日本刀
僕はなにもいえなかった。
この村の人々が、化け物がこない生活を当たり前だと思うようになったこと、その結果として僕たちに興味を持たなくなったことは、チョウゾウもしっていることだった。
それなのに、僕を慰めるためだけに嘘をついていたのだ。
横にいるブンジもそれは同じだったらしく、彼はわざとらしく明るい声を出した。
「まあ、いいじゃないか。初めてあいつを倒したんだろ。収穫じゃないか」
「まだ、火の勢いが強くて死んだことを確認したわけじゃないんだろ。それに、あいつが一体だけとは限らない」
「――だとしたら、これは負ける戦いだ。俺たちが必至に戦って、少しずつ防衛線を下げて人が食われて、ただでさえジリジリ負けてたんだ。これであいつが死んでなかったら、先に心が折れてしまう」
カワカミの声が不機嫌だったのは、疲労のせいだろう。
彼の額には、汗がべったりとついている。神術を使ったことで体力を使ったに違いない。
僕がどう声をかけたものかと悩んでいると、チョウゾウが割って入った。
「さっきの話だけど、感謝してる奴がいないわけじゃないだろ」
「テツコのことですか」
僕がそういうと、障子戸をあけてテツコが現れた。
いやあ、現れたという表現は的を得ていない。
彼女は障子から顔を半分だけだすと、恐る恐るという風に僕たちを見つめていたのだ。
障子戸からはみ出していたのは赤い和服や、そわそわと所在なげに動く白い足袋も同様だった。
これが大人だったら呆れているところだが、彼女はまだ十二歳だから仕方ない。
「入っていいよ」
チョウゾウがそういうと、テツコはゆっくりと部屋に入ってきた。
彼女は明らかに機嫌を窺っており、らしくなかった。テツコは年相応の女の子で、元気で溢れている。
それなのになぜ――そう思っていた僕は、すぐに理由を悟った。
彼女の腰には、二つの刀が差されていたのだ。
濃い紫の帯の、体の左手に不釣り合いな大きさの日本刀が二つ、帯刀してあったのだった。本差しと脇差しというのか、それぞれの長さが微妙に違う。
十二歳の少女だ。日本刀は重くて仕方がないし、下手をすればまっすぐに歩くことすら難しいだろう。
しかし彼女はいとも平然としていたし、歩く姿は様になっていた。
彼女とは長いつき合いだが、剣術を習っているという話をきいたことはない。




