痛み
「大人が一人しかいないんだ。例外はアベの爺様だけど、寝たきりだったし箪笥の下敷きになって危篤だ。もう長くないと思う」
「お前の妹のヒサコはどうした?」
「あ、ヒサコなら仲のいい奴の二人と塊になって、親を探しにいってる奴もいる。暫くすれば帰ってくる筈だ」
「親を探しにいったのって、浜辺の方か?」
「そうだけど」
「年長者だけでも、今すぐ向かった方がいい。血の匂いがする」
僕がそういうと、年長者を集めて浜に向った。神術が使えるカワカミとテツコも連れてのことだった。
しかし僕は土が剥き出しになった道を歩きながら、ひどい違和感に苛まれていた。
なにかが変だ、そう思ったのだった。そのため側にいたテツコに近寄ると、小声で質問をした。
「なあ、前にも同じことがなかったか」
「いえ、記憶にある限りは。あるとしたら、行方不明者が現れた時では?」
「そうじゃないんだ。なんというか、ほぼ同じ出来事を、遠い昔に経験した気がするんだ」
「遠い経験って、先生はまだ十五歳でしょう」
「十五歳――?」
「どうしたんですか?」
ひどく頭が痛んだ。自分の年齢をきいて、なにかが違う気がした。
そもそも、僕はテツコに「先生」などと呼ばれていただろうか。
違う呼び方をされており、先生というのは誰か別の人の呼び名ではなかっただろうか。
そこまで考えると、頭の痛みが激しくなり、僕は足を止めた。
「どうしたんですか、先生」
「ちょっと、立ちくらみがしたんだ」
「そんな風にはみえませんでしたが」
「とにかく、大丈夫だ」
僕はそういうと、ふとなにを考えていたか思いだせないことに気づいた。
僕は今、なにを考えていたのか。なにに悩んでいたのか。
ほんの数秒しかたっていないのに、それらのことは遠い昔のことのように思われ、記憶にふれることができなかったのだ。
「大丈夫ですか」
テツコは、そんな心配そうな声をかけてきた。
ふと辺りをみまわすと、チョウゾウやカワカミが僕たちに面倒くさそうな目を向けていた。
その光景を目の当たりにした時、僕の胸にある考えが湧き起った。




