書物
僕は先生のことをきこうかと思ったが、テツコを不愉快にさせるだけだと思って止めにした。
それに消息を聞かずとも、あの人が苦境にはいるとは思えない。
消息が気になる人のことを一通りきいた僕は、和服の裾にはいった手紙のことを考えた。
「なあ、テツコ。一つ頼んでいいか」
「なんでしょうか」
「僕とテツコと、それからブンジの三人で霧のなかを迷って、変な場所にいったことがあるだろう」
「はい」
「もしもそこにいけたら、あることをして欲しいんだ」
「あること?」
僕は天井を向いて自分の頼みを口にした。
しかし木製の板を間に挟んでいるため不鮮明にきこえたか、それとも耳を疑ったのか、テツコは質問を繰り返した。
僕が同じことをもう一度いうと、テツコの戸惑ったような声がきこえた。
「わかりました。だけど、そんなことでいいんですか?」
「ああ」
「ここに本を持ってくるとか、そういう頼みはなしでいいんですか? あと、神術が解かれた時のために糸は」
「そうだな。まあ、それも頼むよ」
「わかりました」
そういうと飛ぶ音がきこえ、天井が軽く揺れた。
僕は船に身を横たえると、これからのことを考えた。
この牢には物を置くだけの余裕はある。テツコから貰った本をしまう場所には困らないだろう。




