虜囚
「あの、そういえばこの家にはもう一つ座敷牢がありましたよね」
僕は目を伏せた。
テツコがいったのは先生のことだ。先生は三年前に座敷牢にいれられてから一度として外にでておらず、十六、十七、十八という三度の誕生日を牢のなかで迎えていた。
僕の他に彼女を助けようとした人はおらず、先生も外にでる気がないためだった。
「その人は」
その時、乾いた銃声が響いた。
僕たちは、チョウゾウのいた場所とは反対の方向に向かって走った。
この家は母屋と離れからなっている。チョウゾウがいたのは母屋で、銃声がきこえたのは離れだったのだ。
離れの縁側に駆けあがり障子をあけて座敷にはいると、薪の燃える囲炉裏とその側で白煙を上げる猟銃を構えた男、そして頭から血を流して倒れた男がいた。
僕は銃を持った男を羽交い絞めにし、両腕を持って地面に倒した。
消炎の臭いがするなか、銃を構えていた男は自分のしたことに震えていた。
「死んでいます。多分もう、カワカミ先生でも無理だと思います」
血だらけになった男を観察していたテツコの、震える声をきいて、銃を構えていた男は泣き始めた。
僕は彼の両腕を糸でからめると、部屋のある場所を睨んだ。
「神々の贄にすらならず、古き者たちの罪を償うために消えていくのならば、自らの手で死を選び苦痛から解放される選択肢もあるわ」
その静かな声には、どこまでも感情が感じられなかった。
この離れは三つの部屋が続いており、本来なら壁沿いにあるその部屋とこの部屋の間は障子で仕切られている筈だ。
しかし実際には、二つの部屋を区切るのは削られた木でできた柵だった。それは右手にある障子にもかかっている。
残る二面は壁でできているため、その部屋には自由に出入りができる場所はなかった。
「先生」
僕は座敷牢の向こうにいる彼女に声をかけた。
濃い紫の和服を着た彼女は、畳の上で正座をして静かに目を伏せっていた。
三年も外にでていないためか肌は恐ろしい程に白く、余分な脂肪はまったくなく、まとめられていない黒く美しい髪は床まで届いていた。
部屋の右手には布団や枕が積まれており、左手には古書が十数冊も置かれている。
彼女はそのどちらにも手を触れず、折り畳まれた膝の上に白い両手を置いているのだった。
その後ろには、囲炉裏の火のお蔭で彼女の影が緑の壁に伸びていた。
十八になる彼女は、妖艶という表現の似合う美しい女性だった。そして僕たちが言葉を失い、人が死んでいるというのに、涼しい顔には表情らしきものがまるで浮かんでいない。




