滝壺
すべてが終わった後、僕は右目に巻いた包帯を撫でながら、カワカミに肩を借りて山を登った。
僕はどうにか化け物を倒したが、引きかえに右目を失ってしまったのだった。
腕と違って完全に喰われてしまったため、カワカミでは治すことができない。
そのためとりあえず止血して傷を塞ぎ、外見で気味悪がられないように包帯で覆ったのだった。
僕らはしばらく歩くと、水墨画にでも描かれていそうな滝壺についた。
上流から滝が流れ、下流に疎い川が伸びたその滝壺にはそこそこの広さがあり、大きなイワナが数匹、泳いでいた。
また、上流から叩きつける滝から距離をとり、なおかつ川の流れをせき止めない程度の場所に、六隻の小舟が紐で停められている。
僕はそんな様を眺め、涼しさを味わいながら、滝の側にたつブンジに近寄った。
「遅かったな」
彼はそんな声をだした。
そのそばには性奴隷にされていた子供や、夫に殴られていた女性が二十人ほど集まっている。
彼女たちは皆、一様に不安そうな表情で僕たちを見ていたが、ブンジが親しげな声を出したことで警戒を緩めたらしかった。
「目、大丈夫か」
「ああ。見えなくなったが、カワカミのお蔭で傷は塞がった」
「そうか」
ブンジはそういうと、長いため息をついた。
遠くでは木が揺れて枝がしなり、葉がこすれていた。
化け物が近づいているのは間違いない。
ブンジもそのことが念頭にあったようで、手を叩くと注意を集め、皆を小舟に先導した。
「さっき説明したとおりだ。俺の神術で一時的に川の水を増水させる。その隙に船で一気に海まで逃げる」
「上手く、いくんですか」
「わからん。だが、他に方法がない」
質問をした女性を含め、皆が黙った。
彼女たちの目には希望などなかった。これより酷い絶望を味わいたくないという、負の感情しか宿っていなかったのだ。
僕は彼女たちの顔を一つ、一つと眺めて脳裏に刻みこんでから、船に乗るようブンジや女性たちに頼んだ。
「カワカミ。さっき頼んだ通りだ。これから、ずっとテツコを守ってくれ」
僕はそういうと皆からゆっくりと距離をとり、目指す場所を見た。
それはこの山の頂点である、死地だった。
僕はカワカミと違って、その下になにがあるかはしらないし、死地がどういう場所なのかもしらない。あの化け物がなんなのかもしらないし、カワカミに質問をしている時間もないだろう。
だが、あそこに行く必要があった。
先生に会わなければならなかった。
僕が苦しい胸を抑えて山頂を仰いでいると、ふと視線を感じてふり返った。
そこにいたのはテツコだった。




