失踪
「テツコ! 大丈夫か! 意識はあるか!」
絶叫しながら離れに上がると、テツコは首をゆっくり縦にふった。
だが、吐血している上に動作は弱弱しく、彼女の両目からは涙が零れている。
畳みの上にぽたぽたと落ちる赤い血は、留まることをしらなかった。
僕はテツコをこのような状況に陥った張本人をみようと座敷牢の方を睨んだが、そこに先生の姿はなかった。
決して開けられなかった牢の入り口は解放されており、その側にあるのは神術を封じていた筈の糸だけだった。
僕は飛びだして彼女を追うか悩んだ末、カワカミにいった。
「テツコを頼む!」
「わかった。だが、まず彼女の体を支えてくれ。傷口を治療しながら刀を抜きたいが、体が浮いていた方が負担が少ない。暴れられる可能性も減るしな」
僕は流行る足を抑えながら、テツコの両足を抑えた。勉強会の二人も同様だった。
そしてカワカミが傷口を癒しながらゆっくりと脇差を抜くなか、テツコのくぐもった悲鳴がきこえた。
悦子が懇親の力をこめて暴れようとするのを、僕は必至で抑えた。
「声をかけてやれ。それはお前の仕事だ」
「わかった。――テツコ、頑張ってくれ。あと少しだ」
僕は玉のような汗を拭きだしながら、ぐずりなくテツコに声をかけた。
そして脇差を抜き終ると、ぐったりと倒れたテツコを抱きしめた。
彼女の体は温かく、華奢だった。
「師匠、師匠、師匠――」
「泣くな」
「私、あの人が、あの人が嫌で――」
「いうな。わかってる」
僕は彼女の黒い髪を撫でた。
テツコがどさくさに紛れ、先生を殺そうとしたことは明らかだった。
そして、返り討ちにあったのだろう。
テツコの所持していた二本の刀の内、本差しが落ちていないのは先生に奪われたに違いない。
神術を封じていた糸が落ちていたのは、テツコが斬ったのか、先生が自分で斬ったのかのどちらかに違いない。
そう考えているとテツコの涙が収まり始めたので、僕は柔らかな声をかけることにした。
もう少しで終わります。




