私だとこの髪飾りですね、これは…」
「ちょ、ちょっと待ってください!自分耳に穴開けたくないんですけど…!」
淡々と話し続けるガイドさんに無理矢理にでも質問を飛ばす。ガイドさんは数秒固まって、「ああ!」と明るく言う。
「その点は大丈夫です!ちょっと動かないでくださいね…」
ガイドさんはピアスを取って、それを自分の耳に近付かせてきた。
「ちょっ……!!」
のけぞろうとすると耳元でかちっと何かをはめる音がした。
呆然としていると、ガイドさんは「着け終わりました!」と明るい声で言った。痛みは無かった。
「…え?」
やっと声が出ると、ガイドさんはふふっと笑った。
「痛くないでしょう?特殊なコーティングが施されていて、痛くないようにしているんですよ」
「すごいでしょう!」と満足げに笑った。よく笑う人だ。
耳に装着しているピアスを触った。本当に付いてる…。
「鏡どうぞ!」
ガイドさんが浮き出た画面を何度かタップして、ぴこんっとどことなく可愛い音がする。ガイドさんの手にはシンプルな丸い手鏡があった。それをこっちに向ける。鏡に映った自分はいつもの自分で、ピアスを付けた耳に手を添えながら顔を傾けた。右の耳たぶの黄金が光を反射した。
「お似合いですよ」
「……ありがとう」
にまにまを止めないガイドさんは「さ!!」と今度は元気いっぱいの声で言った。
「早速外に行きましょう!」
――――――――――――――――――――
暗くて涼しい廊下を抜けると、熱風が私達を襲った。
「あっつい…!」
不意に言葉が出てきたかと思えば、強い日差しが追い打ちにかかった。
「ひゃー。今日もいい天気ですね!」
手で影を作って目を守りながらガイドさんは言った。
そのガイドさんに促されて歩き出そうとすると、近くで女性の悲鳴が聞こえた。
「!?」
咄嗟に声がした方へ振り向く。人混みが一斉にそちらを向いているのが分かる。目を凝らして人の間を縫って現場を見た。するとそこには明らかに弱い鎧や剣を持った女性が倒れていて、すぐそばにいかにも強そうな大剣を持った大男が立っていた。手に持つ大剣はその男の身長ほど大きい。男は歩きだし、倒れている女性にゆっくりと大剣を振りかぶった。
―――危ないッ…!!!
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そう思った途端に、足が勝手に動き大きく上空に跳ね上がった。人が数センチに見える程になり、見ていた男の近くに向かって急速に落ちる。
もうすぐ地面に着くという時ばりぃぃんと音がして空中にガラスの破片のような物が散っているのが見えた。間もなく地面に足をつける。
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「コンバフィールドを割ったぞ!!」
「何だあいつ!」
「上から飛んで来たぞ!?」
周りから大きな声が聞こえる。
………あれ??
ふと周りを見ると、人混みにいたはずなのに開放的な空間にいることに気付いた。
「ここって…」
「何ダオ前……」
状況を把握しようと思ったら、目の前にはさっき見た大剣を振りかざしている大男がいた。私が来たことによってすぐには下ろしてこないようだ。
なんで!?
慌てて周りを見ると、私を凝視する群衆の中にぴょこぴょこ跳ねるガイドさんを見つけた。ガイドさんは人との間を縫って最前に来ると、大声で言った。
「彼には『プワ』が潜んでいる可能性があります!!彼の方を見て違和感はありませんか!??」
プワって何!??そう言おうと口を開くとガイドさんは「喋らないでください!」と慌てた。なんで!?と顔で言うと
「細かい説明は後でします!とにかく彼を見て違和感があったら言って下さい!!」
と叫んだ。
状況が理解できないまま大男の方を見た。パッと見分からなかったが、目を凝らしてみると紫色のモヤがそいつの周りを囲んでいるのが分かった。
が、言おうとして口をつぐんだ。喋るなと言われて(違和感があったら)言って下さいとは矛盾しているじゃないか!
あたふたしていると、目の前にパネルが現れた。
≪guideさんからプライベートトークに誘われています 承諾しますか?≫
すかさずOKを押した。すると、ガイドさんの大声がさっきよりも澄んで聞こえた。
「違和感ありました?!」
「ありました!紫色のモヤが身体を包んでます!!」
すぐ声を出してしまったが、ガイドさんはさっきよりも慌てなかった。どうやらこれでいいようだ。
「……オイ。退ケ」
唐突に耳に入ってきた低い声に硬直した。だが即座に声の方へ顔を向ける。大男は二、三メートルほどしか離れていない。どうやら異色を放つモヤは近付けば近付くほど濃く広くなっていくようで、もう意識しなくても気になるほど目立っていた。
「どなたかはわかりませんが、に、逃げてください…!!」
そのモヤに夢中になっていると後ろからか細くて小さい声が聞こえた。振り返ると、先に見た大男に襲われ地面に尻餅をついていた女性が私の服の裾を右手で掴んでいた。その手は大きく震えている。
「逃げませんよ」
私の喉の奥から滑り込んできた言葉を聞いて、女性は「……え?」と困惑の表情を浮かべた。
「貴女、怯えているでしょう。その手だって『逃げて』って言ってる様には見えませんしね」
「あ……」
ゆっくりと手の力を抜いていく女性。
「あ、離せって意味じゃなくって……」
【聞こえますよね!?】
言いたかったことを訂正しようとすると遠くから聞きなれた可愛らしくも焦った声が聞こえた。
「あーはい、聞こえますよ!」
【今そちらにアイテム送ったので装備して私が言った通りしてください!】
「えっ、急に困ります!!!」
【送りますね!】
そう言い終わるや否やパネルが現れた。
≪武器 キイクソード がアイテムに追加されました 装備しますか?≫
大男はこれ以上待ってくれそうにない。OKを押した。
すると、右の手首から指先にかけて銀色の鎧が装着され、目の前に同じく銀色で柄にいくほど銀緑色になっている一メートルほどの剣が現れた。
「…なんだこれ?」
手に取ってみたが重さもあまりなく、ペン回しのように弄べるほど軽い。
「重装甲ナ割ニ軽ソウジャネェカソノ剣…。コノ『グロスソード』ハヨォ、スッゲエ重インダゼ?」
我慢も限界を迎えたのか、大男が喋り出した。
「重いから強い。そう言いたいの?」
口から出た言葉は、考え出た言葉などではなくするりと喉から通ったものだった。喋る私は驚くほど落ち着いている。
…?私は何を言っているんだ。
「俺ァ随分前ニコノ剣ヲ手ニ入レ生マレ変ワッタヨウニ強クナッタ…ソシテ何人モコノ手デ斬リ刻ンデキタ」
「……へえ」
言葉が止まらない。人間というのは怖かったら足とか声とか、全身が震えるものなんじゃないのか?
「オ前…コノ剣ガ怖クネェノカ?」
思っている事と自然と出て行く言葉が違うのに、終わりがつかない。
「要するに、その剣の力を使って自分を強いと勘違いしてるんだろ?『虎の威を借る狐』ってことわざ…知ってる?」
そう言うと、大男はグロスソードを地面に思いっきり叩きつけた。四方八方に広がる亀裂と地響きに似た轟音。女性を庇いながら睨みつけた。
なんだこいつ。凄い力だ。まるでゲームみたいじゃないか。
「テメェ…ソコマデ言ウッテ事ハ分カッテンダロウナァ…?」
……ゲーム?
「いいよ。丁度この剣の可能性も見て見たいし」
そうか…。
相手も自分も自身の戦闘態勢に入りかけた時、甲高い声が聞こえた。
【ちょっ、あの!?なに挑発してるんですか!??】
何も考えずに言った。
「…すいません。ここまでやっちゃって負けたらカッコ悪すぎるので、助言お願いします。自分も勝てるように努力するんで…ね」
「あ~も~…!」とため息みたいな言葉が聞こえた。
私はさっきの部屋でガイドさんから聞いた「この世界はゲームの世界」というのをどこかで受け入れていたということか。これだけ怖くないのは此処はゲームだと分かっていたから、だからこれだけ威嚇されて挑発しても一つも震えない。
だって。なんだってゲームって言うのは…
―――現実的に『死ぬ』なんてありえないから。
そう確信した時、不整脈のようにどくん…と心臓が大きく打った。その大きな鼓動によって打ち出された血液は体中に行き届き、四肢に巡っていく。その波はキイクソードを握る右手にも打った。すると、手首に装着されていた鎧がずっしりと重くなる感覚を覚えた。
あまりの重さに体がよろつき、地に膝を付けてしまった。
「……なんだこれ?」
「…今更怖気ヅイタカ、クソガキィ!!」
横目で大男が鬼気を帯びながら近づいてくるのが見えた。
鼓動が激しく、息も荒くなっている。踏ん張って立ち上がった時、ガイドさんの声が聞こえた。
【大丈夫ですか!?】
「…今は…そんなことどうでもいい、狙う箇所を言って下さい」
【で、でも…!!】
「もう来ますよ!!」
力の限り怒鳴った後にはもう、すぐ頭上に大きな鉄の塊が迫って来ていた。
どうもこんにちは。
今回は凄く長くなってしまいました。
キリが良い所なんて無かったんや。
読んでいただきありがとうございました!