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胸のつかえ

「どうしたんだ。大丈夫か」

 その声をきいた僕は、座敷牢の入り口を静かに向いた。

 そこに立っていたのは紺色の和服を着たカワカミだった。

 僕はかすかに驚いた。

 それというのも、僕が座敷牢にいれられてから彼は一度として僕の元に現れなかったし、僕としても彼が来るとは思っていなかったのだ。

 それどころか、彼が僕を捕えてからというもの、話すら碌にしていない。

 そのためカワカミが現れた理由を勘繰っていた僕は、彼をじっとみつめた。

「夢でもみてたのか? 先生とかいってたが――」

「大丈夫だ。それより、どうやってここに来た。スズキの監視があるだろう」

「ブンジやテツコにはな。俺に監視はないんだ。主治医だから、俺を信用しているらしい」

「そうか」

 カワカミは心配そうな表情を浮かべ、僕から視線を逸らしていた。その癖、時おり犬のような目を向けてくることを考えると、僕に謝罪をしたいらしい。

 僕はふと、木でできた格子の向こうをみた。

 そこに護衛や監視の姿はなかったし、耳を澄ましても人の音はきこえない。

 どうやら一人で来たらしかったが、臆病な彼らしくない行為だ。

「その、さ。俺、あの人とよく話をするんだ。この村って頭のいい奴が殆どいないんで、話があう奴がいないからさ」

「先生のことか」

「ああ。なにか言伝とかあったら、いってくれ」

「別にないけど」

「なにか一つくらい、あるだろ。俺、正確に伝えるからさ。けど伝言がないなら、ご飯でも持ってくるぞ。やせ細ってるじゃないか、お前」

「じゃあ、飯でも頼むよ」

「そうか。あ、でも、ちょろまかすのって面倒なんだよ。監視はされてないけどさ、それでも食事の量は制限されてるし。とうもろこしがなくなって、俺が頻繁にここを訪れたら気づかれる可能性もあるし」

 カワカミの口調は必至で、なにをいいたいかは明白だった。

 彼は恩を売る代わりに、僕から謝罪の言葉を引き出したいのだ。自尊心を傷つけないため、僕から謝罪を提案して欲しいのだ。

 そう考えれば、人を連れてこなかった理由が頷ける。自分の醜い姿を、誰にもみせたくないのだ。

 すべてを悟った僕は、なにもかもが馬鹿らしくなった。

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