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07.MIRACLE MEETS

四話目から四話分同時投稿しています。最新話から来られた方は、お手数ですが一旦お戻りください。

 暗い顔をした一行の様子で、リサは結果をすぐに知ることができた。


「すまん、奥さん。……かろうじて、岩場に引っかかってたこれだけしか―――」

「いえ、ロキオンさん。ありがとうございました」


 深々と頭を下げるリサの目は真っ赤に充血していて、その下にはくまもできていた。誰が見ても、泣き腫らして眠れなかったのだとすぐに分かる。

 ロキオンの差し出した護符を受け取ると、リサはそれを愛おしそうに撫でた。彼が付けていた物に間違いなかった。結局、どんな護符なのか聞くことはできなかったけれど。


「なぁ、奥さん。もしアレなら、もういっぺんぐらい―――」


 ロキオンの言葉に、リサは首を横に振った。


「もう十分です。ありがとうございました、ロキオンさん。皆さんも、どうぞ宿所でゆっくり休んでください。すぐに報酬と、あと乳酒も差し入れしますね」


 にっこりと微笑むその痛々しい顔に、ミラが唇を震わせ、エリダンが拳を握り締め、オリオが耳を垂らす。


「おい、あれテルでねぇか?」

「あれ、確かにテルだべぇ」

「テルー!」


 村人たちの声に、ロキオンが自分達の降りて来た道を振り返った。


「テル?」

「誰? っていうかどこにいるの?」


 ミラとエリダンが目を凝らす。

 だが、どこにも人影はない。


「テルはここの先代常駐ハンターのパートナーだ。真っ白な毛並みで雪ん中じゃよく見失う。―――ここの村人たちは、見慣れてるから見分けられるけどな」


 ロキオンも注意して見なければ分からなかっただろう。

 先代がいなくなって、里帰りしたとばかり思っていたが、狩りを続けていたのか、と首を傾げる。その割りにはパートナーのハンターの姿がない、と。


 目を凝らしていたロキオンは、自分の荷物を隣に立つエリダンに預け、息を切らしながら歩いてくるテルの方へと駆け出した。

 どうやら体格に似合わない大荷物を木ソリに乗せて引っ張っているようだと気付いたのだ。しかも、何の嫌がらせか、自分と同じような白い毛皮で荷物を覆っている。


「おい、テル。久しぶりだな。何引っ張ってやがんだ」

「……ロキ、オン? あー……重いノシ。手伝ってくれたら、嬉しいノシ」


 ぜいぜいと息を切らすテルは、その耳をへにゃり、と曲げるとポテンと雪の上に転がった。


「まったく、何をそんなに重いもん持って来てんだ。ちったぁ、分けりゃいいのによ」


 テルを軽々と小脇に抱えたロキオンは、テルが力いっぱい込めて引っ張って来たソリを軽々、とまではいかないが難なく引いて歩き始めた。


「分けるのは、できない、ノシ」

「あぁん? よっぽど大きな水晶でも掘り当てたのかよ」

「そんな、ものより、もっと、大事ノシ」

「へーへー、村についたらご開帳してくれんだろーな」


 ずりずりと平行な曲線を描くソリの跡を残しながら、ロキオンが村に到着すると、村長の妻が「テルちゃぁん!」と古い馴染みのウサギイヌを抱きしめた。


「ばっちゃ、ボクより、そっち……」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめられながら、テルはその小さな手をソリの方に向けた。


 なんだ、土産なのか?と呟きながら、ソリの荷物をきっちり覆うように被せられた真っ白な毛皮を剥ぎ取ったロキオンは、目を丸くした。

 その白い毛皮が、自分たちの狩った白面猿のものだと気付いたからではない。その荷物の中身が、想定外の、想定以上のものだったからだ。


「お、おい、誰か、奥さん呼んで来いっ!」


 珍しく慌てた声が小さな村中に響いた。



 ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇



「いや、受け取れねぇって」

「でも、これは正当な報酬じゃないですから。依頼のププ肉とウナシカ肉は取って来てくれたんですから」

「いやいや、俺まだリゲルに恨まれたくねぇし」

「でもでも、依頼は依頼ですっ」


(うるさい……)


 地獄というのは、こんなにやかましい場所なのか、とリゲルは思った。冷たい雪のしとねで、彼の命はついえた。地獄というのは暗く冷たく音のない世界だと思いながら、最後の眠りについたはずなのに、と。


「二人とも、起きたノシ」

「ノシ」


 うっすら開けた視界に、薄いピンクのもふもふしたものと、真っ白なもふもふしたものがあった。


(なるほど、獄卒は獣の姿をしているのか)

 ふむふむと納得する。


「ほんと……? リゲル、起きたの?」


(ふしぎだ。地獄なのに、彼女の声がきこえる)

「……リ、サ?」


 リゲルが、もう会えない、愛しい偽の妻の名前を必死に声に出すと、ぽつり、と温かい雨が降って来た。


「リゲル……っ!」


 リゲルの顔がふわりと温かいものに包まれる。嗅ぎなれた香りに、徐々に意識が明瞭になってきた。何枚もの薄いベールを剥ぎ取るようにして覚醒したその先は―――


「リサ」


 黒髪を乱し、泣き腫らした様子の瑠璃色の瞳があった。


「え? え? 何で、ここ―――いたた……」

「ダメよ。起きようとしないの! ゆっくり寝てて」


 ふわり、とリサのぬくもりが離れていくと、今度はきったないオッサンの顔が視界に入る。顔を斜めに分ける傷と揺れる三つ編みにはとても見覚えがあった。


「ロキオン?」

「おぅ、死に損なったな、リゲル」

「あ―――、え?」


 そうだ。あのとき白面猿猴はくめんえんこうの瀕死の一撃をくらった自分は、と考えたところで、リゲルの背中と左腕に激痛が走った。


「テルに感謝しろよ? お前を拾って、応急処置して、村まで運んでくれたんだぜ」

「テル……」


 懐かしい名前を呼べば、ひょこん、と真っ白な毛に覆われた顔が覗き込んで来た。


「な、んで、ここに―――?」

「アンデュ、もういないけど、他のハンターとパートナーしたくなかったノシ。でも、里には戻りたくなかったノシ。だから、せめてププッケの近くで、って思ったノシ」


 アンデュというのは、テルのパートナーでもあり、先代のププッケ村の常駐ハンターでもあったリゲルの先輩の名前だった。妊娠を機にハンターをやめ、今は旦那と一緒に暮らしている。


「ありがとね、テル」

「照れるノシ」


 そんな一人と一匹の遣り取りを眺めていたロキオンは、さっきまでリサと押し付けあっていた小箱をひょいっと自分の荷物に入れた。


「そんじゃ、ありがたくちょうだいしとくわ。リゲルも、ちゃんと養生しとけよ」

「お、置いてくなノシ~!」


 軽く手を挙げ、すたすたと去っていくロキオンを、慌ててオリオが追いかけた。


「ボ、ボク、二人をちゃんと見送って来るノシ」


 きょときょととリゲルと部屋の扉とを見比べたテルも、その長い耳を忙しなくピクつかせて出て行く。


「気を遣わせちゃったかな」

「……もう、ばか」


 ゆっくりと持ち上げたリゲルの腕に応えるように、リサは彼の胸にそっと身を寄せた。


「あ~……奥さんが可愛くてツラい」

「ばか」

「もっと、ぎゅうってしたいのに、できない身体がツラい」

「……ばか」

「抱き寄せて、奥さんの唇を堪能したいのにできなくてツラい」

「……」


 あれ、バカと言われなかったな。呆れたかな。などと思ったリゲルの予想を裏切って、体勢を変えたリサの唇が、リゲルの少しカサついた唇を軽くついばんだ。


「リサ……?」

「ゆ、ゆっくり休んで、ちゃんと身体治すのよ……っ!」


 顔を赤く染めたリサがパタパタと寝室を出て行く足音が遠ざかるのを聞きながら、「奥さんが生殺しで放置するのがツラい」と呟いた。



 ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇



「ただいま、リサ!」

「戻ったノシ!」


 小雪のちらつく中、飛び込んで来た二人を、「お帰りなさい」とタオルを広げて迎え入れたリサは、ほぅっと安堵のため息を洩らした。


「もう、そんなに心配しないでよ、リサ。単に雪割菊を取りに行くだけの依頼なんだからさ」

「心配するわよ! あれからまだ二週間しか経ってないのよ? 骨も折れてたって言うのに、どうしてそんなに動けるの!」


 二人のマントに積もった雪を払うと、「早く座って!」とリビングに急かすリサは、台所に駆け戻ると、温めたププミルクを二人の前に置いた。


「ボクが付いてるから心配ないノシよ」

「うん、ありがとう。テルくん」


 いつの間にかリゲルのパートナーの座に収まったテルは、その真っ白な耳をピコピコと上機嫌に揺らしながら、温かいミルクをちびちびと飲んでいた。


「そういえば、ロキオンが村長に復帰祝いを預けてたみたいでさ、納品して来たら渡されたんだ」

「そうなの? ロキオンさんも、意外とマメな人なのね」

「リサ! ロキオンがそんなことするなんておかしいノシ! ロキオンは、オリオがいないとてんでダメな男ノシ!」


 慌てて訂正するテルに「そうなの?」と微笑んだ。


「あ、あたし、夕食の支度するから―――」

「ボクはいらないノシ。今日はばっちゃに泊まるよう言われているノシ」

「あ、そうなの? それじゃ、村長さんにもよろしくね」

「分かったノシ」


 好物のププミルクを飲み干したテルは、ぴょこん、とイスから降りると、両手をぶんぶんと振って外へと飛び出した。


「それじゃ、リゲル。何かあったら呼んで」

「あ、うん。今日のご飯はなに?」

「せっかくだからププ肉のシチューにしたの」

「ホント? やったね」


 台所へと消えたリサを見送ると、リゲルはロキオンの残した復帰土産を開いた。

 そこに入っていたのは、無造作に四つ折りにされた紙片と、どこか見覚えのある小箱だった。


「あれ……?」


 小箱を開いたリゲルは、首を傾げた。

 中に入っていた復帰祝いは、リゲルもよく見る、何の変哲もない石だった。ロキオンのことだから、何か仕掛けがあるのかと、あちこち角度を変えて眺めてみたが、やはり普通の石だった。

 仕方なく、紙片を開くと、そこにはロキオン特有のクセのある字が並んでいた。

 読みにくい文字を追うリゲルの苔色の瞳が、徐々に見開かれて行く。


「……リサ。リサ!」

「どうしたの? 夕飯はまだできてないけど――」


 つまみぐいはダメよ、と口にして、エプロンで手を拭きながらやって来たリサは、突然リゲルの広い胸に閉じ込められた。


「ちょ、どうしたの、って、やだ、リゲル?」


 腕の中で見上げたリサが目にしたのは、ポロポロと涙をこぼす夫の顔だった。


「ありがとう。リサ。ホントにありがとう」

「やだ、なに泣いて―――あ、それ……」


 リサはテーブルの上に置かれたその石に気付いて言葉を失った。


「ロキオンの置き土産だよ。一緒についてた手紙に、全部書いてあった。ごめん。ツラかったよね。寂しかったよね。ありがとう。ありがとう……!」

「もう、やだ、リゲル……。泣くことないじゃない」

「ごめん。でも、ホントにありがとう」

「男のクセに女々しいわよ」

「うん。きっとリサが男前だから、僕は女々しくなっちゃうんだよ」

「ばか言ってないで、早く泣き止みなさいよ」


 そっと頬を拭うリサの手首を取ったリゲルは、そのまま愛しいリサの唇に自分の唇を重ねた。軽く何度もついばむようなキスをしていたのに、いつの間にかお互いを貪るように深いものに変わっていく。

 村長の妻がテルに泊まっていくように告げたのは、これを配慮してのことかもしれない。

 唇だけで満足できない二人が、場所を寝室に移してお互いを貪り合うのも与え合うのも、とても自然な流れだったから。



もふもふが可愛すぎてツラい。

あとこのカップルがラブラブすぎてツラい。


明日、あと一話分投稿して完結予定です。

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