巨木
「師匠! 終わりました!」
「よし! ひきつけろ!」
僕がそう叫ぶと、テツコは間近にいた化け物に思い切り駆け寄り、鱗に刀を突き刺した。
魚が腐った様な、背徳的な臭いが当たりに立ちこめる。
また、化け物はそれを受けてテツコを敵と認識したらしく、ゆっくりと巨体を動かし始めた。
僕は化け物がある程度まで傾斜を下りた時に、渾身の力をこめて糸をひいた。
糸が結び付けられた木にとって、それは大した力ではなかっただろう。
だが、テツコによって大きな切れ込みが入れられ不安定になり、今にも倒れんとしていた木なら話は別だ。
僕の目論見の通り、大した力ではなかったというのに、木々はめきめきという音をたてて倒れていった。
巨木は激しい音を鳴らして地面に叩きつけられ、揺れを起こしながら二度、三度と跳ねた。
だが傾斜からみて縦方向にある上、他にも無数の木が並んでいるため、こちらまでは転がって来ない。
その様を見ながら僕は一本、また一本と木をひいていく。
するとその内の一本の下にいた化け物が、悲痛な声をだして潰れた。
死んだわけではない。
触手が潰れ、地面に埋まった状態で、必死にもがいていたのだった。
また、側にいたもう一匹の化け物も木の下敷きになり、更にその上に巨大な木が一本、倒れこんだ。
その場まではかなりの距離がある上、風上だというのに、例の腐敗臭が鼻をついた。
また、木の下から這いでてくる様子もない。
倒したとまではいえないが、しばらくは放っておいても大丈夫だろう。
そう思った僕は、傾斜の下に立つもう一匹の化け物を睨んだ。
残念ながら、木々の下敷きにはなっておらず、死体を味わいながら僕たちにゆっくりと近づいていた。
もう、逃げられる距離ではない。
「師匠!」
テツコの声は、やや離れた場所から聞こえた。
僕は彼女の助けが来るまでの時間を稼ぐため、懐から糸をとりだして化け物を睨んだ。




