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南京錠

 その高い声は他ならないテツコの物で、僕の前ではなく後ろからきこえる。

 状況が理解できないでいた僕は、うつ伏せになった状態で両手を後ろに組まれていることに気づいた。

 顔を挙げると目の前に古びた、大きな船があった。

 また床下の感触や馴染みの壁の模様をみて、ここが座敷牢であることに気づいた。

 背中にはテツコが馬乗りになっているらしく、彼女の温もりと体重、そして日本刀の冷たさと重さを感じた。

「大丈夫ですか、師匠」

「あ、ああ。どうしたんだ」

「それはこちらの台詞です。師匠は自分の首に両手をかけていたんです。今にも、死のうとしていたんですよ」

「そうか……」

 その言葉をきき、テツコは僕が我をとり戻したと気づいたようで、僕の背中からそっと離れた。

 腰を上げて彼女をみると、目尻に大粒の涙を浮かべた、くしゃくしゃになった顔があった。

 僕はみかねて彼女を抱きしめたが、凄まじい自己嫌悪に襲われた。

 白昼夢とはいえ、僕はテツコの命を奪おうとしていたのだ。そんな相手に優しくするなど、自分でも反吐がでた。

 しかし、テツコは本当に心細そうだった。僕がなにもしなければ心が折れそうだし、僕はこうする他になかったのだ。

「なあ、テツコ」

 彼女がようやく泣き止んだ後、僕は声をかけた。

「ここの入り口に、鍵はかかっていたか?」

「? はい。頑丈だったので、斬りましたが。なぜです?」

「外からみられたら、気づかれる」

「なるほど。倉の方に古い南京錠があるらしいので、変えておきます」

「そうか。――それと、前に頼んだ話はどうなった?」

「はい。ずっと迷っていたのですが、今日になってあの場所にいくことができました。これが結果です」

 テツコは着物の袖で涙をぬぐいながら、懐から折りたたまれた紙をとりだした。

 受けとってひらいてみると、僕が頼んだ結果がそこには書かれている。

 その文字列をざっとみてみたが、やはり自分の考えは正しいらしかった。

 僕はテツコに感謝の言葉をかけてから、もう一つ頼んだ。

「悪い。一冊だけ、借りて欲しい本があるんだ。いや、借りるというより盗むことになると思うんだが」

「なんの本でしょうか」

「それは――いや、先に南京錠を変えてくれ。話はそれからだ」

 僕がぶしつけの頼みをしたというのに、テツコは小さな首を縦にふってくれた。

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