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決別

「師匠。いかないんですか」

 その想定内の言葉を聞いた僕は、三歩ほどの距離にいる彼女に向って、頷いた。

 彼女の後ろでは、人々が載った船ごと揺れていた。

 もうじき、彼らはあの船に乗りこんでこの村を去り、霧を抜けるのだろう。

 仮に戻って来れるとして、僕はその時すでに死んでいるだろう。

 僕にとって、テツコとの会話はこれで最後だった。

「そんな、なんで。なんでそこまでして、あの人のことを――」

「さっきもいっただろ。あの人には俺しかいない。俺には、あの人しかいないんだ」

「そんな」

「テツコ。最後にいっておく。俺、お前を弟子として認めなかっただろ。訂正するよ。お前は俺の、立派な一番弟子だ」

「なんですかそれ。私は、それ以上にはなれないんですか。あの人の代わりにはなれないんですか」

 テツコは泣きそうな声で叫んだ。

 あっさりと別れるつもりだった僕は、彼女の言葉になんと返すべきか迷った。

 正直な話、こうなると薄々は感づいていた。

 だがそれでも、僕はどう返事をするべきか分からないでいた。

「私は人の役に立ちたくて弟子になりたいといいました。戦ってこの村を守るために、弟子になりたいといいました。勿論、それも本心です。ですがそれ以上に、師匠の側にいたかったんです。私、私は師匠のことが」

 彼女の顔は真っ赤で、目尻には涙が浮かんでいた。

 それどころか鼻水まで流れていたし、握られた両の拳には渾身の力が込められている。

 彼女ができる限りの、精一杯の勇気をふり絞っているのは明らかだった。

「師匠のことが、師匠のことが――」

 テツコは壊れた蓄音機のように同じ言葉を繰り返したが、全文を口にだすことはなかった。

 彼女の勇気がたらなかったのと、遂に泣きだして、発音が不明瞭になったのだ。

「テツコ」

「私、待ってますから。ずっと待ってますから」

 テツコは大きな声でそういうと、後ろを向いて歩き始めた。

 先ほどの言葉は彼女にとって精一杯の、必至の告白だったのは明らかで、僕は動くことができなかった。

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